黒い回転ゴミ日記

日々のあれこれ。

恐縮ですが

2005-09-06 16:10:15 | インポート
これは、チョット書こうか書くまいか迷ったのですが・・・・・大友さんの言葉に涙が出る程に感動した記憶やら、ドン詰まりだった自分の状況が蘇り、またチョット「グッ」と来てしまったので、気恥ずかしさもありますが、やはり書こうと思います。

僕は、大友さんがこれを書いてくれたこの頃('97年)というか、DJトランキーライザーに誘ってくれた当時、実はここでは書けない事柄で、本当にドン底に僕は落ちていた。そんなドン詰まりの中、大友さんから連絡があったわけです。自分の中でも様々な葛藤があったけれど、やると言った日から、大友さんが僕に声をかけてくれた意味をとことん考え、そこから自分の所在を再確認し、自分に何が出来るかを1日中考え試行錯誤する日が続いた。
それは、大友さんからの禅問答にも似た問いかけのようにすら、僕には感じた。
始めはインスタレーションの様な視覚的部分もと思ったのですが、それより以前に仙台の「141」で大友さん、ササキさん、そして僕の3人のコラボレーションという形でイベントをやった事があり、僕がインスタレーションを行ったのですが、その時「個人で出来る範囲(経済も含めた諸々)の最大限の事はやり切った」と思う位の事をやっていたので、東京まで行ってそれに近いクオリティのモノを作り上げるのは、個人の力では絶対に無理だと分かっていた。でも発想を少し変えて、極力シンプルな中で面白い事が出来るかもしれないと、素材は持って行っていたが、会場に着いた時点で「あ~今回は無理だ」と思いつつも、試行錯誤してみたが、結局その視覚的な部分は全て諦めました。
それで音に集中して作業が出来る状況にはなったのですが、僕は単なる絵を描く異常な音楽愛好家って言うだけで、音楽を志した事は1度もなく、用意した楽器(?)と言えば、ターンテーブルと絵の具を塗ったくったレコードと、銅板とコンタクト・マイクと、ゲームのプレステ。これが自分の所在を再確認し、試行錯誤し、引っ張り出した、大友氏への答えだった。
しかし緊張しました。僕が一人でやらなきゃならない時間があったのですが、もうね、泣きそうでしたよ。ホント。音がどうだったかなんて、怖くて聞ける訳ないじゃないですか!笑

とにかく、そんな個人的にも色々と抱えてる中・・・というか、そんな事も思い出す余裕もなく、必死にただ自分の出来る事を探っていた。というのが僕の中でのDJトランキーライザーだったのです。

別にそんな思い出話をしたい訳じゃなく、大友さんの文章を読んだ時に、僕が今まで何かをやり続けていた事を、このように理解してくれてる人がいた、その事実に涙が出る程嬉しかった。それと同時に、僕はそんな風に他者の行動を、読み取った事があっただろうかと、自分を恥じる思いもあった。
本当にドン詰まりにあった僕は、当時、大友さんの言葉にどれほど勇気づけられた事か・・・熱いものが、ついつい込み上げて来てしまう。
僕自身は、人を勇気づけるような何かを持った事があるだろうか?・・・・・・・撃沈・・・。

ただ、これは大友さんが企画する「アジアンフェス」の流れで、たまたまアップされていただけなので誤解なく。そしてDJトランキーライザーも7~8年前の話なので、そこも誤解なく。
「エスカリックワールド(おおともよしひで著)」

「アジアンフェス」聴きに行きたいけど、行けるかな?


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2 コメント

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1991年、141の「視聴覚作業」(入場料800... (ヤマキ)
2005-09-06 23:02:17
1991年、141の「視聴覚作業」(入場料800円!)のことは今でも僕の中にしっかり残ってますよ。あの日、音ではなく色をミックスしてましたよね。あれをやっていたのが青山さんだと知ったのはそれから12年後なんですが。とにかく、全てがすばらしかった!ライブ終了後、しばらく放心状態で動けなかったもん、マジで。間違いなく勇気をもらったし、今でも続いていますよ。BEATの皆さんもありがとう。
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ヤマキさん> (aoyama)
2005-09-07 01:38:44
ヤマキさん>
'91のは、また別なイベントですね。
BEATもまた別なんですが・・・もちろん僕、個人としては繋がっているのですが・・・
とにかく、そう言ってもらえて嬉しく思います。今後もよろしくです。
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