さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

オオイヌノフグリ

2012-02-19 14:16:26 | 花草木


冬枯れの野辺といえども、2月も半ばともなればいつのまにか小さな草たちが地面を緑で埋めている。そのあちこちに鮮やかな瑠璃色の粒がばら撒かれている。ぐっと目を近付けると、思わずため息が出そうなほどのかわいらしさだ。ぱっちりした黒い目でじっとこちらを見つめているかのようだ。やっと気付いてくれた、もっとこっちを見てと小さな声でささやいているような気もしてくる。



1cmにも満たない花なのだが、とても丁寧に作られているように思う。雌しべがすっと伸びているのはたいていの花と同じだが、両脇で2本の雄しべが力強く両腕を差し上げて、雌しべを守っているようにも見える。



花はよく見ると上下があり色も形もずいぶん違う。多くは白い方を下にしている。それでもだいたい空を見上げて咲いているから、日の光に瑠璃色の濃淡がきらきら輝く。色の濃いところは蜜標だろうか。真ん中の淡い黄色の部分には蜜がたっぷりあるようだ。意外なことに4枚に見える花びらも2本の雄しべもみな根元でくっついていて、触ったら雌しべだけ残してこのままの形ですぽっと抜け落ちてしまった。



寒いといっても地面に近い陽だまりではもう虫たちも動き出している。小さな甲虫が粉まみれになっていた。ひと暴れしたのか周りに花粉が飛び散っている。しかし花にとっては決して迷惑ではないだろう。ただこの虫が次の花に飛んで行ってくれればの話だが。その点、アリには全く期待できない。



刻みの入った葉がびっしり集まっているのも、なんだか飾り物めいてきれいだ。しかし横から次々と花柄を出しながらどんどん伸びていくので、暖かくなる頃にはいささか目障りな雑草風になるのだが。

花は午後になるとだんだん閉じていく。その時、2本の雄しべは腕を曲げて葯を真ん中の雌しべに近づけている。どうも自家受粉をしているようだ。夜花が閉じるので、多くの人が一日花と書いている。これについて以前、花生態学の先駆者である田中肇さんから面白い話を聞いた。そもそも一日花と発表したのは田中さん自身だそうだ。しかしその後改めて調べて、花のほとんどは2日目も開き、さらに半分ほどは3日目も開くということが判った。田中さんは講演など機会あるごとに訂正して回ったのだが、図鑑などの記述がおおよそ改まるだけでもかなりの年数がかかったとのことだ。専門家の世界も孫引き曾孫引きがいかに横行しているかがよく判る。



果実もすでにできていた。なにやら可笑しげのある形だ。在来種のイヌノフグリはこれがふっくらと丸く、確かに雄犬の真後ろから見えるものとよく似ている。オオイヌノフグリは西アジア・中近東原産で、明治時代に日本に入ってきたのだそうだ。イヌノフグリと同属で花が大きいからオオを付けただけの安易な命名だ。しかしこのかわいらしい花にはあまりに酷いと、いくつか上品な名前が提案されてきている。けれどもそれらがほとんど広がらないのは、人の本性としてこうした話題が好きということなのかもしれない。

オオイヌノフグリは全国どこにでもある雑草なのだが、屋久島ではほとんど見られなかった。ここ指宿ではあちこちで目に付くが、東京近辺にはよくあった一面の大群落などは見当たらない。肥沃な湿り気のあるところを好み、自然度の高いところや痩せ地・乾燥地は苦手のようだ。指宿は火山性の土壌で畑の土はたいていさらさらしている。やっと再会できたのに本当の美しさが見られなくて残念だった。ふと、これほどいたるところにはびこってしまった帰化植物なのに、こんな懐かしい花になってしまっているのに驚く。素性などともかく、それほど魅力があるということなのだろう。