さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

ムサシアブミ

2012-03-30 10:47:01 | 花草木


薄暗い照葉樹林の下、朽ち果てた落ち葉を掻き分けおかしなものが立ち上がっている。両脇には一抱えもある大きな三つ葉が思いっきり広がっている。向こう側は春の光のあふれる落葉樹林だ。そこはすっかり緑で覆われ見慣れた花たちが咲いている。普通の世界と怪しげな世界が隣り合う。日の当らないところには奇怪な種族が生息している。



平たく突き出ているのはコブラの頭か。いやいや緑の縞模様の粋なベレー帽のようにも見える。この花の名前はムサシアブミ。鐙とは馬具の一種で、乗馬の時に足を乗せるところだそうだ。いろいろ種類があって、そのうち武蔵の国で作られたものにその形が似ているのだという。どういうことかと思ったら、逆さに吊してこの曲がったところに足をかけるのだそうだ。濃い茶色のひだの部分は無視されている。



色の薄いものもあった。頭の部分は巾着のように袋状になっているのだった。これは全体として花なのだが、詳しく見るとこの袋の部分は花の周りを覆っている葉で苞ということになる。この仲間では仏焔苞と呼ばれるが、それはマムシグサの場合にはぴったりだがこの花には似合わない。こんな襲い掛かるような炎では仏に似つかわしくない。

苞の中には白い棒が収められている。その棒の根元の方にたくさんの小さな花がびっしり付いている。それが緑の粒々ならば雌花、黒い点々なら雄花だ。しかし苞を掻き分けないと見えない。苞は厚めでしっかりしているからそうするとたいてい破れてしまう。まあこれ全体として大きければ雌花、小さければだいたい雄花だ。



上から見ると曲がったスプーンみたいでかわいらしい。周りに実生の小さな葉がたくさんある。何年もかけて根茎を太らせ、だんだん大きな葉になってまず雄花を咲かせ、また大きくなって雌花を咲かせるのだそうだ。雌花は夏の終わりごろ結実して真っ赤でずんぐりしたトウモロコシのような姿になる。その様子も毒々しくて奇怪なものだ。そして実際、かなりの猛毒だそうだ。本来、果実は動物に食べられて種子を遠くに運んでもらうための工夫だ。それに毒があったら誰も食べない。それで周りに子供がたくさんいることになるのだろう。だけどそれでは何のためにあんな目立つ果実を作るのか。



花はたくさん咲いているが、まだまだ新しい芽も出てきている。白い皮に包まれにょきにょき地面を突き破っている様子はタケノコみたいだ。



やがて皮がむけると花と2枚の葉の3点セットが出てくる。足のたくさん生えた幼虫を思わせる葉、ナマコか何かのような花、現代彫刻かと思うような造形美だ。

ムサシアブミは関東地方以西の暖地に分布するそうだが、東京ではほとんど見られなかった。何でもこの形の面白さが一部の人たちに人気で、業者が根こそぎ採取してしまうのだそうだ。葉はずいぶん大きくなるから庭植えできる人は少ないだろうが、鉢に盆栽仕立てしたものがネットになかなかの価格で出ていた。こんなものを買う人がいるからいけないのだ。確かに魅力的ではあるが、私室に飾るにはふさわしくないと思うのだが。

ここ薩摩半島南端では里の裏山などそこら中に生えている。この仲間はどこでもだいたいマムシグサが多いのだが、なぜかこのあたりはムサシアブミばかりだ。今までほとんど植物園くらいでしか見たことがなかったから、最初に気付いた時はずいぶん感激した。今でもこんなにたくさんあることに感激し続けている。