さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

道州制は本当に良いのか

2012-10-07 10:15:32 | 世の中のこと

落日一瞬の輝き(本文とは関係ありません)

道州制とは日本維新の会の結党理念のようなもので、さらに最近では進歩的な政治家や評論家の合言葉のようにすらなっている。ではそれは本当にそんなに良いものだろうか。道州制の具体的内容については人によって違いがあるので、ここではそもそもの根本である地方分権ということについて考えてみる。

今の日本は過度の中央集権体制により統治が画一化・硬直化してしまっていると言われている。そのため地域の実情に合わない政策や投資で多大の無駄が発生したり、一方必要なことがなされないため地方の衰退化を招いているとされている。そこで対極として、各地域の事情に合わせて適切かつ柔軟に対応できるよう地方分権制に変えようと考えるのは当然の成り行きと言える。またそれにより地域の自主独立意識が高まり、そして地域間で競争すればより地域振興に邁進するだろうというわけだ。

確かに議論としてはもっともだが、では本当にそんなに都合よく行くのだろうか。住民により近いところで判断・決定がされれば優れた政治・行政が実現するか。それは現実を見れば推測できそうだ。地方を回るとどうしようもない公共事業やその結果の廃墟などずいぶん目に付く。国の公共投資の無駄に勝るとも劣らない。少しでも地方自治の実態に触れるとその堕落や退廃ぶりに驚かされる。住民の近くにあって本来ならきめ細かく目が行き届くはずなのになぜこんなことになるのか。

まず地方の首長や議員の質に問題がある。たいていどこでも多選が問題になっているが、選挙が主義主張や人物でなく地縁血縁で決まってしまうのだ。また地方には有力企業は少ないため農協をはじめとしたごく少数の団体票で決まってしまう。そうして利権目的だけの議員や、まともな教養も常識もない無能議員などが居並ぶことになる。また地方公務員の質や意欲も低い。特に上に行くほど酷くなる。縁故採用や依怙贔屓がまかり通っているのだ。結果として行政の合理性や公平性が著しく損なわれている。しかもそれらが不透明で住民には見えない。とんでもない私物化などの噂話が流布するばかりだ。ではどうしてこんなことになるのか。たぶん身近であることは生の人間の本性がより出やすくなるからだろう。理性よりも感情や潜在意識の方が勝って人の負の側面が強調されてしまうのだ。

実際うまくいっている地方自治体などめったにない。地方の活性化の成功例など華々しく報じられることもあるが、たいてい一発勝負で長続きはしていない。どこも振興策や中長期計画など作ってはいるが、たいてい単なる作文であったり絵に描いた餅でしかない。ただ美辞麗句や願望が並べられているだけで実現可能な具体策や実行プロセスへの言及はない。計画は以前からあるのだが過去の検証やうまく行かなかった原因追及など聞いたこともない。こんな実態のところに地方分権だと言って金と権限を与えたら、かえって地方自治の闇が深まるばかりだろう。

しかし何もできていないのは彼らのせいばかりとも言い切れない。現実を直視すれば地方はもうどうしようもないところまで追い詰められているのだ。どこも産業は衰退するばかりだ。製造業はどんどん撤退している。農漁業はほとんど自立した産業になっていない。そうして人口が減少するからサービス業も衰退するしかない。医療や公共サービスなどの維持も困難になってしまった。健康保険料などもう住民の支払える限界に近く、しかも所得の低い地方に行くほど高いという逆進性になってしまっている。そこに過疎高齢化が迫りつつある。これらはもともと国全体の問題であり、それらが目に見える形で末端に噴出してしまっているのだ。国が立ち直らない限りどうしようもないのだ。

さてここで目を過去に転じると、昔は各藩による地方分権体制であって、人々にとってはそれぞれの地域が自分の国であった。日本人という意識などほとんどなかった。そこを明治維新で強力な中央集権国家にして日本は大発展を遂げたのだ。その弊害ももちろん大きかったが、だからと言ってこの成果を否定する人はいないだろう。ところで道州制の主張の裏には強力な中央官僚体制を打破したいという狙いもある。しかし昨今の悲惨としか言いようのない政治が続いていても、日本が何とか成り立っているのはこの官僚体制がそれなりにしっかりしているおかげだろう。基本的には成功したのだから、やるべきことは弊害を一つ一つ取り除く努力のはずだ。地域主権だなどと叫び、自分は東京人だ、大阪人だなどいがみ合うなど愚の骨頂であるのは誰にも判るだろう。何より大事なのは日本人という一体感だ。そして教育など日本人として共通の基盤を作るべきで、それが国の強みになる。特に社会や歴史教育など共通であるべきで、その上で地域ごとの味付けをするくらいだ。

そもそもあらゆる事業はまとめた方が効率は良い。地方分権にしたら各地で重複して仕事するのだから公務員の総数は増えるはずだ。またすべてはできるだけ大きな視野で捉え国全体で計画した方が投資効果は大きい。いやそれどころか日本が今直面する重要課題は地域ごとばらばらに対応できるようなものでは全くない。経済の停滞、少子高齢化、エネルギー問題、大地震大災害対策そして国防問題などすべて国の責任だ。道州制どころか中央政府の強化がさらに要求される。また今後50年かそこらで日本の人口は半減するかもしれないと言われている。人々はほとんど一極集中化し、残りも数都市くらいに身を寄せているだけだろう。道州制に今から取り組んでも、それがまともに機能する頃には国土の大半は過疎化し、そこでは自治など形骸化するしかない。結論として地方分権そして道州制はきれいごとを並べただけの単なる作文、机上の空論でしかないように私には思える。

さてここで話は変るが、維新ブームそして橋下人気にかげりが出ているそうだ。それは私も同感で、いくら民主党や自民党に不満であっても今の日本維新の会に投票する気にはなれない。理由は判りにくさ、端的に言ってもし多数派になったらいったい誰が総理大臣になるのかということだ。橋下徹氏は衆院選に出ないと言っている。では他に総理になれるほどの人材がいるのか。これでは政権を担うつもりはないと言っているに等しく政党として無責任だと思う。また橋下氏はそもそも大阪市長であり、すべてに大阪のことを優先するのが住民に対する責任のはずだ。対して国会議員はまず国が最優先でなければならない。その国会議員の上に大阪市長が君臨する構図など、大阪以外の国民から見れば馬鹿にするなと言いたくなる。

ではなぜ橋下氏は国政の場に立たないのか。それは道州制の呪縛だと思う。道州制を掲げて大阪市長に当選し、道州制を基本理念として維新の会を作った。わずか1年かそこらで足抜けすることは大阪の人々にとって感情的にも許せないだろう。しかしそもそも橋下府政・市政の下で大阪は躍進したか。長期低落傾向に歯止めはかけられたか。権限が弱い、金がないからできなかった、だから道州制だと言い訳するか。いや何よりまず躍進の方策を示し少しでも成果を出して、更なることをやるために金や権限を寄こせというのでなければならないはずだ。そうでなければ金や権限を渡してもうまく行くという保障が全くないのだ。

そもそも橋下氏はもともと道州制信奉者だったか。大阪府知事になってから言い出したのではなかったか。そしていろいろ頑張ってみたが地方ではどうしようもなかった、もはや国を変えなければならないと言って新政党を作ったはずだ。それならばすぐに自ら国政の場に転出するべきだ。日本にとって残された時間は少ない。それに変わり身の速さは橋下氏の持ち味のはずだ。それを批判する人も多いが、そんなことを気にしないのがまたこの人の強みであり魅力でもある。

ところで新しく自民党総裁になった安倍晋三氏と橋下徹氏とは政策面ではあまり違いがないように見える。そして自民党と差別化できないため維新の会は埋没すると言う人もいる。しかしたとえ同じ考えであっても、肝心なのはそれを実行できるかどうかだ。安倍元総理は前回は病気に負けた、今はいい薬ができたので大丈夫だと繰り返している。しかしそれは嘘だ。実際はいろいろ改革しようとしたがどれもうまく行かず政権運営に全く行き詰っていたのだ。その挙句、たぶん心労も重なって病気になったのだろう。つまり問題なのは病気ではなく、それ以前の能力・実行力の方だ。新薬ができたといっても、それは腸には効いても頭には効かない。それなのにあたかもすべて直ったかのように言いふらしているのは、自覚がないのかそれとも国民を欺いているかいったいどちらだろう。今回の自民党総裁選で最初に最有力だったのは、5人の立候補者の中で最低という定評だった石原氏だった。案の定自滅して、彼を推していた無定見な議員票が安倍氏に集まったのだ。それは石破だと自分たちの立場が危うい、安部なら与し易いと見たからだろう。そうして選ばれた総裁が何か改革しようとしても、いったい誰が言うことを聞くだろうか。

橋下徹氏は実行力を売りにできる。忠誠を誓う兵隊たちで固めて規律ある政党を作ればよい。既成政党は自民も民主も訳の判らぬ連中の寄せ集まりでしかなく、様々なしがらみでがんじがらめだ。そんな鵺のような各党に日本の改革などできるわけがないのは国民もよく判っている。橋下氏は本当に改革を断行し日本を作り直せるのは自分だけだと大見得を切ればよい。国民はたとえ半信半疑ではあっても、可能性に賭けたいと思うだろう。

4 コメント

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Unknown (小脇 清保)
2012-10-09 22:39:10
おげんきですか?久しぶりに名文拝読いたしました。 指宿の暮らしはいかがですか?
行政の批判記事が私一人になって、ちょっと寂しくなりました。夜泣き石さんがいた頃が懐かしくなります。
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Unknown (夜泣石)
2012-10-10 09:35:35
小脇清保さん、お久しぶりです。当方、実に平穏無事に暮らしております。清保さんのブログは屋久島唯一の地方紙みたいなものですから頑張って続けてください。コメントが少ないのは日本人の特性ですが、読者数は多いと思います。ところで馬毛島騒ぎはその後どうなりましたか。中国が問答無用の実力行使に走る中、熊毛の人達は相変わらず米軍反対を叫んでいますか。それとも米軍は必要だが自分たちの近くはたとえ無人島でも嫌だと言っていますか。
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Unknown (通りすがり)
2012-11-03 11:56:19
通りすがりで失礼します。

道州制についてですが、そもそも北海道と東京と沖縄とでは気候、風土、地域事情、民族(沖縄は琉球民族が主)など、様々なものが異なります。それを東京で一括管理する現状が適切なのか、甚だ疑問です。ちなみに関東と九州ですら1000km以上も離れていますが、ヨーロッパであれば1000kmも離れていれば完全に別の国です。

それに平時と非常時のことを混同していませんか?非常時は非常時の体制を構築すればいいのであって、非常時の極論を取り上げて道州制が否定される理由にはなりません。

明治維新の頃と異なり、現代は戦争や災害によらない人口減少社会であり、また草の根の国際交流も進んでいます。明治維新の頃と同じ政策ではダメなのは明白です。
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Unknown (夜泣石)
2012-11-04 08:59:00
離れていたら一括管理できない? 米国には日本一国ほどの大きさの州がいくつもあります。分割しろとでも?
欧州は歴史的民族的に多様すぎて統合できないだけです。彼らの理想は大欧州国家の建設です。
そもそも沖縄や北海道が独立したがっていますか? 経済だけでも独立したら住民の生活水準は半分以下になりますよ。
平時と非常時? 今は非常時ですよ。それも前大戦後に匹敵するほどの。
草の根の国際交流? それがほとんど役に立たなかったことは今、中国や韓国が証明してくれました。
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