さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

モズ

2013-01-11 09:32:34 | 


我が家の2階の書斎からは遠くの山並みや夕焼けなど眺められてなかなか良いのだが、残念なことに電線が邪魔をしている。越してきて最初のうちはずいぶん恨めしく思ったものだが、そのうちいろいろな鳥がしょっちゅう来て止まるのに気付いた。居ながらにしてバードウォッチングができるとは、これはまたいいものだと思い直した。それからは机の上にいつもカメラを用意している。数ヶ月前、秋の間中はそれこそひっきりなしという感じだったが、中でも一番目にしたのはモズだった。何しろけたたましい声でここに居るぞと叫ぶのでいやでも気付くのだった。



ぐっと先の曲がった嘴、大きな鋭そうな目、スズメより少し大きい程度の小鳥なのにワシタカを思わせるような迫力がある。目を通って黒々と太い横線があるのも悪漢風だ。これはスポーツ選手などもやっていたりするが、目つきを悟られずどこを見ているのか判らず、それで相手を欺くのだという説がある。なおこの線の色が黒々しているのが雄、雌は少し薄めなのだそうだ。



しかしこんな姿の時もある。しゃれた色合いで長い尾がすっと伸びた細身も形よく、鳥かごに入れて飾っておきたいくらいだ。



またある時はふっくら膨らんでいたりする。これではスズメ並みのかわいらしさだ。



胸とお腹は白い。雌だとここに薄い茶色のうろこ模様があるそうだ。よくこうして背伸びするようにして首を回しながら周囲をうかがっている。



その時尾羽をゆっくり回しているのが面白い。上下させるのなら鳥として普通だが、くるくる回すのは珍しい。これはどういう目的があるのだろう。何かの合図とかあるいは準備運動とかにしてはゆっくり過ぎるし、全く見当も付かない。



キィーキィーキィーといったモズの高鳴きは秋の風物詩とされているが、凄まじ過ぎて風情も何もあったものではない。しかも傍迷惑なくらい近くでずっと鳴き続ける。秋は鳴いていない時の方が珍しいくらいに感じる。これは縄張り宣言なのだそうだ。ということはここで見かけるのはいつも同じ個体で、我が家を勝手に縄張りにしてしまったということか。冬になると急に聞こえなくなるのでどこかに行ってしまったかと思う。しかし鳴かなくなっただけで気が付くと黙って電線に止まっていたりする。たまに飛びながらキチキチキチと鳴いている。

ところでモズはカラスと並ぶ悪声の持ち主かと思うと決してそんなことはない。このあたりにはすばらしい美声のイソヒヨドリが多いのだが、ある時、これまた麗しい鳴声がするなと目を上げたら何とモズだった。上手に、いや師匠以上というくらいにイソヒヨドリを真似ていたのだった。玉を転がすようなカワラヒワを真似たり、スズメのぐちゅぐちゅと甘えるような声を真似したり、またそれらから良いとこ取りをしたような独創的で不思議な節回しを歌っていたりする。さすが百舌と書かれるだけのことはある。これは春先に雌を誘うための求愛行動の一つと言われているが、実際は秋にも高鳴きの合間にしばしば物真似声を出している。こんなすばらしい声の数々がまさかモズだったとは思いも寄らなかったが、こうしていつも姿を見られて初めて気付くことになった。



昨年の春、海辺の雑木の枝にカニが刺してあるのを見つけた。カニは逃げ足が速く、よく捕まえられたものだと思う。我が家の庭でも無残な目つきの大きなバッタの干物があったし、カナヘビは絞首台の死刑囚のようにだらりと垂れていた。モズの早贄については諸説があるが、食物を固定して食べるためというのが最有力のようだ。モズは嘴は鋭いが、足は爪こそ伸びているもののきゃしゃな感じで太さは可愛い小鳥と変らない。ワシタカだといかにも頑丈そうな足でがっちり獲物を押さえつけるがモズではとてもそんな真似はできない。それで突き刺して固定してから嘴で引きちぎって食べる習性が進化したのだという。ではなぜ足をワシタカ並みに進化させなかったのか。見ていると彼らは普段は小さなハエなどをぱくっとくわえて一口で飲み込んでいることが多い。頑丈な足ではこうした俊敏な行動の妨げになってしまいそうだ。彼らにとって大きな獲物を手に入れる機会はそれほど多くなく、軽快さの方を優先したのではないだろうか。

モズは日本中の山から海辺にかけてどこにでもいるそうだ。ただ北方や山地のものは秋になると暖かい南方や平地に移動するとのことで、我が家のあたりでは冬にずいぶん増える。また何しろ自己主張の激しい鳥だから、ウグイスやメジロなどと共に子供の頃から馴染みの鳥の一つだった。しかし動物食のため都市化や農薬による餌不足で最近は減ってきているという。花の蜜を吸うメジロなどは心配ないが、これからはモズを知らない人たちも増えてきそうだ。

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