プロコフィエフの日本滞在日記

1918年、ロシアの若き天才作曲家が、大正期のニッポンで過ごした日々

プリンス諸島のハーレム

2006-05-03 | プロコフィエフ短編
短編小説『誤解さまざま』を訳している過程で、1918年6月24日のプロコフィエフ日記と対応する箇所に行き当たりました。「今書いている小説のためにプリンス諸島を探そうとして」、ヨーロッパの地図を所望したのに、日本のホテルにはそれすらない、というくだりです。

この「今書いている小説」が、『誤解さまざま』のことと思われます。この作品の舞台はフランスですが、主人公の技師が「プリンス諸島にハーレムを買って5人の女と浮気する」ことを夢想するシーンがあるからです。プリンス諸島はイスタンブール近く、マルマラ海に浮かぶ島々。主人公はそれに続けて、東洋女性の神秘的な魅力について語っています。いわく「東洋の女たちだけに本物の恋ができる。心のかわりに留め金をとめたヨーロッパの不具者たちにはない、真のけだるい熱さをもっているから」。

おそらくこれは、プロコフィエフが日本女性に対して抱いた思いを反映するものでしょう。このときすでに作曲家は、何人かの日本女性と関わりをもっていたようですから!

『誤解さまざま』

2006-01-31 | プロコフィエフ短編
プロコフィエフの短編小説のうち2編の翻訳が終了し、次は『誤解さまざま』なる小説を訳すことになりました。この小説、日記のなかでは当初「夢の話(ソンヌイ・ラスカス)」として登場します。主人公は、建設工事のために長期出張中の技師。

「鉄道を建設しなければならないのに、妻のことばかり考えてしまう」……。そんな一文から始まるこの物語、プロコフィエフの短編小説のなかでは、比較的「わかりやすい」部類に属するもよう。さて、どんな展開になるのでしょう。

『彷徨える塔』

2005-11-21 | プロコフィエフ短編
ただ今、プロコフィエフが日本滞在中に書いた短編小説のひとつ『彷徨える塔』を翻訳しています。以前に訳した『ひきがえる』に比べると、まだわかりやすいお話なのですが、意味深長な言葉の羅列で、これはこれでなかなかに手ごわいしろものです。

主人公は、バビロンの遺跡発掘にのぞむ天才学者マルセル。1918年7月29日付けの日記には、バビロンについて書かれた本を再読して刺激を受けたことが記され、書きかけだったこの小説を、離日前に一気に書き上げたもようです。もともとこの小説は、シベリア特急の車中で書き始めており、完成までに約3ヵ月を要したことになります。いわば、プロコフィエフの日本滞在とともにあったこの作品。日記と併せて読むと、興味深いものがあります。

プロコフィエフの短編小説

2005-09-06 | プロコフィエフ短編
日記中にもあるように、プロコフィエフは日本滞在中に『彷徨う塔』『誤解さまざま』『許しがたい情熱』『ひきがえる』といった短編小説を手がけています。6月25日の日記では、自らの作家性について自問自答するくだりもあり、単にピアノのない状況下で暇つぶしで物語を書いていたわけではなく、小説執筆も創作活動の一環としてとらえていたことがうかがえます。

作曲家が書き残した短編小説集は、2003年に本国で出版され、今、手元にその本があります。黒い表紙の小さな本には、日本滞在中に書いた作品や未完のものも含めて11編が収録されています。

試みに『ひきがえる』を訳してみましたが、「くねくね男」と「ひげ男」の珍妙な会話によって綴られる、ユーモラスでシュールな作品です。しかし、微妙な言葉の言い替えが、なかなか日本語では表現しにくく、一筋縄ではいかない訳者泣かせの作品ともいえるでしょう。

そもそもプロコフィエフの文章は、美文とは言いがたく、日記翻訳の際も、ロシア人監修者でさえもが「こんなロシア語はありません!」と手を焼く場面がたびたびありました。日記の性格上、他人に見せることを想定していなかったのかもしれませんが、独特の言い回しもまた、天才プロコフィエフの個性のひとつなのではないでしょうか。