すごいよ!!○○○さん!! 

辛そうで
辛くない
少し辛い大人の世界。

Boys Be Ambitious。

2007年07月19日 | 為になる雑学。

クラーク博士は言いました。
少年よ、大志を抱け。
と。


みなさん
抱いてますか?大志。

夢を持って奮闘している若者って
何て輝いているんだろう。

最近、本当にそう思うのです。
年の所為ですかねぇ。


夢の為に頑張っている後輩・同輩等々…

彼らの顔は少しの不安と夢と希望で意気揚々としています。
んもうテッカテカです。

私もテッカテカしているかしら…。

私は死ぬまで大志を持ってテッカテカでいたい。
そう思うのです。






ところで


クラーク博士も
「少年よ、大志を抱け」という名言も知っているけど

クラーク博士が何者で
何でそんな名言を放ったのか

って知ってます??

私は知らないのです。
コレって一般教養の範囲内なのかしら…ち、違うよ…ね?(焦


と、言うわけで
学校の勉強は嫌いですが
日常生活に於いて知らなくても何の支障も来たさないような事は気になりだすと止まらず
【気になったらとりあえず調べる】
という
少し前までフジテレビでやってた
某番組のような精神をモットーにしている、
わたくしことonDがざっと調べてみました。

久しぶりに。

現実逃避的な?笑





クラーク博士って何者?
ウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark)
アメリカの教育者。マサチューセッツ農科大の初代学長。
1876(明治9)年7月、日本側の熱烈な要請により農学・化学・英語教師そして教頭として、北海道開拓のための農業技術者を養成することを目的とする札幌農学校(現・北海道大学)に赴任。
クラークの立場は教頭で、名目上は別に校長がいたが、クラークの職名は英語ではPresidentと表記することが開拓使によって許可され、ほとんど実質的にはクラークが校内のすべてをとりしきっていた。
僅か8ヵ月の滞在で、博士に直接指導を受けた札幌農学校の最初の卒業生は16人。


ええええ。
クラーク博士は8ヵ月しか北海道に居なかったのか…。

しかし、逆に考えると
8ヶ月しか滞在してないにも関わらず
今も語り継がれる名言を残して行ったとは…凄いな。




教頭・クラーク博士。
札幌農学校に着任したクラークは、校則について
「この学校に規則はいらない。Be Gentleman(紳士たれ)で十分である」
と進言したといわれている。それまで士族の子弟ががんじがらめの徳目に縛られていたのと比べると、「紳士たれ」だけとはいかにも簡潔なことであった。しかし何をしていいのか何をしてはいけないのかは自分で判断しなければならないため、自由でありながら厳しいものとなっている。


クラーク博士、カッコイイな!




あの名言について。
クラーク博士が札幌農学校の開校に参画して札幌を離任する際、札幌農学校1期生に向けて
‘Boys Be Ambitious’(少年よ、大志をいだけ)と残していった。
この文言は、クラークの離日後しばらくは記録したものがなく、後世の創作によるものだと考えられた時代があった。
しかし、後にその言葉を直接聞いた1期生たちによって、クラークの言葉である事、全文は‘Boys, be ambitious like this old man’(この老人のように、若いあなた方も希望を持ちなさい)であった事が判明している。


おおー。
何か違ってる。
本来はもうちょっと柔らかい表現だったんですね。




はー。
スッキリしたところで現実に戻ろう…。