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宝物は 
いつもここにある

愛を生きる人

2018-09-23 | 心で生きる
愛を生きる人を知っている


愛は
生きとし生けるものを生かしていて
私たちはいつも片時もそこから離されたことはなくて
だけど余計なものを抱えすぎて、それが見えなくなった




愛を生きる人は
いつも開いているために
その愛を瞬時に使うことができる。





愛を生きる人は
いつも心を開いているから
目に入るすべてが
彼に語りかけているのがわかる




朝 

光を感じる
呼吸を感じる
風を感じる
波の音を感じる
犬に餌と愛を与える 彼もまた愛をもらう
猫に餌と愛を与える 彼もまた愛をもらう
こちらを見下ろす鳥たちと気持ちを交わす
田畑に育つ作物を慈しみ、感謝する

場面がどこに変わっても
彼に見られるもの
彼に触れられるものたちは
彼から愛を感じている
だから
彼がいるところのものたちは
生きものであろうと
建物であろうと
道具であろうと
美しさを発揮している
彼の愛に応えたいと
喜びをもって働いている

彼の愛ではなくて
愛が、彼を生きているのだ

彼は空っぽでいるのだ
そして彼は
至福を受け取っている


彼は仲間を助ける
彼の仲間は
時間や空間によるものではなく
長い付き合いでも
会った瞬間でも
彼の心が共感で振動したなら
その人は仲間だ

彼は仲間の夢の実現が
彼の夢の実現でもあることを知っている
だからかれは無条件に、躊躇なく、仲間のために彼のために働く
時間の限り動く
今日の命は今日使い切る
愛に繋がっているから
愛は枯れないことを知っているから
出し惜しみはしない
出し切る
そうして彼は深い眠りを少しだけ取る

人はどうして彼がそんなに強いのかそんなに尽くせるのか、と驚く
彼が使ってるのは
彼の「力」ではなくて
無限の愛なのだ

親切心ではなくて
純粋な愛なのだ

だから
かれは自分が特別ではないことをしっている





私は彼の“在りよう”を渇望した
私は彼が世界に愛されていることをやっかんだ



**********

ことわっておくけど
これは私から見た、私が感じた
ある愛を生きる人のおはなし



あるとき、気付きがやってきて
私はその愛の中に溶け込んでいた。(→その日の日記「愛について」





誰もいない海で
ぼーーーっと波を見つめていた時に
それはおしよせてきた

あーーー
これかぁーーーーー
君はこれを見てたんだ・・・・
これを使ってたんだ・・・・!
これなんだぁーーーー
って

可笑しくなって
砂の上に大の字に寝転がって
笑った


世界はこんなにも美しくて
私は世界に愛されていた
やっかみも孤独も不安も、私を愛から離すものは何もなかった
私は愛の中にいた
これまでもずっとここにいたんだと知った







彼が使う愛は
いつもどこにでも
あるものだった

それどころか
愛の中に
すべては生かされている
ひとつの例外もなく


見えなくしているのは
余計な荷物が多すぎるからだ

いつも心を開いていれば
誰にでも使えるエネルギーなのだ

彼はそれを知っているけれど
誰もが自分で発見するほかはそれを見つける道はないということも知っているから
彼は待つ
今できる最善を尽くしながら
仲間を待つ
それぞれがそれぞれの宝に気付いて
愛に気付くことを
静かに待っている

そして気付くか気付かないかってことにも
執着はしていない

彼はいつも すべての生きてるさまを慈しみ
彼はいつも すべての生きているさまに魅了されている



いつか彼に聞いたことがある
どうやって「それ」に気がついたの?



思考を手放すこと
呼吸と共ににあること

かなぁ、と彼は言った。






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