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仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

『月下の恋人』 浅田次郎

2012-03-18 11:39:22 | 讀書録(一般)
『月下の恋人』 浅田次郎

お薦め度 : ☆☆☆+α
2012年3月17日讀了


11篇からなる短篇集。
私のやうに淺田次郎に泣かされることを期待してゐると肩透かしを喰ふかもしれない。
この短篇集は、「どや、泣けるやろ」といふ淺田次郎節ではなく、もつとさらりとした、それでゐて背筋がすつと冷くなるなうな話が收録されてゐる。
それをうまく言ひ表はす言葉を持たないのだが、あへていへば怪談、いや怪異譚とでもいふべきか。


『情夜』
一人暮しをしてゐる男のもとに、手紙が屆く。
宛て先は、見知らぬ名前の女で、まるで自分の同居人であるかのやうに宛て名が書かれてゐる。
この男を息子が訪ねてくる。
男の元妻、つまり彼の母が再婚するといふ報告に來たのだ。
この父と息子のやりとりがじつに良い。
怪異譚がどこかに消えてしまひさう。
ラストはまた怪異譚に戻る。

『告白』
これは好きな話。
高校1年生の梓の兩親は小學校1年の時に離婚した。
いまの父は母の再婚相手で、實の父の親友だつた。
梓のもとに毎月、實の父からお小遣ひが振込まれてゐる。
最初は1千円だつたが、毎年1千円づつ増え、いまは月1萬圓。
ある大雪の日、梓は家まで歸れなくなる。
一緒にゐた親友の奈美は、梓に内證で電話をかけ、梓の父に迎へに來て貰ふ。
父のことを「あいつ」と呼んでゐた梓であつたが・・・
この短篇集の中で怪異譚ではなく、泣けた作品。

『適當なアルバイト』、『風蕭蕭』
略。

『忘れじの宿』
これもいい。
忘れてしまひたいこと。
忘れたくないけど、忘れなければならないこと。
そんなものが痼になつてゐて、それをほぐすと忘れてしまふ。
忘れるべきか、忘れざるべきか・・・
死に際に妻は呟いた。
「わすれてよ」
そして・・・
「螢が、おせなにとまりましたえ」

『黒い森』
これは怖い、かなり怖い。
ドイツ歸りの商社マン竹中修一は、笛木小夜子に求婚した。
その噂が會社内に廣がり、どうしたことか、歴代の會長まで出席する會議が開かれる。
その席で元會長が云ふ。
「君は、知つておつたのか、それとも知らなかつたのか。どちらなんだね」
母が修一を訪ねて來て、修一が居眠りしてゐる間に小夜子と何事かを話してゐた。
その母が歸り際に云ふ。
「ともかく、別れなさい。大變なことになる。命いくつあつても足りまへん。」
「ほかしたらあかんで。納得させなあきまへん」

『廻轉扉』
洒脱な話。
人生の轉機に、何故か廻轉扉で同じ紳士に出會ふ。
月に一度一緒に食事をともにする女優がそんな話をした。
女優が一足先にレストランから出て行く後ろ姿を見てゐたら、彼女は廻轉扉で紳士と擦れ違つた・・・

『同じ棲』
微笑ましい。
6年の長きにわたつて同棲を續けてゐた男女の物語。
タイトルの『同じ棲』てのはこのことかと思つては早計である。
女はほかに好きな人がゐるから別れようと云ひ、男は賃貸マンションを借りて、女にここでやり直さうと云ふ。
そのマンションは「バブル流れ」であり、内裝にしても設備にしてもかなり豪華なのだが、賃料は驚くほど安い。
或る日、このマンションで男女それぞれが、それぞれに奇妙な經驗をする・・・
そして、女は切り出した。
「私、話すからね」

『あなたに會ひたい』
こ、怖い!
夜中にカーナビ使へなくなつてしまふ・・・
私などは身に覺えがないからいいけど、さうでない男性諸氏は氣をつけたはうがよろしい。

『月下の戀人』
ドッペルゲンガー。
好きな 梶井基次郎 を思ひ出した。
同級生同士で付合つてゐる男女が海邊の旅館に泊る。
そこで別れ話を切り出されるのだと男は思つたのだが、女の切り出したのは心中だつた。
二人は海岸に出たのだが、そこで奇妙な經驗をする・・・
私としては、主人公の男女もさることながら、元は熱海の藝者と板前だといふ旅館の老婆と老主人が氣になつた。
若い男女よりも老人たちの人生に興味を惹かれるのは、私が後者に近づいて來たからだらうか。

『冬の旅』
これはストーリーよりも、描寫が良かつた。
上野から上越線の夜汽車に乘ると、通路を隔てた隣のボックスに苦行僧のやうな登山者がゐる。
彼は1升壜を携へてゐて、彼の手には拇指と人差指が缺けてゐる。
この單獨行者は中學3年の主人公にさりげなく優しいのだ。
この凍傷で指を喪つた登山者の人生が氣にかかつてならない。
やがて、列車は「國境の長いトンネル」に入り、そのトンネルの中にある土合驛で登山者は列車を降りて行つた。
恐らく、前年の同じ日に、友を谷川岳で喪つたのだらう。
彼はどこで亡き友と酒を酌み交すのだらうか。
大幅に脱線した。
ストーリーは讀んでのお樂しみといふことで。


月下の恋人 (光文社文庫)
浅田 次郎
光文社






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