仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

お好み燒きと私

2010-05-20 17:42:57 | 日々雜感
私はお好み燒きが食べられない。
アレルギーといふわけではないので、無理すれば食べられる(と思ふ)が、食べようといふ氣持ちになれないのである。


東京で生まれ、千葉で育つた私の身の囘りには、お好み燒きと接する機會が少なかつた。
例へば、神社の縁日でお好み燒きを見掛けることはあまりなかつたやうに思ふ。
多くはもんじや燒きであり、お好み燒きといふ名前のもとで、もんじや燒きモドキが賣られてゐたりしたものだ。

私はソースがあまり好きではなかつた。
ソースをつけて食べる料理が食卓にのぼる機會は少なかつたやうな氣がする。
魚介類が多かつたので、必然的に醤油が好きになつた。
さういふ意味でも、私とお好み燒きは、そもそも昵墾の間柄になるチャンスが少なかつたと云へるかもしれない。

前置が長くなつたが、私はそれでもお好み燒きがとりたてて嫌ひといふわけではなかつた。
私がお好み燒きを食べられなくなつたのには、ひとつの切つ掛けがあつたのだ。
話すと長くなるが、それはかういふことだ。


私は學生時代を京都で過した。
住んでゐたところは、「地の果て」とも云はれる左京區岩倉で、學生ハイツといふ名前のボロアパートだつた。
基本的に貧乏學生ばかりが住んでゐたが、中には中古のクルマを持つてゐる優雅な學生もゐた。
住人は4人集まるといつでも麻雀をしてゐた。
麻雀をしてゐて腹がへると、近くの天一に歩いてゆくのが常だつた。
ところが、ある時、誰かがお好み燒きを食べに行かうと云ひだした。

「なあ、いつも天一ばかりだし、お好み燒きを食べに行かないか」
「そんな店、近くにあつたか?」
「いや、北野白梅町の西のはうに、安くてボリュームのある店があるんだつてさ」
「は、白梅町?右京區だよな?そんな遠くまで行くのかよ」
「クルマなら30分くらゐと違ふか?行かうや」

といふわけで、行くことになつてしまつた。
私はお好み燒きがあまり好きではないのだと云つたのだが、
「うまい店らしいから、大丈夫、大丈夫!」
と押切られた。

店は大人氣で、店の外まで行列が出來てゐた。
しかし、幸ひなことに(不幸なことに)、5分ほどで店の中に入ることが出來た。
ところが店の中に入つて驚いた。
店の中でもたくさんの人が椅子に腰掛けて待つてゐるのだつた。
ソースの甘つたるい匂ひ、ソースの焦げる匂ひ、マヨネーズの酸つぱい匂ひ、油のどろりとした感じの匂ひ・・・
さまざまな匂ひが混ざりあつた、一種獨特な形容しがたい匂ひが店の中に充滿してゐた。
私たちは、その匂ひの中で40分以上待たされた。

やうやく私たちが食べられることになつた。
供されたお好み燒きはとてつもなく巨大であつた。
確かにボリュームたつぷりだ。
店の名前は「ジャンボ」といふのだが、これなら店の名前に恥ぢることはない。
私以外のみんなは、待たされて腹が減つたと云ひ、旨さうに食べてゐる。
しかし、私はと云へば、待たされてゐる間に胸ヤケがしてしまひ、巨大なお好み燒きを目の前にして吐き氣と戰つてゐたのであつた。


かくして、私はお好み燒きが食べられなくなつた。
いはば、お好み燒きのトラウマである。
あれから30年近くになるが、私は一度もお好み燒きを食べてゐない。
醤油ベースのネギ燒きなどは大丈夫なのだが。

そんな私であるが、最近赤ワインを自宅で飮むやうになり、ソースが旨いと思へるやうになつた。
たこ燒きやソース燒きソバは大丈夫なので、そろそろお好み燒きも大丈夫かもしれない。
さう思ひながらも、まだお好み燒きに手を出せない私。
勇氣のない、意氣地なしの、情けない男である。



<追記>
この「ジャンボ」といふ店、いまもあるのかと思つて調べて見た。
すると、いまでも30年前と同じく、かなりの人氣店らしい。
たいしたものだ。

「ジャンボ」
京都市北区等持院南町35




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