仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

読書録 2024年6月上旬

2024-06-10 21:22:00 | 読書録(備忘)


『明治文学小説大全』 (全50篇)より

6月9日
『破戒』 (島崎藤村)
明治39年(1906年)3月

再読。中学時代に初めて読んで以来約半世紀ぶり。
近代文学史上、いわゆる自然主義の代表作といった位置付けにある。
冒頭の「蓮華寺では下宿を兼ねた」を読んで、冒頭の一文とその作品名と作者名を結びつける問題があったのを思い出した。高校入試の模擬テストだったかな。
表記は歴史的仮名遣い。残念ながら漢字は略体字。中途半端だなぁ。
ほとんど現代文と云ってよいほどの言文一致体。ただし漢字の当て字は多い。
穢多という言葉を知ったのはこの作品だったか、それとも歴史の本だったか定かでない。士農工商穢多非人という成句を既に知っていたかもしれない。
東京で生まれ千葉で育ったぼくにとって、いわゆる「部落」は身近なことではなく歴史上のことに過ぎなかったが、京都で暮らすようになって今でも存在していることだと知った。
大阪の企業に就職して、同和問題に企業として取り組む必要があることも知った。
瀬川丑松は高等小学校教師で4年を受け持っている。
当時の学制は尋常小学校4年、高等小学校4年。この作品発表の翌年(1907年)から尋常小学校6年、高等小学校2年となった。
ちなみに旧制中学は5年制で高等小学校2年修了で受験可能。1907年からは尋常小学校6年修了で受験可能となっている。
穢多であることを隠せという父の戒めを破る、即ち「破戒」。
なぜ丑松は穢多であることを告白しなくてはならなかったのか。重苦しい作品ながら、丑松の師範学校同期で同僚の友人、土屋銀之助の友情が救いとなっている。 
 
 


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