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ぶらりフォト日記

2005年開設以来あまり更新されていませんが、私の住んでいる地域や旅先の事を写真をまじえて紹介しようと思います。

蓮華寺池公園、藤祭り

2015年05月03日 01時46分20秒 | わがまち発見

 この記事は私のメインブログである「五つの池の喫茶店」の記事を少し編集しました。

 桜が散り、新緑が映えるこの季節、私の近所の蓮華寺池公園では藤の花が見頃になります。例年、蓮華寺池公園では「藤まつり」が開催され、今年で32回目になります。今年は4月18日にスタートし、5月5日が最終日だそうです。期間中はダンス大会、藤枝太鼓、餅つき、宝探しなど各種イベントも盛り沢山、また出店にも多く出ており、大人から子供までもれなく楽しめます。

 遊具施設も子供連れでいっぱい

 桜も盛りがあるように、蓮華寺池公園の「藤の花」は大体ゴールデン・ウィーク直前か前半が満開のようです。例年は嫁の両親がゴールデン・ウィークを利用して、藤枝に遊びに来て、蓮華寺池公園の「藤まつり」に出かけるのですが、今年は忙しいようで、残念ながら遊びには来れないとの事。仕方がないので、今年は息子と二人、連れ立って「藤まつり」に先週の日曜日に行ってきました。

 藤

 例年「藤まつり」には期間中に20万人以上の方が訪れるとか、私たちが行った日も予想通り観光客で賑っていました。公園内には出店がたくさん軒を並べていました。お茶、ファストフード、衣服、焼き鳥、玩具etc。中でも注目なのは、この時期しか販売しない「藤アイス」。その名の通り藤色をしたアイスクリームで藤の甘い香りがした上品な味がします。これが食べれると期待していましたが、私たちが行った時には、すでに完売していて食べることはできませんでした。残念!!

 蓮花寺池

 蓮華寺池公園には、いたるところに藤棚が設けられており、約23種260本以上の藤の木が植えられています。

 蓮華寺池の真上には約100匹の鯉のぼりが舞っていました。全部かどうか判りませんが、藤枝市内の幼稚園に通う園児の手作りだそうです。

 池に舞う鯉のぼり

 各種イベントも行われていました。

 藤枝太鼓の演奏

 猿回し

 併設している藤枝郷土博物館では☆なつかしのおもちゃ☆昭和のアニメヒーロー展が開催されていました。また臨時に小型のSLが小さな子供たちを載せて走っていました。


蓮華寺池公園 桜

2015年04月06日 01時25分16秒 | わがまち発見

 私は藤枝市に来て5年くらいになりますが、このブログで蓮華寺池公園の桜を取り扱ったことがありませんでした。大した腕ではありませんが、今年は何枚か写真を撮ったので紹介します。

 蓮華寺池公園は周囲が約1.5キロあります。撮影したのは4月4日、ちょうど遅出出勤だったので、ちょっと自宅を早めに出て撮影しました。撮影するに歩きましたので、仕事に行く前に疲れてしまいました。


瀬戸川桜祭り

2015年04月01日 00時34分27秒 | わがまち発見

 この記事はメインブログである「五つの池の喫茶店」の記事を少し編集しました。

 私の自宅の近くの瀬戸川近辺では、28日と29日に金毘羅山・瀬戸川桜まつりが開催されていています。1年間に数回しか乗らない自転車で、28日の土曜日、息子と2人、瀬戸川にお花見に行ってきました。当初は娘と行くところ、娘が体調を崩したこともあって、息子を誘いました。普段はゲームばかりやっている息子、ぶつぶつ言いながらも約2キロほど離れた瀬戸川迄足を運びました。

 瀬戸川は藤枝市の中心部を流れる川で、1000本以上のソメイヨシノが立ち並ぶ桜の名所として藤枝市民に知られています。中でも、瀬戸川の左岸堤は、東海地方最大級と言われている、2kmの桜トンネルが続きます。桜の木々の間には灯籠が建てられており、私は行っていませんが、夜には華麗にライトアップされるそうです。

 瀬戸川左岸堤、桜のトンネル

 花見客で賑っていました。

 瀬戸川桜祭りでは各種催し物も行われていました。私たちが瀬戸川に着いたときには、ちょうど‘藤枝太鼓’の演奏の中でした。この藤枝太鼓、藤枝市のある志太(しだ)地方の地域に根差した創作太鼓で、20年以上の歴史があるとか、地元の各種イベントには必ず登場する人気サークルです。

 藤枝太鼓の演奏

 藤枝太鼓の演奏が終わると、今は懐かしいチンドン屋さんの演奏が始まりました。

 チンドン屋さんの演奏

 瀬戸川左岸堤のトンネルを上流沿いに歩くと金毘羅山があります。標高67メートルの山頂には金毘羅神社が祭られ、地元の人からは「こんぴらさん」と親しまれています。

 金毘羅神社

 出店もありました。

 瀬戸川の河畔


蓮華寺池公園 冬景色

2015年01月02日 23時29分26秒 | わがまち発見

 2015年になりました。
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。このブログで新年のあいさつをするのは初めてです。如何せん、気まぐれに更新していますので・・・。
 今日、蓮華寺池公園を散策しました。別のブログ「五つの池の喫茶店」で富士山の写真を使うためで、公園の山頂にある富士見平まで行き、そこで撮影しました。山頂の高さは約80メートル、それでも日頃の運動不足がたたって、すぐに息が切れる始末、おまけに運の悪いことに途中で足がつってしまいました。それでも山頂からの富士山の眺めはよかったです。この景色で、疲れが一変に取れました。今日は冷え込んでいたせいもあって、富士山がはっきりと見えました。また運動したせいなのか気温(公園温度計で8度でした。)の割には寒く無かったです。
富士山、きれいでした。
遠くに駿河湾が見えます。
山頂に続く歩道は綺麗です。
今日の気温は8度です。
鴨も寒そう。
湖畔の遊覧船、寒いのに・・・。
蓮華字池の湖畔
 蓮華寺池公園は昨年の11月29日より、湖畔の歩道がライトアップされています。昨年撮影したものですが、夜は綺麗ですよ。ただ人通りが少ないのでちょっともったいないような気がします。
イルミネーション
 私が書いているブログです。よろしかったらご覧ください。

 http://kitajskaya.hatenablog.com/ 「五つの池の喫茶店」


飽波(あくなみ)神社

2014年12月07日 21時24分36秒 | わがまち発見
 飽波神社(あくなみじんじゃ)藤枝市では一番大きな神社で、歴史も古く、古墳時代の仁徳天皇治世の時代(西暦316年)に創設された由緒ある神社です。「飽波」という変わった名前、昔は湧波(わくなみ)と言われており、近くを流れる瀬戸川の伏流水が山裾の石の周りから水がこんこんと湧き出て来て、人々を疫病や災難から護ってくれたことに由来するそうです。ご祭神である少彦名命(すくなひこなのみこと、大国主命と一緒に国造りをしたとされる神様)は、瀬戸川の水害から生活を守ってくれる川関大明神ともたたえられており、この社殿の土をいただくと洪水を免れるという信仰もあったそうです。戦国時代に永禄・元亀の合戦で武田軍の乱入を招き、社殿は焼失しましたが、江戸時代中期の正徳5年(1715年)に現在の藤枝市岡出山に社殿を再建したとされました。
 毎年10月の第1週の土日が例大祭で、3年に1回「藤枝大祭り」が盛大に催されます。大祭には旧藤枝宿の9町と隣接5町の、合わせて14町から屋台が惹き出され、14町全ての屋台が歌舞伎の演奏音楽である長唄・三味線・囃子方の演奏で地踊りを披露します。この形態は現在ではこの藤枝大祭だけだといわれています。明治時代までは高さが9メートルを超える山車屋台と踊り屋台を結合した大規模なものでしたが、文明開化の象徴である電線の敷設により、屋台が電線に引っ掛かり、やむなく現在の踊り屋台のみになったそうです。女性の優雅な地踊りと、力強い男性たちによる屋台の曳き廻しが見所で、特に大きな屋台を回転させる「砲丸廻し」は見る人を圧倒します。
 先月末に飽波神社を参拝しました。境内には七五三の御参りに来た親子が数人いただけで割と静かでした。私は正月に御参りに行く習慣がないので、初詣になるのでしょうね?11月に初詣とは、神様はきっと呆れている事でしょう。
拝殿
七ツ森神社
金山神社

藤枝市郷土博物館・文学館

2014年11月09日 13時41分05秒 | わがまち発見

 藤枝市郷土博物館・文学館は、市民の憩いの場である蓮華寺池公園の中にあります。郷土博物館は、藤枝市の歴史を古墳の時代よりわかりやすく展示しており、特別展や企画展などの開催のほかにも、郷土の歴史を学べる講座や体験教室を行っています。文学館は、郷土ゆかりの文学者、小川国夫・藤枝静男・村越化石・加藤まさをなどの文学資料の展示をしています。

 B-15系蒸気機関車

 かつて藤枝から太平洋に沿い大井川、榛原、浜岡を経由し袋井に至る静岡鉄道駿遠線が走っていました。モータりゼーションの発達の為、1970年に廃止になりましたが、当時使われていた車両が藤枝市郷土博物館・文学館の入り口に展示されています。

 ポスト

 何故だか、昔の郵便ポストがあります。投函はできませんが・・・・。

 小川国夫文学碑

 小川国夫は藤枝市出身の作家で、「アポロンの島」、「悲しみの港」、「ハシッシ・ギャング」などの作品で知られています。古井由吉、黒井千次、後藤明生、日野啓三らなどの内向の世代の作家として注目されました。2008年に没。2011年4月に、思索の為の散策コースで小川文学の舞台となったこの地に文学碑が建立されました。毎年4月、小川国夫を偲ぶ「逸民忌」が開催されています。


蓮華寺池公園、秋

2014年11月09日 13時16分11秒 | わがまち発見

 7日の金曜日は立冬でした。季節はいよいよ冬に向かています。朝晩も冷え込んで、暖房が恋しくなりました。外に出ると、街路樹も色づきました。この季節、どことなく物悲しくなります。それが落ち葉の情景とコントラストして一層の想いが深くなります。

 私の自宅の近所にある蓮華寺池公園も紅葉が見ごろになってきました。

 散策路

 蓮花寺池、散策路から

 蓮花寺池、入口から

 

 藤枝市は1954年3月に藤枝町、葉梨村、稲葉村、青島町、大洲村、高洲村が合併して藤枝市となり、今年で市制60周年になります。蓮華寺池公園は藤枝市の中央部に位置し、季節を問わず多くの市民が集う憩いの場所になっています。


藤枝市生涯学習センター

2014年11月06日 09時05分42秒 | わがまち発見

  藤枝市生涯学習センターは、生きがいのある充実した人生を送るために、藤枝市が生涯学習の拠点として学習情報の支援や学習機会の場を提供しています。2日の発表では娘の合唱の発表のほかにフラダンス、ギター演奏、マジックなどの演目が披露されました。また体験コーナーでは「桐箱つくり」のほか、「蕎麦打ち」体験もありました。また屋外では出店が出店、射撃や的あてなどの縁日風のものや消防体験や盲導犬の話など社会性のある出し物もありました。

 出店

 消防体験

 この日はなかなか外に遊びに行かない息子を無理やり(?)連れ出して自転車で会場に行きました。会場に着くと息子より親の方が興奮しました。息子はゲーム機を持参、お姉ちゃんの発表以外はあまり関心がなかったようです。


藤枝桐箪笥

2014年11月05日 11時22分12秒 | わがまち発見

 藤枝桐箪笥は、藤枝市の伝統工芸品の一つで静岡県の「郷土伝統工芸品」に指定されています。桐箪笥は耐湿性に優れ、耐用年数も長く、虫がつきにくく、熱を通しにくいなどの理由から、古来より貴重品や衣類の収納に重宝されてきました。また女性の嫁入り道具としても親しまれてきました。

 藤枝桐箪笥の歴史は古く、徳川三代将軍家光公の時代、静岡浅間神社造営の際に全国から集められた木工、漆工、彫刻師などの技術者が、造営後も静岡の温暖な気候風土に魅了され住みつき、その一部が藤枝に移り住み、入手しやすい桐を使用し、長持、衣料箱、箪笥を作り出したことに由来します。その後技術革新や鉄道の発達により、藤枝桐箪笥は東京や名古屋方面に販路を拡大し、新潟県の加茂、埼玉県の春日部と並ぶ日本三大産地になりました。

 戦後になり生活様式が急激に洋風化したことや原材料の桐の生産の減少により、桐箪笥の生産は減少し、職人さんの一部は洋家具へ転向しました。現在では江戸時代から脈々と続く伝統の技を受け継いだ職人さんたちが、生産に勤しんでいます。

 2日の日曜日、娘の合唱の発表を見るため、自宅の近くにある生涯学習センターのふれあい祭りに行くと「藤枝桐箪笥」の紹介と「桐箱」作りの体験コーナーをやっていました。見出しの画像は「藤枝桐箪笥」を紹介したものです。この「藤枝桐箪笥」、昨年息子が自由研究の発表に選んだもので、体験コーナーはその時に取材したお店だそうです。(うちに帰って息子から聞きました。)

 桐箱

 


大旅籠柏屋のひなまつり

2013年02月15日 18時07分45秒 | わがまち発見
 以前記事で岡部宿の大旅籠柏屋では2月になると、等身大の雛人形が飾られると書きましたが、その雛人形を本日見てきました。今日は夜勤明けで今週はもう仕事がありません。このまま帰って寝るのもなんだか勿体無いような気がして、で、岡部のひなまつりが今くらいにやっていることを思い出して、行こうと決めました。ただ昨晩から一睡もしておらず、ちょっと運転が心配だったので、眠気覚ましにコンビニで何本か缶コーヒーを買って飲み干し、そこの駐車場でちょっと仮眠を取ってから出発しました。小雨がぱらつくあいにくの天気でしたが、それでも昼前には岡部に着きました。
 入場料300円を払って、館内に入ると、本座敷に飾られている雛人形の大きさに度肝を抜かれます。(等身大の雛人形と呼ばれるだけあって当然と言えば当然なのですが…。)ただ人形の顔が思っていたのと比べちょっと老け顔だったのは残念でした。写真撮影はだったのですが、やはり雛人形が大きすぎることと座敷のちょっと奥行きが狭く戸もあける事が出来ず、写真がうまく取れません。お内裏様と三人官女は何とかカメラのフレームに収める事が出来ましたが、五人囃子は正面からでは入らず、ちょっと斜めのアングルでしか撮影ができませんでした。
 等身大の雛人形、地元の雛人形の老舗「好光」の職人が4年10か月の苦難の末に1969年12月に15体が完成しました。完成後、お披露目の場として、「岡部体育館」で段飾りで飾りましたが、あまりの大きさ故に以降は段飾りで飾られることはなかったそうです。その後は余り展示される機会もなく、2005年に旧岡部町に寄贈され、翌2006年からここ大旅籠柏屋で飾られることになったそうです。


  三人官女
  五人囃子
  随身 右大臣、左大臣
  仕丁 ちょっと変わっています
  つるし飾り



 奥の「ギャラリーなまこ壁」で「おばあちゃんの雛人形」が開催されていました。ここでは江戸時代から昭和初期の雛人形が展示されていましたが、中でも興味を引いたのは「天神人形」、天神とは学問の神様である菅原道真公のことを言いますが、藤枝、焼津の志太地区では3月3日の桃の節句に男の子のお雛様としてこの「天神人形」を飾る習慣があるそうです。ちょっと吃驚です。来年からは息子のためにも「天神人形」を買ってきて、お雛様と一緒に飾ろうかなあ…・


  ギャラリーなまこ壁
  内裏雛(嘉永5年 1852年)
  御殿飾(昭和中期)
  大正時代
  天神人形



 追記;柏屋のひなまつりは2月13日から4月7日まで開催されます。なお去年の7月に休館日で柏屋の内部が見れませんでしたが、本日、岡部宿当時の旅籠の貴重な資料も撮影することができました。内容は7月15日付のブログ記事「岡部宿大旅籠柏屋」にアップいたしましたので、興味がある方は読んでみてください。(駄文で申し訳ありませんが…。

蓮華寺池公園から富士山を望む

2012年12月23日 19時29分05秒 | わがまち発見
 先週、嫁が年賀状用の写真撮影の為に蓮華寺池公園に行きました。10枚くらいとった中に富士山の写真があったのでアップします。
 静岡に住んでいるとよく「富士山がみられていいね」って言われますが、私の住んでいる藤枝市は山に挟まれているせいか、日常生活において富士山がしょっちゅう見えるわけではありません。ただ秋から冬にかけての空気の澄んだ季節には、通勤途上の車の中で富士山の雄大な姿を望むことができます。その雄姿に、「やはり日本人には富士山だ」と改めて思います。

史跡田中城下屋敷

2012年12月09日 18時32分40秒 | わがまち発見

 娘が通う小学校の社会科の自由研究で藤枝市の歴史を調べるものがあり、何点かテーマがある中、娘は「田中城」のことを調べることになりました。そこで先週の日曜日小雨のぱらつく中、「田中城下屋敷」に出かけてきました。
 田中城は約500年ほど前に今川氏の命を受け、この地の豪族である一色信茂が築城したとされています。その頃は「徳一色城(とくのいっしきじょう)」と呼ばれていました。その後武田信玄がこの城を攻略、全く新しい城に改築し名前も「田中城」に改めました。武田信玄死後、息子の武田勝頼が長篠・設楽が原の戦いに敗れた後は、徳川家康に攻められますが、田中城は難攻不落の城だったようで、この城が開城するまで8年余りかかっています。理由としては、別名「亀城」と呼ばれる由来となる直径600㍍の同心円状に3重の堀を巡らす武田氏流の築城方法もさることながら、この辺りが戦の妨げになる湿地帯だったことが挙げられています。江戸時代には4万石の大名がこの地を治め、サッカー元日本代表の名波浩選手を輩出した西益津(にしましづ)小学校のある場所にかつての本丸が、西益津中学校のある場所に藩主の屋敷があったとされています。明治の代となり、田中城は廃城となり、城跡と建物は民間に払い下げられました。
 田中城の下屋敷(別荘)は城の南東にあり、江戸時代の後期には築山、泉水、茶屋などがあって四季を通じて景観よかったそうです。時の流れとともにその姿も変わっていき、近隣河川の改修などで下屋敷跡は昔の半分ほどの面積となってしまいます。藤枝市では1987年に田中城跡の保存整備事業が始まり、1992年から下屋敷跡で庭園の復元をするとともに、田中城ゆかりの建物をこの場所に移築・復元していき、1996年に史跡田中城下屋敷が誕生しました。
 ちなみに鷹狩りで田中城を訪れていた家康がこの地で食した鯛の天ぷらが原因で亡くなったとか。また池波正太郎の「鬼平犯科帳」の主人公長谷川平蔵の先祖が田中城の城主だったという説のあるそうです。本当かな…。


  冠木門(かぶきもん)


 20分の1に縮尺されていた当時の図面を復元したものです。
 


  本丸櫓(ほんまるやぐら)
 
 
 
 田中城の本丸にはもともと天守閣はなく、2層2階の物見櫓が高さ2.7㍍の石垣の上に建っていたそうです。この本丸櫓は中は資料館になっており、史跡田中城下屋敷を代表する建物といえます。

 
 
  藩主の服装でしょうか?
  田中城下の模型
  長楽寺村郷蔵(ちょうらくじそんごうぐら)

 
 
 郷蔵とは、年貢米や飢饉に備えた非常米を保存すための蔵だそうです。

 
 
  茶室
  仲間部屋・厩
  庭園
  徳川家康が植えた蜜柑の木

 


藤枝駅イルミネーション

2012年12月08日 23時47分19秒 | わがまち発見
 毎年この時期になると、藤枝駅周辺は煌びやかなイルミネーションで彩られます。すっかり冬の‘風物詩’となったこのイルミネーション、今年は去年よりもさらにパワーアップし、約22万個の電球が冬の夜空を照らします。
 このイルミネーションは、来年の3月上旬まで来訪者の目を楽しませてくれます。
 上の写真は南口の写真です。

藤枝花火大会

2012年08月09日 01時05分54秒 | わがまち発見
 毎年8月7日(はなびの日)に近所の蓮華寺池公園で藤枝花火大会があります。大正6年から続く歴史ある花火大会で、市の花である「藤の花」やサッカーボールといった藤枝市をイメージした創作花火をはじめとして約5000発が夏の夜空を乱舞します。毎年これを見るために嫁の両親が神奈川県から来ます。今住んでいる家は屋上があり、蓮華寺池まで直線で1㌔もないこともあってそこは花火を見る絶好のポジションです。近所のスーパーでお酒とつまみをひとたま買い込み、夕涼みを兼ねて花火見物としゃれ込むのが毎年のパターンです。あいにく今年は開始時に小雨がぱらついて、屋上で傘をさして花火を見始めました。今年はこのままずっと傘をさしたままなのかと気が滅入っていたのですが、すぐ雨も上がりビニールシートを敷いて、何とか屋上で花火見物を堪能することができました。
 今年は何とか見られそうな写真が撮れたので、腕が未熟で恥ずかしいのですがあと2枚アップします。ちなみに去年も撮影したのですが、とてもブログに掲載すべきレベルではないので、記事は投稿しませんでした。デジカメで花火の写真を撮るのは難しいですね。デジカメにはそれなりに操作法があると思われますが、何せ機械音痴の所為か、うまく活用することができません…


 
 

玉露の里

2012年07月16日 20時54分32秒 | わがまち発見
 静岡県は日本茶の生産量が日本一で、いたるところに大小問わず茶畑があります。一昨年の秋に寸又峡温泉に出かけましたが、日本アルプスに近く人も住んでいなそうな山奥にも茶畑はありました。そこは機械も入りそうもない急な斜面で、いったい誰がどのように手入れをしているのだろうと不思議に思っています。さてその日本茶の中でも最高峰と言われているのが「玉露」で、藤枝市岡部町朝比奈地区は京都の「宇治」、福岡の「八女」と並ぶ玉露の三大産地として知られています。「玉露の里」はお茶をテーマにし、「道の駅」と一体化した地域振興施設で、1991年にオープンしました。
 朝比奈川を挟み、食事処として「茶の華亭」、茶室として「瓢月亭(ひょうげつてい)」が主な施設です。上の写真は「瓢月亭」で、瓢箪池(ひょうたんいけ)を前に趣ある佇まいが感じられます。瓢月亭には、腰掛席や大広間、本格的な茶室などがあり、お茶の作法を知らない人や正座が苦手な人でも気軽にお茶を楽しむことができます。(入館料500円でお茶菓子つきで玉露か抹茶が頂けます。)瓢月亭の裏手には体験茶園があり、茶摘みの時期にはお茶摘み体験もできるそうです。


  森の緑に囲まれた朝比奈川
  趣ある日本庭園
  体験茶園