ぶらりフォト日記

2005年開設以来あまり更新されていませんが、私の住んでいる地域や旅先の事を写真をまじえて紹介しようと思います。

USA!?

2014年08月30日 14時47分05秒 | ふるさと散策

 実家から静岡に帰省するとき何気に撮った1枚です。ハリウッドに似せたこの看板のあるところは、

 JR九州の宇佐駅です。宇佐駅は1日の乗降客が450人程度、宇佐市の中心街から離れており、宇佐神宮や「昭和の町」で有名な豊後高田市への玄関口として位置づけられています。
 かつては宇佐神宮と豊後高田の間を宇佐参宮鉄道が走っていましたが、バス路線と競合するため、1965年に廃止されました。(当時私は2歳くらい、全く記憶にありません)当時使用されていた車両が宇佐神宮に保存されています。


大分農業文化公園

2014年08月30日 13時12分12秒 | ふるさと散策

 東椎屋の滝から自宅にかえる道すがら、大分農業文化公園に寄っていきました。
 大分農業文化公園は宇佐市安心院町と杵築(きつき)市山香(やまが)町に跨る日指(ひさし)ダム周辺に設けられた農業体験可能な公園で、「一村一品運動」で知られた平松守彦元大分県知事の肝いりで、2001年4月に開園しました。開園当初は年間46万人が訪れましたが、年々入場者数が伸び悩み、目標である年間25万人を割る事態となったため、2005年度からは一部施設を除き、入場料が無料となっています。
 公園の総敷地面積は120ha、東京ドームの約24個分の広さがあります。公園開設と合わせて、大分空港や大分自動車道を結ぶ別府・宇佐道路に「大分農業文化公園IC」が新設され、大分県のみならず近隣各県からの交通のアクセスも便利になっています。
 大分農業文化公園のコンセプトは「出会いと収穫の体験フィールド」、豊かな自然のなかで農業・農村について、その文化を学習する場を提供し、理解を深め、新しい農業・農村の発信基地として位置づけています。なお開園直前に現静岡県知事である川勝平太氏が訪れ、当初予定していた「エコパーク」という愛称を「パークアルカディア」へ変更した逸話があるそうです。

 豊の国物産館

 公園内では、公園で育てた農作物や「豊の国」大分県の名産品を販売する「豊の国物産館」があります。
 大分県は1979年から当時の平松知事が提唱した「一村一品運動」に取り組んでいます。各市町村がそれぞれ一つの特産品を育て地域の活性化を図るこの運動は、椎茸・ミカン・豊後牛・関サバ・関アジ・大分麦焼酎などの多くの全国に通用する特産品を産み出しました。

 みどりの広場

 大分農業文化公園は「農業を知る(発見)」、「農業で遊ぶ(参加)」、「自然と親しむ(癒し)」の3つをテーマにして、物産店、フラワーガーデン、ハーブ園、レストラン、広場、果樹園、コテージ、貸し農園、オートキャンプ場、遊具施設など様々な施設があります。また園内を「はなちゃん号」というトラムカーがゆっくりと周遊しています。

 日指ダムのダム湖

 大分農業文化公園のある速見(はやみ)郡山香町は、2005年の市町村大合併で、西国東郡大田村と杵築市に対等合併しました。合併にあたり、同じ速見郡にある日出(ひじ)町は合併後の名称を廻るトラブルで杵築市と折り合いがつかなかったとか?(当時は日出町の方が杵築市より人口が多かったそうです)日出町は合併を拒否して、単独で自治を継続しています。


東椎屋の滝

2014年08月30日 11時11分20秒 | ふるさと散策

 東椎屋(ひがししいや)の滝は、大分県宇佐市安心院(あじむ)町にあります。高さ85㍍の断崖から垂直に落下する勇壮な姿は、日光の華厳の滝に似ていることから“九州華厳”と称されています。昔から修験道の霊場となっていて、近くにある「西椎屋の滝」「福貴野(ふきの)の滝」ととも「宇佐の三滝」と言われています。
 珍しく両親から観光に行こうと言われました。これは10年くらい前に同じく安心院町にある「アフリカンサファリ」に行ったきりなかったことです。両親、私たち家族と2台の車で向かいましたが、両親もあまりここへは行きつけてなく、途中道に迷いながら到着しました。

 東椎屋の滝入口

 駐車場は有料で200円かかります。ここから美しい渓流を眺めながら、風情のある道を約10分くらい歩くと滝が見えてきます。

 滝へと続く道

 渓流

 滝

 恥ずかしながら、私は自宅の近所にこんな大きな滝があるなって知りませんでした。九州にいる時は自宅に車がありませんでしたので、あちこちとドライブに行った記憶がありません。東椎屋の滝が「日本の滝百選」に選ばれているだけに残念です。
 東椎屋の滝がある安心院町は、すっぽん料理やワインでも有名です。2005年の市町村大合併により隣の院内(いんない)町とともに宇佐市に新設合併しました。

  
                                               


昭和の町

2014年08月25日 00時31分03秒 | ふるさと散策

 今年もお盆の休みに実家のある大分に帰省しました。昨今、九州に接近したり上陸したりの台風により、実家も被害を受けているのかと心配しましたが、こちらの心配をよそに、実家のある大分県北部は驚くほど何も影響はなかったようです。駅まで迎えにきた父の話では、例年よりは雨が多いとのことでした。ただ今年から実家は米作りを止めているので、父はお天気には以前のように関心はありませんでした。そんな父の顔にはどことなく寂しさが感じられましたが・・・・・・。
 
 田舎での過ごし方、例年だと大概地元の河原にできたプールかちょっとドライブして、長崎鼻海水浴場に行くのですが、つい最近、近くの牧之原市の海岸での事故があり、子供たちを海に連れて行くのが怖くなったこともあり、今年は海水浴に行くのを止めました。その代わりにごく近くではありますが地元観光と洒落込みましただ。
 
 「昭和の町」というのが、私の実家のすぐ近くにあります。歩いてざっと5分くらいの、この「昭和の町」、私の生まれた町、大分県豊後高田市の商店街のことです。実家を離れすでに30年以上過ぎていますが、その間この商店街は驚くべく変化を遂げました。驚くことにこの商店街、観光地になっていました。地元の過疎化と大型ショッピングセンターの進出で閑古鳥が鳴いていたこの商店街は、2001年からの村おこしで変貌しました。資金不足で建て替えがままならない家屋が多数残っていることを逆手にとって、昭和の郷愁が残る町並みを再現しました。そして今や年間の観光客が27万人を超える観光地になったのです。そのことは今年3月にNHKのドラマでも放送されました。
 
 結婚してから、毎年帰省してはいますが、この「昭和の町」は実家までの通過点で、じっくりと散策したことはありません。近くだからいつでも行けるからとあまり知り合いに会いたくないという事もあり敬遠していたのです。今回は子供、特に上の娘が例のNHKのドラマを見ていたこともあり、ぜひ行きたいとの切望していたので、厭々重い足を上げたのですが、予想以上に面白く、当の私が一番興奮して、ついつい帰宅する時間が遅くなってしまいました。「昭和の町」は昭和30年代を髣髴させる街並みとともに、昭和の懐かしグッズなどを資料として展示もしています。食堂には学校給食をメニューとしているところもあり(ちょっと値段はありって感じでしたが・・・)、町にはボンネットバスが走ります。映画「三丁目の夕日」を見ているようで、この町が賑わいがあった昭和30~40年代にここで過ごした記憶も僅かであるが思い出すことができました。あそこの店に行って何を買った、此の店はまだあるんだ!鉄道がなかった豊後高田市は大分交通のバスターミナルが交通の要所、今はモータリゼーションの波に押され見るに無残な姿ですが、当時は朝早くから賑わいを見せていました。ただこの町でも栄枯盛衰はあるようで、メインの通りの一つである中央通商店街にあった同級生の両親がやっていた店はすでになく空き地が駐車場になっていたり、空き店舗になっていました。また何もすることがない日曜日、中高生の溜まり場的存在だった本屋も廃業していました。
 
 3月に放送されたドラマで、主人公の駄菓子屋のアイスキャンディが紹介されていました。娘はそれがどうしても食べたかったようですが、私の記憶ではそのお店の記憶がなく、それらしきものを見つけましたが、時間とお金が無くなっていたので泣く泣くあきらめました。娘はショックだったようです。

 安東薬局
 亀の井呉服店 
 昭和の町 展示館
 展示館 展示品
 展示館 展示品
 展示館 展示品 

 千嶋茶舗

 昭和の町 アーケード看板

 昭和の町は、豊後高田市の8つの商店街(新町1丁目商店街、宮町商店街、新町2丁目商店街、稲荷商店街、中央通り商店街、駅通り商店街、銀座街商店街、中町商店街)から構成していますが、そのうちの銀座街商店街、中町商店街は桂川を挟んで、玉津地区にあります。この2つの商店街は昭和の町の中心である新町と中央通り、駅通り(駅はありませんが)から離れているため、余り観光客は訪れないようです。
 桂川 

 旧共同野村銀行社屋

 旧共同野村銀行社屋は昭和初期に共同野村銀行として建てられ、その後買収合併を経て、1993年まで西日本銀行高田支店として使用されていました。2009年6月に国登録有形文化財に登録され、現在では小さなギャラリーになっています。

 ウエガキ薬局

 森川豊国堂

 この店がNHKのドラマの舞台になったお店だと思います。ただ私はこの店に通った記憶がありません。

 昭和ロマン蔵

 昭和ロマン蔵は、大分県屈指の大金持ちと言われた野村財閥が昭和10年頃に米蔵として建てた旧高田農業倉庫を改装して出来た展示施設で、展示物のほかにレストランも併設しています。野村財閥はかつて豊後高田の商業街の中心に豪邸を構え、小作人に貸し付けていた田畑は西国東郡、宇佐郡、下毛郡の3つにまたがり、年間に1万俵の小作米を誇っていました。戦後は農地改革で田畑を没収され、没落していきました。

 大分交通ボンネットバス

 このバスは、昭和の町の周遊コースのほかに、市内の観光スポットなどを無料で廻ります。(知らなかった!)


長崎鼻の向日葵畑

2012年08月18日 19時49分22秒 | ふるさと散策
 大分の田舎に帰省した際、私の父は孫たちを国東半島北部の長崎鼻リゾートに海水浴に連れて行きます。実家から車で約40分くらいの距離がありますが、父は孫たちを泳ぎに連れて行くのが嬉しいみたいで、実家での日々は海とプールで大概過ぎてしまいます。国東半島は名所旧跡が多く、私は車を使ってそっち方面を廻りたいのですが、どうも父は私の運転を信用しておらず、またガソリンが減るのを嫌い、絶対に車を使わしてくれません。
 さてここ長崎鼻リゾートでは、地元の活性化に取り組むまちづくりグループ「長崎鼻B・Kネット」が遊休農地を活用した花公園づくりを進めており、今は向日葵が満開です。この向日葵畑、広さが約11haあり、約80万本の花が咲き誇る九州最大規模の畑だそうです。来週あたりに夜の向日葵畑探索というイベントがあるとか、楽しそうですが、静岡に帰ってしまい参加はできません。さてさてどんなことをするのでしょうかねえ…

旧真玉町の海岸

2012年01月08日 19時39分01秒 | ふるさと散策

 この写真は、大分に帰省中、父と子供とで真玉町にある粟島神社にドライブに行く途中に撮った写真です。 
 粟島神社は、海に突き出た岩礁に建てられた、全国的にも珍しい神社だそうです。粟島神社に祭られているのは小彦名命(すくなびこなのみこと)という神様で、大国主命(おおくにぬしのみこと)とともに、出雲国を治めたとされています。
 申し訳ありませんが、実は粟島神社の写真はありません。どういう訳か、この神社の外観の写真を撮り忘れてしまいました。とても残念です・
 真玉町は2005年3月に隣の香々地町とともに、豊後高田市に対等合併しています。近くにある真玉海岸は日本の夕景百選に選ばれています。


長崎鼻海水浴場

2010年08月22日 10時15分00秒 | ふるさと散策
 8月のお盆休みを利用して、大分に帰省しました。今年は何十年かぶりに海水浴に出かけました。 

 私たちが行ったのは大分県国東半島の北部、香々地町にある長崎鼻海水浴場です。長崎鼻海水浴場は、実家から約30キロ離れたところにあります。波戸海岸整備事業よって作られた白砂が敷き詰められた人工的海水浴場で、夏にはサマーフェスタが開かれるそうです。またキャンプ場にもなっています。近くには約20の海食洞窟群があり、大分百景のひとつにも選ばれています。

 ちなみに33年前、私が初めて煙草を吸ったたところでもあります。どうでもいいことですが…。

深耶馬渓

2009年08月16日 22時07分00秒 | ふるさと散策
 羅漢寺から続き

 私たち一行は、羅漢寺をでて深耶馬渓へ向かいます。耶馬渓は大分県中津市(旧耶馬渓町)の山国川の支流域の渓谷群で、江戸時代後期史家、頼山陽が「耶馬渓天下無」と漢詩に詠んだのが地名の始まりとされています。狭い谷に奇岩や岸壁が並び、壮大な景色を展開しています。私たち一行はは、耶馬渓の中でも、最も壮観な景色を誇る深耶馬渓の一目八景に向かいました。一目八景とは展望台から8つの景色、群猿山、海臨嶺、仙人ヶ岩、烏帽子岩、嘯猿山、雄鹿長尾ノ嶺、鳶ノ巣山、夫婦岩、が一望できることからその名が付けられました。今は夏ですが、秋それも紅葉の季節に行けば更なる絶景を堪能できると思います。

羅漢寺

2009年08月16日 14時37分00秒 | ふるさと散策
 青の洞門のブログ記事より続き

 青の洞門から羅漢寺に私たち一行は向かいました。
 羅漢寺は約1300年前にインドの僧侶が創建したものと言われ、羅漢山の中腹にあります。岩壁に無数の洞窟があり、山門も本堂も岩壁に埋め込まれるような形で作られていて、洞窟内には約3700体の仏像が安置されいます。中でも五百羅漢が有名です。山門まではリフトで移動しますが、リフトを降りて岩壁を這うようにして進みます。ここでは、絵馬の代わりにしゃもじに願い事を書いて奉納すると叶うとされていて、願い事を書いたしゃもじがいっぱい奉納されていました。

 
  本堂

青の洞門

2009年08月12日 00時07分00秒 | ふるさと散策

 8月にはいって一昨日の日曜日まで,新婚旅行で休んだとき以来の連続9日間の休みを貰いました。実家のある九州・大分に帰りましたが、嫁の両親が大分の自分の両親に会いたいということで、3日から大分で合流しました。子供たちも先月末から神奈川に実家に里帰りしていたので、一緒に飛行機で羽田から嫁の両親と一緒に帰りました。 大分空港で待ち合わせ、久しぶりの子供たちとの再会、大分の両親にとっては半年振りのご対面になります。

 次の日、青の洞門、羅漢寺、深耶馬渓に行きました。曇り空ながらも幸い雨が降らなかったので、青の洞門を歩くことができました。青の洞門のある大分県中津市には何回も行きましたが、いつ行っても山国川の青さは感動します。青の洞門、菊池寛の「恩讐の彼方に」でも有名ですが、あの岩山をノミと槌だけで何十年もかけて掘った禅海和尚の凄まじさに驚嘆します。