goo blog サービス終了のお知らせ 

軍艦武蔵の航跡

1/200 模型製作

3.令達報告等

2008年07月13日 00時17分31秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

3. 令達報告等(記録亡失に付誤りありやるも知れず)
日時発
日時受(通報)
令達報告等

24日時刻不明
発)第1空襲後 1S司令官
宛)武蔵艦長
状況を知らせ

第1次空襲後 
発)武蔵艦長
宛)1S司令官
第1次雷撃に依り3本回避せるも1本後部に命中 最大使用発揮速力24節

第2次空襲後 
発)武蔵艦長
宛)1S司令官
1. 魚雷命中に依り主砲前部方位盤旋回不能
2. 1番主砲搭中砲3式弾自爆のため使用不能
3. 其の他射撃装置前部使用可能
4. 3軸運転にて最大使用速力22節

第3次空襲後 
発)1S司令官
宛)武蔵艦長
「コロン」へ向かへ

発)3S司令官
(放送信)
敵機上空を通過艦隊へ向へり

発)3S司令官
宛)武蔵艦長
第2部隊に近寄れ

発)3S司令官(金剛)
宛)第2部隊(武蔵艦長)
第2部隊は武蔵の北方に在りて警戒に任ぜよ

発)1S司令官
宛)武蔵艦長
敵機の空襲状況に鑑み航行又は曳航可能なる場合は付近の港に待機するか浅瀬に乗り上げ適当なる応急対策を講ぜよ

発)1F長官
宛)1S司令官 浜風駆逐艦長 (武蔵艦長)
浜風は武蔵艦長の指揮を受け同艦の警戒に任ぜよ

第4次空襲中
発)2F長官
宛)武蔵艦長 清霜駆逐艦長
清霜は武蔵艦長の指揮を受け同艦の警戒に任ぜよ

発)2F長官
宛)武蔵艦長 利根艦長
利根は武蔵艦長の指揮を受け同艦の警戒に任ぜよ

発)2F長官
宛)武蔵艦長 利根艦長
利根は原隊に復帰せよ

第5次空襲中
発)武蔵艦長
宛)1S司令官
現在の状況にては戦力発揮不可能
摩耶乗員を警戒艦に移乗せしめ差支なきや

発)武蔵艦長
宛)島風駆逐艦長
本艦左舷後部に横付けされ度

発)島風駆逐艦長
宛)武蔵艦長
乗員移乗なりや

発)武蔵艦長
宛)島風駆逐艦長 
摩耶乗員を移乗せしむ

発)武蔵艦長
宛)1S司令官
今の状況に鑑み人員を駆逐艦に移乗せしめ小官は最後迄踏止まり而して今後の重大作戦の備えと致度


猪口艦長の遺書

2007年10月24日 23時14分03秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

海軍少将猪口敏平艦長より海軍大佐加藤憲吉副長に託された手紙
「10月24日
予期の如く敵機の触接を受く。之より先GKFより24日早朝ルソン地区空襲の予報ありたるを以て0530起しにて配置に就き充分の構えをなせり。
遂に不徳の為海軍はもとより全国民に絶大な期待をかけられたる本艦を失うこと誠に申訳なし。
唯本海戦に於て全く他の諸艦に被害殆どなかりし事は誠にうれしく何となく被害担任艦となり得たる感ありてこの点幾分慰めとなる。
本海戦に於いて全く申訳けなきは対空射撃の威力を充分発揮し得ざりし事にして之は各艦共下手の如く感ぜられ自責の念に堪へず、どうも乱射がひどすぎるから反つて目標を失する不利大である。遠距離よりの射撃並に追打ち射撃が多い。
被害大なるとどうしてもやかましくなる事は致し方ないかも知れないが、之も不徳と致す所にて慙愧に堪えず。
大口径砲が最初に其の方位盤を使用不能にされたことは大打撃なりき。主方位盤はどうもわずかの衝撃にて故障になり易い事は今後の建造に注意を要する点なり。敵航空魚雷はあまり勢力大でないが敵機は必中射点で然も高々度にて発射す。初め之は低空爆撃と思ひたるも之が雷撃機なりき。
本日の致命傷は魚雷命中(5本確実以上7本の見込)にありたり。一旦回頭しているとなかなか艦が自由にならぬことは申すまでもなし。それでも5回以上は回避したり。回避したと云うのも先づ自然に回避されたと云うのが実際であらうと思ふ。
機銃はもう少し威力を大にせねばと思ふ。命中したものがあったにも不拘なかなか落ちざりき。敵の攻撃はなかなかねばり強かりし。具合がわるければ態勢がよくなる迄待つもの相当多し。但し早めに攻撃するものもあり。艦が運動不自由となれば落ち着いて攻撃して来る様に思われたり。
最後迄頑張り通すつもりなるも今の所駄目らしい。一八五五。暗いので思ふた事を書きたいが意にまかせず最悪の場合の処置として御真影を奉還すること軍艦旗をおろすこと、乗員を退去せしむること、之は我が兵力を維持したき為生存者は退艦せしむることに始めから念願、悪い所は全部小官が責任を負うべきものなることは当然であり。誠に相済まず。我斃るる必勝の信念に何等損する処なし。わが国は必ず永遠に栄え行くべき国なり。皆様が大いに奮闘してください。最後の戦捷をあげらるる事を確信す。
本日も相当多数の戦死者を出しあり。これ等の英霊を慰めてやりたし。本艦の損失は極大なるも、之が為に敵撃滅戦に些少でも消極的になる事はないかと気にならぬでもなし。今迄のご恩顧に対しては心から御礼を申す。私ほど恵まれた者はないと平素より常に感謝に満ち満ちいたり。始めは相当ざわつきたるも、夜に入り静かになり仕事もよくはこびだした。今機関室より総員士気旺盛を報告し来たれり。一九○五」

海軍少将猪口敏平艦長                   


海軍大佐加藤憲吉副長


1944.10.24 16:00頃 駆逐艦磯風より


※画像は DVD 軍艦武蔵(角川エンタテインメント) より


第6次空襲

2007年09月24日 01時15分13秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

(第6次空襲)
来襲機数:75機
撃墜機数:16機(内不確実10機)

14:45
電測真方位100°80㌔に飛行機の大編隊を探知
右40°60㌔に戦爆雷連合約40機の編隊を発見。爾後2隊に分離せり。
同時に左130°40㌔に同様25機の編隊を発見。
更に左145°35㌔に「F6F」約10機の編隊を発見。
敵機は本艦のみを攻撃するものの如態勢を整へて迂回し本艦全周より包囲襲撃す。

15:21
敵機来襲。甚大なる被害を受く。
明瞭なるもの魚雷命中11本、直撃爆弾10個、至近弾6個にして水柱林立爆弾砲煙全艦を包み敵情判然たらざる所あり。命中せざりし魚雷爆弾多数ありしものと認む。

(1)防空指揮所右舷に命中セル爆弾は第一艦橋にて炸裂。
防空指揮所右舷を吹き飛ばし第一艦橋及作戦室を大破。
第一艦橋小火災。備付「ドラム」缶の防火用水にて直に消火す。
防空指揮所に於いて艦長海軍少将猪口敏平右肩部重傷。高射長海軍少佐廣瀬榮助、測的長兼先任艦長附海軍大尉山田武男戦死。
第一艦橋に於いて航海長海軍大佐假屋實、航海士海軍少尉福田靖、通信士海軍少尉奥田聡、電測士海軍少尉水谷芳男、戦闘記録員(庶務主任)海軍主計少尉中村和夫、飛行科分隊長海軍少尉寺本武敏、掌航海長海軍兵曹長吉田忠長戦死。
作戦室に於いて摩耶副長海軍中佐永井貞三、摩耶医務科分隊士海軍軍医大尉薄場有戦死。
本爆弾による戦傷者数左の通(※原文 下記の通り)

防空指揮所及付近
戦死者 準仕官以上 2      下士官兵11 計13
負傷者 準仕官以上 1      下士官兵10 計11
第一艦橋甲板
戦死者 準仕官以上 7      下士官兵32 計39
負傷者 準仕官以上 0      下士官兵 8 計 8
作戦室甲板
戦死者 準仕官以上(摩耶)2   下士官兵3  計 5
負傷者 準仕官以上    0   下士官兵2  計 2

戦死者 準仕官以上11      下士官兵46 計57
負傷者 準仕官以上 1      下士官兵20 計21

(2)左舷105番ビーム(3)左舷115番ビーム(4)左舷120番ビームに殆ど同時に命中せる爆弾は上甲板にて炸裂、単装2,4番機銃、特設2番連装機銃、通信指揮室、第一受信室及電話室を破壊。第4、第8缶室に火炎侵入。
暗号士海軍少尉稲葉稀一、同海軍少尉河西正雄、掌通信長海軍少尉下田善造戦死。
次いで(5)(6)右舷115番ビーム艦長昇降口付近に爆弾2個命中、単装1,3番機銃、特設1番連装機銃破壊、第7缶室入り口前壁圧壊、同室入り口扉は圧着せられ開閉不能、火災なし。

(7)127番ビーム中央高射員待機所に命中せる爆弾は同署を飛散し旗甲板以下前檣楼後面大破火災なし。

(8)左舷62番ビームに命中せる爆弾は上甲板第5兵員室にて炸裂中甲板病室及その付近を大破火災なし。

(9)1番主砲搭天蓋上、68番ビームに250㌔爆弾命中。天蓋甲鈑径約10㌢深さ約2㌢を削り去り、砲室内に直接取付けある電燈全部落下暗黒なりたるのみにて其の他には何等被害なし。

(10)右舷75番ビームに命中せる爆弾は士官室にて炸裂、仕官室、司令部庶務室を大破し、最上甲板舷側より内方約2㍍の線70番ビームより95番ビームまで縦亀裂を生じ、最大亀裂の所は人員の出入可能の程度なり。

至近爆弾6個 内訳右舷130番ビームより140番ビームの間に4個、左舷130番ビームより140番ビームの間に2個。

(1)左舷40番ビーム(2)左舷60番ビーム(3)左舷75番ビームに魚雷各1本命中。4号ビルジポンプ室瞬時に満水。

(4)右舷80番ビーム(5)右舷105番ビームに魚雷各1本命中。右舷外板被害を拡大せる外装甲鈑内部には特に異常なし。
(1)(2)(3)(4)(5)の魚雷被害に依り艦首著しく沈下し水柱檣楼及最上甲板上に落下す。

(6)左舷125番ビームに魚雷1本命中。八缶室側壁鋲弛緩し漏水すると共に付近に落下せる爆弾に依り八缶室に火焔熱気侵入。

(7)(8)(9)左舷140番ビームに魚雷3本命中す。第1魚雷にて装甲鈑を圧入(開きしものの如し)し次で命中する2魚雷は不爆の儘左舷25㍉機銃弾庫に2本ともその頭部を突入し浸水を拡大せり。同弾薬庫員は暗黒裡に応急照明を使用し之を目撃したるも浸水遮防不能の為、機知を働かし機銃揚弾薬筒より脱出せり。

(10)左舷145番ビ-ムに魚雷1本命中。第2次空襲の被害に依り第四機械室の側壁は膨出しありし所、本魚雷に依り側壁長さ約10破れ同室は約4分後満水尚第二機械室送水ポンプ下部小破孔を生じ浸水を始む。爾後2軸運転となる。

(11)左舷165番ビ-ムに魚雷1本命中三番主砲搭弾庫左舷壁貫通通風管破れ同室膝迄浸水したるも直に遮防。六番高角砲弾薬庫左舷中部側壁破れ同室及後部転輪羅針儀室浸水。左造水機室に漏水す。

以上、第6次空襲の被害に依り左へ約10°傾斜せるも取舵転舵中なりし為左舷傾斜左へ6°に止まり注排水に依り約4°尤傾斜を復元し得て残傾斜6°となり、「トリム」は前へ4㍍から一挙に8㍍以上となり艦首沈下して主砲搭左舷最上甲板の一部浸潜状態となれり。

第1艦橋の爆弾被害に依り艦長負傷戦闘指揮所を第2艦橋に移し、1次副長海軍大佐加藤憲吉指揮を執り、通信長海軍中佐三浦徳四郎をして操艦に当たらしむ。
爾後各部応急処置実施中、主舵取電源両舷となり取舵15°にてとまり応急処置に依り故障復旧約30分後直接操舵可能となれり、暫くして艦長第2艦橋に到り、副長より受け継ぎ直接戦闘指揮をとる。
先ず各部の被害状況を調査し挙艦一心全力を以て浸水遮防、傾斜復元に努む。此の頃傾斜及「トリム」漸次増加しつつありたるを以て最上甲板の重量物を極力右舷に移動せしめ左舷主錨を海中に投棄せしめたるも、依然として増加するを以て右舷後部居住区に注水せしむ。一方操舵効果を大ならしむる為艦尾左舷を駆逐艦にて曳航する準備をなさしむ。
これより先左舷後部に駆逐艦島風を横付し摩耶乗員(応急関係員を除く)及び聯合艦隊法務長法務大佐由比喜久雄、第2艦隊法務官法務大尉皆川一郎を移乗せしめたり。

19:15
傾斜は漸次増加し10°に及びたるを以て第3、第7、第11缶室注水を行はしめたるも其の効果は顕著ならず更に第3機械室に注水を命じたり。更に傾斜増加し10°に及尚増加するを認め総員退去用意を命じ御写真並に勅諭奉還の手段を構じ(艦急に沈没し奉還の途中艦と共に沈没し亡失す)軍艦旗を降下す。

19:30
傾斜約30°に至り総員退去、傾斜急激に増加し転覆し同時に連続爆発2回あり。

19:35
沈没
位置 東経123度32分 北緯13度7分 水深約800m
艦長は第2艦橋に於いて最後迄指揮を執り戦死(副長確認)


第4次空襲

2007年03月17日 22時12分58秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

(第4次空襲)
来襲機数20機
撃墜機数8機(不確実3機)
12:23
真方位90度60㌔に戦爆雷聯合約20機の飛行機群を発見補足す。
敵機は解列来襲「SB2C」約4機右艦首方向より太陽を利用し急降下に移れり、同時に「TBF」4機右正横より緩降下低空爆撃の如く見たるも実は雷撃なり次で左舷より雷撃機4機来襲す。
12:53
魚雷4本命中。
右舷70番ビーム及左舷70番ビームに各1本命中。既に艦の前部は中甲板迄浸水し在りし所本被害に依り艦首を更に沈下し前「トリム」となる。「トリム」修正を行う。
左舷120番ビーム魚雷命中。「アーマー」内異常を認めず。
右舷138番ビーム魚雷命中により第一次空襲時右舷130番ビーム魚雷命中の際行いし第三冷却室及水壓管通路「マンホール」補強はは全部脱落し電線通路隔壁約30糎膨み第ニ防御し貴書入り口側壁3ヶ所より浸水せるを以って防御指揮官内務長海軍大佐工藤計は部下を指揮して直に浸水遮防、応急通信、応急照明により引続き踏み止まり防御指揮に任ず。
魚雷は右の外、右舷より-艦尾通過1本。
左舷より艦尾通過1本、左舷120番ビーム(艦橋直下)付近艦底通過2本。
直撃爆弾4個
左舷45番ビーム(1番昇降口付近)、左舷65番ビーム、左舷70番ビームに各1個、付近破壊、火災なし。
前部に在りし応急員殆ど全部戦死。
右舷135番ビーム廚業事務室内に於て炸裂、付近破壊火災なし。
第4次被害に依り右に傾斜す。右舷排水に依り、傾斜右1度迄復元す。


第3次空襲

2007年01月18日 00時16分26秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

(第3次空襲)
来襲機数13機
撃墜機数5機(不確実3機)
12:17
電測真方位130°90㌔飛行機群を探知約5分後真方位120°45㌔に戦爆雷聯合30機の編隊を発見
何れも本艦右艦尾方向に近接しつつ攻撃態勢をとり内13機本艦に来襲す。
[SB2C]巻雲を利用しつつ艦首尾方向より方向より急降下爆撃投弾
「TBF」は右正横付近より緩降下雷撃す。
魚雷1本右舷60番ビ-ムに命中。
測定儀室、測深儀室破壊、前部戦時治療室CO瓦斯充満の為在室に耐えず中毒患者多数発生す。
前部応急班指揮官海軍少尉佐々木弥格CO瓦斯中毒の為戦闘力を失う。

魚雷1本右舷より艦首通過。
至近爆弾右舷180番ビームに2弾あり。
後部機銃指揮官海軍少尉金近久雄及兵1名はこの爆風の為最上甲板の機銃群指揮所より吹飛ばされ飛行機格納庫内に転落し兵は重傷後戦死せるも同少尉は奇跡的に無事なり。
艦尾に至近爆弾1個あり。
その弾片「ジブクレーン」の支柱にあたり經15㌢の破口を生じ「ジブクレーン」の鋼索を破損す。


第2次空襲

2007年01月09日 23時32分49秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

(第2次空襲)
来襲機数16機
撃墜機数7機
11:38乃至11:45
電測真方位100°90㌔飛行機群を探知
約10分後真方位100°50㌔に進む
「TBF」3機「SB2C」6機「F6F」4機を発見す更に約10分後敵機は解列して攻撃態勢に移れり。
「SB2C」は巻雲を利用して艦首及艦尾より急降下爆撃投弾。
「TBF」は迂回して左正横1㌔付近より緩降下400㍍付近にて雷撃。雷撃機は6機。
魚雷1本左舷より艦首通過。2本左舷より艦尾通過。
魚雷3本命中。
左舷80番ビーム、110番ビ-ム、145番ビ-ム之が為左へ約5°傾斜。
第2水圧機室に浸水し遮防す。
直撃爆弾2個(250㌔程度のものと認む)あり。
左舷15番ビーム、前部兵員厠を破壊し左艦首に「マクレ」を生ず。
左舷138番ビ-ム、4番高角砲左前方に爆弾命中。最上甲板、上甲板を貫通し中甲板第11兵員室(機械工場左方左舷内機室上方)にて炸裂。
第2機械室に火焔侵入し同室上方の「サイレン」蒸気管及び第2機械室主蒸気管の1部を断片に依り破壊し蒸気噴出熱気充満せし為、左内軸誘転(操縦弁閉鎖)の処置を執り運転指揮所を第1機械室に移転し3軸運転とす。
第10缶室に火焔侵入鎧戸開閉不能。
第12缶室風路破壊火焔侵入熱気の為気醸継続不可能。入り口付近小火災上部隔壁破壊倒し掛り防水蓋「アーマー」啓開不能となれり。
至近爆弾5個。
左舷70番ビームに1個、右舷50番ビーム及至60番ビームに4個。
傾斜は直に復元し左へ約3°迄に直し次いで左へ1°とす。
「トリム」変化量は2㍍にして前「トリム」は1㍍となる。
(戦闘開始前は後「トリム」1㍍なり。)



第1次空襲

2007年01月06日 01時31分41秒 | 軍艦武蔵戦闘詳報

※表紙
武蔵戦闘詳報 昭和19年10月24日
比島沖海戦(捷号作戦)
軍艦武蔵

※本文
軍艦武蔵戦闘詳報 第4号
比島沖海戦(捷号作戦)
昭和19年10月24日 自10:25 至19:35
比島「ミンドロ」島東方海面

1. 戦闘開始時までの一般情勢
※略
2. 戦闘実施(記録亡失に付時刻は推定のものを記入す)
時刻:主要記事
(第1次空襲)
来襲機数17機
撃墜機数 4機(内不確実1機)

10:00頃
電測真方位110°115㌔40機以上の大編隊を探知。
一方真方位200°高角25°6㌔に「B-24」1機近接しつつあるを雲間より発見。
本艦左艦尾より左65°方向60㌔に遠去り見失う。
爾後目測45㌔に敵機40機を発見し間もなく右正横上空密雲中に見失う。
当時上空に巻積雲ありき敵機発見は至難の状況なり。
右舷雲間至近距離より本艦を急襲す。

10:25
敵機に対し射撃開始。
右舷艦首方向および右舷艦尾方向より同時に急降下爆撃投弾す。
至近爆弾4あり。
艦首右舷25番ビームおよび左舷20番ビーム。
艦の中央両舷各145ビームに各1弾。
艦首水線下に漏水す。
1番主砲塔天蓋に60㌔程度の爆弾命中せるも何等の被害なし。

10:27
右舷より雷撃機3機魚雷発射。
140番ビーム、150番ビ-ム付近に見たる雷跡あるも艦艇を通過。
130番ビ-ムに1本命中、右へ約5.5°傾斜す。
第7、第11缶室右側隔壁鋲数本弛緩1本脱落し軽微なる漏水あり。
注排水操作教練の如く直に右へ3°まで傾斜復元し次で右へ1°まで復元す。
魚雷命中の激動に依り主砲前部方位盤旋回不能となる。
敵機の機銃掃射に依り第1機銃群指揮官海軍少尉星周蔵戦死す。