東京電力福島第一原発事故で高濃度の放射性物質に汚染され、立ち入り制限が続く福島県内の帰還困難区域。政府は、これまでのような全面的な線量低減をせずに、避難指示を解除できる仕組みを検討している。「限定的な除染」による解除で、人が住むことや農畜産業を営むことなど、暮らしを想定していない。飯舘村の要望を踏まえた政策転換だが、「国の責務」と法律で定めた汚染への対処がうやむやになりかねない。 (渡辺聖子 東京新聞 2020/7)
◆除染は帰還困難区域の8%のみ
政府は原発事故後、周辺自治体に避難指示を出し、2012年の見直しで汚染の度合いで三つの区域を設定した。汚染度が高い帰還困難区域だけが、7市町村にまたがって残っている。
帰還困難区域を「5年間を経過してもなお、年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれのある、現時点で年間積算線量が50ミリシーベルト超の地域」とし、将来にわたって居住を制限することを原則にした。区域境にバリケードを設置している。
一方、区域内でも自然に放射線量が減少。このため政府は、区域の一部を避難指示解除後に人が住める「特定復興再生拠点区域」という制度をつくった。原発が立地する双葉、大熊両町の他、浪江町、富岡町、飯舘村、葛尾村の6町村で指定され、22~23年にかけて解除を目指している。
各町村の計画には、道路や家屋、農地の除染、集合住宅や公共施設の整備などが盛り込まれている。住民が希望すれば、農業や畜産業もできる。暮らしのための整備を前提にしている点では、帰還困難区域以外の避難指示解除と同じだ。
ただ、6町村の拠点区域の面積は、帰還困難区域全体の約8%。除染される土地はわずかでしかない。
◆「長泥地区の一括解除を」飯舘村の要望
飯舘村は全域が汚染され、全村民の避難を強いられた。17年3月末に大半の地区で避難指示が解除されたが、南部の長泥地区は帰還困難区域として残る。
18年4月、長泥地区内に復興再生拠点区域が設定されたが、16軒が区域から外れた。これらの人々は元の家には戻れず、住むことができなくなった家屋や敷地が手付かずで、中ぶらりんの状態となっている。
この状況を解消しようと、村は区域外に公園の整備を計画。住民が公園に訪れることができるよう、長泥地区全域の避難指示解除を国に要望している。
村はこれまで、6町村でつくる「原発事故による帰還困難区域を抱える町村の協議会」の一員として、国に拠点区域外の除染や家屋解体を求めてきた。だが、菅野典雄村長(10月で引退)の意向で方針が変わり、6月に協議会を離脱した。
◆道路を歩けるように 拠点区域外は「生活」前提とせず
復興再生拠点区域以外の帰還困難区域をどのように解除するのか。具体的な検討をしてこなかった政府は、飯舘村の要望を機にようやく重い腰を上げた。
昨年末に閣議決定した「『復興・創生期間』後における東日本大震災からの復興の基本方針」で、区域外の土地活用の検討の必要性を明記。その後、環境整備に「線量低減措置」が含まれるとの考え方を示した。
政府は、飯舘村の例から新たな仕組みの検討を始めている。内閣府原子力被災者生活支援チームの担当者は「住民の年間被ばく線量が20ミリシーベルト以下になること」を解除の条件としてこれまで同様必須としつつ、「飯舘村以外にも適用できるようにする」と明言した。
これまでの避難指示解除では、人が暮らせるように面的に除染してきた。飯舘村が解除を求める拠点区域外は暮らしを前提としない。浮上したのが、拠点区域に通じる区域外の道路を人が歩けるようにする「限定的な除染」という方法だ。
道路の除染は、長泥地区の拠点区域の計画に既に盛り込まれている。「道路の線量低減効果があるのなら、道路に隣接する家屋を解体する」と環境省福島地方環境事務所の担当者。家屋解体は、道路を歩けるようにする補助的な対応だ。
これに沿えば、道路から離れた家屋は解体対象とならない。そこで内閣府は長泥地区の拠点区域外で、線量低減の実証調査と称して事実上除染する。土壌の天地を返したりコンクリートを敷いたりするほか、家屋解体も含まれるという。
長泥地区の鴫原しぎはら良友・元区長は「田畑の除染と家屋解体を訴えてきた。本当は全部除染してほしいが、何年かかるか分からない。納得はしていないが、方向性がないと前に進まない」と話す。住民の選択と決断には苦渋が満ちている。
◆国と東電の責任うやむやになる恐れ
原発事故による汚染への対処は、放射性物質汚染対処特措法で「国の責務」とされ、除染費用は東京電力の負担だ。政府は総額約4兆円と見積もり、東電は既に2.6兆円を支払った。
帰還困難区域内の除染を巡っては、政府が16年12月の閣議決定で復興拠点区域のインフラ整備費用と1括して国が負担すると方針を変えた。費用は3000億~4000億円程度を見込む。
拠点区域外については何の定めもない。「限定的な除染」による避難指示解除が進めば、帰還困難区域の大部分は手付かずの状態となり、国と東電の責任がうやむやになる恐れがある。