フランス剣道&子育て日記

当地で再開した剣道、40を過ぎて授かった三人の子供。外国暮らしの悲喜コモゴモを、まあボチボチ書いていきます~。

キンドル2台持ち❤

2022-02-24 21:45:40 | Weblog
日本語の本は日本アマゾンのアカウントにつながったキンドルをタブレットにインストールして読んでたが、
もう目が疲れて堪らず、自分への誕生祝いも兼ねて、それ用のキンドル端末を購入(白キンドル)。

中上健次を読み始める。
『苦役列車』(西村賢太)の記事を書いたら、友人に名前を引かれて、
ほんまスッカリ忘れてたのを思い出した。
学生時代は熱心な読者やったのにな。



黒キンドルは、仏アマゾンのアカウント、フランス語用。
梶井基次郎全集が安く買えたので、それも入ってたりする。

今んとこ読んでるのはスタンダールの『赤と黒』。
一年以上前から何回も中断を挟みつつ、ようやっと46%。
長いワ。

その後はいよいよ『失われた時を求めて』かな?
『スワン家のほうへ』はペーパーバック持ってて読み始めたんやが、
なんせ字が細こうて難儀した。
キンドル買うたのはそのせいもある。



カバーケースも柄違いのお揃い。

わしゃ圧倒的に紙版派なんやが、
古本も相変わらず「あ」と思たら注文してしまう(今日も3冊届いた)し、
本棚はギュウギュウになるし、日本語の本は手に入れにくいし、
キンドルなら「ポチッとな!」やし、すみません、転びました。

『エディプス あるいは跛行の王』(1978年)

2022-02-20 07:18:03 | Weblog
2月19日読了。



コクトーの表紙が「もうこれしかない!」いう感じ。

「知らなかった」は言い訳にならない・・・
『存在の耐えられない軽さ』の主人公は、父と知らずに父を殺し母と知らずに母を犯したエディプスを引く。
この罪、しかも引き受けようのない罪、悲劇そのもの。

いや、ジャン・アヌイ、強烈やわ。
もともと強烈な話をこの人が書くとさらに強烈。
いちいちグイグイえぐってくる。
とりあえずギリシャもん全部読んでから、次行くか…。

1944年の『アンティゴネー』にラストシーンでつながるのが絶妙。

舞台も見たい…。

『浮世の画家』(1986年)

2022-02-17 21:51:39 | Weblog
2021年12月11日読了。



「プルーストの『失われた時を求めて』第1巻『スワン家のほうへ』を読み、回想シーンを入れ子にすることで場面の間を自由に行ったり来たりする手法を驚きと共に知った。これが当時「場面Aの後に場面Bを続ける必然性如何?」みたいなことで悩んでいたところちょうど良い示唆となって、ぜひ自分の小説に取り入れようと思った」というエピソードがこの版の著者序文に書いてある。それを読んでから本文に入ったせいか、そういう箇所に差しかかると「おお、試してる、試してる!」と思いながら読み進めた。その意味で、わしにとっては「習作」感の強い作品。もう一度読み直すと違ってくるんやろけど。



古本買うたら、新刊で買われたときの本屋のレシートが挟まれたまま。
裏表紙に貼り付けた。

『存在の耐えられない軽さ』(1984年)

2022-02-16 22:47:23 | Weblog
2月14日読了。



うーん、著者の顔写真が表紙😣😣😣
まあ古本やし、文句言えん😅😅😅

「1975年の夏、クンデラは妻のヴェラと共に、車でチェコスロバキアを発ち、フランスに向かう。「730日間」の滞在許可が降りたのだ。1973年に彼が受賞したメディシス賞外国小説部門の審査員二人がフランス滞在の手筈を整えた。リュシ・フォールが夫の国民議会議長エドガーに頼んで滞在許可証を手に入れ、イタリア文学者のレンヌ大学教授ドミニク・フェルナンデスが教員ポストを用意した。クンデラはこうしてブルターニュの町に住み始める。新居は、5年前レンヌ市の外れオリゾン地区に建てられたツインタワーの高層マンション、最上31階。後に彼はレンヌ市を「実に醜い町」と評することになる。クンデラは、1979年社会科学高等研究院に職を得てパリに引っ越すまで、客員教授としてレンヌ第二大学で比較文学を教えた。」(ウィキペディア仏語版より)

これを読んだ後、たまたま通りかかって撮った写真👇



記録を見たら2020年8月31日。

フランスで『冗談』を読んで衝撃を受け、ずっと、いつか別の読みたい思てて、
またこの頃からレンヌに住んでたと知り親近感湧いて、ハードカバーの古本を買い集め、積んどいた。
のを今回、一冊読み終えた。



コロナがキツなってきて、どうなるんやろて不安やったなあ…。