しまなみニュース順風

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公立みつぎ総合病院取材記 ④

2005-02-05 03:26:12 | 健康福祉
「明るさ」の中から導き出す「マンパワー」

 新しい年、平成十七年になって、私はまだ一度しか公立みつぎ総合病院を訪れていない。その理由は、母の病状が比較的安定していることと、もう一つは私以外の親族が新年に入ってから頻繁に母の見舞いに訪れていたからだ。
 この新年最初に公立みつぎ総合病院を訪れたとき、ちょっとしたエピソードがあった。そのエピソードとは、三階南病棟から一階の売店へ行くためエレベーターに乗ったとき、二人の看護師の会話を偶然聞いたことだった。
 二人の看護師は、担当医師の批判をしている。
「わたし、あの先生、いつも処置が遅いと思ってるんよ」
「それ言うとかんといけんじゃろう」
「そうそう、はっきり言うつもり」
 エレベーター内で、私の存在など目に止まらないのか、二人は熱心に議論している。処置が遅い、と言っていた看護師はそうとう意気込んでいるようすだった。それは、担当医師に対する批判・悪口といったものではなく、問題点がどこにあるのか見極めた上で、自分の意見として物を言う姿勢を持っているという感じを私に与えた。
 多くの経験と自信に裏打ちされた言葉は、「権威」に対抗できるだけの重みを持ている。
 なぜ二人の看護師が、偶然いあわせた私に聞かれても議論を止めようとしなかったのだろうか。二人が議論している姿は、ただ同僚と愚痴をこぼし慰め合っているという陰気なものではなく、正すべきことは正す、忠告すべきことは忠告する、という積極的なもので、明るく朗らかな会話にさえ思えてくる。言い換えれば、「切磋琢磨」しているという印象を私は受けた。
 私は去年、取材日以外に一度だけ病院事業管理者の山口 昇先生とお会いしたことがある。それは、エレベーターから降りてこられた山口先生にお目にかかったという程度のもので、お会いしたという言葉は当てはまらないかもしれない出来事だった。
 その時、私を見かけた山口先生は、
「この前の話は参考になりましたか」と笑顔で声を掛けてこられた。私としては、年間数千人もの来訪者が見学に訪れるというこの病院の総責任者が、たった一度だけ顔を合わせただけの私の顔を覚えているとは思わなかったので、その意外さに驚いたと共にたいへん光栄なことだと思った。
 山口先生は、取材の時、「人を見る医療」という言葉を何度も強調されていた。人と人との関係、つながり、その中で一番大切なものは思いやりの心と「明るさ」に違いない。
 私は、冒頭に紹介した看護師のエピソードと山口先生が私に声を掛けてくれたという出来事は「○保健・医療関係者と福祉関係者の相互理解と連携 ○住民の協力と参加」という地域包括ケアシステムの問題点の解決策と密接に絡み合っているではないかと考える。
 もとより私は医療に関しては全くの素人である。しかし、どんな事業や組織を取材しても感じることが一つだけある。
 暗いか、明るいか。
 公立みつぎ総合病院の場合、私の母の入院しているホスピス病棟はもとより、「明るさ」というものが病院全体の雰囲気として実感できる。
 前回までの記事で紹介した公立みつぎ総合病院の成功事例は、この明るさの中で培われてきたものではないかと思えるのだ。
 翻って因島市の場合はどうだろうか。
 ただ一つ因島市で成功事例を挙げるとすれば、この順風で何度も取り上げた因島市医師会病院の言語療法士の取り組みがある。ここは、「明るさ」という点では公立みつぎ総合病院の雰囲気に負けないものを持っている。ただ、因島市の場合は、医療と福祉、行政、住民は、それぞれが点の状態で散在し、あまり密接に連携しあっているという印象はない。
 また、福祉の窓口も、行政、病院だけでなく介護福祉の窓口として市会議員を使う場合もあり、統一され一貫した窓口があるとは感じられない。このことは、介護サービスの分野で独自に頑張っているNPO法人「遊喜の会」の村田代表も指摘していることで、この問題を改善するためには「ボランティアサポートセンター」の設立が必要なのではないかと村田代表は訴えていた。しかし、このNPO法人「遊喜の会」でさえ、底抜けの明るさはあるものの悲壮感が感じられる部分もある。
 点で活動する場合、どうしても無理が生じてくるからだろう。
 この点、御調町では、図6のように福祉行政の窓口と病院が融和した福祉センターを始め、地域連携室、さらには地域型基幹型の在宅介護支援センターなどが住民と密接に関係しあい強力なネットワークを形成している。また、ボランティア活動も盛んな土地柄となっている。
 私は、山口先生から概要説明を受けた後、病院施設、保健福祉総合施設群を視察させていただき、その上で、ある一軒の在宅介護を受けている方のご自宅を訪問看護ステーションの方に同行させてもらうという形で視察させていただいた。その方は、十年来、自発呼吸できない状態で、寝たきりの生活をされ、声を出すことも出来ない。しかし、脳の働きは正常で、この方のために特別に造られたクリアボードやパソコンを使って会話をすることが出来るようになっている。しかも、驚いたことに年に数回、旅行へも出かけられるそうなのだ。
 この方は、私にこんなことを言われていた。
「安心して生活しようと思ったら、御調に住みなさい」
 また、この方のお宅には、年に何回も医療・福祉分野のスペシャリストが視察に訪れるそうだ。この方の奥さんは、訪問看護師と会話しながら、
「このまえなんか、北欧の人が大勢来て、それがまた大きな人ばっかりじゃったんよ。ここにそんなに人は入らんよ、ぐらい人が来ることもあるし」と屈託がない。むしろ、この御調に誇れる事例として感謝の心を持って視察者を受け入れていると話されていた。
 私としては、地域包括システムの概要を詰め込むことよりも、こうした医療が現実に行われている御調町の実際を見ることこそ大事なのではないかと思う。
 ここでも、私は「明るさ」を実感した。
 前回の記事では、地域包括システムの問題点の一つ、首長の理解とやる気をとりあげたが、この問題の中の一つ、「人」と「金」―(マンパワーの確保と財源)の内、「人ーマンパワー」の問題については、公立みつぎ総合病院は「明るさ」という面から解決策を導き出しているのではないかと感じられる。

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