ネットの炎上という話題を良く聞くようになった。フェイスブック、ツィッターやブログで問題発言した。社会的な大きな事件がテレビなどで報道された。このような場合、必ずといってよいほど個人は特定され、さまざまな誹謗中傷を浴びせられる。
このたびもいじめ問題でネットが炎上しているという。
問題があるからある程度仕方がないことかもしれないが、この騒動で根本的な問題は解決するのだろうか。問題を起こした本人、起こされた被害者。この二人の間にはお互い生きていれば和解があり得るかもしれない。しかし、片方がいない場合、決して和解はあり得ない。加害者は一生罪を背負って生きるしかない。少しでも罪を償うとすれば、何があるのだろう。本人の生きざまの中にそれは見出されなくてはいけない。誹謗中傷を浴びせることも人間は衝動的にやってしまうだろうが、真に償う気持ちを起こさせるにはどうであろうか。気持ちを落ち込ませ打ちのめすには効果があるだろう。ただ、それでよいのだろうか。詳細の事情を知らない無責任な誹謗中傷は炎上というお祭りに参加している感覚なのではないだろうか。無責任なヤジともいえる。このことはひょっとしたらいじめの衝動と変わらないのではないだろうか。
何度も何度もニュースとなってもいじめの事件はなくならない。いい加減、いじめのメカニズムを真剣に研究し、再発防止という管理策が出来ないものだろうか。
今日はあじさいの写真の紹介であったが、釈然としないニュースに感じることを書いてみた。
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