せっとせとになってる(ミラー!)

海馬社長を永遠に崇拝しながら、ボッチヲタ生活を送る
昔のよろずサイトのノリで雑食二次ヲタな日々(たまに三次)

【モクバ視点磯海駄文R18】 秘密 

2022-10-17 10:20:33 | 遊戯王(腐):駄文

もうすぐ瀬人誕ですねー★ 

最近はめっきり駄文に割く時間もないんですが(所詮駄文よ)、このところしがちな妄想を、少々…^^

初めはふわっと雰囲気BLにするつもりだったのだが、案の定別物に。

モクバ視点による、隠れ磯海への覗きの話です!!※簡潔 …いや実際そうだから困るw

めっちゃ愛はあるんだけど、ストーカー的なモクバになってるんでご注意ください。

なにげにエロいが実は大したことはしてない問題も。

 

 

ー妄想ー

 

ユーザー数が極めて少ない、アンダーグランド系の動画投稿サイト。

そのサイトにある日、世界的な企業トップである海馬瀬人に似た人物の、いかがわしい行為を撮影した映像が投稿された。

内容の過激さから即話題にになるような事はなかったものの、個人サイトなどを通じて、徐々に一部層における認知度が上がってきている。

海馬瀬人… オレの兄の耳にそうした雑音が入らぬよう、オレは社内の人間を使って、水面下で対策を進めていた。

 

「モクバ様、問題の動画ファイルがこちらです」

「あーあ。ったくくだらない。 …で、本当に全地球上から抹消したんだろうな?」

「ネットに接続された媒体のデータは、依頼した大手のスパイウェアを通じて自動消去がされます。

非ネット化されたコピーは把握しきれないのが現状ですが、SNS等にアップしようとすれば即座にアカウントが自動凍結される仕組みとの事で…」

「今後拡散の恐れはない、という事だな」

「はい。少なくともデータ上は」

「ただし、人間のナマの記憶はそうはいかない。厄介なもんだよ。

初期消火を徹底したお陰で、まだほとんどの人間は何も知らない。とはいえ、先手が大事だ。

いつものバイトに『不安が増す社会。真偽不明のデマや誹謗中傷に注意』みたいなコラムを書かせろ。ニューストップにさり気なく差し込め」

「はい。メディア部門に指示いたします」

「オリジナルの特定も急げ。投稿者のPCを遠隔操作したっていう、ウイルスの出所だ」

「はい」

「ったく…。とんだ手の込んだ真似をしゃがって。

それにどこの誰が作ったか悪質フェイクか分からないけど、こんなビッ〇が兄さまなわけがないじゃないか」

 

兄さまのスケジュールと推定される場所・日時が合わない、輪郭が違う、耳が違う、歯並びが違う…

いかにもな事に並べ立てて、さも不機嫌そうに部下たちを追い払ったオレだった。

 

しかしオレは…、オレだけは、ちゃんと知っていた。

映像の中で屈強な男たちに間に挟まれ、もみくちゃにされている、あの白く細い肢体。

無音かつひどく荒い画質で、全体は不明瞭。それでもオレには、あれが兄本人である事とすぐに確信できた。

実は兄の身体の一部には、とある変わった特徴があるのだ。

その特徴が、今回疑惑を持たれた青年のものと、完全に一致していたのである。

 

「あの…モクバ様は、あまり御覧にならない方がよろしいかと…」

「ああ。解析データ以外は見ないし興味ないから。安心しな。…オレの趣味じゃない」

 

嘘だった。オレはそれから毎晩、憑りつかれたように映像の中の「兄」を眺めて過ごした。

顔はほとんど見えない。辛うじて映る口元が、苦悶するように歪む。

見覚えのある綺麗な指先が、引き攣れて、空を掻く。 …恐らく抗っているんだろう。

自分自身の中に封じ込めた 邪な欲望や葛藤や、過去の深い心の傷と───。

 

 

兄の過去については、嫌という程、悪意ある連中からそれこそある事ない事、色々と吹き込まれてきた。

その度オレの心もえらく傷つけられはしたが、困惑や拒絶や怒りの入り混じる中に、やがて不思議な感情を見つけた。

安らぎや安堵感に似た感覚。…懐かしさ。

そう、オレはかつてオレ自身の目で、兄の過去を縁取るうっすらした陰影を、しかと捉えていたのだ。

その事を思い出した瞬間に、欠けていた何かのピースがピタリと収まるような心地よさを、不覚にも覚えてしまった。

当時思春期真っ盛りだったオレは、そんな自らを深く恥じた。

 

 

以来、この想いは長らく封印してきたはずだった。

しかしまたこうして…、たかだかネットの動画1つで、簡単にオレの箍は外れてしまった。

出所不明・真偽不明の映像を、飽く事なく眺めては、いくらでも下世話な妄想に耽っていられたのだ。

 

ただ、今回の件はあまりに奇妙だった。

その最大の理由は、社や某グローバル資本の力をもってしても、一向にオリジナルデータの出所が掴めないという事。

動画を投稿したユーザーのPCはウイルスに操られていたらしいが、ウイルスの出所を辿っても、同様の手順で操られていた形跡しか残っていない。

その形跡をどこまでも追おうとすると、あるところから堂々巡りになって、全く先に進めなくなる。

とても素人の仕業とは考えられないのだ。

また動画自体の解析をしようにも、データの作成者や作成ツール、日時や位置情報等までもが完全に消去されており。

画面の情報が少ない事もあって、人間が見て推測する…といったアナログな手法での捜査も、同様に困難を極めていたのだ。

 

「こんなに情報量が少ないのに、根拠もなくあの海馬瀬人だと決めつけたいし、騒ぎたいんだもんな。人間ってやつは」

ただし真実を知るこのオレは、別として…。

兄の世間からの注目度の高さを、改めて痛感する。

そんな兄を陥れる意図を持った人間がどこかにいるのなら、オレは対策チームと共に、そいつを確実に排除しなければならない。

なのにその目的達成の目途がちっとも立たないお陰で、

その間にオレの勝手で不謹慎な想像だけが、どんどん捗ってしまっているのだ。

悪い事だと分かっていても、件の動画を見るのがやめられない。

超がつくほど真面目で潔癖な兄が乱れる様を想像すると、強く興味を惹かれる。

その点だけでいえば、一般大衆も、全く同じものをこの動画に期待しているのだろう。

兄にはよく一般感覚を養えと言われて育ったが、こんなオレを知ったら兄は何と思うだろうか。

 

「でも、兄さまにオレを非難されるいわれはないよね。だって兄さまは…」

ここから再び妄想の続きに突入するのが、お決まりの流れだ。

このパターン化した思考を繰り返しながら、あからさまな泥沼にずぶずぶとはまっていくオレがいた。

 

 

兄には全てが完全機密の状態で動いていた。

このところは新商品の開発で、ラボにこもりきりの兄。

元々兄にまつわるネット上の噂は数えきれないほどに多く、視界に全く入れていないのだろう。

兄の様子に普段と違ったところはなかった。

 

「おはよう、モクバ」

「兄さま」

「今日は会議だろう?なんて顔をしてるんだ。寝不足か?」

「多分兄さまよりは寝てるからさ!大丈夫!」

「…お前も随分言うようになったな」

「そりゃあ兄さまの弟だもん」

「ふっ。せいぜい頑張って来い」

 

笑顔だ。涼しげながら、強い輝きを湛えた青い瞳。

その強すぎる輝きを自覚しているかのように、あえて少し控えめに作った笑顔。

皺一つない真っ白いスーツ姿に、長い手足。すっとまっすぐに伸びた背筋が眩しい。

暗く汚い事など何も知らない、完璧にして崇高な存在、そのものである。

…そんな風に見える。

だけどオレは知っている。兄が人知れず、どのようにして、いかに不道徳な快楽に溺れているかを。

動画の中の兄は、引き裂かれてはよがり泣く、肉の奴隷だった。

更にオレが脳内に作り上げた、あの動画の続きの中の兄は、夜ごとに一層激しく汚辱にまみれ、卑しく、際限なく求め…。そうやって狂喜しているのだ──。

 

オレは何食わぬで、兄と会話する。

兄も兄で、…禁断の快楽を貪る本性を隠して… やはりいつもの兄だった。

昔からそうした事が簡単にできるのが、オレたち兄弟なのだ。

今更ながら、分かち合った血に空恐ろしくもなる。

 

 

結局その後も捜査に進展はなく、「犯人」特定はならず。

動画の真偽についての決定的な要素も、見出せずじまいだった。

ただ幸いなことに、一部のコアなネットユーザーの認識も「悪質なイタズラ」というところで留まっており。既にその話題も風化傾向にある。

そのため、現時点ではこれ以上の措置は不要という結論に至った。

 

ほどなくして対策チームも解散。そのチームのメンバーだって、最初から最後まであの動画がフェイクである大前提を疑わないままだっただろう。

オレ以外の誰も、あれが兄その人だと気付いていないのだ。

いや、正確には、オレと兄と、あの映像に一緒に映っていた男たち 以外の、誰も。

まるで兄と秘密を共有しているかのようで、 …オレは嬉しかった。

兄の壮絶な過去は、オレにとってもトラウマそのものであったはずなのに。

どうしてこうも、古傷を抉る行為というのは気持ち良く、クセになってしまうのだろう。

 

 

そんな状態だったので、すっかり動画の存在も忘れられた頃、オレはまた新たな楽しみ方を思いついた。

あの映像のシーンの「その先」を、どうしても実際に目撃してみたくなったのだ。

近いようで遠い兄。兄の事は、オレは実はほとんど知らない。だから、知ってみたい。

仮にバレたところで、目に涙を浮かべて子供っぽい仕草で謝れば、いつものように赦してもらえるだろう。そんな甘えもあった。

「ちょっとくらい、いいよね。事実確認するだけだし。

兄さまは誰にも言えないだけで、本当は脅されて強要されているのかも知れないし…」

だからこれは防犯上正しい行いで、弟として兄を案じる心あっての事で…、

言い訳を一通り用意したオレは、兄の私生活を少しだけ覗き見る計画に取り掛かった。

 

とはいえセキュリティの厳しい社内や屋敷内でできる事など、限られている。

間に合わせの知識でシステムにちょこっと細工をしてみたが、AIがたちまち修復してしまった。

出先で予約したホテルでも、仕掛けたカメラは全て入室前に探知され、破壊された。

オレの偉大な兄は、どうやらプライバシー対策も完全に心得ているらしい。

それほど常に身の危険に晒され続けているという事なのだろう。何ともぞっとしないお話だ。

ちょっとやそっとのネットの波風ごときに動じないのも、頷けるというもの。

 

…だが、ならばそんな兄の密かなプライベートを、一体誰が撮影し、世に流出させたのか?

 

ここで謎が深まる。

こうなると、本当にただのフェイク動画だったのかも知れないなとも思う。

フェイクならフェイクで、明らかにプロによる仕事には違いないのであるが…。

リスクが除かれチームが解散した今となっては、別にそれでもいい気がしていた。

兄の事をあれこれ考える時間や、周囲の目を盗んで動いているスリルが、とりあえず、オレには楽しかった。

兄の泊まる予定のホテルに先回りするのも楽しかったし、兄が眠るだろうベッドを眺めて想像を巡らすのも、正直なところ楽しかった。

 

だが当然ながら、そんな行為をいつまでも続けるわけにもいかず。

オレの良心の呵責…ではなく、あくまでシビアな「現実」の方が、その行為を合理的に阻んできた。

開発を終えた試作品が商品化の段階に入った事で、オレも兄も一層多忙になったのだ。

さすがのオレも、出先で迂闊にあんな動画ファイルは開けない

おまけにほとんど兄と顔を合わせない日が続いた。

そのうちにオレが妙な考えを抱く事も、自然となくなっていったというわけだった。

 

「お前が企画したという番組との宣伝コラボ、上手くいったそうじゃないか」

「オレが元々ファンだった番組だからね。たまに個人のチャンネルでも取り上げてたし。だからあっちの担当も乗り気できてくれてさ」

(っていうか商品自体が凄いんだよ、兄さま…。また未知の技術だって某国の軍部に目をつけられてるの、知ってるよね…?)

「さすがだな。そういうのはオレにはない才能だから、ありがたい」

「才能って…オレは遊びの延長でやってるだけだから!…でも、兄さまの力になれて嬉しいな」

「すっかりお前ももう一人前だな」

「やめてよ。超ワンマン社長にそんな事言われても。圧力みたいじゃん」

「おい、笑わせるな…」

「あはは」

 

メールやラインは、毎回ただの事務連絡。

一週間ぶりの電話の内容で、これだ。次も恐らく来週か再来週になるだろう。

…オレは電話越しに、いつも終始もじもじしていた。

電話が終わった後も、まるで初恋に舞い上がった少年のように、ずっとそわそわした気分が治まらなかった。

あんな事もあったせいか、本当に色々と恥ずかしくて堪らない。

 

このまままた、おかしな考えは封印してしまえばいいと、オレは思った。

昔一度そうしたように、時間とともに自然に封印してしまえばいい。

現に図らずともそうなりかけているし、放っておいても勝手に消えていってくれるはず…。大丈夫だ。

このままいけば、何事もなかったように、また元の兄弟に戻れる。

オレはまた兄にとっての理想の弟に戻って。

そしてあんな動画の存在など、あった事すらいつの間にか忘れているだろう──。

 

 

オレは完全に安心しきっていた。

だから屋敷内の監視システムに不具合が発生したとの一報を受けて、まさかの不意打ちに大いに肝を冷やした。

 

結果的にそれは部品の経年劣化によるトラブルで、すぐに解決したのであるが…。

社内の専門家が代わる代わる立ち入る様子に、ふと一抹の不安がよぎった。

前にオレがシステムに手を加えた痕跡を、そういえば完全に消去できていただろうかと。

念のためにオレはもう一度、今度はただの修理結果の確認という名目で、堂々とセキュリティセンターを覗いてみる運びとなる。

 

この後まさかの衝撃的な体験をする事になろうとは、その時のオレは予想だにしていなかった。

 

 

「あれ?これって兄さまの部屋じゃ…」

兄の私室は、館の中でも最も厳重な監視体制で守られている。

室内の様子は常にカメラで録画されているのだが、その記録は兄本人でなければ閲覧できない仕組みになっていた。

…はずなのだが、何故かそのデータが、現在は閲覧可能な状態になっている。

オレは修理を担当した連中にわずかな不信感を抱きつつ、恐る恐る、兄の私室の録画データを再生してみた。

映っているのはほぼ無人の空間。午前と午後の日に2度、メイドが清掃に入る。

それもそのはずで、最近の兄はほとんど屋敷で寝起きする事はない。

それこそ最近までは、開発部ラボ内の専用施設に缶詰だったり。あとは外泊がメインだ。

たまに居室している時も、大体が仕事をしているか、すぐに寝室に向かってしまう程度のようだ。

さすがのオレも、日常の寝室まで覗く気にはならない。

とりあえず身に危険が及んでいる様子もなければ、屋敷の者や部下以外が部屋に立ち入る事もないようで、安心した。

 

あんなに息巻いていたオレだが、いざ兄のプライベートを実際に覗いてみると、焦りと罪悪感で動悸が止まらない。

部屋着でPCに向かう兄もまた、いつも通り格好良くてサマになっている。

結局兄はどんな時でも、完璧で高貴で清廉だったわけだ。

オレは否応なしに、今のオレ自身がいかに卑劣で低俗かを思い知らされた。

そして、映像を停止しようとそっと指を伸ばしたその時──、

映像の中の兄がまた、側近の1人を伴って部屋に戻ってきた。

側近といえば聞こえはいいが、実態は「パシリ」のようなもので、ありとあらゆる荷物や雑務や無理難題を押し付けられ、怒鳴られ、こき使われ、それでいて兄に触れる事を一切許されない、あの男。

オレにとっても幼少からよく馴染みの、あの男。

 

男は先ほどから他の部下たちに混じって、何度かカメラに映ってはいた。

ただしどの場合でも、用事を済ませると、すぐに退室していた。

ところが今回は違う。一向に帰る気配がない。

オレは指を停止ボタンに添えたまま、目を剥いて食い入るようにモニターを見つめた。

日付を確認すると、録画されたのは2週間前…。割と最近ではないか。

この頃には、例の動画騒動が鎮火して、もう既に充分の時が経っていた。

丁度、オレも兄もようやく忙しさが一段落しかけていた頃だ。

…上手く言えないが、少し嫌な気分になる。

 

シャワーから戻った兄が、バスローブ姿でテーブルに腰掛ける。

テーブルには書類の束が積まれており、まだ残った仕事があるようだ。

少し離れた場所にスーツ姿のまままっすぐに立つ男と、時折何か話し合っている。

…カメラには角度の調整やズーム機能等も当然備わっていた。 更に、音声機能も。

しかしオレはオレなりの妙な意地か何かで、そのままの遠巻きの無音の映像を、ただじっと息を詰めて見守る。

書類をパラパラと捲る指先。兄は真剣な顔をしているだろう…。

普段肌を一切露出しない兄の、バスローブの袖や裾から覗く手首や足首に、オレは勝手にハラハラとしたものを覚えたりした。

 

一度画面から消えた男が、シャンパンのボトルとグラスを2つ持って戻ってきた。

グラスが2つ。勿論兄が先に、淡い黄金色のシャンパンの注がれたグラスを傾ける。

ゆるくはだけた胸元、喉がこくりと動いた…。気がした。この距離では見えるはずもないのに。

それから兄は、男にも酒を勧めた。いつの間にか男はスーツの上着を脱いでおり、距離も近づいていた。

その図体の大きな男の死角になって見えないが、しばらく2人は近い状態のまま、グラスを手にしたままで会話しているようだった。

普段の2人の様子からは考えられないほど、親密なムードが漂う。

これも仕事の話だろうか。それも、かなり重要な案件の?…

ところが次の瞬間、無情にもオレは目の当たりにしてしまった。

兄の手が、男の肩に緩く回されるのを…。

 

上司と部下の男同士の関係でも、昼間のオフィスでなら、特に体育会系のノリが強い職場なら、こういうボディタッチもあるかも知れない

だがこのシチュエーションは明らかに違うだろう。特に兄は、他人と触れ合う事を極端に嫌うタイプだ。

中でもこの男の事は、出自がよろしくない事もあってか、目に見えて軽んじていたはずなのだ。

 

「おい。なんだよ、これ!」

オレの中に、沸々と負の感情が湧いて出てきた。

噂を聞いた時も、あのネットの動画を見た時も、こんな気持ちになった事はなかった。

期待していたものとは違うものだけが、モニターの向こう側に存在していたのだ。

呆然と暗い天井を仰ぐ、オレ。

 

だがしかし、そういえば、一体オレは何に期待していたというのだろう。

所詮あれらは不道徳な…似非真実であり、「ファンタジー」だからこそ、オレは夢中になっていたのだ。

現実が何であろうとオレは否認していたに違いない。知ってしまった今となっては、後の祭りだが。

それも、よりによってこんなしょうもない男と、何故兄が?

 

 

やがて兄の姿は、部屋の奥、寝室の方へと消えていった。

男はすぐに追う事はしなかったが、ある時画面外に消えたまま、それきり戻って来ない。

(……どうする……?)

オレは良心と知りたい欲求の間で、しばし逡巡した。

指は未だ停止ボタンの上に乗ったままだったが、…抗いがたい衝動が勝り、遂にカメラを切り替えた。

一時期ハマっていたイタズラのような楽しさは、誓って、1ミリたりともなかった。

多少の下心は否定できないが、それよりはるかに恐怖が強かったと思う。

オレは事実を知るのが、怖くて怖くて堪らなかった。

ただ、知らないでいる事も怖かった。

もしかしたら、オレは2人に、騙されていたのかも知れないのだから…。

 

 

寝室のカメラは、ベッドヘッドから室内の各ドアを映す角度で、設定されていた。

防犯上の理由だろう。もっと映像をズームアウトなり操作すればより快適に視聴できる事は、十二分に分かっている。

ところが、ここにきてもオレの心のどこかに、それを良しとしない変な意地が頑としてあるのだ。

…そういえば、少し世間をざわつかせた「トロッコ問題」とやらでも、オレはレバーを操作しない派だったりした。

そんなオレは、世渡り上手のふりをした、実際にはただの臆病者なのだろう。

 

ベッドに横たわる兄の姿。近すぎて、全体のほどんどがフレームアウトしている。

おまけにそのカメラが捉えた大部分も、ランプの明かりが作った影に包まれて、背景の闇に同化していた。

「兄さま……」

暗い画面では、光の当たった一部がより際立って見えた。

サラサラと重力で流れ落ちた髪が、飴色に輝いている。いつもはしっかりと整えられた髪。

睫毛が思いの外長い。あの強い光を放つ瞳が伏せられると、ここまで別人のように、あどけない印象になるのか。

それから──、ドキリと心臓が跳ね上がる。 兄の後ろに、誰かいる。

…あの男だ。いつのまにかラフなTシャツ姿になっていたようだ。

この状況で事態を察知できないとなると、どこの大昔の箱入り娘かと…。それほどの条件が揃いに揃っているとしか、言いようがなかったが。

けれどもオレは、まだ信じたくなかった。

兄は隣の男の身体をクッションと荷物置き代わりにして、黙々とタブレットをいじっている。

ベッドでまで仕事か。そうだ、これは仕事で…。と。

必死に自分に言い聞かせるのも、既に相当空しかった。

 

肝心な2人の顔こそ見えないものの、時々唇が触れ合いそうな距離で、何かを囁き合っている。

ごつごつとした男の手が背後からぐっと伸びて、タブレットの上を滑る。

兄の指と視線がそれを追う。

兄の頭が揺れて、長い後ろ髪が男の肩口を撫でる。そして男はまるで当たり前のように、その髪をもう片方の手の指で撫で払った。

(仕事…? これでもまだ仕事中だって思いたいのか?オレは…)

 

また時間を進めると、画面端には向かい合って座っているらしい2人の姿。

男の大きな背中がやや手前側にあり、兄の姿はほとんど隠されていて…、

太い首筋に巻きつけられたほっそりとした腕が、今度はせかせかとスマホを弄っているようだ。

おまけに男の太腿の上には、メモやペンや手帳、果ては充電器のコードらしきまでもが、無造作に引っ掛けてあったり…。

(これも仕事…… そうなの?兄さま……)

──オレはこの時実は、ちょっとだけくすりと笑ってしまった。

相変わらずヒドイ仕事中毒の兄が、なんだか可愛らしく思えてしまったからだ。

あるいはこう見えて実はアプリゲームに熱中していたとして、それもそれで、どうやったって可愛らしい。

だからこそ…、無性にやるせなく、同時に腹立たしかった。

 

しかし意外だ。兄がこんなに甘えたがりだったなんて。

元々いわゆる女王様気質といえば、多分そうなのだろうが…。

だったらオレにだって、少しくらい甘えてくれてもいいのに。

 

(オレが、弟だから…?)

オレは今、これまでどんな場面でも感じた事のない、強烈な嫉妬心に襲われていた。

少し目頭が熱い気がする。さすがに泣いてはいないと思うが、確かめる余裕もない。

 

スマホに夢中の兄は、抱き着いたその男の肩に、顎も一緒にちょこんと乗せている。

ほとんどビーズクッションのような扱いだ。すっぽりと埋まって、きっと快適なのだろう。

たまに肩に唇が触れているように見える…触れているのだろうか?それとも、話しているだけ?

感触を楽しんでいるだけ?

…だったらなんだというのか。

 

 

正直なところ、どこの誰とも分からない女の子の方が、はるかにマシだった。

過去に何人かの女性との噂が持ち上がった時も、オレは特に脅威とは感じなかった。

 

オレは兄にそれなりの仕事を任せてられているが、兄の仕事を相談された経験は、一度もない。

当然信頼されての事だろうが、それでも寂しくなってしまう。

オレよりもこの男の方が、兄からの絶対の信頼を得ているように思えてならないのだ。

少なくとも直接的に兄の支えになっている。一緒にいる時間も長い。共有する情報も、経験も、当然それ相応に。

更に仕事以外のプライベートの部分ではどうかというと、御覧の通りだ。

本来家族が担って然るべき、癒しとか寛ぎといった部分を、コイツ…この男が、これだけ占有している。

対するオレはというと、兄のごくごく表面の部分しか知らない。「兄」の顔、「父親代わり」の顔、そして「社長」の顔だ。

兄はその3つの面で、オレの前では常に完璧であり続け。それ以外の一面は、全く存在すら感じさせた事がなかった。

弱さも汚さも、だらしない姿も、オレには全く想像すら及ばないものなのだ。

…だからなのだろう。オレが兄にまつわる「ファンタジー」に無条件に惹かれるのも、きっとそのせいだ。

考えてみれば理不尽な話だと思う。本来なら一番に心を許してくれる相手は、唯一血を分けた肉親である、このオレであって然るべきなのに。

 

そして最後の一つ。これはオレが弟だからこそ、永遠に絶対に得られないもの。

これ以上否定してもしょうがないだろう。この2人は要するにそういう事、であって…

なら、オレはこの男と比べて、何か一つでも上回れるものはあるだろうか?

───答えはそう、「ない」のだ。

 

別に自信がないわけではない。むしろ自分でも自分の価値や能力は認めている。

だが兄にとってのポジションという点に於いては、オレは今以上にも今以下にもなり得ないという現実。それをまざまざと見せつけられてしまったわけだ。

 

「オレだって、部下としてそいつが優秀なのは重々理解できるよ」

「だけど…やっぱり、なんで。 なんでなんだろう…」

納得できる理由など、オレには永遠に探し出せないだろう。

ただ兄がその男を選んだというなら、兄なりの理由があるはず。…そうやって受け入れる事しか、オレには出来ない。

 

(それにしても…)

オレには更にもう1つ、ショックな点があった。

オレはあのネット動画を初めて目にして以降、兄はずっと己の内なる欲望を嫌悪しながら、深い苦悩のままに、一時男たちの玩具に身を堕としているものとばかり思っていた。

責任ある立場の人間ほど孤独だとは、よく聞く話だ。その孤独から解放されるための「非現実」が、多くの場合必要なのだ、とも。

だからオレは、兄が過去の辛い体験を自らで再現する事によって安心し、それに依存する…そういった類のものなのだと──

ある種の強迫観念のようなものに襲われて、やむにやまれず自傷的に、自ら望んで犯されているのだと──…。

そう思い込んでいた。 来る日も来る日も、そんなシチュエーションを脳内に描いた。

そうして不穏な妄想ばかりを日々逞しくしてきたところ、現実は全く違ったものだったわけだ。

 

…オレはマヌケだ。ついでに漫画の読みすぎだし、とんでもないヘンタイだ。

でも一番問題かつショックなのは、本当なら兄が幸せそうで喜ぶべき場面で、素直に喜べないでいるところだ。

そうだろう?

 

 

兄のトラウマはオレのトラウマだ。

その傷の痛みがあるからこそ、オレたちは奥底で繋がっていられる。

どんなに離れても、唯一オレだけが、その部分で永遠に兄と繋がっていられる。

子供の頃から無意識にそう信じてきた。今だってそうだ。

ところが兄はオレの想像よりもずっと器用に、痛みを扱い慣らしていた。

時にはアクセサリーや、武器にさえしてきた。 きっとそういう事なのだ。

ただでさえ遠いあなたが、ますますオレから遠くなっていく──。

 

 

…なんだかおかしい。すごく変な気持ちがする。

霞んで淀み始めた画面の向こうには、兄の白いバスローブ姿の背中がある。

いつもは決然として頼もしい背中も、こうして眺めると随分と華奢なものだ。

その背中を、まるで飼い猫でも抱くようにして、向き合って座った男の腕がゆっくりと上から下まで、何度も何度も繰り返し撫でていた。

兄は少しずつ身体を揺らしながら、その愛撫に身を任せているようだ。

それこそ猫のように…、少しでも収まりの良い場所へ場所へと、蕩けるように身体を合わせる。

 

兄の表情は依然窺い知れないが、時折映る唇は、微笑んでいるようで。

唇が何かを囁き、啄むように男の頬や首筋に触れては離れ。

離れた後を、今度は指先がするするとなぞった。すると今度は再び、そこに唇が…

(あ……)

と、その瞬間に、視界からほとんど兄の姿が消えた。

どうせヤツにキスでもされたのだろう。ぴんと反らされた背中が、震えながら捩れる。

カメラのすぐ前、シーツの上に投げ出された兄の手が、細い指先が、ゆるやかに宙を掴むように動く。

それはとてもなめらかで、優しく誘うようで…。

オレはすっかりその美しさに魅了されていた。

これでもう断言できる。 兄は、決して自らを傷つけてなどいない。

 

そして更にその兄の指先を男の太い指が捕らえて、深く絡まり合うのを目にした時、

オレはとうとう全てがどうでもよくなってきた。

 

延々と続く甘くゆったりとした情事は、嫉妬とショックとその他諸々でまいっているオレでさえ、見ていてじれったくなる。

訳が分からないが、じわじわとおかしくなる。

真綿で首を絞められる気分?…それも少し違う。

 

背を撫で擦る動きが、徐々に少し荒くなってきた。ローブの生地はよれて、肩が大きく露出している。

画面越しでも、露わになった肌のキメの細かさは充分に伝わってくる。

そのほっそりとした首筋を、大きくてガサツそうな男の両の手が、一気に撫で上げた。

長い襟足を乱暴に包み込むようにして、項から10本の指が差し込まれる。

誰も、オレですら触れた事のないあの髪を。そのまま滅茶苦茶にかき混ぜて。

頭は人間の急所だ…その頭をやすやすと抱えて、…またどうせキスしたに違いない。それも、大分濃厚なやつを。

「…………」

今度は随分と長い。

オレだって、そうしたかった。本当はオレの方がそうしたかった。

投げやりになってそんな言葉を内心呟いてみると、意外にも少し胸のつかえが取れた。

このまま吐いてしまいそうだ。

──吐き気がする。 兄にも、この男にも、何よりオレ自身にも。

この世界には、頭を二つ三つ持った化け物しか棲んでいないのだろうか。

 

オレは確かにどうかしている。

だけどこれまでずっとマトモぶって、オレや周囲を騙し続けてきた彼ら2人だって、充分オレにとっては化け物クラスだ。

なにせ、オレたち社員や世間全体を巻き込んでの、壮大な「ごっこプレイ」に、これまでずっと付き合わされてきたわけなのだから…。

どれほどの好き者なのかと。2人揃って、凝ったセックスが楽しくて仕方ないらしい。

だが実際、これなら確かに楽しそうだ。羨ましいくらい楽しそうだ。

視界は歪む一方だし、吐き気は治まらないし… 何ならオレも混ぜて欲しいくらいだ。

怒りも呆れも通り越して、どんどん感情がおかしくなってくる。

 

そして…、

兄のまとっていたバスローブが、大きくまさぐられて、一気に腰までずり落ちた。

現れた肌は、息を飲むほど白く艶めかしい…。

細身ながら綺麗に筋肉のついた、肩甲骨から背中の優美なラインに、オレは思わず釘付けになった。

 

それからオレはワンテンポ遅れて、ある重大な事実に気が付いたのだった。

(ない………!!?)

────兄の背中には、あるはずの あるべきはずの鞭の痕が、なかった…。

 

 

動画の中のあの兄には、あった。

燃え盛る炎を思わせる、背中一杯に刻まれた痛々しい鞭の痕。

それが今目の前の画面の中にいる兄の背には、存在していない。

この不可解な状況でオレが最初に考えた事は、「今見ている映像はフェイクなのではないか」という事だった。

…無論、そんなはずはない。

ネットの胡散臭い低画質の切り抜き動画と、他ならぬ我が屋敷誇る、高性能セキュリティの録画映像と。

どちらが紛い物かなど、問うまでもない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

例の件でそこまで詳しく話したわけではないが、社には専属のドクターや整体師やスタイリストや…様々な人間がいるのだ。

にも関わらず、オレ以外の誰もが、最初から一貫してあれを単なるフェイクとして扱った。そうやって根絶に動いた。

普通一般の思考で素直に考えれば、彼らの判断の方にどうしたって分があるだろう。

やはり、あの動画はフェイクだったのだ。

 

では何故、オレ1人だけがあの嘘を真に受けてしまったかという事だが──。

オレはずっと以前から、兄が義理の父によって虐待されていたと記憶していた。

確かに間違いなく、そういう雰囲気はあった… 幼いオレでも本能的に感じていた。

夜中に頻繁に義父に呼び出される兄。オレが眠れなくて兄の部屋に尋ねて行っても、留守である事が多く。その度に、オレはよくメイドに泣きついたりしたものだ。

社長であり多忙なはずの身なのに、自ら、昼も夜も何時間でも教育係を務めたがる義父が、子供心にもどうにも不思議で…。

そのうちいつの頃からか、兄は人が変わったようになり。夏でも長袖で、常に肌を隠す服しか着なくなった。

義父の死後は、元気を取り戻した兄であるが、それでも未だに全身を覆う服しか身に着けない。弟のオレにも、兄が裸を晒した事は一度もない。

 

…虐待の場面を実際に見たかどうかは、実は曖昧なのだ。

見たような気がするし、見ていないような気もする。

鞭や首輪といった恐ろしい道具だけが置かれているのを見かけた記憶もあるが、どれもはっきり言いきれるほどのものではない。

 

兄が虐待を受けて育ったという話は、ネットのその手の界隈では、割と古くから都市伝説として囁かれ続けていた。

あまりに浸透しすぎて逆に見向きされなくなったような部類であり、またその亜種として、義父とデキていたとか、それも兄の側から誘っただとか…、

「それ以降男色や少年愛の趣味に目覚め」、「密かに淫蕩の日々を送っている」という説と、セットで扱われる事が極めて多い。フリー素材レベルの定番ネタでもあった。

更にその亜種ともなると、特権階級の悪魔信仰やら生贄がどうこう…果ては宇宙人がどうこう辺りまで、無限にスケールアップする。

兄にまつわる噂は、もはや空気のように世界中に存在しているレベルなのだ。

オレに言わせれば、そこまでやるなら路線を徹底すればいいのに。一方では頻繁に女性アイドルとの恋愛ゴシップ等を捏造するから、連中は信用されないのではないだろうか。

オレには心底不愉快だが、ある程度の噂が自由に飛び交うくらいの方が、仕事はしやすいらしい。…一度だけ兄にそう説明された。一度だけだが。

そういう訳で、単なる噂レベルで済まないようなケースでのみ、オレが主として情報対策を行ってきたのだ。

今回の動画はまさにその手のケースの典型例であり、手慣れたチームによって、迅速に対応がなされた。

犯人が特定できないという珍しい結果に終わりはしたが、風評を未然に防いだ事で、一応の目的は達成できている。

今回もチームはよく動いた。そう、オレ一人だけがずっと大きな間違いをしていたのだ。

 

話を戻すが、鞭痕のエピソードも、ネットの一部ではそれなりに目にする機会がある程度のものである。

その情報に影響されて、オレの記憶が多少改変されてしまった部分もあるかも知れない。

またネットのそういう情報に触れる以前から、オレは周囲の心ない大人たちによって、直接似たような話を吹き込まれてもいたため、

むしろそれらの影響を受けているか、あるいはその両方、という可能性も充分あり得る。 なんにせよ今となっては、真実は兄にしか分からない。

──そして例の、炎のような形の鞭痕のエピソード。

これは恐らく、オレが直接何かを見て、その上で誰かから聞かされた話が大幅に加味された、といったものだったように思う。

背中にあたかも地獄の業火のように燃え上がる、鞭の生々しい傷痕を宿した兄が、

復讐のように男と次々と関係を持ち、相手を破滅させていくというもの。

少々悲劇的な演目がかっているが、大筋はそういう内容だった。

自分でも気になって調べてみたが、こちらは一切そうした話がネットには落ちていなかった。

という事はやはり、真偽はさておき、オレ自身か近辺の人間でのみ語られてきた秘密のストーリーに違いないと…、

オレはそのように、長年解釈していたのである。



オレは炎の痕のエピソードとエピソードを知る自分、というものに、陶酔感と特別感を覚えていたはずだ。

つまりそれこそが、オレの期待する真実だった。

そこに、あの問題の動画が現れた。

動画の中に映る兄によく似た青年の背中には、炎の形の鞭痕があった。

だからオレはあの動画に映っているのが兄本人だと都合よく思い込み、人の声に耳を貸さずに、勝手に興奮して執着して──…

その後は、そう、これまでの通り。 …こうして今に至るというわけだ。

 

 

冷静になってみれば、あの程度の痕は、簡単に特殊メイクで再現可能だろう。

他方では医療の進化も目覚ましく、傷痕を消す技術も大分進歩しているそうである。

つまるところ、兄の過去を確定づけるような物的なものは、これから先も出てくる事はないということだ。

ただまあ、今現在の兄が男遊びに耽っているかどうかの情報ならば、確かに相当な覚悟と技巧をもってすれば、入手できる可能性もゼロではないのだろうし…、

多くの大衆の関心事もそこにあって。だからこそ兄はつけ狙われ、結果として徹底した、最強のプライバシー対策法を身に着けたのであろう。

 

結局今回の動画の件で明らかになったのは、オレ自身の危うさだった。

また、新たな疑問も生まれている。今回突き止められなかった動画の出所…。

あえてあの痕を持った人物を使って兄を狙ったフェイク攻撃を行い、世界トップの技術者たちの捜査を掻い潜って、見事逃げおおせた人物。

明らかに只者ではないその人物の目的は、一体何だったのだろうか。

オレ一人が踊らされ、オレ一人が散々な目に遭わされた。

おまけに、渡ってはいけない橋を、もう随分なところまで渡りかけてしまっている。

狙いが兄ではなくオレだったとして、全くおかしくないほどの有様である。

…本当に、最初からオレがターゲットだったのかもしれない。

だとすればその犯人、少なくとも主犯は、オレの事を昔からよく知る人間に絞られる。

(あの炎の形の痕の話…)

(あれをオレに話したのは、一体誰だった?)

思い出せない。

大体にして、そもそもあんな話を子供にして、何になるというのだろう。

(まずはオレを狙って排除した後で、兄への本格的な情報戦を挑んでくるとか…?)

だとすれば、随分と手の込んだやり方だ。しかしここまでの巧妙な手口から鑑みるに、あり得なくもない。それが不気味だった。

しかもそんな勢力に、オレのごくごく近いところから情報が流れているのは、ほぼ間違いないわけで。

警戒を続けていく必要があるだろう。

 

 

散々語ったが、オレが今今対処しなければいけないのは、まさに現在直面している、目の前の危機に対して、だった。

目の前の危機とも言えるし、オレの内側に起こった危機とも言える。

どうしてオレは兄の寝室を覗くなんて行為に、手を出してしまったのか。

ここまでが「ヤツ」の狙いだとしたら、今頃きっとどこかでほくそ笑んでいるに違いない。

 

オレの兄に対する想いがいかにおぞましく危険なものと隣り合わせかというところが、すっかり露呈してしまった。

周囲の誰にも、まだ気付かれてはいないだろう。

しかしオレ自身が気付いてしまった以上、この許されざる感情は、今後どう処理していくべきなのか──。

 

今後どころの騒ぎではない。今 目の前のモニターの中で、「傷痕のない」兄が、よく見知ったあの男の腕に抱かれている。

オレはその兄にはっきりと昂りを覚える。正体の分からない、謎の昂りを。

 

いつの間にかごちゃごちゃした仕事道具はどこかに片付けられ、一糸纏わぬ姿の兄が、しどけなくベッドに横たわっていた。

オレが操作を放棄したために、その身体はほとんどシルエットでしか窺えない。ただ、美しい事だけは判る。

兄がゆるく頭を振ったその時に、一瞬、横顔が大きく画面に映った。

闇の中にそこだけくっきりと浮かび上がる、映画のワンシーンの切り抜きのような画。

…そういえば、この角度から、距離から、兄の顔を見た事はあっただろうか?

少なくともこんな表情は、オレは見た事がなかった。 兄の油断しきった表情。

本当に綺麗な顔立ちだ。 卵型の小さな顔。少し目じりがつり上がった、ぱっちりした青い瞳。整った鼻筋。なめらかな頬。薄く形のいい唇…。

そんないかにも清楚で知的そうな綺麗な顔で、蕩けたように無防備な表情はずるい。

そうか。オレの兄は、こんなにぞっとするほど魔性の顔をしていたのか。

 

画面奥で、男が服を脱いでいる。オレの目からも素直に凄いと感じる、見事に鍛え上げられた肉体だ。

兄はこの身体に惚れ込んでいるのだろうか。早くして欲しくてうずうずしているのか。

そういえば世の女の子たち…とは限らないが…は、こういう間には一体何を考えているのだろう。

オレは我を失うタイプだから考えた事もなかったが、改めて第三者視点でこうして見てみると、何だかよく分からない。

ただじっと寝そべっている兄に、今更諦め悪く「今のうちに逃げて!」とか「抵抗したら?」「下手くそって言ってみたら?」などなど…オレは場違いかつ必死なメッセージを、胸の中で送り続けてはみるも…。

当然兄に届くはずもなく。兄はいちいち悩ましい仕草で、髪をかき上げたり姿勢を少し変えたりしながら、やはり男が服を脱ぎ終えるのを待っているのだった。

──絶望的な思いがする。

こういうあたりが実は密かに、地味に最も絶望するところかも知れない。

と同時に、絶望しながらにして興奮する。

この先こんなにいやらしい兄が、欲しいものを欲しいだけ与えられて、これ以上どこまでいやらしくなってしまうのだろうと…。

(いっそもう目いっぱい「お仕置き」でもされて、滅茶苦茶に壊されてしまえばいいのに…)

 

不意に視界全体が暗くなった。

服を脱ぎ終えた男が、上から兄に覆いかぶさっているらしかった。

吐き気はどうにか消えてくれたが、今度は何だか…無性に収まりが悪い。

確認はとうに済んだし、この先最後まで見続けるのも、それもなんだか違う気がする。

随分と時間がかかってしまった。屋敷の者を不安がらせるのもごめんだ。

そうしてオレがとうとう停止ボタンを押しかけたその矢先──…

もつれ合う影の中から、一瞬だけ、兄の感じているような表情がちらと見えた。

「凄い…あなたも、そんな顔をするんだね」

絶望とない交ぜの興奮。

切なげに寄せられた眉が、わななく長い睫毛が、ゆるく開かれた唇から覗く舌先が。

全てがあまりに魅惑的で罪深く、オレにとっては許しがたく…。そして、どうしようもなく惹かれてやまない。苦しいのだ。

このままだと埒が明かない。兄ではなく、もっとオレ自身が壊れるだけだろう。

オレは意を決して、迷いを振り払い、一気に停止ボタンを押し込んだ。

…確認ウインドウが2回も表示される。野暮な仕様だった。

 

ところがその2回の確認表示中に、後ろでは、あり得ない事が起こった。

完全に停止するまでの数秒間、あの2週間前の情事のシーンが流れ続けていたのであるが…。

何故か兄が突然むくりと身体を起こしたかと思うと、突然カメラの前に顔を近づけ、あたかもこちらを覗き込むような仕草をしたのだ。

「なっ…何…?」

間違いなく、モニターの向こうにいるこちらを見ている。目が合った瞬間、怖いくらいに心臓が大きく跳ね上がった。

内臓が全部飛び出しそうだった。

 

(綺麗な顔だなぁ……)

ランプの光が、よりドラマチックなコントラストで、兄の顔を闇の中に照らしだす。

そしてそれからほんの一瞬、一瞬にも満たないほどのわずかな刹那、

兄はオレに、笑いかけた…ように見えた。いつも通りの真っすぐな笑顔で。

オレはその衝撃で、自分自身がバラバラに砕け散るのを感じた。

 

あくまでも、これは2週間前の録画なのだ。

現実時間の兄は今、アメリカに向こう飛行機の中にいる。恐らくあの男と一緒に。

監視カメラに向かって笑いかけるなんて事、そうあるだろうか?

それも、本来は自分以外が閲覧できない録画にあんなものを残して、何か意味はあるだろうか…?

(自分たちのプレイを録画して、後から一緒に見て楽しむため?…)

せっかく盛り上がっている流れを一旦わざわざ止めてまで、カメラに向かって笑う必要性があるのか。オレには正直よく分からない。

しかも笑ったのは兄だけ。男はほぼ画面外で、ほったらかし食らっているのだ。

とはいえ…、あんなものを見てしまった以上、今は2人がどんな特殊なプレイに通じていてもおかしくない気も、しなくもないわけで…。

──分からなかった、本当に。 答えも何も、もう分からない事だらけだ。

 

 

オレが見たのは一体何だったのだろう。

画面越しにじっと兄と見つめ合った。

全てが暗転する直前、微笑んだ兄の唇が、微かに「モクバ」と動いた気がした。

人の心は危うく、世の中はフェイクと思い込みに満ちている。

オレの気のせいかも知れない。ただの妄想か幻だったかも知れない。

ただ、その時のオレに、電に撃たれたような衝撃が走った事、それだけは確かな事で。

その瞬間にオレは、「バラバラ」になった。

 

兄の笑顔を見て、「オレが知っているいつもの兄だ」と、そこに崇高さや誇らしさを見出したオレと、

同じ笑顔を見て、「なんて挑発的で淫靡な笑い方だ」と、初めての経験に戸惑いつつ、すっかり情欲に魅入られてしまったオレがいた。

そしてそのどちらのオレも、紛れもない本物だ。

 

 

人間は複雑で、少々面倒に出来過ぎているのかも知れない。

オレはこの際、素直に成り行きに任せる事にした。

そうするのが一番楽だという事は知っていたからだ。

 

「もしかしたら全てが完璧に作り上げられたギミックで、逆にオレの方こそ、今も誰かに監視されているのではないか?」

「そしてその誰かとは、オレをよく知る、オレの最も近くにいる誰かで…」

「こんなオレを見て、今もどこかで笑っていて…」

 

なんていう無駄な心配ばかりするから、人心は常に嘘マヤカシに惑わされてきたのだ。

もういい。悩むのはやめよう。

手放す時間を持つ練習をした方がいい。

そういうのも帝王学では大事だと、確か誰かが言っていたような…。

 

 

全ての画面が消え、現実の暗闇の中にオレは取り残された。

狭く冷たく、無機質な部屋。何の感動も起こらない。

低い駆動音とランプの明滅に、オレの意識は自然と同期していた。

 

切なさはなかった。

ただ、先ほどまでの映像の兄が、いくつもの兄の姿が、不意に脳裏をかすめた。

そしてオレの名を呼んだ。 唇が囁いた。甘い声で「モクバ」と。

その次の瞬間、オレは──…。

 

 

 

―中途半端に終わる―

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