今週は涙を何回流したことか。
月曜日から振り返ってみる。
27日は、午前中光寿苑で任務に従事した後、午後からは北上市にて8歳の男の子の出棺~火葬へ。
その場を終えると、西和賀に戻って101歳のおじいさまの通夜。
通夜を終えると、北上に戻って、その8歳の男の子の還骨のお参りを勤めるという目まぐるしい時間となった。
28日は、早朝から101歳のおじいさまの出棺~火葬と勤める。
その後、午前の時間帯は、2週間前にご逝去されたおばあさまのお参りに伺う。
昼からは、101歳のおじいさまのご葬儀を勤めさせていただいた。
葬儀を終えてすぐ、片道4時間超はかかる普代村へと車を走らせた。この日は、特養うねとり荘さんの看取りケア研修だった。昨年も同様のテーマで呼ばれていて、しかも大半の方がリピーターであり、昨日の記憶もおぼろげな私にとっては、去年と中身が重複しないように必死に務めた講演の進行は、お粗末なものになってしまって申し訳なかった。
けれど、過去の光寿苑のことを思い出しながら、グッと泣きそうな気持ちを抑えながらの時間だった。
何とか任務を終え、その日は宿泊先でアルコールを多少いただいた程度でバタンキュー。。。
そして、本日29日は、8歳の男の子の本葬を迎えた。
200人超もの参列者の中には、異例ともいえる多くの小学生の皆さんがいらした。
涙・涙・涙……。このことは、明日以降、詳しく触れさせて頂きたいが、本当に記憶に残る男の子の葬儀だった。
葬儀を終えて西和賀・光寿苑に戻る。
夜は職員研修会として、「転倒転落防止セミナー」を、外部講師をお招きして受講した。多面から考えさせられた中々の研修会。疲れてはいたけれど、とても刺激あるいい研修だった。
その後、看取り期のおばあちゃんの横に、ご家族が夕飯から戻るまでつくことにした。けれど、遅番の職員が、「一段落ついて、今日は静かなので私がつきますから。苑長、どうぞ帰って休んで下さい。」と、疲れがとれるような言葉をいただき、甘えることにして帰宅。
涙と考えさせられたこの3日間。
何だか、疲れているのに眠れない夜。。。でも、休むことにしようかなぁ。。。
おやすみなさい。
月曜日から振り返ってみる。
27日は、午前中光寿苑で任務に従事した後、午後からは北上市にて8歳の男の子の出棺~火葬へ。
その場を終えると、西和賀に戻って101歳のおじいさまの通夜。
通夜を終えると、北上に戻って、その8歳の男の子の還骨のお参りを勤めるという目まぐるしい時間となった。
28日は、早朝から101歳のおじいさまの出棺~火葬と勤める。
その後、午前の時間帯は、2週間前にご逝去されたおばあさまのお参りに伺う。
昼からは、101歳のおじいさまのご葬儀を勤めさせていただいた。
葬儀を終えてすぐ、片道4時間超はかかる普代村へと車を走らせた。この日は、特養うねとり荘さんの看取りケア研修だった。昨年も同様のテーマで呼ばれていて、しかも大半の方がリピーターであり、昨日の記憶もおぼろげな私にとっては、去年と中身が重複しないように必死に務めた講演の進行は、お粗末なものになってしまって申し訳なかった。
けれど、過去の光寿苑のことを思い出しながら、グッと泣きそうな気持ちを抑えながらの時間だった。
何とか任務を終え、その日は宿泊先でアルコールを多少いただいた程度でバタンキュー。。。
そして、本日29日は、8歳の男の子の本葬を迎えた。
200人超もの参列者の中には、異例ともいえる多くの小学生の皆さんがいらした。
涙・涙・涙……。このことは、明日以降、詳しく触れさせて頂きたいが、本当に記憶に残る男の子の葬儀だった。
葬儀を終えて西和賀・光寿苑に戻る。
夜は職員研修会として、「転倒転落防止セミナー」を、外部講師をお招きして受講した。多面から考えさせられた中々の研修会。疲れてはいたけれど、とても刺激あるいい研修だった。
その後、看取り期のおばあちゃんの横に、ご家族が夕飯から戻るまでつくことにした。けれど、遅番の職員が、「一段落ついて、今日は静かなので私がつきますから。苑長、どうぞ帰って休んで下さい。」と、疲れがとれるような言葉をいただき、甘えることにして帰宅。
涙と考えさせられたこの3日間。
何だか、疲れているのに眠れない夜。。。でも、休むことにしようかなぁ。。。
おやすみなさい。