Sekky's FLOG

福井県立恐竜博物館で研究職員をしている関谷と申します。
仕事の内容はあまり書けませんが、コメントを頂けると嬉しいです。

8月3日(水) 久々の外出

2005-09-02 00:36:55 | 鶏西の生活
6:30 起床。洗濯。売店で粉洗剤を買ってきて(1kgで6元=約90円)洗面台に水をためて手洗い。汚れはあまりよく落ちない。

7:30 朝食。やはり火の通ってないものは避けてしまう。肉まん、ゆで卵、トマトと卵の炒め物、牛乳。野菜が足りない。

8:00 出発。I川先生とA田君の所持金が足りなくなってきたそうなので、銀行に寄って換金。銃を持った警備の人が何人か立ってた。待ってるときに日本語で話してたら、となりに座ってたおばさんが「あんたら日本人か。私は日本円を持ってるよ(中国語)」と1000円札を見せてくれた。一週間もたっていないが懐かしい絵柄に感じた。なんで日本円なんか持ってるのか聞いたら、「米ドルも持ってるよ。」とかなりの金額が入った通帳を見せてくれた。財テクで儲けてるらしい。やるなぁ。今のうちにRMB買っとけば儲かるかな。

9:30 露頭到着。晴れてたが日差しは強くなく、さほど辛くない。

露頭に着く少し前に、道端にスコップを持った男が現れて車に乗り込んできた。何者かと思ったが、彼がウワサの掘り師らしい。我々が入院してる間に雇って掘ってもらっていた、石切り場で働いてる人だそうだ。露頭を指差して「この辺りからサンプルを採りたい」と指示すると早速掘り始めた。良いサンプルが取れそうな場所を自分で探してくれる。それも、ここ数日手伝ってもらううちに覚えてくれたらしい。優秀だなあ。

13:20 昼飯は羊肉料理レストランに入る。スペアリブ、餃子、地三鮮(三種類の野菜を炒めたもの)、黒白菜(木耳と白菜の炒め物)、羊湯(ラム肉のスープ)。餃子が旨い。動けなくなるくらい食った。

午後も城子河(Chengzihe ツンズフ?チェンズーハー?)の露頭へ。道路沿いに2~300mくらい連続して露出している。車で行きやすいのは楽だけど、風化してて深く掘らなきゃいけないのが大変。行きやすくて風化もしてないところはないのかな?

夕食時、「メニューを和訳せよ」との命令が下る。ホテルのレストランのメニューは中国語で書かれてるので、料理を指して李教授にどんな料理かを聞き、それをたのむか否か決めて、たのんでみたら「今日はその食材がない」という答えだったりして、毎回注文するのに20分くらいかかるのは如何なもんかと。

でも俺としては別に特に「これが食べたい」というのはないから、毎回違う料理を李教授がたのんでくれればよかったんだけど、命令じゃ仕方ないからしぶしぶ従う。めんどくさい。いくらか中国語の勉強にはなったが。

食材;
 口蘑 モウコシメジ
 木須 かき卵
 魷魚 スルメイカ
 榨菜 ザーサイ
 菠菜 ホウレン草
 土豆 ジャガイモ
 排骨 スペアリブ
 豆角 サヤインゲン
 刀魚 タチウオ
 蘑茄 きのこ
 夢ト 大根
 黄瓜 きゅうり
 豆芽 モヤシ

調理法;
 爆  (少ない油で)揚げる
 家常 ありあわせの 

8月2日(火) 出院(chuyuan)

2005-08-31 21:50:00 | 鶏西の生活
6:30 起床
朝・昼・晩と食ってる上にブドウ糖も点滴されて、もう十分元気である。A田くんは早く退院しなければ卒論が危ういと焦り始めた。僕はもとから労働力として来てるだけなので、退院できないなら看護師さんとお喋りして中国語の勉強をするまでである。

9:30 点滴開始直後に先生方が来て朝食を持ってきてくれた。タイミング悪し。点滴しながらだと食いづらい。豆粥、そら豆とナスの炒め物、ゆで卵。李教授は食器を熱湯消毒してくださっている。…肉が食いたい。

10:00~11:40 睡眠
夜はずっと寝てたのに、満腹になると眠くなる。体が休息を欲しているのだ。体力が完全に戻ったわけではないということだろうか。体力といえば、筋トレか何かしてスタミナをつけないと中国ではすぐバテちゃう気がしてきた。卓球がいいか。

13:00 昼食
米飯、ピーマンとナスの炒め物、油揚げ(みたいなやつ)。先生方が、巣にえさを運んでくる親鳥のように見える。もしくは養豚場の職員か。

ホテルから着替えとタオルと洗面具を持って来ていただいたので、昼食後、シャワーを浴びた。やっとさっぱりできた。

18:00 退院
夕方、平野先生が入ってきて、「引き取りに来たぞ」と。最初に思ったことは、「明日から労働力を売るの日々が始まるのか…」。

19:00 晩飯
紅焼肉、紅悶魚、溜豆腐、鶏蛋湯。病み上がりということを理由に酒を回避した。

8月1日(月) 今日も住院

2005-08-27 11:27:10 | 鶏西の生活
今日も一日入院。夕方には退院できるかもという話だったが、明日以降になるとのことだった。だいぶ回復した感はあるのだが、少し歩き回るとすぐ疲れる。

点滴と昼寝と食事の繰り返しで一日が過ぎてゆく。中国での貴重な滞在期間を使って入院してるんだから、せめて色々学ぼうと思い、この入院体験を謳歌することに決めた。

点滴も採血も手の甲の血管から行う。日本ではだいたい肘の内側辺りからやると思うのだが。腕の先のほうへいくほど痛いと聞いていたけど、痛さはあまり変わらない気がする。

ちょっと歩き回れるようになったので部屋の中を物色した。パソコンが置いてあるけどディスプレイの電源が入らない。電話回線のコンセントもあるけどケーブルがないので使えない。40インチくらいのテレビがあり、市内と同じ内容の番組が見られる。

朝・昼・夕食は先生たちが、お粥とゆで卵と野菜炒めを持ってきてくださる。すっかり食欲も戻ったので、お粥では物足りないくらいになっていたが、胃腸は弱ってるだろうから無理をさせずにいた。

7月31日(日) 入院中

2005-08-26 09:49:39 | 鶏西の生活
(入院中は日記をつけてなかったので詳しくはわからないけど、覚えてる限りで。)

どこから入ってきたのか、蚊がうるさくて昨夜は夜中まで眠れなかった。腕をたくさん刺されてかゆい。院内感染のおそれがあるのではなかろうか?

4:30 目が覚める。二度寝。

ほぼ一日中寝ていた。朝は食欲がなかったが、夜には肉が食いたくなるほどに回復した。李教授に「What do you want to eat?」と聞かれたので「meat!」と答えた。熱も36℃代に下がったが、寝すぎて頭がクラクラする。

汗をかいたので着替えたいが、服がない。歯ブラシをホテルに置きっぱなしだったので、歯も磨けない。不潔だなぁ。

7月30日(土) 露頭初日。A田入院。僕も入院。

2005-08-25 11:16:58 | 鶏西の生活
今日の写真;A田くん入院。鶏西市内の病院にて。

7:00 起床

7:30 朝食。バイキング形式。包子(肉まん)、花巻(肉まんの具なし版)、牛乳(のお湯割り)、豆腐の炒め物、大豆製の麺、鶏手羽煮、ゆで卵、ソーセージ、粟粥など色々食ってみた。

8:30 A田くんの具合が悪く、病院へ。李助教授と看護師さんとの会話の中に「住院(ジューイン)」という単語が聞けて、もしやと思ったがやはり入院のことらしい。特別の計らいで、党幹部用のゴージャスな部屋に入院することになった。ベッドルームが10畳くらいあり、その外にソファとテレビがついた4畳くらいの待合室みたいなのと、個室のトイレ&シャワー付き。専属のベテラン看護師も。

などと面白がっていたら、その日の夕方には僕も入院することになった。

午前中は元気だったんだけど、炎天下の道端でバカハンを担いで作業してたせいか、昼食の時にはなんだか頭がクラクラして少し気持ち悪かった。ビールを飲んだせいかと思い、正露丸でも飲んどけば収まるだろうと思ってたのだが、午後の露頭で数回バカハンを振ったら急に気持ち悪くなり2回ほど戻したし、下痢もひどくなっていた(お食事中の方ごめんなさい)。

寒気がしてきて立っていられなかったので車に戻り、防寒着をかぶって横になっていた。全身がゾクゾクして熱がどんどん上がっている感じがわかる。まともに眠れず、水を少しずつ飲みながら苦しんでいた。

17時半くらいに皆さんが作業を終えて戻ってきたので、病院に連れて行ってもらった。体温を測ったら39.3度。まあそのくらいはあるだろうと覚悟していた。なんとか一人で歩けたけど、かなりフラフラする。そのまま僕も入院。

ともかく体が熱く、そのことを看護師さんに伝えたらペットボトルの中に水を入れて凍らせたのを脇の下と足の付け根に当ててくれて、20時くらいには38.5℃くらいまで下がった。なるほど、こうやって体温を下げるのか。足の付け根も冷やしたのは僕が男だからだろう。

何も食いたくなくて、周りで食い物の話をしているのを聞くだけで気持ち悪くなった。ものすごい数のバイ菌が腸の中で繁殖してる感じ。

ちなみにA田くんとダブルベッドでした。

7月29日(金) ハルピン→鶏西 バスの旅

2005-08-25 10:45:17 | 鶏西の生活
今日の写真;中国のテレビでニセ内山くん発見

7:30 起床

8:00 朝食。バイキング形式。前回のホテルよりも大きなレストランで、料理の種類も多い。ゆで卵と肉まんはどこにでもあるのね。炒飯がうまかった。今回の旅行では、いろんな店の炒飯を食べることになるが、どこも米はパラパラではなく脂っこい感じもしなかった。ここのは上から2番目くらいに美味い。今日はバス移動だけどまともな昼飯は出ないから、ゆで卵と肉まんとパン類をコンビニ袋に詰め込んでいく。あとナイフとランプをカバンに詰め込んだ。

9:00 チェックアウト。バス乗り場に向かう。待合所に大勢の人が集まってて混雑してた。なぜかその建物の前にも大勢たむろしてて、何かを待ってるのか座ってるだけなのかよくわからない。バスに乗るときもまともに並ばず順番とか構わず我先に荷物を積み込む。

11:00 バス出発。乗り心地は悪くないが、トイレの横なので人が出入りするとちょっと臭う。先生の隣の席で、道路標識と地図を見比べて我々がどこを走っているのか追跡していた。バスの中では中国の映画を流しているが、VCDなせいか振動が大きいと画像が止まったり消えたりする。6時間くらい乗ってたので3本くらい上映したけど、たいていは中国拳法の殴ったり蹴ったり跳んだりが入ってて、ちょっと飽きる。

13:30 休憩。会発PA。トイレと小さな売店がいくつかあるのみだが、座りっぱなしだったので立って歩けるのが嬉しい。インコとかリスも売ってた。食うのかな?

午後もひたすらバスに揺られる。先生は途中からお昼寝。景色も割と単調だし。広大な畑が広がっている。トウモロコシとかジャガイモとか、なだらかな起伏のある丘に植えられてるんだけど、どうやって収穫するんだろう。やっぱ、人の手で、直接かな。かなり気が遠くなる作業のように思われる。

17:15 鶏西市に到着。バスを降りたのはちょっとした広場で、タクシーの運転手がわらわらと集まってくる。このシステムもどうにかしないと無駄に混雑するしトラブルになりかねないと思うのだが、北京オリンピックまでに解決するとは思えない。

19:00 鶏西飯店のレストランで夕食。葱と牛肉の炒め物、青椒肉絲、卵スープ、ビール、白酒。スープは本来ホウレン草も入るんだけど、今日は食材がないのでトマトで代用したそうな。このレストランはメニューを見て頼んでも食材がなくて作れないことがよくあるのが特徴だとT中さんが教えてくれた。

先生は白酒をガラスのコップに上から2mmまで注いだ。あれ?雲南省で飲んだときはせいぜい下から1.5cmか、一口で開けられるような小さな容器に注いだだけだったのだが、なんだろうこの違いは。なんでみんな平然としてるの?もしくは諦めてるの?まな板の上の鯉みたいな。あるいは北ではこれが普通なのか?苦笑をかみ殺しているのか?

ホテルはT中さんと2人部屋。ユニットバス(湯船がないからユニットシャワー)が無駄に広い。テレビで日本のアニメをやってたが、数分で切れてしまう。ケーブルテレビのお試し版らしい。契約すれば全部見られると。それ以外に鉄腕アトムをやってた。日本でも見られる、新しいやつ。声は中国語吹き替え。毎日少なくとも2回は再放送している。

中国版の内山くんを発見!

7月28日(木) 成田→北京→ハルピン

2005-08-25 09:08:44 | 鶏西の生活
8:00 起床。朝食。例によって、出発が遅いからと昨夜遅くまで旅行の準備をしてたので、眠い。

9:40 家を出る。またしても京成電鉄が急病人で数分停車。ちょっと不安になる。

14:00 チェックイン。別の便と一緒だったので受付に長~い列ができ、30分くらい並んだ。もっとうまくやればいいのに。

15:20 離陸。今度も無事に生きて帰ってこれるといいのだが。

(以下、現地時間。時差1時間)

17:40 北京国際首都空港に着陸。地上の気温34℃。空港から出なかったので暑さはよくわからない。空港内の点心店でビールとつまみを頼む。回るテーブルが懐かしい。つまみが余ったので、ティッシュに包んでサンプル袋に入れてお持ち帰り。非常食である。結局食わなかったが。

21:00 搭乗、離陸。外は真っ暗だけど窓から下をのぞいて目を凝らすと小さな明かりが見えることもある。街かもしれないし船かもしれない。あのどれか一つに君がいるから、たくさんの灯が懐かしいなぁ。

23:00 ハルピン空港に着陸。地上気温22℃。かなり涼しく感じた。李助教授にご挨拶して、バスで市内のホテルに向かう。雲南省に行くときに、現地で迎えに来てくれた人に僕の飛行機の便名を伝えて頂いた方である。丁重にお礼を申し上げ、名刺をお渡しした。雲南省では董枝明先生にお会いすることができ、楽しい旅行であったことなどを話した。外は真っ暗なので街の大きさとかはよくわからないけど、まだ明かりがついてる店もあり出歩いてる人も多かった。

24:00 ホテル到着。水道の水で顔を洗ったら鉄錆びの香りがした。口をゆすぐ気にはなれない。

25:00 就寝。相変わらず夜中まで車のクラクションがうるさい。