聞け春の夜の月なし梅白し (第九 うめの立枝)
抱一画集『鶯邨画譜』所収「月に梅図」(「早稲田大学図書館」蔵)
この「月に梅図」の「月」は、左側の薄い「三ケ月」のようなものなのであろうか。ほとんど、この版本では識別ができない無月のような感じである。抱一句集『屠龍之技』に、次のような前書きのある一句がある。
葛城とゆふ謡曲
一聲一調をうけ
たまわりて
聞け春の夜の月なし梅白し
どことなく、この句が、上記の「月に梅図」の情景を醸し出している印象を受けるのである。「月に梅図」というのは、夜の情景なのであろう。謡曲「葛城」というのは、「一面雪の葛城山を舞台とする夢幻能(前シテ=葛城山の女、後シテ=葛城明神)」で、この「月の梅図」の背後には、その夢幻能の「葛城」の旋律が流れている。その「一聲一調」を耳にしながら、「春の夜の白梅」を目にしていると、その夢幻能「葛城」の一面の雪のような「白梅」が浮かび上がってくる。その「白梅」の白さで、上空の月さえ、まるで「夜の月なし」の光景のように、その白さのみが浮かび上がってくる。
しら梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり (蕪村 天明三年=一七八三 六十八歳)
蕪村の絶吟である。「白梅の清浄馥郁たる香りの中に、初春を迎える夜が白じらと明けようとしている。もはや私の前にはこうした芳香の中に明ける夜ばかりとなったことよ。薄明の浄土の到来を賛嘆し、心穏やかに新たな旅に立つ思いを託した。臨終三吟の絶吟」(『蕪村全集一 発句(尾形仂・森田蘭校注)』)。
しら梅に明(あく)る夜(よ)ばかりとなりにけり (蕪村)
聞け春の夜(よる)の月なし梅白し (抱一)
この蕪村と抱一の「白(しら)梅」の、この両句が、ここに確かに相互に響き合っていることを実感する。そして、その背景に、謡曲「葛城」と、この抱一の「月と梅図」をもってくることに、いささかの躊躇も感じない。