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俳諧桃桜  諸国任到来 順混雑 京 

2007-10-12 20:28:23 | 下野俳諧研究会
諸国任到来 順混雑 京 



一 月花や日本にまはる舌の先     畔石

◇季語は「月」(秋)、「花」(春)の二つあるが、ここの月は花の季節の月であり、主たる季語は「花」。○舌の先は「舌先三寸」(口先だけの巧みな弁舌)の意か。◎句意は、「月を愛で、花を愛で、その月や花の句が、日本中に舌先三寸で、詠まれていることだろう」の意か。(参考)「月花の初は琵琶の木どり哉」(釣雪『曠野』)の季語は「月花の初」(春)の、歳旦開きの意で(白石悌三・上野洋三著『芭蕉七部集』)、それを背景としている句か。

二 行水の枯木に花の深みどり     南岫

◇季語は、「行水」を「ぎょうずい」と詠むと夏。「枯木」(冬)。「花」(春)。このうち、花の句と理解して、主たる季語は「花」(春)。○「行水」は「ゆくみず」の詠みで、流れゆく水。流水。◎表面的な句意は、「流れ行く水に枯れ木が映り、そこに折からの花が散り、花を咲かせたように映り、また、緑の藻で深い緑葉をつけたように映っている」の意か。

(参考)『夜半亭発句帖』に「やそ八は子共(供)の名也若みどり」(巴人)の句がある。この「若みどり」は、廓言葉で「花魁が使っていた童女」の意である。掲出句の「深みどり」を、巴人の句の「若みどり」と関連させ、「花魁が使っていた童女が年恰好になっての女性」の意に解せなくもない。当時の比喩俳諧の句と解すると、「行水をしている枯れ木のような老人に、花も咲かんばかりの年恰好の若みどりならず深みどりの女性が手を貸している」との意にも解せられる。

三 白梅やむかし初咲〈く〉水かゞみ   鉄士

◇季語は「白梅」(春)。○水かゞみ=水鏡=静かな水面に物の影がうつって見えること。また、水面に自分の姿などをうつして見ること。『山家集』に「池の面に影をさやかにうつしても水鏡見る女郎花かな」など。◎句意は、「白梅が咲いている。昔はこの白梅も初めての花を咲かせ、その初めての花を水鏡に映して己の姿を見入ったこともあるのだろう」。(参考)「白梅や」の「白梅」は「老白梅」で、「水かゞみ」には、『山家集』の「女郎花」の一首などが背景にあるか。

四 かぎりなき枝の光や梅の月      東明

◇季語は「梅の月」(春)。○かぎりなき=この上ない。最高である。◎句意は、「梅の枝に月が掛かり、その枝が月に照らされ、この上もない光景である」。

五 香匂ひけりとや代々の梅の花     盛澄

◇季語は「梅の花」(春)。○香=①か。かおり。におい。②香木。または、種々の香料をねり合せたもの。ねりこう。◎句意は、「代々の梅の香りが匂う。また、代々の梅の花との名を持つ香の匂いがする」の意か。

(参考)「組香」(種々の香木を焚いて、その香の名を言いあてること。また、それに用いる香)などが背景にあるか。

六 日に添て不二も匂ふや梅の雪     嬰利

◇季語は「梅の雪」(春)。○日に添〈ひ〉て=日がたつにつれて。不二=①二つとないこと。唯一。②富士山。匂う=①よい香りが立つ。②あざやかな色が美しく映える。◎句意は、「日がたつにつれ、富士山の冠雪が色鮮やかにになり、また、梅に雪がかかって、良い香りがしてくる」。

七 到る所神哉ほとけかうめの花     仙虎

◇季語は「うめの花」(春)。◎句意は、「どこもかしこも梅の花が咲いている。神様が来ているようにも、仏様が来ているようでもある。(ありがたいことだ)」。

八 古道や出ればもとの花の花      百季

◇季語は「花」(春)。○古道(ふるみち)=ふるい道。昔の道。古路。旧道。◎句意は、「古い道、その道を出ると、花の中の花が元のままに咲いている」。

(参考)和泉式部の「熊野参詣」の「歌徳説話」(熊野の神は「浄不浄をきらはず」受け入れる)などが背景にあるか。「もとよりも塵にまじはる神なれば月の障も何かくるしき」(『風雅和歌集』巻十九)。と解すると、この「古道」は、「熊野古道」の他に「血の道・月経」のことも背後にあるか。

九 名も久し降〈る〉は二月の匂ひ哉   一方

◇季語は「二月」(春)。◎句意は、「お名前も久しいことになってしまた。お降(さが)りを見ていると、とうに久しくなったお名前が懐かしく、また、二月の匂いがいたします」。

(参考)『夜半亭発句帖』に、「晋子十七回忌」の前書きのある「ふり行や二月の末の顔は嵯峨」(巴人)の句がある。この句は、其角の「白雲や花に成ゆく顔は嵯峨」(『そこの花』)を念頭においてのものである。掲出句には、これらの、其角・巴人の句が念頭にあるものと解せられる。「二月の匂ひ」は、其角の「命日(二月二十九日)の匂い」。「名も久し」は、「其角師匠の名も久し」の意。「降〈る〉」は、「降る」と「古る」とが掛けられている。また、「お降(さが)り」(元日に降る雨・雪)の意もあるか。

一〇 ちる梅の流を汲〈む〉や荷ひ桶   鳥夕

◇季語は「ちる梅」(春)。○荷ひ桶=天秤棒でになって運ぶ桶。◎句意は、「梅の花が流れに散っている。その流れの水を荷ない桶に汲んでいる」。

一一 青柳は肩のつまらぬはじめ哉    几圭

◇季語は「青柳」(春)。○青柳=①葉が茂って青々とした柳。多く、春の芽ぶいた頃のものをいう。あおやなぎ。②地歌・箏曲の一。能の「遊行柳」による。肩=「負担。責任」の意もある。つまらぬ=「とるに足りない。価値がない」の意もある。◎句意は、「青柳は地唄の青柳のように、肩に負担のかからぬような、軽い調子のとるに足らない出だしのような風情である」の意か。

(参考)掲出句の「柳」は、季語の「青柳」と地唄の「青柳」が掛けられていると解するか、さらに、柳には、「柳腰」・「柳眉」など美人の喩えに使われる用例が多いので、その関連での「柳肩」に関連しての句意もあるか。

一二 摺墨も梅かはばしきむかしかな   子園

◇季語は「梅」(春)。◎句意は、「墨を摺っていると、その墨の匂い、そして、折りから梅の匂いと、かっての其角師匠の「御秘蔵に墨をすらせて梅見哉」の風情である。

(参考)其角の「御秘蔵に墨をすらせて梅見哉」(『蕉尾琴』)に関連しての句か。この「御秘蔵」に関連しての「衆道」(男色)に関連しての句意もあるか。

一三 なげくなよ雨にきはづく梅の花   可焉

◇季語は「梅の花」(春)。○きはづく=際付く=よごれがはっきり見える。◎句意は、「嘆くなよ。雨にうたれて見るに耐えないと、梅の花を嘆くなよ」。

一四 山ぶきやもと来し道の風の音    馮川

◇季語は「山吹」(春)。◎句意は、「山吹がむかしのままに咲いている。この道も、この風の音のむかしのままである」。

一五 日も触るゝ人もしほるゝ柳かな   朝三

◇季語は「柳」(春)。○しほる=萎る=草木などが、生気を失ってしぼむ。◎句意は、「日に晒され、人も生気を失うような柳の風情である」。

一六 しとふへし桜樒に花の声      冨鈴

◇季語は「桜」(春)・「樒(しきみ)の花」(春)・「花の声」(春)。主たる季語は「花の声」。○しと=緇徒=(「緇」は黒く染めた衣) 僧侶の異称。◎句意は、「僧侶が墓地の桜や樒の花を見に集まって、その人数も多くなってきている。そして、花見時の華やかな声をあげている」。



面六句



一 くり返へす世を忘〈る〉なといとざくら 居人

◇季語は「いとざくら」(春)。○世=世の中。社会。世間。世情。時勢。◎句意は、「今年も糸桜の咲く季節となった。あたかも、毎年毎年繰り返す世の変遷を忘れるなといっているように」。

二 流〈れ〉にとまる蝶の居眠〈り〉    宋阿

◇季語は「蝶」(春)。◎句意は、「その糸桜の咲く下の水辺では、あたかも、水の流れにとまっているように、居眠りしている」。

三 野路山路行衛はるかに百千鳥      冨鈴

◇季語は「百千鳥」(春)。○百千鳥=多くの鳥。いろいろの鳥。◎流れにとまっているように居眠りしている蝶を見ながら、野路・山路を行けば、その行く手にはいろいろな鳥が囀っています」。

四 市場 く の賑はよし         居人

◇季語なし。雑。◎句意は、「その百千鳥の声を聞きながら、市場に来ると、今度は百千鳥ならず、人の賑わいの声がみなぎっています」。

五 別荘の甍に月や残すらん        嬰利

◇季語は「月」(秋)。○甍=瓦葺の屋根。◎句意は、「その市場を過ぎて、別荘に着くと、その瓦葺きの屋根に月光が差し込めています」。

六 紅葉せぬ木の誠見えけり        執筆 

◇季語は「紅葉」(秋)。○誠=偽り飾らない情など。◎句意は、「その別荘の庭には、紅葉時に、まだ紅葉の装いもせずに、素地のままの姿です」。







一 賑ふやむかしを今に花むしろ      宋里

◇季語は「花むしろ」(春)。◎句意は、「花筵を敷いて花見をしている。その賑わいは昔も今も少しも変わらない」。

二 春風やくれ行〈く〉鐘は春の風

◇季語は「春風」(春)。◎句意は、「春風が吹いている。暮れかかる鐘の音が聞こえてくる。その鐘の音は春風となって響いていく」。

三 布施かろき袖の余りや蕗の薹      晋流(陸奥須ケ川)

◇季語は「蕗の薹」(春)。△前書きは「哀傷の余情拠なうして 寸志を演るのは棒物如左」。○布施=人に物を施しめぐむこと(僧に施し与える金銭または品物。)。袖=「袖乞い」(乞食をすること)などの「袖」の意か。◎句意は、「托鉢僧へのお布施が軽いので蕗の薹を余分

に添えて差し上げる」の意か。

四 鶯の曙ふるきふすまかな        水徳(上州高崎)

◇季語は「鶯」(春)。○曙=夜明けの空が明るんできた時。夜がほのぼのと明け始める頃。あさぼらけ。ここは、この「曙」と「曙色」・「曙染」(曙の空のように、上を紅または紫などにし、裾を白にぼかした染色。)とを掛けての意か。ふすま=衾(寝るとき身体をおおう夜具)と襖(襖障子)との意がある。◎句意は「夜明け時、鶯の声がする。古い襖障子に曙色した鶯の影が映っている」の意か。

五 照〈る〉彼岸西に雲置〈く〉花の跡   秀木

◇季語は「花の跡」(春)。○彼岸=河の向う岸。生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界。涅槃。「彼岸西風」(春の彼岸の頃に吹く西風)とが掛けられている。「西方浄土」(阿弥陀仏の極楽浄土)の意もあるか。 跡=事物の発生・存在がうかがえるような、しるしの残っている所やもの。◎句意は、「河の向こう岸には日が照り、彼岸西風が吹き、雲が湧き、その雲は、花爛漫の痕跡をとどめている」の意か。(参考)西方浄土の亡き其角師匠の追悼句か。

六 見ぬ人の俤にほへ梅がもと        吾友

◇季語は「梅がもと」(春)。◎句意は、「もう見ることができなくなった人の面影が梅の下で梅が香とともに匂ってほしいことだ」。

七 鉦の音や彼岸のうちの朝朗        到考 

◇季語は「(春)彼岸」(春)。○彼岸=春分・秋分の日を中日として、その前後7日間。俳諧では特に春の彼岸をいう。 朝朗(あさぼらけ)=朝がほんのりと明けてくる頃。あけぼの。しののめ。◎句意は、「鉦の音がする。春の彼岸で、朝がほんのりと明けてくる」。

八 梅が香の家はいづくぞ上行馬       保州

◇季語は「梅が香」(春)。○行馬(こうば)=人馬通行止めの柵。◎句意は、「よい梅の香りがする。どの家から匂ってくるのだろう。「人馬通行止めの柵」の上から匂ってくる」。

九 咲〈く〉花の影もむかしの噂かな     花光

◇季語は「花」(春)。○影=おもかげ。噂=世評。◎句意は、「咲く花の面影も昔の世評のままである」。(参考)「咲く花の影」とは亡き其角師匠の面影の比喩か。

一〇 ちる花や蝶を抱〈き〉て雲井まで    楓江

◇季語は「ちる桜」(春)。「蝶」(春)。「ちる桜」の句。○雲井=雲のあるところ。そら。◎句意は、「散る花の花びらが、あたかも蝶を抱いて雲のある空へし舞い上がって行く」。(参考)「雲井(居)の桜」(①宮中に植えてある桜。②吉野山世尊寺の近くにあったという枝垂桜)などが背景にある句か。

一一 雨雲や世は頼まれとくれの花      千尺

◇季語は「桜」(春)。○くれの花=暮れの花=夕暮れときの花。「頼まれとくれ」(頼まれて下さい)と「暮れの花」とが掛けられている。◎句意は、「雨雲が出てきた。世の人達は夕暮れときの花を楽しみ、雨にならないようにと花にたのんでいる」の意か。

一二 蓮の根の其〈の〉頃得たり春の雨    泡水(妙義町) 

◇季語は「春の雨」(春)。○頃=ある事にちょうどよい時機。ころあい。◎句意は、「春雨が降ってきた。蓮の根に丁度良いお湿りです」。

一三 線香に其〈の〉影近し朧月       全写(ゝ)

◇季語は「朧月」。◎句意は、「朧月の影が線香の近くでゆらゆら揺れている」。

一四 傘さしてぬれぬものかや春の雨     阮舟(ゝ)

◇季語は「春の雨」(春)。○ぬれぬものかや=「ぬれてしまうのでは」と「ぬれてはならない」とが掛けられている。◎句意は、「春雨が降ってきた。傘をさしても濡れてしまうのだろか。いや、濡れてはなるものか」の意か。

一五 枝ながら立〈ち〉し卒塔婆の復す花   喜水(ゝ)

◇季語は「花」(春)。○卒塔婆=供養追善のため墓に立てる、上部を塔形にした細長い板。梵字・経文・戒名などを記す。板塔婆。◎句意は、「花の枝が、立っている卒塔婆を多い、あたかも、その卒塔婆が、かって花を咲かせているかのように見える」の意か。(参考)「卒塔婆小町」(能の一。観阿弥作の老女物。高野山の僧が洛外で卒都婆に腰かけた乞食の老女をとがめて、逆に仏理を説かれる。老女は小野小町のなれの果てで、やがて四位の少将の霊につかれ、百夜通いのさまを見せる)が背景にあるか。

一六 みどり子の梅に手向〈け〉や里つゞき  岩柱(ゝ)

◇季語は「梅」(春)。○みどり子=幼児。手向ける=旅立つ人にはなむけをする。里=養育料を添えて、子供を預けること。◎句意は、「家を離れて他家に預けられる里子続きの幼児に梅の花を手向けて、その幼児と別れをつげる」。







一 行水の雑談集や花かたみ         潭考(松井田)

◇季語は「花かたみ」(春)。行水(ぎょうずい)は夏の季語だが、ここは「行く水」と解したい。○雑談集=其角著『雑談集』 花かたみ=花筐=「花籠」と「花の面影」とを掛けていると解したい。「能の一。世阿弥作の狂女物。越前国味真野にいた大迹部皇子(継体天皇)は、照日前に文と花筐を贈って上京し、即位。照日前は都をさして狂い出て行幸にあう」の「花筐」(花形見)の意はないと解する。◎句意は、「流れ行く水は、亡き師・其角の『雑談集』の頃と変わりはない。その行く水と傍らの花籠とを見ていると、かっての花の面影と師の面影が蘇ってくる」の意か。(参考)『雑談集』(其角著)は、上巻は俳話を中心とし、下巻は連句を中心としている。上巻は、「車にて花見を見ばや東山」(其角)や「手習の師を車座や花の児(ちご)」(嵐雪)など花の句が多い。下巻に、「月華や洛陽の寺社残(のこり)なく」(其角)の「月花」を発句にした歌仙も見受けられる。「行水」関連の句は見受けられない。

二 朝ばかりして朝はやき雲雀哉       洗玉(ゝ)

◇季語は「雲雀」。◎句意は、「雲雀は、朝ばかり鳴いて、そして、朝早くから鳴く鳥だ」。







一 言の葉は皆口にあり青からし       白州(尾陽)



◇季語は「青からし」(春)。○言の葉=ことば。和歌。 青からし=熟して赤くなる前の唐辛子。◎句意は、「言葉はみな口から出て、それは青辛子のように辛辣なものである」の意か。



二 夢人の半面見たり朧月          斟斗(野州烏山)

◇季語は「朧月」(春)。◎句意は、「夢で、その夢にで出てくる人の半分見たところで、目が覚める。丁度、この朧月のように、薄ぼんやりとしている」。



三 梅咲〈く〉や帯はとかねど草の上     笹舟(下館)

◇季語は「梅」(春)。◎句意は、「梅が咲いている。その梅見に、帯も解かずに外に出て、草の上で眺めている」。



四 うどん屋の烟ははやし山ざくら      兼中(ゝ)

◇季語は「山ざくら」(春)。◎句意は、「うどん屋の支度の煙が朝早くから上がっている。早朝の山ざくらが咲いている」。







一 夢人の顔は見しらじ朧月         文楼(関宿さか井)

◇季語は「朧月」(春)。◎句意は、「夢に出てきた人の顔は見知らぬものであった。朧月だが、その朧月のようにぼんやりとしている」。



二 行水やともに消えゆく海苔の味      巴井

◇季語は「行水」(夏)。◎、行水をしていると、お互いに、身体にまとわりついた、海の匂いのする塩辛い海苔の味が消えてゆく」の意か。(参考)「行水や何にとゝまる海苔の味」(其角『早舟の記』)が背景にあるか。



三 花の露なめずは衽(えり)は左まへ    喜雀

◇季語は「花の露」(春)。○衽(えり)は左まへ=着物の衿が左前は女の比喩か。◎句意は、「花に宿った露をなめないのは、女性の嗜みなのだろう」の意か。(参考)「花の露」の句で、「道ほそし相撲とり草の花の露」(芭蕉『笈日記』)など。



四 其魂の手向にさやつく く し      波山(仙台)

◇季語は「つくづくし」(春)。○つくづくし=杉菜の胞子茎で、土筆・つくしんほ・筆の花とも言う。 手向け=神仏や死者の霊に物をささげる。 さや=(冴ゆ)と同源で、清いさま。(然や)=「そのように…か」も掛けられいるか。 ◎句意は、「其の魂の霊に、さあ、この清々しい土筆をお供えしょうか」。(参考)「其魂」は「其角師匠の霊」の意か。



五 爪紅の白きを見せぬ余寒哉        祇考(落合)

◇季語は「余寒」(春)。「爪紅」(つまべに・つまくれない)=鳳仙花も秋の季語だが、ここは花の咲かない鳳仙花(染指草)。○余寒=立春後の寒気。寒があけてもまだ残る寒さ。残寒。◎句意は、「立春が過ぎたのに、まだ寒く、鳳仙花は、まだほころびもせず、白きを見せぬままである」。



六 花曇けりな烏の水あそび         百貫(ゝ)

◇季語は「花曇」(春)。「水あそび」(夏の子どもの遊びの一つ)も夏の季語だが、ここは「烏の水あそび」。○花曇=桜の咲く頃、空が薄く曇っていること。 けりな=「けり」(来り・着り)+「な」( 語句の切れ目、または文の終止した所に用いて、軽く詠嘆し念を押す気持を表す)。◎句意は、「花曇りのままだなあ。だけど、烏は浮かれて水遊びをしている」。



七 産湯ともに鳴〈く〉や日南の蛙の子    宋峨(ゝ)

◇季語は「蛙の子(おたまじゃくし)」(春)。○産湯(「うぶゆ」ここは「ゆ」の詠みか)=生れた子に初めて入浴させること。また、その湯。初湯。◎句意は、「日の南の蛙の子は、産湯につかったように、鳴きだした」の意か。

八 振袖の笠きぬもよしさいたつま      巴呂(蓼沼)

季語は「さいたつま」(春)か。「田遊び」=稲の豊作を予祝する神事芸能。多く正月に行われ、老夫婦・田主タアルジ・早乙女サオトメなどに扮装した農民が、社寺の境内で、田打・代掻・田植・鳥追・刈上・倉入など、収穫までの行事を模擬的に演ずる。「あそび」は神楽の意。御田・春田打・田植祭とも。○さいたつま=(「斎田妻」か)=「神に供える米を栽培する田。御供田。神饌田。いつきた」の「田遊び」の神事の女の意か。◎句意は、「田遊びの神事の斎田女が、振り袖の姿で笠を着けないないのが、風情があった良い」の意か。

九 梅の花こぼさぬ手柄春の雪        露城(中里河岸)

◇季語は「梅の花」(春)・「春の雪」(春)。◎句意は、「春の雪だが、この雪は梅の花をこぼさないで、殊勝である」。

一〇 初午や草履の尻の去年返り       理得(ゝ)

◇季語は「初午」(春)。○初午=二月の初の午の日。京都の伏見稲荷大社の神が降りた日がこの日であったといい、全国で稲荷社を祭る。この日を蚕や牛馬の祭日とする風習もある。◎句意は、「二月の初午の日だが、まだ、寒く、去年の寒さがぶり返したようで、草履の先もまがってしまた」の意か。





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