
昨日、三田市議会企画総務常任委員会が、青野地域の住民たちとの「コミュニティバス」についての意見交換会を開催しましたので、私は傍聴させていただきました。
企画総務常任委員会の委員は、8人中5人(厚地委員、前中委員、平野委員、檜田委員、長谷川委員)の方が出席、また住民は、区長さんや老人会長をはじめ約30人の方が出席されました。
青野地域住民の意見は、次のとおりでした。
○通常の生活は、自家用車に依存している
○家族に頼れない高齢者は、便数の少ない朝と夕方のバスに乗っているが、帰りはタクシーを利用しなければならない
○今は車を運転して移動を確保しているが、10年後はやはり心配
○特に通院は、生きていく上で必要な移動である
○若者世代より、車が運転できない高齢者が深刻であり、この世代の意見を調査することが重要
等の意見が出ました。
先日京都であった公共交通セミナーでは、「人間は生き物であり、植物と違って移動して生活している」。これは当たり前の理論ですが、その移動の確保を本来であれば公共交通が担わなければなりません。
しかしながら、現実的には運営が苦しいとの理由で人口が集中していない郡部を中心にして公共交通のサービスが低下しています。
昨日の青野地域の方々からお聞きした意見は、まさに負の連鎖に陥っていることがよくわかります。
○車の出現によりバスに乗らなくなった ⇒ ○経営赤字を回避するために昼間のバスを減便 ⇒ ○市街地へ行きたいが行きたい時間にバスがなく車で移動 ⇒ ○バス事業者は朝と夕方の通学・通勤のバス便のみ運営 ⇒ ○地域住民は、昼間はバスがなくても車があることでしかたなく納得
今年、三田市は、本格的にコミュニティバスの議論を深めることになります。
負の連鎖を断ち切り、コミュニティバスを運行するには、もしかすると自家用車と違って、移動したい時に動くという自由度を多少犠牲にしなければならないかも知れませんし、運営経費にしても地域自治区や自治会などに一定の負担を強いることになるかも知れません。
住民合意を得る作業が最も大変な作業になることは間違いありませんが、福祉バスと違いこの住民合意がなければコミュニティバスは実現しません。
今回傍聴させていただき、改めてコミュニティバスの必要性を痛感させられましたが、今後コミュニティバスを使う側の意識も話し合いを通じて、変えて行かなければならないのではないかとも思います。
(写真は、下青野公会堂での様子)
企画総務常任委員会の委員は、8人中5人(厚地委員、前中委員、平野委員、檜田委員、長谷川委員)の方が出席、また住民は、区長さんや老人会長をはじめ約30人の方が出席されました。
青野地域住民の意見は、次のとおりでした。
○通常の生活は、自家用車に依存している
○家族に頼れない高齢者は、便数の少ない朝と夕方のバスに乗っているが、帰りはタクシーを利用しなければならない
○今は車を運転して移動を確保しているが、10年後はやはり心配
○特に通院は、生きていく上で必要な移動である
○若者世代より、車が運転できない高齢者が深刻であり、この世代の意見を調査することが重要
等の意見が出ました。
先日京都であった公共交通セミナーでは、「人間は生き物であり、植物と違って移動して生活している」。これは当たり前の理論ですが、その移動の確保を本来であれば公共交通が担わなければなりません。
しかしながら、現実的には運営が苦しいとの理由で人口が集中していない郡部を中心にして公共交通のサービスが低下しています。
昨日の青野地域の方々からお聞きした意見は、まさに負の連鎖に陥っていることがよくわかります。
○車の出現によりバスに乗らなくなった ⇒ ○経営赤字を回避するために昼間のバスを減便 ⇒ ○市街地へ行きたいが行きたい時間にバスがなく車で移動 ⇒ ○バス事業者は朝と夕方の通学・通勤のバス便のみ運営 ⇒ ○地域住民は、昼間はバスがなくても車があることでしかたなく納得
今年、三田市は、本格的にコミュニティバスの議論を深めることになります。
負の連鎖を断ち切り、コミュニティバスを運行するには、もしかすると自家用車と違って、移動したい時に動くという自由度を多少犠牲にしなければならないかも知れませんし、運営経費にしても地域自治区や自治会などに一定の負担を強いることになるかも知れません。
住民合意を得る作業が最も大変な作業になることは間違いありませんが、福祉バスと違いこの住民合意がなければコミュニティバスは実現しません。
今回傍聴させていただき、改めてコミュニティバスの必要性を痛感させられましたが、今後コミュニティバスを使う側の意識も話し合いを通じて、変えて行かなければならないのではないかとも思います。
(写真は、下青野公会堂での様子)