「さなぎの食堂」へようこそ!

食券一枚で三食、現金300円から暖かい食事の出来る食堂です。からだに優しい「日替わり健康定食」をお楽しみ下さい。

避難場所に「寿町」は???

2011-03-26 19:25:43 | Weblog
        
NPO法人さなぎ達理事長
横浜・寿町・ポーラのクリニック院長 山中修
        
地震以来 ずっと毎日ゆられながら考えた。

 自分にできることは何だろう?休診にして岩手・宮城へ?

 実際、検死医募集の依頼も来た。ここの住民は、衣医食職住に不自由はない。横浜の中区には県庁、県警があるから、停電の心配もない。

 そうだ、募金だ!!貧者の一灯を考え、寿の患者に禁酒・禁煙を課して生活保護のお金から募金強要したら?

 「先生、そんなことする奴は寿町の中にはいないよ。」「そんなことが出来るくらいなら、どこかで嫁もらって、ふつうの生活してるよ。」と、軽く却下された。

 そんなに人情がないのだったら、ここを離れて東北へ行こうか?その勇気もなく、十文字にひび割れたおんぼろクリニックの壁を見つめながら、仕事をしている。一方向ならまだ大丈夫だが、このクリニックの入っているビルは十文字割れが至るところにある。次、でかいのがきたらきっと倒壊すること間違いない。

 寿町にクリニックを開業するとき、最初に考えたことを反芻してみた。寿町は一年中、精神的被災地。路上生活、またはダニ・ゴキブリの多い簡易宿泊所に残された人生。人生の終焉まで衣医食職住は保証されている。保護されている。

 これが地震の被災地とは根本的に違う。オレが必要とされているのは、その終焉までの苦痛を緩和するため。それだけ……。

 避難所の人々を簡易宿泊所の空室に迎える?多分、100%お勧めしない。
家族がいない。心配してくれる人がいない。喜びも悲しみも共感してくれる人がいない…そして虫がいる!寿の住民達はまさしく「永遠の避難民」なのかもしれない。

 その人たちにもやっぱり医療は必要なんだから、必要とされる限り自分はここにいよう。
ここは一年中避難地域なのだとあらためて思う。東北地方で、財産・家・家族・親戚・友人の全てを失った人がいるなら、いつでも喜んでお引き受けしようと思う。


 以下におすすめブログをご紹介します
 
 
 医療スタッフとして、
 被災地で働いたある看護師さんのブログ日記もご紹介します。

「 JKTS」  
http://blog.goo.ne.jp/flower-wing
  「現場ではどんな状況下でも絶対に泣かないこと。
  私達は同情しに行くんじゃない。
  看護、医療を提供しに行く。
  あなたたちが泣きたい気持ちなんかより、
  現地の方々はどんなに泣きたいか」
 


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1 コメント

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Unknown (某所のドヤの住人です。)
2011-04-10 00:34:09
一昨年さなぎ達の事務局をボランティアの窓口を手伝っていた氏名は○だと申します。
(私の名前が、寿町の住人に知られたくないので伏せ字にしておきます。)

桜井氏、日○○氏、小○氏、高○氏(留学していた女性の方)と面識があります。
3月11日に大地震が来ました。
あの時は、本当に怖かったです。
私は、アマチュア無線技士という資格を持っており、寿町の周辺を歩いているとパトカーや救急車が頻繁に並んでおります。
路上で寝ている方を良くみかけます。
ドヤ街を歩くと酔っ払って寝ているのか?死んだ様に寝ているのか区別がつきません。
死んだ様に寝ている方は、救急車を呼ばなければいけません。
大地震がきますと携帯電話は、使えない場合があります。
アマチュア無線技士の資格と無線機を持っている場合中区にいる第三者の方に無線機で連絡をとれば救急車や警察を呼べる仕組みです。
私は、横浜市の要請により各区の横浜市アマチュア無線非常通信協力会に所属しております。
この地域で協力する方は、鷺山が本部です。
私だけは、ホームレス地域在住なので寿町、松影町、扇町近辺で無線機を持ちながらホームレスの救護にあたっております。
私に言わせれば、どや街に住んでいる人は酒なんて飲む必要はありません。
その手の食堂を視察しましたら、店の中で暴れたり、無銭飲食が相次いでおります。
注意もした位です。
一人の為にみんなが迷惑します。
寿町のスナックや居酒屋を潰してどやのアパートを作るべきだと思います。
立ち退き料も募金に回す必要があると思います。
いつか、さなぎ達に顔出します。
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