「評論家」という最悪最低な職業の、更にその真似事

事象を己自身の価値判断で論じることはとても恥ずかしい事である。
ましてや一文にもならないのに書くなんてただのバカ

消滅(デスアピア)を望む心。

2013-03-14 08:08:08 | 私見
 自分は週刊少年サンデーばかり読み続けていた口なのですが、ここ数年は週刊ではなくゲッサンにシフトしておりました。
 理由は少年サンデーが少年ジャンプに近くなったから、と思えたから。余所から人を集めて雑誌の柱を作る、という手法はむしろ少年マガジンの常套手段ですが。それも成功を収めたようなので結構な話なんですが、なーんか、ちょっと読みたい物が足りないというかゲッサンの方があらゆる漫画誌の中でも抜きんでているのでどうせお金を出すならそっちの方が、になってしまったというか。

 そんな中。

 少年サンデー15号に掲載された「月光条例」がヤバいと話題 #weekly_sunday

 どうヤバイかは読む人次第。
 藤田和日郎先生の作品を長く読んでいる人には相当の衝撃がある、だろう事は予想されます、というかさっき「うしとら」ファンの妻にこの回の話をちらっと話したら戦慄してましたもん。「ゆるさん」と「またやったか」の間の複雑な感情で。

 ただ、この話を表現規制条例と絡めて話をすることにはちょっと「ん?」という感じが。
 そういう意図「もあるかも」、と言う気はします。
 ただ、藤田先生はもっと広い目線で「自分が見たくないものは見たくない権利、を越えて、見たくないものは存在するな」という社会の意志に対して物申してる気はします。

 表現規制もそのひとつに入るでしょう。
 有識者と言われる人達に「これは是、これは悪」と判断される事に作者はともかく、その物語に登場する人物は抗うことはできません。否と言われることも耐えられないかもしれませんが、「お前は是」と言われることだって、わたしだったら耐えられない。「勝手に量るな、決めるな、断定するな」と抗議したい。
 いくら物語の人物。架空の存在だと言っても。
 せっかくこの世に生まれたのに、人間界の是非判定にかかり「お前は世間を悪くする存在だ」と断定され。
 詰られ消えていくキャラクターたちに、もし。もし人格が存在しているとすれば。
 不遇を嘆く声が聞こえるのかもしれません。キャラに息を吹き込む作業をされてる作家にしてみれば。

 これは別に創作物に限った話ではありません。Togetterにも書きました藤田和日郎先生はかつて「うしおととら」にて、人間に故郷を奪われ追い出された末に凶悪になってしまった、本当は心優しい鎌鼬と、その鎌鼬に対し「事故があったからと撤去されたジャングルジム」の話を出して周りの人間、世間にとっては無用、危険と言われてもその人にとっては宝物を一方的に奪われ、蹂躙される悲しみを知るからこそ刺されようとする主人公の話を描いてます。

 これ。今の福島と重なる気もしてしまいます。

 そしてわたしは何も表現規制に反対したいから月光条例を持ち出したいわけじゃありません。
 表現規制を反対する側の人の中にだって、「アグネスの書くものは読みたくない」を超えて「アグネス存在するな」になっている方もいらっしゃるのでは。
 それは同じ立場の背中合わせと思います。
 権力が手中に入れば同じ長さで反対方向のベクトルに振れるだけの。

 誰しもが「自分が見たくない物を消滅(デスアピア)させたい世の中」、なのかもしれません。
 もっとも、大多数の方はそこまで執着はしないのですが、一旦その存在が鼻につくと消えてくれないと居心地が悪い。
 そんなものかと愚考します。

 最初に断っておきますが、わたしは非喫煙者です。
 肺が弱いのでたばこの煙はちょっと苦手です。
 ついでに言えば、喫煙される方が何時間前に何本吸ったかまで話す時の呼吸の匂いでわかるほどです。

 で。
 こちらをご覧ください↓

 福音館書店『たくさんのふしぎ』2010年2月号への抗議(子どもの受動喫煙について)

 言いたいこともわからないでもないのです。
 わたしはそれが気にならないだけなのだろうと思っております。
 喫煙者を忌避するまでになるのには、それなりの理由もあったんだろうとは思われます。
 それでも、悪の陣営にいる者としては「正義の味方」臭を感じてしまいます。
 非常に申し訳ない事ですが。

 ですが、特に非喫煙者、というか煙害で嫌な目に遭ってる方は同調するのでしょう。
 しかし、しかしですね。
 この本は終始パイプを咥えてる老人とその子供が穏やかに会話しております。
 このキャラクターを断罪し、死刑にし、あるいは嗜好やら性格やら人格やらまで改変させてしまうのは、月光条例にでてくる巨大な力と何が違うのか。

 嫌な物は見たくないを超えてしまった程の心情も、多少なら想像できるという点でわかるんですけど。
 それでもこの抗議が通った時、これを見た子供はどう育つか。
 喫煙者を抹殺しつくした後の世界が完成したのならともかく。
 その子は喫煙者にどう向き合うか。
 悪い想像が働くのは考えすぎでしょうか。

 消滅(デスアピア)を望む心。

 かつてドラえもんに「独裁者ボタン」と言う道具が出てくる回がありました。
 気に入らない人がいればボタン一つで消してしまえると言う道具で、最後にのび太は世界中の人間を消してしまいます。

 しかしです。
 本当に恐ろしいのは一種類の思想しか許されない世界が完成してしまった時のような気がします。
 その世界ではいつ自分が異端にならないか、常に怯えていないといけません。
 そう、いじめが存在する学校で、いじめられないために大多数の側につき、排除対象と決められた人物を集団で排除しないといけない、それをしない者はまた異端になる、という感じの。

 月光条例からちょっと離れてしまいましたが、異端として、無用として、有害物として。
 レッテルを張られ退場を余儀なくされる物語の主人公の断末魔が、聞こえるような話でした。

 ……そしてわれら人間の中にも。
 そういう目に遭ってる人もいる事実が、なお心を暗くさせます。

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