犀太郎の歴史浪漫

歴史研究や歴史・時代小説など、気ままに書き綴っています。

山城を歩く・・・守山城・阿尾城

2013-04-25 18:44:28 | 日記
  山城を歩く・・・守山城・阿尾城


よく晴れた一日(4月25日)、県立図書館の元館長、村井加代子さんに声をかけていただき、今年も山城を歩く同好会に参加しました。
昨年は、末森城跡、石動山へ行ったことがきのうのことのように思い出されます。

今回、まず最初にめざしたのは、富山県福岡町の木舟城跡(富山県指定史跡)です。
途中、道に迷って、時間をロスしてしまいました。

北陸道の南方約400メートルに位置し、東西を川に挟まれた大きな沼地に浮かぶ要害です。
水の中に浮かぶさまは、映画「のぼうの城」のワンシーンのようです。
戦国期に作られた城は、天正13年の大地震で、崩壊・埋没したということです。現在は、水田地帯の中に小高く盛り上がり、昔日の姿を知る人にのみ、ある種の感慨を与えてくれます。

次に、行ったのは、守山城跡(高岡市東海老坂)。
小矢部川左岸にそびえる二上山の支峰、城山の上にあります。
守山城の築城は古く、南北朝期とみられるそうです。
のち、前田利長の居城となるも、その後、利長は富山城を築き、そこへ移転したということです。移転後はしばらく、家臣の前田対馬長種がとどまり、城を守ったといわれます。のちに3代藩主となる利常が幼少の頃、育ったのは、この守山城なのです。

本丸跡の広場で記念撮影。


山頂からの眺望は抜群です。


ここで、昼食をとりました。


眺めのいい山の上でとる昼食は、最高です。


ちょうど、八重桜が満開で、花見気分を味わうことができました。


次に、二上山を下りて、古国府城跡(高岡市伏木古国府)に行きました。
ここは、小矢部川の河口左岸に臨む台地の上にあり、古くはかの有名な万葉歌人・大伴家持がいた越中の国府が置かれていたところです。
「古国府」という地名は、まさにそのことを示しているんですね。
城跡のある勝興寺の周囲には、土塁や空堀の遺構が残っており、そこにある「椿の道」を歩きました。
椿の木が生い茂った味わいのある散策路です。


土塁や空堀を確認しながら、勝興寺の周囲をひと巡りしました。




途中、景勝地の雨晴海岸に立ち寄りました。
きょうはラッキーなことに、海の向こうに立山連峰を望むことができました。


最後に訪れたのは、阿尾城跡(氷見市阿尾)。
富山湾に突き出た丘陵の上にあります。
海抜30メートルほどですが、こうした断崖の上に築かれた城は、富山県では例がないそうで、珍しいものです。




なお、今回も山城研究の専門家・高井勝己さんに案内していただき、現地で説明していただきました。感謝です。

今回は、前の日が雨で、空模様が心配でしたが、幸いにして天候にも恵まれ、充分に山城の旅を楽しむことができました。

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1 コメント

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晴れたら^^V (つとつと)
2013-06-05 18:40:03
生まれたのが津幡ということもあって、子供の頃は小矢部・高岡によく連れて行ってもらっていました。

大人になってしばらく他県にいたため、なかなか行けなかったんですが、石川に戻ってからは時間があると名所・旧跡・寺社・城跡を観ています。子供時代とは違って別視点で興味深いものが北陸には多いと実感します。

木舟城・阿尾城ともに何度か訪れているんですが、日ごろの行いが悪いのか、天候に恵まれない日ばかりTT 阿尾城などは本丸からの景色は絶対良いはずなんですが、未だ果たせずです。記事を観ながらお天気にみんなで観られるなど羨ましい@@;

次回こそは天気の日に行ってみたいと思います。
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