縄文人の反乱 日本を大事に

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my日本 はるかさんの日記から転載

2012年12月21日 20時58分31秒 | 色んな情報
my日本 はるかさんの日記から転載
2012年12月18日

【教育考】道徳や価値観の継承について

安倍自民党は 教育システム6・3・3の見直しを打ち出した。
この先道徳教育も増やせる事になる。
この一歩が本来の日本を取り戻す糸口になる事を切に願う。

しかし本質的な教育(教養と文化継承)とは、本来は、学校でせ〜の、で学ぶものではないと私は考えます。偉人伝などは子供達に価値観として共有されますが、本当に教養として地肉になった体験は、学校での授業ではなく、非常に個人的な密度の高い体験からの事の方が多い。

例えば、本を読む、見る、味わう、手伝う、じかに身体感覚を持って触れてこそ納得する。
何かに甚く感動するとか。心ふるわせる体験は多くが個人的なものです。
その環境となるのは、ずばり家や地域です。
博物館や美術館のガラスケース内の物品に思いが深まる事は滅多に有りません。
それより、先祖の誰それの遺品の方が、思いが深まるというものです。
個人蔵、家の所有のものは、しきたりなどと相まって、学校の教材よりも、確実に教養と人格形成に影響します。

話は飛びますが、
発端は農地解放、続いて相続税が、3代で何も残らないよう改正されてからは、代々家にあった、先祖の持ち物や台帳や様々な記録の全てが売り払われ、家単位での継承が出来なくなりました。
家や先代の手紙やら道具の数々。
蔵に保存してずっと持ち続けていたものが、あっけなく売り払われ、相続税に消えた。
これは非常にまずいことです。

ルサンチマンと金持ち土地持ちへの嫉妬心から、「平等」こそが良いと勘違いした国民は相続税を支持しました。浅はかな事です。
また、核家族化で、古い歴史を断ち切るのが良い事として、違う土地での親子二代世帯になりました。サヨクの思い通りに国の根幹である家族は崩れて行った。
核家族拡大は雇用の大都市集中化、この20年はデフレも拍車をかけた。

若者二極化とはいえ、昨今の若者のレベル低下の激しさにめまいがします。
一方、塾通いで暗記型学力(偏差値)重視型の親も子も、本物の文化に触れていません。
文化的土台を失った国民が激増しました。

翻って昔の子供の環境は?
江戸まで遡れば、武士(国家公務員・政治、行政を担当)は藩校へ。優秀な子は飛び級。それなりの人物が見込んで引き上げました。
武士以外は寺子屋。ここでも、特異な才能はいち早く見いだされましたし、読み書きそろばん論語にちょっとした古典が身に付いた。二桁のかけ算は暗記していましたし、もちろん飛び級あり。早い時期での方向決定も。職人へ、商人へ、武家へ。奉公で教養は身につくし、養子縁組が盛んでしたから、若い人材は適材適所で仕事に没頭できました。
また、年齢も割とバラバラ。5つくらいの年齢差は当然あった。
上の子が下の子の面倒見るのも順繰り。人間関係の基礎が学べた。

明治からの尋常小学校は、江戸までの教育の蓄積があったので、すんなり施行できました。当然飛び級も残しておいた。道徳面は教育勅語でカバーした。
ただし、教える基準が画一化した。また、江戸の身分が解体したので内容的にも平均化された。
おかげで、暗記偏差値型秀才というのが明治でに既に居たくらい。

平均化は全体のレベルを下げます。
何でも引きずり下げる方向へのサヨク的発想が私は大嫌いです。
落ちこぼれならぬ「浮きこぼれ」を救い上げ、子供には「役割分担」の認識を早くに持たせる事が重要なのではないか。
職業の上下ランクではなく、その子に向いてる、あるいは好きな方向への道を思い切り良く選べるシステム。仮に違う道への方向転換するにしても、25なら全然遅くないよ。

1980年代「普通」て言葉がやけに流行ました。
人々の思考や振る舞いが、とても狭い「普通」の中に押込められて行った。
奇しくも「安全地帯」なんてバンド名がありましたっけね。
世の中が不寛容に変わっていった。
その根源に、1960年代の高度成長期と教育の均質化、核家族、相続税、全てが絡んでる。
「文化住宅」はその象徴だ。核家族が伝統も何も無い、安っぽいおよそセンスの悪い家で好んで暮らした。
これじゃ文化が死滅するのは当たり前。

不寛容は、ちょっとでも違う者を赦さない。これいじめの原点でしょう?
江戸時代だってイジメはあった。いつだって有る。でも現代のイジメは根っこが全然違う。
均質すぎて息が詰まるから、違う要素を見つけて攻撃します。
1980年代は一億総中流と言われた。物質的には豊か?になったのだが、私には違和感が吐き気となって毎日押し寄せてた。
そう言う私の親も、45年前この住宅地で家を建て、文化住宅的要素を取り入れはしゃいでいた。

私は、小さい頃からの、これ違う!という憤りを今も抱き続けています。
私の生まれたのは鎌倉。私の魂は、祖母の入院で売り払った鎌倉の家の周辺を未だにさまよっている。

「平等」思想は癌です。「行き過ぎた均質」こそが人間を追いつめる。
これは、人々をレベルの低い均一な奴隷状態にしておくシステム。
アカ思想と民主主義は同じ西洋思想の落とし子であり同類です。
キリスト教世界観(西洋の歴史と思想)を土台とする鬼子なのです。

では、今から大家族への回帰?
既に故郷を失った人は多い、都会で帰属意識を無くし意識が浮遊してる人口は多い。
自分の半径3mくらいで世界が途切れてる。個人主義というやつ。
先祖から子孫までの長いスパンで物事を見る感性は失われた。

しかし、大家族回帰や共同体構築ができる方法は、無くはないのです。
祖母祖父が故郷に土地と家を持っていれば、国土強靭化プランの鉄道新幹線網羅で地方が活性化できる。雇用の確保、3代4代同居。
身寄りのない若者はその土地で新たな共同体を作れば良い。
しかし制度で変えよと発令をしても、経済基盤無くしては移行はできません。

デフレ脱却による経済基盤が何をするにも必要。
私は藤井聡氏の国土強靭化プランの先に、教育や地域共同体から国家体制をも変えて行ける可能性を見いだしています。
全てが、繋がっているのです。
時間はかかるでしょうが、
非常に深く広く大きな範囲での日本再生は藤井プランから始まります。


安倍潰しのマスコミの攻撃は既に始まっています。
政策の再優先順位をあえて攪乱し混乱させ、安倍政権を足踏みさせようと敵は必死です。
優先順位が、藤井プラン国土強靭化基本法、日銀法改正のセットである事を思い起こす為にも、教育や文化を絡めて書いてみました。全ては繋がっているのです。

もういっちょ!
「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である」by二宮尊徳

英気を養い、これからの闘いに備えましょう。

追加!
フレンドさん情報 目を覆うばかりの教育の惨状をご覧下さい!
ほい!拡散だ!
まさかの内容。【追加あり】(ocotomo)

ソースは 西村幸祐放送局
http://twitpic.com/8bqlhr
http://broadcast.kohyu.jpn.com/top.html

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故郷での濃すぎて息のつまる人間関係は嫌だな、
失ったものは仕方ないし、逆行は意味ないよ、
という感覚をお持ちの方も大勢いらっしゃると思います。
が、あえて、土台を失って行った過程を私の認識で書いてみました。

こうして問題提起はしてみたものの、日本再生は広範囲であり、時間のかかる事です。
現代版教育勅語の施行、教育内容改善から子供が大人になるには20年かかる。郷土や税制まで含めた日本再生はもっとかかるかも?

私の脳内未来イメージは、一言で言うと「最先端ハイテク江戸式日本」これはMOPさんが造語してくださった「創造的伝統主義」と同義と感じています。

土地や税制などで失われた部分は、単純な時間の巻き戻しは出来ないです。新たな共同体構築も必要でしょう。
藤井プランが経済基盤再構築の現実性から、もっとも「創造的伝統主義」の近道と認識しています。経済産業面が活気を取り戻したらミクロでの修正を加えながら作って行けると思う。最短10年か。


では今、具体的に私達は何をどうしたらいいのか。教育委員会や自治体のシステムも、どこから手を付けたら良いのかな(ちょっと途方に暮れてる)
日教組潰しのチャンスが巡ってきてるので、芋ずる式で変えて行けるかな?

一つ確信してる事があります。
日本人の、身内の延長として他者をいたわり助け合う、民族的な気質は、おそらく縄文の太古から繰り返してきた災害に鍛えられたのです。
311での人々の振る舞いにピンと来ました。
この気質はまだ失われていません。

国民一人一人が自律的に「心の日本」を回復して行くのが土台ではあるのですが、ご覧下さった皆様からお知恵を拝借し、安倍教育改革に沿って、今後私達に出来る事の何らかの指針を得たいと思います。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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