流水の窓

芦田流水が歴史を通して見た、景色の紹介です。
(訪問をいただきありがとうございます。)

三原市本郷町(旧豊田郡)を訪ねました。

2008年06月30日 | 文化財と歴史
三太刀遺跡の発掘調査現地説明会に伺った後に、

近くにある気になっていた遺跡を、訪ねて観ました。

(三太刀遺跡については、「沼隈文化財研究所」で御覧下さい。)

1.史跡 横見廃寺跡

         (案内板)

 梨和川が沼田川に合流する地域の西北隅山麓端に位置し、北に山を負い、


南は低湿地に連続する。


 調査で、講堂、北塔、築地などの遺構が検出され、寺域は東西約100m、南北80m前後とみられる。


 講堂跡は、寺域の東寄りに位置し、南北28.8m、東西19.2mの規模で基壇化粧は平瓦を立て並べている。この基壇の南には、回廊がとりつく。


 講堂の西方には、塔(または北金堂か?)の遺構が検出され、西向きの特異な伽藍配置となる。


 瓦類は山田寺式短弁軒丸瓦や忍冬唐草文軒丸瓦をはじめとし優美な白鳳時代のものが多数出土して、注目されると同時に遺構の下層から弥生終末期の土器類が多量に出土している。


    (遺跡の平面図)


    (遺跡の遠景:西より)


(遺跡の遠景:東より)背景は本郷中学校


(出土瓦:広島県立歴史民俗資料館蔵)

2.梅木平(ばいきひら)古墳


       (案内板)


        (開口部)


三原市本郷町の沼田川中流にそそぐ梨和川・尾原川の狭い谷間には、家型石棺などを納める特色ある横穴式石室墳が分布し、梅木平古墳はその東端の南面した丘陵端に位置する。


墳丘は周辺が畑となり規模は不明であるが、円墳と思われる。


県内では最大規模の横穴式石室を内部主体とし、現存の全長は、
13.1m、
玄室の長さは6.9m、幅6.9m、高さ4.2m、
羨道の長さは、6.9m、幅
2.5mで入り口部分が破損しているのでもう少し長くなる。


両袖式の石室で、天井部の高さの差がいちじるしい。


 時期的には、7世紀初頭前後の古墳と推定される。


 さらに、面白いことには、墳丘上の小堂に平安時代の仏像2体が安置さ
れ、古墳東方約200mには、白鳳期の古瓦類を出土する「横見廃寺」
跡がある。



    (古墳近くの宮川神社)


  (羨道部から玄室を覗く)


   (両袖部から玄室)


(玄室の奥壁部分)


    (奥壁と天井石)


 (玄室から羨道部と天井石)


(墳丘上にある地蔵菩薩)


[墳丘上にある薬師如来像(?)]

    [訪問日:平成20年6月28日]

◎この項についての内容は『広島県文化財解説図録』(昭和五十四年)を
 引用しています。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
勉強になります (風の善さん)
2008-07-01 22:05:19
拝見して勉強させていただいております。
7世紀始の古墳、しっかりとした石室ですね。
ところで、先日東京での講演会時に鞆の浦の保全運動を広島大学の先生が話されていました。
歴史のある地域ですね。
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今、危機にに瀕しています。 (流水)
2008-07-02 05:19:28
善 さん

今、広島県福山市の文化財行政は、重大な危機に

瀕しています。

「福山城の石垣」や「歴史的景観の残る鞆の浦」は、

広島県・福山市供に、破壊の危機にあります。

新聞報道では、「壊すこと」が前提で計画が

進んでいます。

地元にある、「歴史・文化」の上に立った行政だと、

思うのですが・・・・・・



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