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イタリアン・グラフィティ 価格:¥ 2,039(税込) 発売日:1992-01-21 |
1.ジャマイカの月の下で
2.輝く太陽
3.二人でお茶を
4.オール・アイ・ウォント
5.ウェイリング・ウォール
6.アンジー・ガール
7.ゲッティング・マイティ・クラウディド
8.町はねむっているのに
9.キャンド・ミュージック
10.タピストリー
今回は秋の夜長に合うスムーズな名盤を。
ビートルズなどのブリティッシュ勢に圧倒された50年後半から60年代半ばのアメリカンポップスは、それでもLAを中心に、逆にブリティッシュインベイジョン勢やフォークロック勢とは一線を画すハイクオリティなポップスを新しいポップスを生み出すことになりました。
代表選手はビーチボーイズ、アソシエイション。ブライアン・ウィルソン、フィル・スペクター、カート・ベッチャーが新しく質の高い音作りを模索。
音楽業界の中心であったLA的にレコード会社、プロデューサーのくくりでみてみるとワーナー/リプリーズではレニー・ロワンカーによるバーバンクサウンドがアメリカの再発見的な音をヴァンダイクパークス、ランディニューマン、レオンラッセルらと共にめざし、代表選手としてはボー・ブラメルズやエヴァリーブラザース、ハーパース・ビザールが出た。
ダンヒルではママス&パパスのジョン・フィリップス、自らもシンガーとしてアルバムを出しているジミー・ウェブらが素朴さと洗練が入り交じった短編小説のような印象的なサウンドを生み出した。
そしてA&Mではお洒落な大人サウンドが中心、トミー・リピューマ、ポール・ウィリアムス、ロジャー・ニコルズ、そしてニック・デカロらが活躍し名盤を生み出していった。
ちなみに彼ニックデカロが関わった主なアーティストを挙げると、ハーパース・ビザール、ロジャー・ニコルズ、ジョージベンソン、マイケル・フランクス、ドゥービー・ブラザーズ、ライ・クーダー、ランディ・ニューマン、ジェイムズ・テイラー、山下達郎、阿川泰子ら数知れず。
そんなわけでニック・デカロは60年代半ばから名アレンジャーとしてレコード会社をまたいでいろんな名盤を陰で支える活躍をしてきた、まさにLAの大人な縁の下の力持ちだったわけだが、今回紹介する「イタリアン・グラフィティ」は彼自身がシンガーとして出したソロ2作目。といっても彼はアレンジャーや裏方中心なので、本作は全曲カバー曲になっている。が、そこは希代のアレンジャー、全曲に渡って原曲を上回る世界を作り出し、後でオリジナルを聞いてもこっちの方が素敵、なんて曲がほとんどだったりするほどだ。
プロデュースは当然トミー・リピューマだが、参加しているミュージシャンがまたよく、のっけから1曲目のスティーヴン・ビショップ作の「Under the Jamaican Moon」のイントロで聞かれるSoul Jazz系のデヴィッド・T・ウォーカーのギターは名高く、オーケストラとジャージーなギターが絡む名演。出だしからいきなりこの質感が飛び込んでくるだけで一気に持って行かれます。
2曲目6曲目はスティービー・ワンダー、3曲目はスタンダードナンバー、4曲目はジョニ・ミッチェル、5曲目はトッド・ラングレン、8曲目はランディ・ニューマン、9曲目はダン・ヒックス。
ニック自身も言っていることだが、若者向けのポップスにジャズ、ソウルのテイストを加え、さらに絶妙のコーラスワーク、ストリングス、映画音楽風のアレンジ、ニック自身のヘタウマ?で中性的な声によって、大人が聞けるハイクオリティなポップスを開拓する、というコンセプトが完璧に成功し、その後の1音楽ジャンルとなるAORの音の方向性の高い指針となったのが本作なのだ。
ちなみにジャケットが印象的な2ndだが、1stでは若い日のゴールディー・ホーンがモデルとして使われていてジャジーな内容にあっていて、その後でこのジャケットというのが、まあ洒落が効いているというか。
アレンジャーとして加わっているアル・シュミットを加えて、トミー(プロデューサー)、ニック(アレンジ)、アル(エンジニア)は3巨頭と呼ばれる黄金トリオで、ジャジーでR&Bテイストな作品を生み出してゆく。
ニックはこの『Italian Graffiti』の後で担当した2枚の名盤アルバム George Benson『Breezin'』と Michael Franks『The Art Of Tea』で本作のコンセプトを更に推し進めることになります。
私は先人達の到達点とその諸々のことを踏まえた上で、さらに真に新しい音を生み出そう、という本物のオリジナリティに、とてつもなく畏敬の念を抱くし、それがロックなスピリットだと感じてしまうので、ジャズであろうとロックであろうとポップスであろうと、その取り組みが成功してしまったときに切り開かれる新しい地平、新しいステージを見せてくれるもの、を名盤と呼びたいし、逆にそれがなければいくら鬼の形相で大音量で吠えてても、どんなに速いギターでも、ラップしてても全然ロックスピリットを感じない。どんな怖い兄ちゃんが入れ墨してても、そこにオリジナルなスピリットがなければ悪い意味での「ポップス」だな、と思ってしまう。そんな音に溢れている中で、真にオリジナルなポップス職人には途轍もないロック魂を感じ、リスペクトの念を抱かずには居られない。
本作はここからまさにAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)、ソフトロックというジャンルが誕生し、多くのフォロワーが生まれてゆくことになった記念碑的な作品のひとつ。そのスタート時点のクオリティは30年たった今でも全く風化せずに、LAで、新しいハイクオリティな音を生み出そう、と熱意を持って取り組んでいた頃の音の職人達の魂が、普遍的な輝きに充ち満ちていていたことを証明するのにあまりある名盤といえるのではないでしょうか。AORというとロックじゃない、ただのBGM的な部分で毛嫌いされてしまっていることもあるでしょうし、実際そのようなポップスに墜してしまっているAORが売れてしまったりして、そんなイメージがある程度嘘ではないことは事実でしょう。しかし本来のAORに宿るロックスピリット、静かな音の向こう側に宿る秘めた情熱の本当の熱さ、を是非感じてもらいたいし、90年代以降は再びそのような機運が業界的にも高まっている感じはする。
まあそんなこと気にしないでも秋の夜長に、通勤の帰り道に是非耳にしてみて下さい。癒されます。