一年前の記事を読み思うこと
14、いつも冬になると仰いでしまう時雨模様の空の広がりはなく、今日も朝からいつもの青空が広がり、その青空の覆いを貫き抜けて来る太陽の陽射し、いま、この青空に朝から悪戯を仕掛ける...
一年前の記事を読み思うこと、
季節の巡りは早く、その季節に誘われるように人の老いは進み、その年の積重ねが多くなるほど、空白が拡大していくか、そう思うひとりである。
いつも新年を迎えたとき、今年は未だ12か月(365日)ある。
余裕・・そう思って新しい年を迎え、幾日か過ごしていると月日は次から次へと代わり、気がつくともう暮れ、そんな感じでいつも月日が流れる。
時間はどんな障害、災難が発生しても影響を受けることなく、規則正しく刻まれてどんどん月日が消化されていく、その過程で短く感じるのはやはり日々の充実の消滅の早さから思うのかも知れない。
人が描き続ける想いはその人が持っている情熱、思考、欲望、性、心、活力などが年数を重ねて行くうちに分離消滅して空白を生むことにより低下して非凡になるのかも知れない。それは、プロ、アマ関係なく一人の人間としてなくしてはならない要素かも知れないが、それを維持するのは老いて行くほど難しい。
いま振り返って考えると私は同じアナログレコードを何度も聞いているのでは、そう思う記事が随所にあるのではそう思うことが有る。
でも、私は同じレコードを何度聞いても、その切り口がいつも斬新で、新鮮であるようにして、私が朽ちるまで描いていけたらよいと思うこの頃である。
人
人の生活なんて毎日同じことの繰り返し
変化を求め探せば色々あるが
それには常にリスクが伴う
人は飽き隙間が生まれると刺激を求め
行動に走り
後悔と懺悔を繰り返す
ある意味で人は神の教えより
刺激を求めリスクと戦いながら
欲望の日々を生きる
そう人は弱く一人では何もできず
常に満たす相手を求め縋る
ある意味で人は哀しい生き物。
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