![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/84/692e936d9b27bd3e772c20274d7d2a38.jpg)
窪みにはまり込むねこ 29/4/2013
推定年齢12歳、そこそこ長生きしているねこは、ややメタボながら毛並みよろしく健康そのもの。
今日の昼、シーチキンの油を舐めるのが好きなねこに、家人が缶を持っていった。
喜び勇んで現れたねこの前に缶を置いたものの、コンクリートに油染みがつくのを恐れた家人は缶を動かした。
すると、意地悪をされたと思い込んだねこは、いじけた目つきをしてくるりと向きを変え、エアコンの室外機と壁の間の隙間に頭を突っ込んで、家人が声をかけるたびにさらに深く頭を入れ、シーチキンの缶に見向きもしなくなる。
完全にいじけて固まってしまったねこにお手上げ状態となった家人の助っ人として、中くらいの人が参戦するも、ねこの気分を変えることは叶わない。
そのことを報告された私と小さい人は、ねこの様子を見に外へ出てみた。
ねこは、室外機のところから移動して、玄関前の芝の窪みにはまり込み、気配を消す作戦に出たようだ。
普段ならば、「ねこ」と声をかけると返事をしたり、ちらりと視線を送ってくるのだが、まったく反応を示さない。
まだ虫の居所が悪いのだ。
仕方がないから、気分が治るまでそおっとしておくのがいいだろうということになった。
なんとまあ、人間臭くて面白いことよ。
いや、これは失礼、もちろん動物にもちゃんと感情はあるのだから、当たり前だった。
人間とねことは言葉が通じないから誤解が生まれるというのではない。
人間同士においては言葉で説明がつくように思われるだろうが、感情の拗れからすぐさま修正できなかったり、ちょっとした行き違い、誤解が、些細なことから生まれ、しかも、それはなかなか解けないことがしばしば起こる。
言葉は通じる通じないに関係なく、感情というのは厄介で御しがたいものなのだ。
結局、ねこの機嫌はすっきりと晴れることなく、今日は終わってしまった。
さすがに明日になれば、いつものねこだろうと思うが、定かではない。
どうか、朝になったら、「にゃっ」と声をかけて欲しいものだよ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます