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脱うまみ調味料なるか?からのいつものスープ

2021-11-07 22:27:47 | 食べ物たち
いつものスープ、たまねぎとセロリ以外はある野菜を入れてトマト仕立てで作るものだ。
たくさんのたまねぎとセロリを炒めもしないでただいきなり煮てしまう、手抜きしすぎじゃない?適当さ。
今回は、ほぼ常連のパプリカとキャベツ、ブロッコリーの茎に葉とブロッコリーのその茹で汁を少し加えてみた。
調味もしないただ煮ているもうこれだけで、すごくいい香りがする。
そこで、汁だけ器に取り、塩と胡椒を加えてみたら、なんともうこれで完璧なスープになっている。
ではではと、トマトペーストを鍋に投入し、塩と胡椒で調味する。
なんと!コンソメでうまみを加えなくてはならないのだという思い込みに、衝撃が走った。
世の中うまみメガ盛りの風潮で、何でもかんでも濃い味が席巻しているけれど、それはそれが基準ではない。
素材の持つ力を引き出し、それらは強くはないけれどそれぞれ個性があるのだということも、よく言われているし、レシピによってはうまみ調味料を使わない物だってたくさん存在している。
自分の勝手な思い込みで、何でもかんでもうまみ調味料、減塩にもつながるなど、ある意味感覚が麻痺していたのだ。
かといって極端に、コンソメや出汁などを否定して一切使わないと宣言するものでもない。
ただ、場合に応じて使い分を、素材の力だけにしてみたり、使う量を変えてみる自由度をあげるのだ。
それにしても、巷には何でもかんでもうまみ成分を添加したものが多く、これではかえって味蕾を麻痺させてしまうのではないかと、かねて前より心配していた。
物によっては、成分表示を見てなるべくアミノ酸添加物を多用しないものを重要視してきた。
もしかすると、そのおかげでまだ舌の味蕾センサーは機能しているのかもしれない。
脱ではなくて、軽減うまみ調味料を目指してしこう。

ところで、脱炭素って、極端すぎやしないだろうか?
極端を目指すと、大きな歪が生まれるのは想像に難くない。
さて、これからどう変わっていくのだろう。
今の行き過ぎた功利主義の果ては。


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