週末から4日間、福岡の実家に帰省していました。
同じ福岡の義母が2月24日誕生日、3月4日は義父の誕生日、
しかも義父は米寿なので、ふたりにお祝いを届け、
それ以降はずっと実家で、父と母と過ごしました。
弟が結婚して15年くらいなんですが、
その15年間は弟夫婦が同居していてくれたので、あまり父母の世話をすることも、
ゆっくり話すこともなかったです。
いいお嫁さんですが、やはり小姑として、それなりに気を遣うわけですよ。
あまりいろいろすると、お嫁さんにあてつけているようなことにもなりますしね。
それが昨年末にいろいろあって、しばらく別々に暮らすことになりました。
それはそれで問題なのですが、
今までは実家に泊まることもなくなり(姉のところにお世話になっていた)
帰省中もいつのまにかなにも手出しはしなくなりました。
だから父や母に存分にはできなかったことをやってあげたくて、
1月、2月と続けて帰省し、久しぶりに実家に泊まり一緒に過ごしました。
嫁姑問題で度々もめていたのですが、年末にお嫁さんが、
「お義母さんが変わってくれるまで、でていきます、反省したら迎えに来てください」とでていったのです。
もう80の年寄りが変わるわけないんです。
お嫁さんは自分が正しいという思いが強く、
相手を変えようなんて無理な話なんですが、
お嫁さんはそこにこだわる。
まぁお嫁さんのそんなところも変わらなくていいと思うけど、
お互いいがみあって生きていくのはきついですよね。
弟が、嫁と姑のあいだをうまくとり持てないという甲斐性がないのが一番問題なのですが・・・。
ゴタゴタしながら15年。
その間に父は脳梗塞になり、すこしづつ認知症がでてきて、現在要介護2。
どうにかまだ自分で歩けるし、食事もできます。ただオムツです。
週に4日くらいデイサービスにでかけ、
1週おきにショートステイ。
家にいるときは、母がすべて父の世話をしています。(お嫁さんと同居しているときから)
オムツをしていても、朝方おしっこを布団に漏らすことが多く、洗濯物の量がすごいです。
それを老いた母がひとりでやってます。
ふたりでトイレであ~だこうだ言いながら、父の排せつや服の着脱の介助をする母。
父はいつもほぼ目を閉じていて、話好きだったのに、ずっと黙ったまま、ソファに座って1日過ごしています。
なにか聞いても『わからん、忘れた』が口癖になってしまいました。
父と母、姉と、弟と、わたしの5人で、お昼ご飯を食べながら、いろいろ話しても、
父はずっと黙ったまま。
なにか聞くとやっぱり『忘れた』か『わからん』
でもふたりの時に「お父さん、(でていってしまったけど)どう思うね?」って聞いたら
「それでよか、なるごとしかならん」と言いました。
日曜は朝ごはんを11時くらいに食べて、それからずっとキッチンの椅子に座っていた父。
叔母(母の妹)も来てくれて、姉もいて、みんなでまたキッチンでおしゃべりして、
夜ご飯もそこで食べて、一日中キッチンの椅子に座っていた父。
叔母も姉も帰り、母もお風呂の準備をしだしたので、
父に「お父さん、そろそろ部屋に行こうか、ちょっと横になりたいでしょ?」と聞くと
「ここでよか」というのです。
「朝からずっとここにいるやんね、きつくないの?」って聞くと
「徒然(とぜん)なかやっか(淋しいじゃないかという意味)」(わたしの田舎の筑後あたりの方言)
ウッときました。
お父さん、淋しいんやね。皆で話せてうれしいんだね。
お嫁さんと孫がでていったこと(弟は夜だけ帰ってくる)も、もめていることもわかっているけど、
体も思うように動かず、ひとからお世話をしてもらう身になった父。
余計なことは言わず、自分なりに迷惑をかけないようにしていこうと思ってるんだろうな。
父に「いろいろあるけど、みんなそれぞれちゃんと生活しよるし、元気でいるからね」というと、
「わからん」が口癖の父が「そっか、それはよかった、ありがたかね」と。
友人たちとも集まりました。
皆、夫の両親と同居や敷地内同居していて、その親たちも何人か見送ったり、
現在も、老いた舅や姑、自分の親を抱えています。
でも会えばいつも大笑い。わたしの愚痴話も聞いてくれます。
ほんとにありがたい。
新築祝いも用意してくれてました。
福岡と横浜、離れているので披露もできないのにごめんねというと、
「皆で遊びに来るけんね!」と言ってくれました。
夫のこと、子供のこと、実家のこと、なーんでも話せる友達で、
会えば元気になれます。
おもしろいことに、わたしが帰省した日、母(80歳)も高校時代の友人たちと集まる日だったので、
近くの簡易温泉に姉と送っていきました。
母も高校時代の友達と60年以上ずっと仲良くしていて、
1月も7~8人くらいで集まったのですが、
そのなかでわりと近くにいる数人が、母がいつもと違って元気がなかったようだったからと心配して、
また2月におしゃべり会を設けてくれたよう。
ありがたいことです。
母もそういう優しい友達がいてよかったな~と思いました。
そしてわたしも、80になっても同じように友達と集まれたらいいなと思います。
友達が「笑いと掃除と感謝だよ」って教えてくれました。
心に留めておこうと思います。
夫の親のことも考えます。
今回、夫実家のほうに行くことも往復2時間だしちょっと面倒くさいなって思っていて、
実際に夫実家には、2時間もいなかった。
でもまた実家に戻って、親の世話をしていると、
自分の親のことばかりで、義両親のことはほったらかしでも、
それを許してくれている義両親や夫や義弟に感謝しないとな~と思いました。
実家の庭の梅が、綺麗でした。
母に「梅って最近植えた?前なかったよね」って言ったら、
「ずっとあるよ」って笑われました。
たまには庭も掃いていたはずなのに、なにをみてたんだろう、わたし。
気丈で弱音を吐かない母ですが、
友達の前ではまた違う姿をみせているのかな?
父の顔を温かいタオルで拭いてあげながら、
毎日してあげたいなと思ったり、
毎日だとあ~面倒くさいと不満も出てくるんだろうなと思ったり。
笑わなくなった母。
どうにかならないもんかね~。
「ケンタ、お父さんやお母さんのこと頼んどくよ」