カリフォルニアのセントラル・ヴァレーにもようやく秋の気配が漂い始め、今朝は摂氏7℃。 ドライブウェイに朝刊を拾いに外へ出た時は、本当に寒かった。 先週まで30℃平均だったのだが、もう10月もあと一週間で終わりとなれば、空さえも、私の好きな「パンクチュエイションのある」空である。【つまり句読点のあるメリハリのある文章のような、ただただ青いだけの空ではなく、ドラマティックに雲のある空】
晩秋から冬にかけてカリフォルニア州中部のここでは、氷点下になることさえある。 ヨセミテ国立公園に近く、シェラ・ネヴァダ山脈にはスキー場もあり、時に麓に雪がちらつく日もある。 セントラル・ヒーティングが欠かせないが、ほんの20年前には、ここではペレットやガス使用以外の、普通の薪をくべて暖炉を使用することは、できなくなった。 暖炉が唯一の温源の古い家屋や、山間の家屋は例外ではある。
なにしろ2035年までに全州民は、EV(Electric Vehicle)つまり電気自動車を使用することが条例化されつつある、環境保護がなによりも大切な当州であるためだ。
ついこないだまで、収穫期を終えた冬季の果樹園の桃の木を剪定した際の枝などは、よく乾燥していて、よい焚き付けになるので、果樹園の端などで、売られていたものだった。
北の州の木々の中で暮らす長姉の亡夫は、よく乾燥させた松の間伐材を割って薪を毎秋用意していたものだった。 セントラルヒーティングはあるが、居間と台所の間に、薪ストーブを設た家なので、そのストーブを使用するだけで、すぐ家中が温まる。 冬の間は電気代節約もできる。 そして暖炉に薪をくべ、燃え盛る炎を見ているのは、こころが落ち着く。
義兄が亡くなってからは、薪割りの仕事は、隣人の14歳の息子が父親と二人で、請け負ってくれている。 14歳にしては、小柄で痩せた元気の良い少年だが、両親の離婚を経験してることから、私の姉をまるで祖母かのように思っていて、常に自分になにかできることはあるか、と尋ねてくれる。 姉は姉でこの少年の友情に感謝している。 隔週末にこの子は、母親の許を訪問することになっているが、そうでない週はよく姉宅で細かな仕事を見つけてはせっせと働いてくれる。 姉がいくらその賃金を払おうとしても、いらないと受け取らないので、アマゾンなどのギフトカードで「支払って」いる。
この少年が父親と共に夏に林の松をいくらか伐採し、乾燥させ、秋には薪割りを始めて、せっせと庭の一角に薪積みをしていくのを見たことがある。 割った薪をWheelbarrow(手押し車)にたくさん積んで、積み重ねていく場所へ運んでいく。 その積み重ね方(コード)も一定の法則のようなものがあり、積み崩れが起こらないようにさまざまな工夫を重ねてやらなければならない。 その工夫は薪割りを経験する者はよく知っている。 この細い腕の少年も、承知していて、テキパキと片づけていく。 そして一旦積み上げた薪のコードの上には、防水タープ(シート)で覆っておかねばならない。
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一冬どころか二冬も持ちそうなくらいの薪のコードを終えてからは、昨年のコードから、完璧に乾燥仕上がった薪を今度は屋根のあるポーチの端に少しずつ積み上げていくのだ。 それは姉がポーチを降りて庭の端まで行ってわざわざ薪を運ばなくとも、パティオドアから出てポーチから薪を取れるように、という配慮からだ。 15年前に3度目の背中の手術をしている姉を労ってのことだ。 この隣人一家の思いやりには、いつも感謝以外の言葉がない。
隣人の息子は、そうした力仕事が終わると、庭の雑草を抜いたり、自宅で飼っている鶏の世話をしたり、毎日2打はある鶏卵を拾い集めては、姉のところへも持ってきてくれる。 14歳だが、働き者の若者である。 ご苦労様と姉が持ってくるレモネードをゴクリと飲み干す姿は、まだまだ可愛い。 このよく働く親切で思いやりのある少年を見ていて、私はある言葉を思い出した。
それは古い禅の言葉だ。 「悟りを開くなら、木を切り、水を運ぶ。 悟りが開けたら、木を切り、水を運ぶ。」である。 人生で、木を切り刻み、水を運ぶ必要は誰でもある。 (この少年は私の姉の許へ配達される飲料水の重い瓶をキッチンへ運んでもくれるのだ。) そうした仕事を心を込めて、愛を持って行うのが最善なのをこの少年はもう心得ている。 こうした気持ちの良い少年を育てている隣人は、尊い。
“The novice says to the master, ‘What does one do before enlightenment?’ ‘Chop wood. Carry water,’ replies the master. The novice asks, ‘What, then, does one do after enlightenment?’ ‘Chop wood. Carry water.'”
「初心者はマスターに、尋ねた:『悟りを開く前に何をしますか?』『木を切り刻みなさい。水を運びなさい。』とマスターは答えた。 初心者は、『では、悟りを開いた後、人は何をしますか?』と尋ねた。 『木を切り刻み、水を運びなさい。』」
その姿を見た私は、この少年の大好物を作ってお礼とした。 日本のオムライスである。 少年の名前をオムライスの上に書いた時、彼の瞳の輝きとこぼれんばかりの微笑みは、地上のものとは思えないほど美しかった。 いつもどうもありがとう、カイル。