歴タビ日記~風に吹かれて~

歴タビ、歴史をめぐる旅。旅先で知った、気になる歴史のエピソードを備忘録も兼ね、まとめています。

母の昔語り~病院の記憶と

2024-06-08 06:34:05 | 神奈川県
母の昔語り・・・
お食事前の方、ごめんなさい。


むかし、むかし、弟の生まれる前、
わたしが3つか4つの幼女だった頃。

母は私を連れ、市電を乗り継ぐと、
磯子の赤十字病院へ見舞いに出かけた。
祖母の姉である伯母(わたしにとっては大伯母)が
入院していたからだ。

病室へ入るなり、
幼い私は「ここ、くさい・・・」と顔をしかめる。

優しい伯母は「じゃ、廊下に出ていて良いわよ」と
言ってくれ、ひとり廊下に出る。
もちろん、幼女ひとりでは退屈きわまりなく、
「もう帰ろうよ・・・」とせがみ、母を困らせたという。

大伯母の病名は、当時は不治の病である。
患部から膿があふれ、ガーゼなどで抑えても、すぐにあふれだし
それが匂っていたのだろう。

大伯母は、私を可愛がってくれていたから
見舞いに連れて行ったのだけれど・・・と母は言うが、
結果として、大伯母を傷つけてしまったのかも知れない。
遠い日の後悔。


あの病気は匂うそうで、
飼い犬がそばへ寄ってこなくなって病気に気づいたとか、
この病気の発見のために犬を訓練しようとか
ウソかマコトか聞いたことがある。


母の知人も似たような話をしていたそうだ。

戦後のモノのない時代、
お身内が大伯母と同じ病気に冒され自宅療養。
膿がひどく、とにかくあり合わせの布で抑え、まぎらわせるしかない。

ぼろきれながら、大事な大事な布、
洗っては干しを繰り返しながら、使う。

すると、通りがかりの女性の話し声が聞えた。

「ここ、いつも臭いわよね」
「そうなのよね、何の匂いかしら・・・」と。

都内でも有数の高級住宅地のこと、
通りがかりのマダムたちの声に、
知人は身の縮む想いをしたそうだ。



小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋)でも
女の子たち(女学生)は、月経の処理に悩んでいる。

今のような生理用品はないうえに、モノ不足で、
ぼろきれや脱脂綿を洗って繰り返し使ったという。
不衛生極まりない・・・

匂うどころか、病気にだってつながりず、だ。

コロナ禍で、失業した女性が生理用品を買えない窮状を訴えたのも
記憶に新しい。
病人や弱い立場の人に、社会情勢の悪化は、すぐにはねかえってしまう。


ちょうど今、朝ドラ「虎に翼」は戦後が舞台。
1947(昭和22)年、寅子(トモコ)も民法改正に尽力している。



「1947」といえば、
長浦京『1947』(光文社)が、まさに1947年を描く。

圧倒的な筆致と取材力に、白黒だった戦後のイメージが
ドス黒い血の色に塗り替えられるような小説だった。
思いだしても鉄の匂いがただよってくるようだ。



吉田裕『兵士達の戦後史 戦後日本社会を支えた人びと』
(岩波現代文庫)は、
その時代のイメージを歴史的な流れの中で補完してくれる。


想像以上に、すさまじい時代。
歴史の中では伝えきれない、匂いから知る歴史か。

そんな時代があったことを
母親世代は知っている。
今、しっかり聞いておかなければ、
あの生々しさは伝わらなくなってしまう。


余談ながら・・・

大伯母の病室から臭いと逃げ出した幼女は、
数十年後、まさに同じ病気に冒される。

幸い、十分なケアを受け、匂いに悩まされることはなかった。
平和な時代なればこそだ。

***********************

おつきあいいただき、どうもありがとうございます。
書影は各版元からお借りしました。
素人の勝手な記事と、モロモロ、お許し下さいませ。
この記事についてブログを書く
« 「愛の母子像」のこと | トップ | わたしはわたしのために »
最新の画像もっと見る

神奈川県」カテゴリの最新記事