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ジョニー・デップ他日常あれこれ

『博士の愛した数式』(小川洋子)

2008年06月12日 14時57分46秒 | 
先日コメント欄でびーぐるさんに『美しい小説』とお勧めされ、
重ねてミルクティさんからもお勧めされましたので読んでみました。
お勧めありがとうございました。



Amazon解説より
「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた―記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。

多くの数学者を虜にしてきた数の美しさを愛に満ちた言葉で語る博士。
交通事故で記憶障害が残った博士の元に家政婦として雇われたシングルマザーの「私」。
「私」の10歳の息子を博士はルート(√)と呼んだ。

記憶というメカニズムは素晴らしい。
産声を上げた瞬間から様々なことを学び、日々知識を積み重ね、人生の中で誰かと絆を育むことができる。
昨日の続きは今日で、今日の続きは明日であることを疑うこともない。
綿々と流れる時間は当たり前のように豊さを増して流れて行く。
それがもし80分で記憶がリセットされるとしたら?

優しさに満ちた記憶を放棄して、一人数学の世界へ立ち去る博士の後姿が度々現れる。
静寂に包まれたそこは博士の唯一の安らぎの場所なのだ。
博士の人生に遙か昔の過去は存在するけれど、連続的な未来はない。
80分の記憶の積木を積んでは壊す繰り返しの中で、束の間の今が優しく揺れるのみ。

博士は数学を美しいと称える。
そこには調和があり、完璧な答えがあり、永遠に不変の真実が存在するからだと。
無限に連なる数の世界は博士にとっての永遠だろうか。
私達が秩序ある整列や黄金比に美を感じるのは、数に支配されたこの世に生まれた宿命かもしれない。

『美しい』と感じるもの、例えば空を赤く染める夕焼けや色とりどりの花、
神秘的な海の色や目に映る絶景など、自然が作り出す様々な風景がある。
それは無意識の中に移ろいゆくものへの愛おしさが潜んでいるせいだろうか。

あるいは音楽や絵画、彫刻などの芸術。
作品の中に吹き込まれた命は時を超えて蘇り、見る者に永遠の美を感じさせる。
そこには限りある命の憧れが宿っているような気がする。

この本を読んで感じる美しさというのは、紛れもなく3人の心模様にある。
記憶を留めておけないという状況の中でお互いを慈しむ想いの温かさ。
消えると知りつつ見上げる虹のような、こぼれゆく今を愛おしむ刹那の美。
三人の日常はささやかな平和のうちに流れ、交わされる何気ない言葉は優しくて切ない。

誰かを思いやる心は美しい。
正しい愛の方程式はいつだってシンプルで温かいものだ。
それは調和であり、完璧なる答えであり、永遠に不変の真実であるからだ。

博士の記憶の中には秘密がある。
その乱調と解き難い問いと永遠の哀切が、デモーニッシュな美として物語に一滴の毒を落としている。
まるで自然数の外側にある魅惑的な方程式のように、優美に謎めいた世界を垣間見せる。

完璧に世界を構築する美しい数学の前で、音もなく崩壊する絆はその儚さゆえに輝きを放っている。
記憶の残光は温かく、忘れ難い美しさを胸に刻むのだ。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
びーぐるさん (Rei)
2008-06-14 19:50:28
びーぐるさん、こんばんは♪
教えて下さってありがとうございました。

この本の参考文献で、
博士のモデルと言われる人物についての本『放浪の天才数学者エルデシュ』というのを読みました。
とてもけったいなオジサマで面白かったです!
でも数学の話はチンプンカンプン(笑)
ついでに『数の悪魔』というのも借りました。
なんだか興味深い世界ですね。
映画もまた違った楽しみ方ができるので私も観てみますね
返信する
読まれたのですね! (びーぐる)
2008-06-13 23:44:54
Reiさんの記事にわたしの名前が・・!!
そんな、私の名前など、出していただかなくても
よかったのに。。なんともこそばゆいです(笑)

 Reiさんの素敵な記事を読んで、もう一度、読み返したくなりました。
映画のほうは観ていないので、ぜひ観てみようとおもいます。
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しずくさん (Rei)
2008-06-13 12:35:18
しずくさん、こんにちは♪

DVDも観たいんですよ~。
早速レンタルしてこなくちゃ!

映画の方では過去がもう少し詳しく描かれているとか?
そこのところがすごく気になるので(笑)、
DVDもぜひ観てみますね

お勧めありがとうございました
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こんばんは (しずく)
2008-06-12 22:32:52
私は少し前にDVDを借りて観ました。
やっぱり、原作を読んでるのとそうでないのとでは違うのかなぁと思いつつ観たのですが、私はとあるシーンで号泣しました
Reiさんも気が向いたら是非観てみてください
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