Minor Swing @Room

ジョニー・デップ他日常あれこれ

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震災から一年

2012年03月14日 23時57分47秒 | 日記
今日、用事があって海岸方面に行って来ました。


昨年の紅白歌合戦で長渕さんが歌った場所です(観てませんが)
津波と火事に見舞われた小学校です。
以前、車が走る道路からその建物は見えませんでした。
学校の前にはぎっしり民家や商店があったものです。今はほぼ更地に。


遥か遠くに積み上げられた車。
ところどころでショベルカーが作業を進めています。
この辺も住宅地でしたが、同じくほぼ更地。


沢山ある瓦礫の山のひとつ。


あの震災から一年が過ぎました。
当日にちょっと想いを書いてみましたが、なんだかまとまらなくて…。
書き直しです。

3月11日が近付くにつれてテレビなどで色々特集が組まれたりしていましたね。
あまり見れなかったんですが…。
子供にチャンネルを奪われてほとんど見れなかった、のも事実ですが、
本当は見るのが辛くて避けていたのかもしれないなって思ったり。
大切な人を亡くされた方々のこの一年、どれほどの涙が流されたことか。
一年経って悲しみも新たに、深い深い喪失感が募るばかりかもしれません。
沢山の方の一周忌にあたり、心からご冥福をお祈り申し上げます。

ちょうど春のお彼岸の頃。そうそう、こんな空気の頃でした。
春の日差しが感じられる頃。
この頃に、あんな事が本当にあったのか…?って今でも思います。

人生には三つの坂があって、『上り坂』と『下り坂』と『まさか』。
すごい『まさか』でした。
あまりのことに、みんなどこかおかしかった気がします。
異常事態に人は正常ではいられません。
あの当時は現実感というものがまるで無かったように思います。
夢を見ているような気分で、何がなんだか訳が分からない感じ。
情報も無く安否も分からなかったあの震災後の一週間は、
停電と断水に気を取られて、子供たちに何を食べさせようかとか、
そんな自分の目の前の、自分の身の回りのことでいっぱいいっぱいでした。
そして徐々に徐々に、周りで何が起こったのか知り始め、その範囲が拡大して行くにつれて、
不思議なことに益々夢の中のような感覚に浸るばかりでした。

誰の人生にも『まさか』は色々ありますよね。
そのショックと悲しみと苦悩は誰もが抱える人生の一部なのだと思います。
だからこそ、人は悲しみに寄り添うことが出来る。苦悩を抱きしめることが出来る。
祈りと共に温かい手を差し伸べて下さった、日本中、世界中のご厚意に、
心から感謝せずにはいられません。

私はこれから人のために何が出来るのかな。
最近、仏教関係の本にハマっている私ですが、それによりますと、
誰かをほんの少しでも幸せにすることが生まれてきた意味だということです。
震災を生き残って今在るのは、まだ役目があるからに他なりません。
誰かに幸せを与えられる存在、そこに幸せを見出せる自分になれますように。

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4 コメント

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あらてめて・・・ (ももなとん)
2012-03-15 20:15:42
Reiさん

>本当は見るのが辛くて避けていたのかもしれないなって思ったり。

だと思いながら(被災地の人は見れないだろうな・・・と)
私は、ずっとずっとテレビを見ていました。

遠くにいた私でさえ辛い映像が多いし
涙されてるひとたちを思うと涙が出・・・
たぶん本当の理解とはほど遠いのだと思うけど
でも、人として、寄り添う思いはあり
悲しみを感じ・・・

あえて、そんな時間を自分は持つべきだと
思い、過ごしていました。

人生の「まさか」

本当に・・・まさかの震災
あんなに一度にいろんなことが変わってしまうのだと思うと・・・

被害から遠くにいる私には
本当の思いはわからないのかもしれないけど
でも、これからも、あの日のこと
忘れない
そして、微力でも、何か・・・と常に考えられる自分でいたい
そう思っています。

>誰かをほんの少しでも幸せにすることが生まれてきた意味だということです

そうなんだね・・・絶対に命には意味がある

>誰かに幸せを与えられる存在、そこに幸せを見出せる自分になれますように

Reiさんの言葉・・・胸にしみます。
ももさん (Rei)
2012-03-17 23:09:18
ももさん
先日はありがとうございました

一年が過ぎましたね。誰もがしみじみと当時を振り返ったことと思います。
事実は直視しないといけないよね。
そして、知って頂くというのもとても大切なこと。
だから、テレビを見て感じたももさんの気持ちはとても尊くて有難いことだと思います。
テレビはほんと泣けてくるよね。。

一年経っても何も変わらないかな~と思っていたけど、
やっぱり色んな意味でひと区切りにはなっているのかもしれないね。
これは現実を直視して受け止めるということになるんだろうけど、
だからこそ当時よりなお辛いというか…。
私の場合、物理的な震災被害は無いも同然なのに、
きっと自分の中にある痛みが共鳴してしまうのかも。
なかなか難しいね。

『誰かに幸せを与えられる存在、そこに幸せを見出せる自分』
何か自分の中心に置いておけるものが欲しくて探したら、まずはこれかなって(笑)
実践してこそ意味があるものだけれど、
取り敢えず目指す方向を自分に対して表記してみました。
そうありたいと思うのは、今はそうじゃないと思っているから。
既にそうあるならば、きっとそういう願いは出てこないはずだよね。
いつか、そう願うことすらないほどに、誰かを幸せにしているのが当たり前の自分になれたらいいな~って、
またもやこれも願望というエンドレス状態(笑)
頑張ります
Unknown (うしし)
2012-03-19 22:52:32
こんばんわ、お父様 大阪の印象は、どうだったのでしょうか。
 わたしは、こうして大変だったことをお話して下さることに感謝しています。映画を通して、お会いできましたが
地震についても知ることができました。遠く離れていることから、テレビや新聞の情報のみで、「大変だな。」と思うだけだったかもしれません。でも、あの日の夜のお話や、お父様のお話、線路のこと 簡単には言えませんが
四国の私にもすさまじさを伝えていただきました。このお話は、私のこどもたちの心にも響いています。
 当たり前が 当たり前ではないということを教えていただきましたよ。今、この時を大切に生きるということを
幸せを気付かせていただいてありがたく思っています。
 まだまだ、復興には時間がかかると思いますが、無理なさらないでお過ごし下さいね。また、楽しいジョニー話に花を咲かせましょうね。


うししさん (Rei)
2012-04-01 23:55:08
うししさん、大変遅くなってすみません

>お父様 大阪の印象は、どうだったのでしょうか
父の出発は確か4月7日だったような…。
なので大阪行きはこれからです楽しみですね

震災当時の私の拙い文章から、もったいないお言葉を頂き恐縮です。
今日もまたあの日のことを語り合う時間があったのですが、
いつも同じようなことを何度も何度も話します。
だけど、時間が経つにつれて気付くこととか、思い出す事とかあって、
同じような話であっても微妙に違っているのかもしれません。
不思議といつも、初めて聞くみたいに新鮮な気持ちになるんですよ(笑)なぜなんでしょうね?

震災の話はまだ日常会話で存在します。
気が付くと自然に話がそっちに流れて行って。
みんなまだまだ吐き出したい思いが充満しているんでしょうね。
初対面の方との挨拶は『あの時はどこにいたの?』って感じです。

四国にお住いのうししさんが感じて下さった思いに、こちらこそ感謝しています。ありがとうございます。
また最近やや強めの地震が続いてドキリとします。
『これ以上揺れないで』って心の中で祈るしかないのですが、
テレビを押さえながら『懐中電灯はあそこで、まずは水を汲んで…』とか、一瞬のうちに考えてる自分がいます。
でも、いざとなったら頭が真っ白でオロオロ、という可能性が大きいかも(笑)
家族で本気で避難訓練とかしておいた方が良さそうです。
喉元過ぎて忘れないように。。

いつもお気遣いをありがとうございます

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