Minor Swing @Room

ジョニー・デップ他日常あれこれ

『李歐』(高村薫)

2009年03月21日 23時03分18秒 | 


『惚れたって言えよ』・・・美貌の殺し屋は言った。その名は李歐。
平凡なアルバイト学生だった吉田一彰は、その日運命に出会った。ともに二十二歳。
(文庫:裏書より)


毎度のことながら遠い昔に本棚に埋蔵され、ビンテージワイン並に寝かせた一冊でございます。
高村さんの本だったからという理由は分かるとして、
中華な名前が苦手なのにどうしてこの本をお買い上げしたかな~と悩んでいたところ、
裏書きにある“『惚れたって言えよ』美貌の殺し屋は言った”の部分を見て納得しました。
この部分だけで好みにヒット。
裏書きの威力にひれ伏す瞬間がけっこうお気に入りです。

そしてたまたま今回、夥しい時を超えご開帳となりました。

まず、『六条右回り』という言葉を聞いて、私の中で裏社会の扉が開きました。
妖気漂う美しくも淫靡な任侠用語と、私の引き出しには温存してありました。
こんな例えですみませんが、『亀甲縛り』という字面だけで特定の世界が見えるような感じ(爆)

これは中国人の殺し屋李歐(りおう)と日本人の吉田一彰という二人の愛の物語です。
“友情”というには想いがあまりにディープで、
“同性愛”と呼ぶにはセクシュアルな接触がほぼ皆無。
なので私は美しく“男同士のプラトニック・ラブ”と呼んで差し上げたいと思います。

拳銃の密造をベースに、それに関わった人々の人生の絡み合いがあり、
裏社会に翻弄された二人の青年の十五年に及ぶ魂の求め合いがあり、
運命は二人をどこへ運ぶのか…と、久々に寝食を忘れて読みふけりました。

遠い大陸の匂いをまとう李歐。
黒曜石のように妖艶な瞳を持つ李歐。
北京語を美しく歌うように発音する李歐。
殺し屋という名の通り、冷徹な残虐性も併せ持つプロフェッショナル。
ほんの少しの登場ながら、絶大な存在感を誇る美しい男。

物語の背景に咲き乱れる桜の風景が美しく、
李歐はちょうど月光の下に妖しく浮かぶ夜桜の風情です。

一方、一彰は幼少時代に苦労を重ね、どこか冷めた青年です。
年上の女たちや男たちに言い寄られることが多く、
来るもの拒まずで、されるがままの一彰くんが健気です。
それぞれの相手に対する“どうでもよさ加減”はまったりユラユラ。
なのに心の中では“李歐・命!”なところがなんともいじらしい。
燃える想いは唯一李歐に向かい…。

いつも年上の女に好かれる一彰くんですが、
素直で良い子は誰にでも愛されるのね、という感想ではなく、
もっと年齢的にバランスの良い女の子と恋をしようよ、と思いました(笑)

心理的には『ブロークバックマウンテン』並みのラブストーリーなのかも。
でも二人が会っている時間はものすごく短くて、
会えない時間が愛を育てていて、目をつぶれば君がいる、です。

以下、二人の会話と一彰の溢れる想いを本文より抜粋。

ある女から貰ったという口紅を、李歐が一彰の唇に塗る場面が官能的で。
それに続くやり取りがこちら。
「あんた、名前は?」と一彰は尋ねてみた。男は顔を上げ、スプーンの手を止めたとたん、一転して艶やかな微笑みを滲みださせて「惚れた?」ときた。
(中略)
「名前を聞いただけだ」
「つまらん返事だな。惚れたから名前を教えろ、って言えよ。言ったら教えてやる」
「あんたの物言いって、めまいがする」
「お互い様だ。国立大学の学生とこのぼくが出会うような国が、この地球上にあったなんて、想像もしていなかった」
「大学はやめた。だから、ぼくが学生だったということは忘れて欲しい」
「だったら、ぼくがナイトゲートにいたことも忘れてくれ」
「名前ぐらい、尋ねてもいいだろう」
「惚れたって言えよ(中国語で:ここ漢字です)」

私はここの二人の会話が好きです。

一彰は目の前の男一人に目を奪われ、目を奪われている自分に驚き続けた。
いきなり他人の唇に伸びてくる男の手も、こうして聞こえてくる声も、いったいこれは人間の手か、人間の声かと疑ってみた直後に、もう身じろぎもできない。言葉も出ない。目を奪われ、見開いてただ相手を凝視している自分に驚き続けた。
「ああ、惚れた。惚れたから、名前ぐらい教えろ」

もう完全に李歐に心奪われた一彰くん。
こうして運命は決定的な進路を辿ることになり…。

離れ離れになって数年後、心はまだ李歐を求め続け、
もしも今、李歐に会ったなら、その瞬きひとつでこの生活の一切を捨ててしまいそうな。
何年経っても絶大な影響を及ぼす李歐という存在。

一彰は普段は滅多にしないのに、久々に声に出して李歐の名前を呼んでみた。それは、たっぷり震えてかすれ、まるで初めて恋人の名を呼んだみたいだと、自分でも可笑しかった。
「君は大陸の覇者になれ。ぼくは君についていく夢をみるから」

時々聞こえてくる李歐の近況に心躍らせる一彰。
我が恋心は永久に不滅です、の状態。

「年月なんか数えるな。この李歐が時計だ。あんたの心臓に入っている」
「心臓に?」
「動いているだろう?」
「ああ…、心臓が妊娠したような気分だ」
「そいつは嬉しいな。ぞくぞくしてきた」

二人の何気ない会話が好きです。
好き合ってる二人の会話は男女問わず良いものです。
しかし、男女の会話よりもこちらの方がツボなのはなぜでしょう?(笑)

ああ、俺は惚れているのだな、息が止まるほど惚れているのだと思うと、身体のすみずみが歓喜の声を上げそうになった。
惚れるというのは歓喜です。相手も自分を想ってくれている場合は特に。
そして裏側には恐ろしい鬼も潜む禁猟区。
この世に生まれた喜びと、底なしの絶望を同時に包括する神様からのプレゼント。

この心のありようも異様だった。一つ一つ掘り返したら、出てくるのはただ、恋しい、恋しい、恋しい、という五千日弱の他愛ないため息だけだったが、それが積み重なってここまで来た、この十五年の全てが異様だった。
(中略)
もういいではないか。自分は恋しいだけだ。恋しい、恋しい。李歐が無事なら、この心臓が止まってもいいと、一彰は思ったのだった。

どれだけ惚れているかお察し下さい。
こんなに誰かに惚れるなんて羨ましい限りです。

一瞬の出会いが人生を決定してしまう…そんな巡り逢いは誰にでも起こるものです。
心奪われて、心が躍って、楽しくて、幸せで…という束の間の時間の後に、
往々にして、長くて苦しい離別の時間が訪れるもの。

サガンの本のどれかに、
“愛し合うだけでは十分ではない。苦しみも共有しなければ愛は完成しない”
というようなことが書いてあったことを思い出しました。

世界中の人間が束になっても、たった一人の愛する人の微笑みには敵わない、とか、
胸の中の苦悩する想いを癒すことができるのはこの世でただ一人、みたいな、
それぐらい思い入れの強い相手に巡り合うことは幸せなのか不幸なのか。

どちらであってもそれが運命で、運命を受け入れるしかないのが人生。
恋は事故のようなものだと思いますが、恋する歓喜は言うに及ばず、
恋がもたらす様々な苦悩やヒリヒリと痛むその傷さえ、生きている証拠なのだと思います。

それはそうと、私はつくづく男同士の愛が好きなんだな~と(爆)
…なんで?
きっと、女よりも純粋な気がするからなのかな。

“男に惚れる”っていう部分に置いて、
同じような想いであっても、女の立場と男の立場では根本的に違うような気がします。

女は無意識の中で、色々な未来のことも想定してるはず。
DNAは元々そういう風に出来ているから、どこか戦略的な匂いが否めません。
当然と言えば当然ながら。
それは勿論良い悪い以前の問題で、考えることすら無意味かもしれないけれど。

一方、男の方は未来うんぬんは初めから放棄してる訳で。
純粋に、今、その相手が好きなだけ。純粋に。
DNAを無視してるというそれだけで、なんだか十分に純粋な気がいたします(笑)

ということで、私の、同性愛贔屓(なぜか男同士に限る・しかも純愛に限る)の言い訳でした(笑)


【私的なマイナス点】
その1:
銃マニア並みの説明はちょっとパスかな。
私は斜め読みどころかすっ飛ばしました。
あらゆる部品の説明、及び加工の工程の緻密なこと。
高村薫さんは余裕で拳銃を作れると思います(笑)

その2:
“アジア一の投資家で億万長者でスパイでギャングで殺し屋”
しかも絶世の美男子という設定の李歐が浮世離れし過ぎ(笑)
彼は『魔性』という言葉がよく似合い、それはそれで大変魅力的なのですが、
一彰が李歐に惚れた理由は十分理解出来るとして、
それほどまでに特異な李歐が、一彰を求めた理由がイマイチ分からない(爆)

その3:
素材的には好みでしたが、ラストがね~。。
私にはこの物語の結末は、焼き芋を食べて胸やけがする感じ。
または、天ぷらを食べ過ぎて消化不良な感じ。
または、ヤカンを持って走って転んだ感じ(笑)
伝わらないかと思いますが、ネタばれできないのでセーブしました。

読みこなせない未熟者ですみません。

本書は『わが手に拳銃を』のリメイクだとか。
こちらは未読なので機会があればぜひ。

長くなってしまいましたが、
飽きずに最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。



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4 コメント

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おお~!! (クリス)
2009-03-22 11:46:23
こんにちはReiさん♪

何とも、官能的・・・。
男女間の恋愛物語もそれなりに
ドキドキしますが、
男男間(?)というのもね・・・(うふっ)
読みたいって思いました。
図書館で検索してみます(笑)

『惚れた』って言われてみたい
できればジョニーに・・・
気絶→あると思います

天候が不順ですね。
お体に気をつけてくださいませ(合掌)
返信する
クリスさん (Rei)
2009-03-23 23:46:53
クリスさん、こんばんは♪

>男男間(?)というのもね・・・(うふっ)
これはプラトニックなのでとてもキレイです(笑)
男に惚れられる人物なら女からもモテモテかもね~

>『惚れた』って言われてみたい
>できればジョニーに・・・
いいですね~!(笑)
私の場合、チバさんの『惚れたって言えよ』もストライクです

今日は暴風警報の中、卒園式に行ってきました。
もみくちゃになって凄かった
いつもお気遣いありがとうございます

春ですね
クリスさんもお元気にお過ごし下さいね
返信する
純愛。 (のぞみ)
2009-03-24 09:03:17
なんだかReiさんのレビューだけで、おなかいっぱいになってしまいました
これだけで満足感たっぷり(笑)

本を読んでいて魅かれるのって、
セリフが上手いかどうかですよね
この作品は・・・、セリフの言葉が、すごくキレイ。
キレイって表現はおかしいかな。
なんだかカッコイイね

あ、「肉体の悪魔」。あれからすぐに読んだよ~
結論・・・「ラディゲ君が悪魔だぁ

返信する
のぞみさん (Rei)
2009-03-24 17:20:12
のぞみさん、こんばんは♪

>なんだかReiさんのレビューだけで、おなかいっぱいになってしまいました
ハハハハすみません
いつも書きすぎてしまうんですよね。

>この作品は・・・、セリフの言葉が、すごくキレイ。
のぞみさん、素晴らしいご指摘だと思います
そうなんですよね。
この二人の会話がキレイなの。
おっしゃる通り、なんかカッコいいんですよね~

>あ、「肉体の悪魔」。あれからすぐに読んだよ~
わお~!!それはビックリ

>結論・・・「ラディゲ君が悪魔だぁ」
だよねーー!
とんでもないヤツです
17歳で書いてるんだよ。
でも20歳には死んじゃったけど。
後世まで読み継がれるなんて、彼の魂は不滅ですね。

天才って、自分が亡き後も生き続ける作品を生みだす才能のある人をそう呼ぶのでしょうね。
天使よりも長生きしそうな悪魔です(笑)
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