(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第二十章 騒がしいお泊まり 後編 一

2008-11-13 21:00:11 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。男子部屋にお泊まり中の、日向孝一です。怒鳴ったりもしたけど結末としては彼氏の面目を保てたかな、なんてついつい思い返したりもしてしまう宿泊初日を経て、二日目です。と言っても今日にはもう帰る予定なんですけどね。
「こんな事言ってもしゃーねえけど、隣に寝てるのがオマエじゃなくて成美だったらって今すっげえ思った」
 目を覚ましてから真っ先に視界に飛び込んできたのは、先に起きていた大吾でした。起きたとは言えやる事がないからか、掛け布団の上でまた横になっています。
「なんで今更?」
 大吾が成美さんと、そして僕が栞さんと同じ部屋になりたいというのは、昨日の時点から散々言ってきた事だ。という事で、目を擦っていた手を降ろしつつそう尋ねる。すると大吾、やや苦い顔になって「その仕草、アイツだったら可愛かっただろうなって」等と言いだした。
「うわ、大吾の口から『可愛い』とかいう言葉が出るなんて」
「うっせえ。他にどう言えってんだよ」
 確かに「起き抜けで布団から身を起こし目を擦っている成美さん」というのは、想像しようとした時点でもう可愛いと思うしかなかった。小さく欠伸とかしてたら尚良いかもしれない。
「おはよう、大吾」
「唐突に何かを誤魔化すな」
「そう言えばサンデー、今朝は鳴かないね」
「ああ、やかましいと迷惑だしな。昨日鳴かないように言っといた。で、唐突に何かを誤魔化すなっつってんだろ」
 そりゃ誤魔化したくもなるよ、朝一番に想像したのが他人の彼女の寝起きシーンだなんて。自分の彼女だったら問題無いけどさ。
 誤魔化しついでに、自分の彼女でも同様の想像をしてみる。
 たまりませんでした。

「朝食の準備が出来ましたので、お迎えにあがりました」
 ノックされたドアを開けるなり頭を下げていたのは、昨日から僕達の案内を勤めてくれている仲居さんでした。今日も引き続きお世話になります。
 その時はまだ浴衣のままだったので、一応私服に着替えてから部屋を出る。大吾も同じく。するとその着替えの時間が余計だったのか、そこにはもう僕と大吾以外の全員が揃っていて――
「おはよう、孝一くん」
「あ、お、おはようございます」
 今の今までなんともなかったのにその顔を見た途端、昨晩の記憶が急速に蘇ってきた。そのおかげか口が上手く回らなくなってしまうのですが、さて昨晩の記憶のどの部分がそうさせているのでしょうか?
「ん? どうかした?」
 栞さんも浴衣から私服に着替えていて、いつも通りのピンクの袖無しなのですが。
 僕は昨晩、その下をはっきりと見たわけです。いや、下着もあるから下の下ですか。傷跡の話はもちろんなのですが、現在の平和な頭が重要視しているのはその女性であるが故の形状なのでした。
「いえあの、えー、昨日はその、怒鳴ったりしちゃって……」
 まさかこんなところで朝っぱらからたぎるリビドーを披露するわけにもいかず、誤魔化そうとして軽く頭を下げてみる。いきなり本日二度目の誤魔化しですが。
「謝ってもらうような事じゃないよ。それについては、ありがとうって言わせてもらうね」
「は、はあ」
 こんなしょうもないでまかせでお礼を言われるのは複雑な気分ですが、と言って完全にでまかせの意味だけって事もなかったりするのですが、まあ結果としてはピンチ脱出です。するとそこへ、足元から声が。
「あれ、孝一くんほっとした顔してる。今謝ってたのにどうしたのかな。ねえ大吾、昨日哀沢さんが言ってた覚悟って何? ビックリしてたよね、言われた時」
 一度喋ると何故か話題が二つ出てくる日曜担当でニワトリのサンデーくん。朝の一鳴きが禁止されても口は達者でお尻はふりふりです。
「ほっとけ」
 大吾が返事をしたので、僕はその陰に隠れて返事をしない事にしました。話がこっちを向くのは御免被りたかったのです。
 それはともかく。「成美さんから誘いを受けてそれを断わった」という昨晩の大吾の話を聞いている僕としては、その覚悟の内容も想像がつく。栞さんももしかしたら成美さんから同じ話を聞いているのかもしれないけど、残りの大人さん達は聞いていないだろう。
 でも。
「覚悟決めたら何がどうなっちゃうのかなぁだいちゃんは?」
「何をどうしちゃうのかなぁだいごんは?」
 家守姉妹、この様子だと何かしら予想つけてます。しかもその予想に確信すら持ってる様子です。多分当たってるんだろうなあ。
「今検討中なんで、勘弁してください」
 家守さんだけならこんな返しじゃなかったんだろうけど、椛さんも混ざっているので強くは言えない大吾。弱り切った声でそれだけ言うと、何やら思い詰めたような表情で黙りこくってしまうのでした。そんな大吾に家守さんも椛さんも舌を引っ込めてしまいましたが――検討中とは何の事だろうか? 覚悟の先に何があるのかなんて、決まってるのに。


「に、にわとりだ……」
 昨日の夕食の時と同じ部屋に通されると、僕達へ掛けられた第一声はそれでした。そう、見たまんまにわとりだよ義春くん。
 ちなみに、曜日毎に姿が変わるという話は昨日庭で遊んだ時にでも説明済みなんだろう。この場にサタデーがいない事は特に気にする様子はなし。
 普通の流れならここは朝の挨拶をする場面という事になるのだろう。だけど部屋内のある点が気になって、僕はついついそれを忘れてしまうのでした。代わりに挨拶と、そして誰から見ても気になるであろう点を尋ねたのは、家守さん。
「おはよう、義春くん。お父さんとお母さんは?」
「おはようございます。えっと、準備があるから待っててもらってくださいって。何の準備かまでは聞いてないんですけど」
 こちらから再度尋ねるよりも前に最後の文を付け加えてくる辺り、やっぱりしっかりした子だなあ、なんて。
「そっか、ありがとう。教えてくれたお礼にサンデーを貸してあげるよ」
 義春くんの目が輝いた。そしてその目は即座にサンデーを捉え、家守さんへの返事すら忘れて期待の視線を送り続ける。昨日の鯉への餌やりゲームの事も鑑みるに、もしかしたら義春くんは動物が好きなのかもしれない。
 それはそれとしてその視線――向けられている当人からすれば威圧感すら感じてしまいそうなそれをその小さな身体で受け止めてしかし、サンデーは平気な顔をしているのでした。
「人間の子どもとお話できるなんて嬉しいな。ジョンとナタリーさんもおいでよ」
「あ、はい。お邪魔します」
「ワウ」
 揚々とお尻を振りながらてこてこと義春くんに歩み寄るサンデーに、呼ばれたジョンとナタリーさんも続く。するとそこへ、その後ろから声が掛けられた。
「ここで飯……食事なんだからな。暴れるなよオマエ等。――それじゃあ義春くん、少しの間だけそいつ等の事、頼む、ね」
 前半は言葉遣いに気を掛け、後半は言い辛そうに。世話係も大変だ。まあ、大変なのは主に大吾自身の性格が原因なんだけど。
「はい! お父さんとお母さんが戻ってくるまで、みなさん少しだけ待っててください!」
 一方の義春くんは元気一杯。大吾と違って言葉遣いに違和感はないけど、サンデー達相手とこちら相手でのテンションの切り替えができないと言うかする気がないと言うか。そういうところはやっぱり子どもだなあと思いつつ、しかしそれは別に揶揄を入れただとかじゃなくて、つまり子どもながらの可愛らしさをそこに見た、という事です。それとほぼ同等なうえ子どもじゃない大吾はどうかと思いますけど。
 僕と栞さんは、昨日の時点で大吾が(ついでに成美さんも)義春くん相手に言葉遣いの面で苦戦している場面を見ていた。だけど他の大人方は今始めてそれを見たわけでして、
「なぁにさだいちゃん、今のあれぇ」
「義春くんとどっちが子どもなのか分かんないよあれじゃあ」
「まあまあ椛さんもお義姉さんも、仕方ないですよ怒橋くんですし」
「んっふっふ。今手元にデジカメでもあれば、撮っておきたかったですねえ」
 等々言われ放題の大吾くん。言われているのが大吾とは言え、自分も同じである成美さんは、大吾と同じく肩を落としているのでした。

 そうこうしているうち、
「あれ、食事のほうが先に来ちゃったね」
 その栞さんの言葉通り、義春くんのお父さんとお母さん――定平さんと文恵さんが何かの準備から戻ってくるよりも前に、多数の仲居さんによって朝食が運び込まれてきました。席についている全員の前と、今ここにはいないながら座る位置が決まっている定平さんと文恵さんの分と――あれ?
「あの、一人分多くないですか?」
 義春くんも気付いたようで、仲居さんに声を掛ける。上座には定平さんを中心にしてその左右に義春くんと文恵さんがつくんだろうけど、義春くんの更に一つ隣、テーブルの右辺に、一つ余分な配膳がなされていたのでした。
「いえ、定平様から料理長に『一人分多く用意するように』との達しがあったそうで……。私達も事情は聞かされていないのです」
 如何に年下とは言えそこはやはり立場の違いがあるのだろう。義春くんの何の気なしな質問に答えられないというだけで、困り果てた表情になってしまう仲居さん。しかし当然義春くんからすれば責める気など全く無いようで、「あ、ううん、怒ってないですよ」と釣られて困った顔になりながらも優しく気遣ってみせるのでした。出来た子だなあ、本当に。
「ねえねえ義春くん、一人分多いって事は誰か来るんじゃないの? うーん、子どもの肌って気持ち良いなあ」
「え、ええと」
 僕達からすればその喋り方がサンデーの通常だけど、初対面の義春くんからすれば言葉に詰まるような個性ではあるらしい。僕も初めはそうだったので、気持ちはよく分かる。
「僕も気持ちいい。あったかい」
 誰かが来るんじゃないかという話よりそちらを取った義春くんは、何かを抱き締めるように背中を丸める。座卓に隠れて見えないけど、膝の上にサンデーが座っているんだろう。
「嬉しいな。大吾も哀沢さんも、あんまりこういう事してくれないし。ねえ義春くん、ジョンもふかふかして気持ち良いと思うよ。ナタリーさんもつるつるして気持ち良いと思う」
「わ、私ですか? サンデーさんとジョンさんほど、自信はないですけど……」
「ワフッ」
 ナタリーさんには悪いけど、肌触り以前の問題として、蛇を恐れないというのはかなり凄い事だと思う。ましてやあの幼さだし。
 しかしその幼さが威力を発揮して動物と戯れ合う光景はかなり、と言うかもう最上級に微笑ましいものに。「もう食事来てんだからあんま騒ぐなよー」と世話係が気を回すものの、集団を率先しているのが幼い彼なのであまり強くは言えず。
 とは言えそこはしっかりした義春くん。大吾に言われずとも状況は分かっているようで、戯れ合うと言っても座高が自分より大きいジョンに抱き付いたりナタリーさんを首や腕に巻いたりと、動き自体は小さいものでしかない。
「んっふっふ。小さい子どもが動物に興味を持つとああなりますか。うちの清明は怖がりでしたからねえ」
 招かれ側の中で唯一の子持ちである清さん、いつも通り楽しげに言う。すると「それはそれで可愛いんだろうけどねー」続いたのは家守さんで、もう一つおまけにこんな事を。
「あ、そうだ。子どもと言えばこっちの新婚さんだけど、そこんとこどうなのさ?」
 今ここでそんな事尋ねてしまいますか! と昨晩「それに関する行為」寸前だった身としては冷や汗ものでしたが、受ける椛さんはあっけらかんとしたもの。
「あー、それもそうだねえ。そろそろパン屋での暮らしも安定してきたかなって感じだし……どう? 一家の大黒柱としては」
「実際はまだ父さんのパン屋だし、大黒柱かどうかは怪しいところだけどね」
 そう言いながら苦笑しつつ、孝治さんもやっぱりさらりと答える。
「それはともかく、貯金とか環境とか諸々の条件としてはいつでも大丈夫かな。親も孫の顔は早く見たいだろうし」
 過程を意識し過ぎた僕が変なんだろうけど、それにしたって他人の家でそんな――とまで考えたところで、ここが他人の家でない事を思い出した。そうそう、身内なんだよね。
「おやおや、妻も夫も前向きですか? ちぇーっ、これじゃあ先越されそうかねえ。なんたってこっちの旦那は夏の終わりまで海外だしぃ」
「楓さん、自分で話振ったのにむくれなくても……」
 栞さんの突っ込みに周囲で一笑い起こったさてその時、
「お待たせして申し訳ないです」
 すらりと開いたふすまから定平さんが現れ、その後に続いて文恵さん。そしてその更に後ろを、そう言えば一つ余分に配膳されていた朝食分なのであろうどなた様かが――
「きゃーっ!」
 何だ!?
 あまりにもな黄色くかつ大きな悲鳴に、一瞬その声の主は栞さんなのかと。しかし定平さん達が戻ってきて栞さんが叫ぶ理由もなく、声の主へ目を向けてみれば当然栞さんではなく、では誰だったかと言うと、
「い、いきなり何だよヤモリ! ビビッたじゃねえか!」
 家守さんでした。
「なんなんなんななんでそんなアタシ全く聞いてっ……! いやちょっと待って今アタシほぼすっぴんでっ! ふ、服だって普通だし! そんなそんなどうして今ここにいやあああああーっ!」
 家守さん? ですよね?
 隣にいた清さんの背に身を隠しながらとても二十代後半の女性とは思えないくらい若々しい悲鳴を上げるという、およそ普段の家守さん像からは想像だにつかない動き。周囲一帯が何事かとその様子を目に留めていると、視界外から聞き覚えのない声が。
「帰ってきて早々に子作りの話を聞かされるとはなぁ。しかしそれはそれで歓迎だぞ、楓」
 聞き覚えがないからにはその声の発信源は知らない人で、つまり定平さんと文恵さんに続いて入ってきた知らない男性。大門さんに近いがっちりした体型に精悍な顔付き、そこに加えてサタデーのような歯を見せ付ける笑みを溢しているその彼は――今、家守さんの事を楓って呼びましたか?
 清さんの肩にしがみ付いて顔の端だけを覗かせている家守さんを一瞥すると、その男性は口元の笑みを消してから、と言って目は笑ったままで、僕達へ向けてこう言った。
「みなさんお久しぶりです――と、そちらのそっくりなお二人はどうも初めまして。四方院家次男であり家守さんの婚約者でもある、四方院高次(たかつぐ)です」
 ――え、夏の終わり頃って話は?
「高次おじさん! お帰りなさい!」
「ただいま。んー、また大きくなったんじゃないか?」
 犬とニワトリと蛇を引き連れて足元へ駆け寄る義春くんの両脇を抱きかかえ、嬉しそうに顔を寄せる高次さんらしきおじさんらしき人。その言い草からして、かなり久しぶりの再開である事は察せられました。
 予定より大幅に早く帰ってきたとは言え。

 みんなも当然驚いてはいたのですが、それにしたってあまりにもな家守さんの驚きっぷりに消沈させられたと言うか何と言うか。
「うーん、もっと喜んでもらえると思ったんだけどなあ」
「だって、初っ端の話題があれじゃあさ……帰ってきてくれたのは嬉しいけどさ……」
 前日の夕食に引き続き、素晴らしく美味な朝食でした。朝食であるが故にボリュームは軽めなのですが、これなら夕食並の量が出てきたって誰も文句は言いますまい――と、それを名残惜しく食べ尽くした後になって未だ、家守さんはいじけているのでした。しかし体育座りで丸くなるとか、女の子チックに過ぎませんか?
 食事中から(さすがに体育座りではありませんでしたが)ずっとこんな調子だったので、せっかく久しぶりの再開だと言うのに高次さんと家守さんはあまり会話をせず。
 その代わり、家守さん以外――つまり僕達へ向けては、お話を頂きました。内容は今回の経緯について。「最初は本当に夏の終わりまで掛かる予定だったんですけど、早めに終わりそうだと分かった途端『ならもっと早く終わらせてこっそり日本に帰って家守さんを驚かせてやろう!』と思いついちゃって、それからはもう過労でぶっ倒れそうなくらい働きましたねー。いやあしかし、ちょっとやり過ぎたと言うか、部屋に入るタイミングが悪かったと言うか、な感じですけど」とのことです。
「定平さんと文恵さんもグルだったって事ですよね。この土日にアタシを呼んだの、これがあったからって事でしょうし」
 膝へうずめていた顔を持ち上げて、ちょっぴり棘のある言い方な家守さん。しかし対する定平さんと文恵さんは、してやったりとでも言わんばかりの笑顔で対応。
「ははは、申し開きは致しません。家の者にまで黙っていたのですから、言い逃れなどできよう筈も」
「楓さんはここの皆にも慕われていますからねえ。どこから話が漏れるか分かりませんでしたので」
「うう、知ってたらもうちょっとめかし込んだのに――って言うか、知ってたらあんな話しなかったのにぃいい……」
 種を明かされたところで慰めになる筈もなく、再び顔を膝へ押し付ける家守さん。こんな行動は多分、家守さんが綺麗な人だから見栄えに違和感がないんだと思う。失礼ながら、その年代の女性がとる行動ではないと断言しておきましょう。ああ、でも栞さんだって飲酒が許される年なんだし……どうしよう、断言は撤回しておこうか。
「……こーちゃん、凄く何か言いたそうな顔してるね」
 膝と顔の隙間から目を覗かせているとでも表現すればいいのか、とにかくそんな感じで恨みがましい視線を送ってくる家守さん。それは長い黒髪も相まってか幽霊の実情を知る前に抱いていた「幽霊」のイメージに近い感じで、つまりちょっと怖い。
 何か言いたそうという家守さんの指摘、もしくは怨み言は当たっているものの――と言って、その顔をしているのは僕だけじゃないとも思うけど――そうですねとは言えそうもない。なので「いえそんな事は」とでも言って取り繕おうとしたところそれよりも早く、
「ああ、やっぱそっちが『こーちゃん』なんだ? いやあ、座り位置から見当は付いてたんだけどさあ」
 旦那さん、もとい高次さんが言う。そう言えば初対面なのに自己紹介がまだでしたっけ。
 僕を指して「そっちが」という事は対比するもう一方がいるわけで、となるとそれはもう孝治さんの事なんだろう。そして座り位置というのは、妻である椛さんの隣に座っているかいないかという事だろう。この二点、言われるまでもなくすんなりと理解。なので口を挟むでなく、「はい、こっちが日向孝一です」とだけ返事。
 自分を指して「こっち」なんて言ったからか、軽く笑いが起こる。でも僕としてはふざけたわけじゃなくて、そうとしか説明できないから困ったものだ。
「いやもう、君の話聞いた時からずっと気になっててさ。お化け屋敷にさらっと馴染んだうえに喜坂さんと恋仲になるなんて、どんな人なんだろうかって」
 話を聞いた。それはその内容からして家守さんがした話なんだろうけど、海外にいたこの人と連絡をとっていたとは初耳だ。まして恋仲だなんてのは最近引っ越してきた僕の話の中でも更に最近の話だし、でも連絡をとっている素振りなんて全然。
 そこまで考えてから改めて家守さんの状態を見ると、意図してその素振りを見せなかったんだろうなあ、と瞬時に想定できた。普段はあんな感じだけど、そう言えば旦那さんがいない間にこっそり料理の勉強するような人なんだよなあ。そのこっそりの場に堂々と立ち会ってるから、そんな経緯は忘れてしまいそうになるけど。
「どんな人……僕ってどんな人ですか? 栞さん」
「えっ、栞が答えるの?」
 そりゃもう。自分がどんな人かなんて問いに自分で答えるのは難しいものですし。
「こ、恋仲だなんて言われたところでそんな説明するの、恥ずかしいよ。それじゃあ説明の中身がそっち方面じゃないと駄目みたいだし」
 断わられてしまいました。そりゃあ家守さんの旦那さんと僕は初対面だし、すらすらと話せるような内容にはならないだろう。僕だってそう思ったから栞さんに振ったっていう面もあるし。ごめんなさい。
「はっはっは。そんなら仕方ない、自分の目で観察して見極めさせてもらおうかな。という事で今度はついに成立したというもう一組のカップルを――」
 こっちが初対面だという事を気にしていても、あちらはあまり気にしていないらしい。家守さんから伝えられた僕の紹介がそんな気を無くす程に丁寧だったという事か、それとももとからこういう人なのか。後者なのだとしたら、家守さんと似たようなタイプの人柄なのかもしれない。今の家守さんはいじけモードのままですけど。

 ついに成立したもう一組のカップル。それはもちろん大吾と成美さんの事だったのですが、成美さんは気持ち良く高次さんの話に応じ、「うむ、うむ」と頷きっ放しで大吾との関係を全面的に肯定。一方の大吾にしたって、やや照れは窺えるものの、それでも基本的なスタンスは成美さんと大差ない。高次さんは初め面食らったような顔をし、それに応じた反応を見せていたものの、それはすぐに祝福の言葉へと移り変わっていた。そしてその二人の話から引き続き、
「椛さんと月見さんも、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「やだそんな、なるみん達のついでみたいにぃ」
 僕と同じく孝治さんとも「初めまして」と言っていた高次さん。だけど僕の時と同じであまりそれを気にした様子はなく、今度はサタデーのように歯を見せない爽やかな笑顔で、結婚へのお祝い。応じる孝治さんもそれに続く形だ。へらへらと手を振る椛さんはともかく。
「楽さんはお変わりありませんか?」
「ええ、妻も息子も。それに私も、相変らず好き勝手に遊びまわらせてもらっていますよ」
「それは何よりですね。やっと帰ってこれたんで、時々にでも誘ってやってください」
「んっふっふ。それも楽しそうですが、私と遊ぶよりもまずは新妻さんからではないですか?」
「あ。いやあ、あはははは……」
 途中まではにこやかだったものの、清さんの指摘を受けてやってしまったと言わんばかりの表情になる夫さん。現在、新妻さんは気分を害している真っ最中なのです。そして夫さんは立ち上がり、その気分を害している新妻のもとへ――。
 そういうわけで。
「ごめん、楓。怒らせるつもりはなかったんだよ」
 全員集合の中、体育座りな家守さんの前へ座り込んで両手を合わせ、謝り始める高次さん。
「別に怒ってはないけどさ」
 そう答えつつも、棘は消えていない。
「怒ってないけど、いろいろ予定してたんだもん。そりゃもう年甲斐もないくらいおめかしして、これまでずっと秘密にして勉強してた手料理でお出迎えして、とかさ」
 これまではただ申し訳無さそうでしかなかった高次さんの顔が、目に見えて引きつった。
 家守さんは止まらない。
「なのに化粧もしてなけりゃ格好だって普通だし、そんでもって料理はアタシが出すまでもなくばっちり準備されちゃってるしさ。そりゃ美味しいよ? うん、美味しい。美味しいけど、さぁ」
 おめかしの方はともかく、料理については僕が先生として何度か言ってきた事だった。
 家庭料理の本質は味ではなく、団欒であると。
 何度か言ってきた僕だからこそ、家守さんの言い分を「なんだそんな事」と切って捨てる事はできない。料理を勉強している事が高次さんに対して秘密だったというならば、それは言うまでもなく高次さんを驚かせたかったという事だ。だけど現実に高次さんを迎えた料理はプロが作る素晴らしく美味しい料理で、自分はそこに一切関わっていない。理想への期待が大きかった分現実との落差に落ち込んだって、それは家守さんが悪いというわけでは決してないだろう。
 料理というものにそこまで期待を寄せてくれていたのは先生としても非常に嬉しい。だけど結果がこれじゃあ、とてもバンザイとはいきませんでした。


コメントを投稿