(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 十七

2014-11-30 20:51:08 | 新転地はお化け屋敷
 が、しかし一人だけ――僕と栞を頭数から省いて、ですが――その輪の中に入れないでいる人がいました。背の高い男性です。
 とはいえそれは悲観するような類いの話ではなく、なので彼はむしろにこやかに家守さんと友人三人の遣り取りを眺めています。
 というわけで、悲観するような類いの話でないそれは、成り行き上仕方のない話なのです。彼は他三人と違い家守さんとはずっと会っていなかったわけで、ならば当然、「最初のうち」のことなんか知りようがないわけですしね。
 会っていなかったことだって、それも別に非難されるようなことではないわけですし。
「勿体無いよなあ、お前も最初から会ってればよかったのに」
 非難されるようなことではない、ということで、ならばそれは非難ではないのでしょう。……という理屈は前後関係が逆転してしまっている、なんてことくらいはまあ僕も分かってはいるんですけど、ともあれ背の低い男性からそんなふうにからかわれつつ、同時に肩をぺしぺしとはたかれもしている背の高い男性なのでした。
「勿体無いとかそういう話じゃないでしょ別に。それに『最初から』って言うけど、さっき家守ちゃんも言ってた通り、今日が特別なだけなんだから」
 確かに、最初からという言い方だとまるで今後は会い続けることになったように聞こえますが、これまでそういう話は一度も出てないんですよね。今回は飽くまで結婚式に際して、しかも彼自身や家守さんの考えではなく高次さんの提案によって、彼はここへやって来たわけですし。
 なので彼のそんな言い分は全く正しいのですが、しかし。
「じゃあ今日だけなのか? 家守ちゃんに会うの」
 そう返されると、答えに窮してもみせる彼なのでした。
 そして間違いなく答えに窮したと言えるだけの間を取ってから、
「……さあね。まだ考えてないよ」
 とも。
「素直じゃないねえ、こっちの話でも」
「今初めて知ったことでもないでしょうに」
 という掛け合いが笑い話で済まされるというのもまた、彼らが正しい意味での友達だということの証明なんでしょうね。……まあかつての家守さんを間に挟まない限りは、そもそもそこを疑問視する要素がないわけですが。
「ちょっと待って! こっちの話って何の話!? じゃなくてこっちの話じゃないほうって何の話!?」
 そしてこういう話になるのもそれと同じく――いや、こちらはただ単に必死になってらっしゃるだけなんでしょうか? それまでの話もあってか若干反応に遅れが見られましたが、にわかに慌て始める髪が長い女性なのでした。
 で、そういうことになってくると背が低い男性のターゲットはそちらへ移ることになるわけで、
「今の流れからしてこいつも認めたようなもんなのに、まだ頑張るんだねえ?」
 と、再度その「こいつ」さんの肩をぺしぺしとはたきながら。
 髪が長い女性だって初めからその話だということは分かっていた筈ではあるのですが、しかしそうして実際に背が高い男性を指し示される、もといはたき示されると、その顔がだんだんと赤くなっていったりもするのでした。
 ならばそれを受けて――ということになるのかどうかは分かりませんが、ここで動きを見せたのは背の高い男性。はたいた後肩に乗せられたままだった背が低い男性の手を振り払うようにすると、
「相手がどう思ってるかは関係ないでしょ、こういうのは」
 と。そして、
「相手がどう思ってようと自分が行動を起こそうと思えば起こすし、起こそうと思わなければ起こさない。そういうもんでしょ?」
 とも。
 ――なるほど確かに、相手から拒絶されても尚行動し続けるような奴や、それに相手から何とも思われてなくても行動を起こせないでいる奴も、世の中にはいるわけですしね。こらこっち見て笑わないの栞。
「うん、行動を起こす気がないのは分かった」
 僕と同じような思考を経ているのかどうかは分かりませんが――いやそれは間違いなくないのでしょうが、背の低い男性もどうやら今の話に納得したようでした。
 が、
「じゃあ行動を起こされた時はどうする?」
 と。
「さあね」
 背の高い男性は、悩む様子を見せるでもなくあっさりとそう答えました。悩む様子を見せるでもなければ引っ掛かりを覚えた様子でもなく、あっさりと。
 そんな様子を見て、「ああ答えが思い付かないんだな」なんて素直な受け取り方をする人は、恐らくそう多くはないことでしょう。「それはともかく、話が逸れ過ぎてない?」
 余裕のある対応をみせた背の高い男性でしたが、そんなふうに話を戻しに掛かりもするのでした。――いや、それとこれとを関連付けようとするのは、単に僕の意地が悪いだけなのかもしれませんけど。
「キシシ、ばれちゃったかー」
 それはともかく、そう言って笑ってみせるのは家守さん。話が逸れたのは家守さんが仕掛けたことではなく、それにそもそも今この場というのは家守さん自身が用意したものなので、ならばそれはもちろん冗談なんでしょうけどね。
 というわけで話題は本来の話、つまりは家守さんの話へと。
 となればもちろん、気勢もそれに合わせたものへ移行しつつ。
「『まだ』友達って言っても実際は昔と今が連続してない、っていうところまでは、話したんだっけね」
「ごめん、つい余計な話しちゃって」
「いやいや、むしろ有難いよ今みたいなのは」
 空気が静かになったところで背の低い男性が謝ってみせますが、家守さんはそんなふうに。話の内容を考えれば、恐らくそれはお世辞ではなく本心からのものなのでしょう。
「――でもその連続してないってのはアタシ一人に限った話で、みんなはそうじゃないわけじゃん? アタシから言うことでもないだろうけど、まあ、それこそ『まだ』友達だと思ってくれてるってことで」
「もちろん」
 これもまだ先程までの話を振り返ったものではあったのですが、しかし今の遣り取りの余韻もあってか、背の低い男性は力強く頷いてみせるのでした。それに返事こそ彼に任せた形にはしていたものの他の女性二人も――あと、その三名ほどはっきりした動作ではありませんでしたが、背の高い男性も。
 家守さんを許せていないと言っていた彼ではありますが、しかし友達だという点を否定してはいないのです。それも誰かから確認を取られてしぶしぶ認めたというような話ではなく、自分から「まだ友達だと思っている」とすら。
「ありがとう。――って自分で言わせといてこんなこと言うの、なんか逆に恥ずかしいけどさ」
 そう言って家守さんが笑い、ならば友人四人もそれに合わせて笑い。
 この話について僕と栞は正直なところ部外者でしかないわけですが、しかしそれでも、釣られて頬が緩んでしまいはするのでした。
 そして、話は更に続きます。
「だから繋がってられたんだと思う――だから、正確にはそうじゃないのに『まだ』でいられたんだと思う。もしみんながアタシと同じだったとして、一旦途切れたのもお互いのことだったとしたら、それはもう一旦じゃ済まなくなってたんだと思う。切れたまま、そこで終わっちゃってて」
 それは聞こえの良い話ではありませんでしたが、だというのにそんなことを言いながら家守さんは、先程の「ありがとう」から引き続いて温かみのある表情を浮かべているのでした。
 だからといって聞こえの良くない話は聞こえの良くない話のままではあるのですが、しかし不思議なもので、聞いている側が釣られるのは話の内容ではなく、家守さんの表情なのでした。
 そしてそうともなれば、部外者はともかく当事者はその口が開き始めもするわけです。
「まあ、そうかもねえ」
「良かったね、そうならなくて……」
「こっちは四人がかりだもの。繋がってさえいれば一人くらいはそりゃ引っ張り上げられるでしょ、相手がいろいろ大きくても」
 その「いろいろ」が真面目な意味なのか茶化したような意味なのかはともかく――表情としてはあからさまなくらい後者でしたが――髪が長い女性はそんなふうに。
 四人がかりで引っ張り上げる、繋がっている、ということでどうやら、ロープか何かで家守さんを引き上げているようなイメージを浮かべているのでしょうが――すると今度は髪が短い女性、その話を受けて背の高い男性へこんなふうに。
「四人なんだからね?」
 ならば背の高い男性は、
「分かってるよ」
 と、それについては初めからそう表明していながら、しかし他三人と同じく笑みを湛えた表情でもって、そう受け答えるのでした。
「でもアレだねえ」
 いつもならここで家守さんが浮かべるのはあの厭らしい笑みだったのでしょうが、しかし今回のそれは温かみのあるものなのでした。――なんて言ってしまうと、いつもの笑みに温かみがないように聞こえてしまいかねませんが……しかしそれはともかくその直後、その笑みは苦笑に取って代わられも。
「あんまり聞こえが良くないだろうけど、人間そういうところって適当だよね割と。相手と自分で何かしら物事についての認識に差があるとして、しかもそれが『ある』と分かってたとしても、それを埋めるわけでもなく都合のいい解釈に乗っかる場合がある……と、いうか」
 急に人間一括りの話題とは一体何事か、とは思いましたが、しかしそれは結局のところさっきの話の続きなのでしょう。いやそりゃあ、この状況でいきなり全く関係のない話をしたりもしないでしょうけど。
 で、ならばどの話がどう続いたのか、という点なのですが、それについては髪が長い女性から家守さんへ質問――もとい、確認がなされます。
「それって、さっきの『私達は家守さんをちゃんとした意味の友達として扱ってた』って話?」
「そう。あと、アタシがそれに乗っからせてもらったっていうのも合わせてね」
「本当に聞こえが悪いけど……でもまあ、そういうことになりはするのかもね。形としては」
 言いつつ、家守さんと同様の苦笑を浮かべる彼女。しかし程度や方向性はともかく、笑みを浮かべているということは、これは笑い話で済んでいるのでしょう。
 というわけで、その話です。かつての家守さんとその友人四人とでは「友達」という言葉、その意味において決して小さいとは言えないような差があり、しかし今では、家守さんが友人四人のそれに合わせている、という。
 どちらが正しくてどちらが間違っているかを考えれば、それは当然の選択ではあるわけですが……しかし言おうと思えば今のような言い方もしてしまえる、ということなのでしょう。
 そうする理由について「そちらのほうが正しいから」と「そちらのほうが自分にとって都合がいいから」という二つの案を考えた時、どちらか選べと言われれば大体の人は前者を選ぶでしょうが、しかし二つの比率を述べろと言われたとしたら、前者が百パーセントだと答える人はあんまりいなさそうな気もしますしね。
 まあ飽くまでも、後ろ向きに捉えようと思えば捉えられないこともない、程度の話ではあるわけですが。
 さてところで、そんな話を経て家守さんと髪が長い女性は揃って苦笑いを浮かべており、ならば辺りの雰囲気もそういったものに包まれていくわけですが、
「あはははは、こりゃ面白い」
 と、苦くもなければ微かなものでもなく、極々スタンダードに笑ってみせる人が出てきました。いや出てくるも何もずっと一緒にいたわけですが。
 周囲の視線が集まる中、背が低い男性はこんなふうに。
「こいつと同じようなこと言ってるよ家守ちゃん」
 周囲の視線を受けながら、彼自身の視線は背の高い男性へ向けられていたのですが、ならばその彼こと「こいつ」さんからは、
「僕と同じこと言ったら面白いとか、失礼極まりないよねそれ」
 と。そりゃ確かにそうでしょう――が、聞いてる側としては気になるのはそこではなく、
「同じこと? してたっけ、今みたいな話って」
 と髪の短い女性が、背の高い男性へ睨みを聞かせながら仰った通りの部分なのです。いや、この時点で睨み付けてるっていうのはちょっと過剰反応でしょうけど。
「いやあ、だとしたらすっごい恥ずかしい奴になっちゃうねえアタシ。知ったふうな顔して二番煎じだなんて」
 家守さんがそんなふうに言ってもいましたが、楽しそうでこそあれお困りの様子は微塵もなかったので、ならばそちらについてはよしとしておきました。
 というわけで、髪が短い女性からの質問に背の低い男性が答えます。
「『相手のことを分かったつもりで適当なこと言ってるだけぇ~』ってやつ。似たようなもんでしょ? 今のと」
「僕はそれより今の悪意ある口真似みたいなもののほうが気になるけどねえ。いや似てないけど。というか似せる気全くないんだろうけど」
「そうか? 結構頑張ってたと思うんだけど」
「うんうん似てた似てた」
 髪が短い女性までその軽口に乗ってきたところで、「じゃあ今度から二人に対してだけは今みたいな喋り方するよ」と投げ遣りになってしまう背の高い男性なのでした。
 …………。
 家守さんとのあれやこれやで誤解したりもしていましたが、友人の輪の中での彼は、そういうポジションなのでしょうか? 弄られ役というか……。
 だとしたらこっちはどれだけ空回りしてたんだという話にもなってしまいますが、とはいえそれで不都合があるわけでもないので、気にしないことにしておきましょう。
 で。
「まあ何にせよ、家守さんが恥ずかしい奴ってことにはならないからね。その話してたのって、家守さんが戻ってくる前だし」
「あ、良かった。聞いても全然覚えがないからこの年にしてボケちゃったのかと」
 髪が長い女性の指摘には、表情だけで分かるほどほっとさせられていた家守さんでした。とはいえもちろんそれはボケの恐れがなくなったからではなく、背が高い男性の話を聞き逃していたかもしれない、という可能性が無くなったことに対するものなのでしょう。
 ……などとわざわざ確認するというのも、それはそれで失礼な話なのかもしれませんけどね。してませんよ、家守さんに対して若年性痴呆症の心配なんて。
「そんな話はともかくとしてだね」
 まだまだお若い家守さんが話題を修正しに掛かります。
「分かったつもりで適当なこと言ってるだけ、だっけ? まあ確かにあるよね、そういう面は」
 真似る気のない口真似まで再現しなかったことについて、家守さんは優しいという評価をすべきなのかどうか――などとこれ以上話題を逸らすようなことはしないでおきまして、その刺のある言葉を復唱しながらも、しかし家守さんは表情を曇らせたりはしないでいるのでした。
「って、似たような話した人間が認めないわけにもいかないんだけどさ」
 その前提がある以上、気を落としてみせるというのも変な話と言えば変な話ではあります――し、そしてそれだけでなく、というかそれ以上に、
「前向きな話とこいつの話が一致するなんてねえ」
 そう、前向きな話だったのです。聞こえは悪いけど、という前置きこそあったものの、それは逆に言って「聞こえだけが悪い」ということにもなるわけですしね。
 ……という話で済ませられれば良かったのですが、もちろんそうは問屋が卸しません。そんなことを言われて黙ったままでいる人はそう多くないでしょう、ということで、「こいつ」さんが動きます。
「まるで僕が後ろ向きな話しかしないみたいな言い方だね?」
「全部とは言わないけど大体そうだし――というか、さっきのあれしないの? 腹の立つ喋り方。僕に対してはあれでいくって言ってたけど」
「本当にやるわけないでしょあんなの。やった本人すら『腹の立つ』って言っちゃうくらいなのに」
「優しいねえ」
「君とは違ってね。まあそもそも、褒められた気はしないんだけど」
「ははは、ばれてたか」
「そりゃあ付き合いも長いしね」
 ……いやはや、なんとも仲が宜しくていらっしゃいますことで。
 そしてこれもまたその仲の良さの表れなのでしょう、栞を除いた女性三名はその脱線した流れを止めようとはせず、呆れ交じりの笑いで迎え、そして放置しているだけなのでした。
 が、そうして様子を確認している僕に気付いた素振りをみせると家守さんは、
「はいはい、今回はゲストのお二人もいるんだから程々にね。真面目な話しに来たんだぞアタシ達は」
 となれば男性陣は、
「ああ、はーい」
「僕はいつも巻き込まれてるだけだと思うんだけどなあ……」
 と。どちらがどちらの台詞かは、まあ言うまでもないでしょう。
 ――ゲスト、ということで話題それ自体には関わっていない僕と栞ではありましたし、そのくせこの様子を見て笑わせてもらいもしているのですが、とはいえこう言われたのであれば、こう返さざるを得ないところではあるわけです。
「ああ、どうぞお気遣いなく」
 ……まあ、言ったのは僕ではなく栞だったんですけど。駄目ですね、一緒になって楽しんでだけいる、というのは。
「いやいやしぃちゃん、そりゃあ気遣うさこっちは。今この場ではそういう相手なんだって、勝手にそう認識させてもらっちゃってるからね」
 勝手に認識させてもらっている。
 というのは、言い方こそ微妙に違うものの、先程の話を持ち出しているということなのでしょう。分かったつもりで適当なことを言ってるだけ、という。
 で、そうしてとうとう、この話題が僕と栞にまで及ぶことになったわけですが――。
「それで、どうだい? 結婚したばかりのしぃちゃんとこーちゃんの場合は。勝手にそう思ってるだけ、みたいなことってある?」
「結婚したばかりって、それだったら家守さんだって立場は同じですよね?」
「今この場に高次さんがいないからセーフ」
 そうですか、話を振られるのはアウト扱いなんですか。
 その話について高次さんへ想いを馳せるとしたら、それはどういったものがいいんだろうか……などと、それこそ僕と同じ立場にある人ということもあって、ついついそんなふうに考えてしまっていたところ、
「またこいつと同じこと言ってるなあ、家守ちゃん」
 と背が低い男性、また背が高い男性を指しつつ笑っているのでした。
「え、また?――ええと、つまりこちらの新婚さんはどうですかって話?」
「そうそう、それ。まあそりゃ今みたいな話したら、誰だってこっちのお二人がどうなのか気になるだろうけどさ」
 今更ながらも新婚さんという紹介の仕方にちょっと照れてしまったりもするわけですが、しかしそれはなるべく顔に出さないように気を付けておきます。今はもう、家守さんただ一人だけが敵である時代ではないのですから。
 と言いつつ、いま僕が出さないよう気を付けている表情を遠慮なく浮かべているその「もう一人の敵」には、張った気を緩まされそうにもなってしまうのですが。いくらか落としたとはいえまだ化粧が残っているからなのか、それとも今日がこういう日だからなのか……というのはこれまた今更な話ではあるものの、それはともかく。
「で、その時お二人はなんて?――と、傷口に塩を塗り込もうとしてみるわけだけど」
 察するに、初めからそれが目的で言ったのではなく、言った後になってからそうなりかねないことに気付いて、ならばといっそ茶化す方向に持っていった、というところでしょうか? そんなことを言いながら、いつものあの厭らしいほうの笑みを浮かべてはいない家守さんなのでした。
「ああ、傷になるようなことは言ってませんでしたよ孝さん。真面目な話でしたしね」
 それが正解かどうかはともかくとして、僕が気付くようなことを栞が見逃すわけもなく。なので彼女は、同じく厭らしくない調子でそう答えるのでした。
 少し前までは僕と一緒に翻弄される側だったのになあ――というのは、懐かしみこそすれ現状を憂うようなものではないんですけどね。
「ちなみに、私は黙って聞かせてもらってました」
「ほほう、つまり愛する旦那様を信頼し切っていたと」
「そういうことです」
 いいじゃないですか、こういうのも。……まあ、手加減を求める場面くらいはあるかもしれませんが。いやほらだって、今この場にいるのは三人だけじゃないわけですし。
 同じ話に対しても受け取り方は人それぞれ、ということです。
 ならば似たようなものとして、こんな話も。
「というような話を、こいつ相手にできるわけもないしね」
「そりゃされても困るしね」
 家守さんが背の高い男性と同じようなことを言っている、という話でしたが、ならばつまり、僕はその背の高い男性と話をしていたわけです。妻との惚気話をぶっちゃけられるような相手でないのは、言うまでもないでしょう。
「キシシ、そりゃそうか。――で、肝心の内容は?」
 さすがにからかい様もなく納得してくれた家守さんは、彼らではなく僕へ向けてそう尋ねてくるのでした。
 栞の言葉を借りるなら、傷になるようなことは言っていない、ということで、僕ではなくその僕と話をした背の高い男性に尋ねられていたとしても何の問題もなかったわけですが、そこはまあ、最低限の配慮ということなのでしょう。
「むしろ夫婦だからこそ余計に『分かったつもり』になるんじゃないかとか、そんなふうに言ったと思います」
 一語一句までを覚えているわけではありませんが、意味は間違っていない筈です。
「ほう、そのココロは?」
「分かりたい人だから夫婦になったわけですし。って、これもその時言ったことなんですけど」
「分かりたい人、ね。なるほど確かにそりゃそうだ」
 言いつつ、うんうんと大袈裟なくらい頷いてみせる家守さん。であればその後に続くのはまたからかうような言葉なんだろう――と思ったのですが、意外なことにそれ以上の反応は見られないのでした。
 ということは、その頷き様は大袈裟なものでも何でもなく、という?
「家守さんはどうですか? 高次さんと」
 高次さんがこの場にいないからセーフ、と先程言われたばかりではありましたが、つい尋ねてしまいました。
 何かあるとすれば間違いなく「そこ」ですよね、やっぱり。――というのはもちろん、それに僕の意見が絶対に正しいというわけではないというのもやはりあって、ということでもあるといえばあるわけですが、如何でしょうか。
「ん? うーん」
 今度は悩むようにしてみせる家守さんですが、しかしそれこそ大袈裟というか、わざとらしいというか。頭に何も浮かばないということはないでしょうし、ならばそれはその浮かんだ何かを口にするのを渋っている、ということなのでしょう。
 が、しかし今この場というのは家守さんが何か言ってくれないと動きようがない状況でもありまして――その状況を作り出した僕が言うようなことでもないでしょうが――ならば家守さん、自然と集まった周囲の視線に対し、ふっと鼻を鳴らしてから口を開き始めました。
「分かられたい人っていうのもあるかなあ、なんて――いやもちろん、流れ的にというか、アタシ自身の話なんだけどね?」


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