(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十三章 一晩越えて 九

2013-05-21 20:58:37 | 新転地はお化け屋敷
「遠慮なさらずにどうぞ。もし『今するような話じゃない』っていうのがさっき成美ちゃんが言ったようなことだったら、もう充分に堪能しましたから」
 と、異原さんからすれば余計に困ってしまうであろう台詞は栞からのもの。しかもそれのみならず、反論は受け付けませんとばかりに味噌汁を啜り始めまでしてみせるのでした。
 この場合、それは優しいというより強情ということになるのでしょう。無論、それを声に出して指摘するとしても、僕にとっては注意ではなく称賛になるわけですが。
「そ、そうですか? それじゃあ――って、いや、言うにしたって別に思い付いたって程度のことで、誰に何を訊きたいとか、そういうことじゃないんですけど」
「勿体ぶるなあ」
「必死なのよ!」
 そう言って勢いよく口宮さんへ向けたその表情は、言葉通りの内情が実にありありと。
「その……日向くんが昔、静音のこと好きだったっていう」
 まあ、予想はしてましたけどね。成美さんの言葉に対して「今するような話じゃない」とくれば、そりゃあ。
 いただきますの直前にも大吾からその話はされていましたが、そういえばそのいただきますからこっち、その話は一度もぶり返されることがなかったのでした。栞の手料理に舌鼓を打ち過ぎたのか、全く意識していませんでしたが。
 となれば、ここでそれが話題になるというのはむしろウェルカムなのかもしれません。しっかり話しておいた方が、こんなふうに無用な遠慮をされることもなくなるんでしょうしね。
「そうですね。昨日数年跨ぎで告白して、見事玉砕しましたけど」
「ふふ、させちゃいましたね……」
「一縷の望みもないとはあのことじゃったの」
「私も立ち会いたかったなあ」
 関係者三人がそれぞれ、別々の意味で酷いことを言ってきますが、でも大丈夫です。泣き出したりなんかしませんとも。
 で、泣き出したりなんかしない以上、ならば異原さんから質問が飛んでくるわけです。誰に何を訊きたいというわけじゃない、とは言ってましたけど、こちらが平然としていたならそりゃそうなりますよね。
「大学でもそんな感じだったけど、そんなさらっと済ませられるものなの? 栞さんが嫌がらなかったから、とは言ってたけど、日向くん自身だけで考えた場合とか」
 僕自身だけで考えた場合。なるほど、発想としてはごもっともなのでしょう。
「うーん、変な話かもしれませんけど」
「うん」
「もう、そういうふうに考えるのは無理なんだと思います。どこで何したって栞のことがくっ付いて回るんですよね、今は」
 変な話かもしれませんけど、と前置きはしてみたわけですが、それでも異原さんは口をぽかんとさせているのでした。やはり変な話だったようです。ならばもっとぽかんとさせてしまいましょう。
「そりゃあ結婚したばかりですし、式が明々後日に控えてたりもするんで、浮かれてそうなってるだけってことも充分考えられるんですけどね。でも少なくとも、そうじゃなかったらいいなあ、くらいには思ってますよ。わざと大袈裟な言い方しますけど、残りの人生全部捧げるってことですしね結婚って。だったらむしろそれくらいじゃないと足りないっていうか」
「はおあお」
「凄まじい馬鹿面してるけど大丈夫かお前」
 口宮さんに向けて何かを言おうとする異原さんでしたが、口が上手く回らなかったのか、それとも初めから具体的な言葉を思い付けなかったのか、呻き声のようなものが漏れ出してくるだけなのでした。うむうむ、効果覿面で何より。
「というわけで、栞が嫌がらなかったから大丈夫、以外の答えは僕の中には無いです」
「ごちそうさまでした」
 締めの一言に合わせて放たれたその言葉はしかし、揶揄ではなく本当に言葉通りのごちそうさまだったようで、栞が空になった食器を重ね始めるのでした。
「ごちそうさまでした」
「なんでもう一回言うの」
 尋ねてみても返ってくるのは悪戯っぽい笑みばかりで、そしてそれだけを残して台所へ去ってしまう栞なのですが、するとその時。
『ごちそうさまでした』
 今度は音無さんと同森さんからごちそうさまコールです。
「タイミング良過ぎませんかいくらなんでも。ていうか音無さん、まだ微妙に食べ終わってないじゃないですか」
「合わせておいた方がいいかなって……」
 そりゃ場の雰囲気的にはそうかもしれませんけど、とそんなふうには思いつつ、けれど文句があるというよりは、「成美さんに急かされたり今のことだったりお疲れ様です」という気持ちのほうが強かったりもするのでした。
 で、そんなことを言っている間に食器を片付けた栞が台所から戻ってくるわけですが、その顔はえらくニッコニコしてらっしゃるのでした。
「なんだ日向、上機嫌そうだな。台所で何があったんだ」
「捧げられちゃったなーとか思ってたら、止まらなくなっちゃって」
「そうか。なら仕方ないな」
 さっき僕がそうなったことを思い出さずにはいられない展開ですが――というか言葉選びからして少なくとも成美さんはそれを意図していたのでしょうが――ともあれ、それを省みてしまうと、「夫婦揃って台所に引っ込むとニヤついて戻ってくる」というなかなか気味の悪い話が出来上がってしまうのでした。
 で、それはともかく。
 食べ終わっていなかったにしても「微妙に」であった音無さん、栞が戻ってくる頃には残りのバーガーなりポテトなりを口の中へ放り込んだ後なのでした。と、いやまあ、本当に放り込みながら食べたわけじゃないですけどねそりゃあ。
「今度こそ、ごちそうさまでした……」
 ということになれば、成美さんがそわそわし始めるのは言うまでもありません。
「お待たせしました……」
「行ってらっしゃい、成美さん」
「世話になったな、異原」
 音無さんに呼ばれ、異原さんに送り出されて、成美さんは膝から膝へ移動。なんか当たり前のようにこういう展開になっちゃってますけど、よくよく考えたら小さな子どもでやらないくらいの甘えん坊ぶりですよねこれ。
「で、異原さんどうします?」
「え?」
 座った瞬間から何の遠慮もなく音無さんのその豊かな胸に後頭部を預ける成美さん。は、ともかくとしておきまして。
 フリーになった異原さんへ、その途端に声を掛けたのはナタリーさん。動いていない以上は相も変わらず口宮さんの肩の上なのですが、
「俺の膝に座るっつう話じゃねえの」
「あれ本気だったの!?」
 僕の記憶では「口宮さんが異原さんの膝に座る」という話も同時に出てきたはずだったのですが、意図してかそうでないのか、そちらについては口宮さんの口から出てくることはなかったのでした。
「いや、やっぱりさすがにこんな所でそんなことは。浮かれてる旅行中ですら罰ゲームってことでやっとだったのに」
「ってことらしいですよナタリーさん」
「そうですか。仲良くしてるお二人をすぐ近くで見られると思ったんですけど」
 やや残念そうにするナタリーさんに異原さんは難しい顔をし、それを見て口宮さんは口の端を持ち上げたりするのですが、
「二人にくっ付いて欲しいというだけなら、何も膝抱っこでなくても肩を寄せ合うとかだな」
 良くした気に乗せられて、ということもあるのでしょう、成美さんがそんな提案をしてくるのでした。くっ付いて欲しい、というのはナタリーさんの言い分とやや違っている気はしましたが、しかしまあ意図するところは同じだったんでしょうね、やっぱり。
「そ、それくらいだったらなんとかなると思いますけど」
「あー、いや、別になんとかしようとするとこじゃないですよ異原サン。コイツらいっつもこんなことばっか言ってますし」
 さすがに止めに入ったのは我等が動物の世話係、大吾くん。と、ナタリーさんだけならともかく成美さんまで関わっているところでその肩書きを持ち出していいのかどうかは微妙なところですが。
 という話はともかく。
 異原さんにしたって嫌がっているほどではないわけですが、「なんとかなる」という言葉が孕むギリギリ感に突き動かされた、といったところなのでしょう。異原さんが余裕綽々だったりしたら止めなかったんでしょうしね、そりゃあ。
「うーん」
 助け船を出されてしまうと、異原さんとしてはやっぱり迷いが生じてしまうわけです。
 が、
「じゃあ、気楽な感じで成美さんの提案に乗ることにします」
 多少無理をしている感じではあっても、笑顔でそう言われてしまうとそれ以上はもう何も言わない大吾なのでした。それはつまり、無理して笑顔を作ってまで、ということでもあるわけですしね。
 で、
「まあ正味な話、いつまでもこんな調子じゃなあっていうのもありますし」
 思いのほかさらっと所定の位置に着いた異原さんは、軽く笑いながらそんなふうに。
 それは昨日から引き続く話題ということではあったのでしょうが、しかしそれは引き続いているだけであって、未だそこで足止めを食っている、というわけではなさそうでした。
「朝から二人で混浴だもの。ねえ優治?」
「まあな」
「付き合ってくれてありがとうね」
「どー致しまして」
 はてその「付き合う」というのはどちらの意味で、などとここで余計な突っ込みを入れたりはもちろんしませんけどね。
「それにまあ、アレですよ」
「ん?」
 何やら別の話をし始めるらしい異原さんは、その視線を口宮さんから栞へと移していました。となれば栞、ここでどうして自分なのか、と首を傾げてみせるわけですが。
「やっぱり自分も頑張ろうって気になりますし。人生捧げてもらっちゃった人を目の前にすると」
 ああ、そりゃそうかもしれませんね。
 宣言したのはどちらなのか、ということもあって普通に考えればここで話題にすべきは捧げちゃった側のような気もしますが、こっ恥ずかしいだけなので胸を撫で下ろしておくことにしましょう。
「そういう話になってくるとあれだな」
「なんですか……?」
 と、ここで成美さん。位置している場所が場所なので、受け答え役は音無さんが買って出てくれました。
「人生――と、私は猫なわけだがそれはともかく、捧げた捧げられたというならそれはわたし達も同じなのだが、その相手を放っておいてここでこうしていていいものなのかなあと」
 最後の部分についてはともかく、成美さん達も同じというのはそういえばそうなんですよね。なんせ僕達と同じ日に式を上げる予定ですらあるわけで。
 しかしそれに対する捧げただか捧げられただかの男は、僕が「ともかく」とした最後についてこそ反応してみせるのでした。
「放っておいてって、ついさっきまではこっちでそうしてたんだろうがよオマエは」
 と、自分の膝をぺちぺち叩きながら。すると、それに対して首を傾げるのは口宮さん。
「あれ、さっきはそうなる前に由依が阻止したんじゃなかったっけか」
「阻止ってあんたそんな、妨害したみたいな」
 成美さんが大吾の膝に座ろうとしたところで、異原さんがよかったらこっち来ませんかと自分の膝をお勧めした。確かにそういう流れではあったのですがしかし、あまくに荘に住んでいればそのへんの真相というのはさらっと思い描けたりしてしまうものでして。
「……いや、この部屋に移る前に、オレらの部屋でな」
「ははは、今更照れるようなことではないだろうに」
「言うまでもなくってことならそうだけど、説明するってなるとどうもなあ」
 自室で二人だけの時に大吾と成美さんがどうしているかというのは、そりゃあ二人しかいない時のことである以上は僕達部外者の知り得るところではないのですが、しかし想像するのは容易でしょう。膝抱っこなのです、やっぱり。
 僕と栞ですらちょくちょくやってるんですし、という判断基準はきっと見当違いなものなんでしょうけどね。
「言うまでもなくってほどそうしてるってことはあれか、もう一日中そんな感じなのか。たまに部屋に呼んだ時とかってことならともかく、ハナから一緒に住んでるんだし」
「耳出してる時は背ぇ高いからそうでもねえし、そんな感じったってもうそんな感じってこともないけどな。耳出してない時の基本姿勢っつうか」
 分かり切ってはいても尚「そんなってどんな?」と訊きたくなってくる説明の仕方ではありましたが、まあそこは堪えておくとして。
「何とも思わねえってことか? 膝の上に嫁さん座らせてて?」
「ってほど淡白でもなくて――うーん、なんつうかこう、そうしてたら落ち付くっつうか」
 まあ何とも思わなかったらわざわざそうしないだろうしね、と言葉を選びながら返事をする大吾を頭の中だけで応援する僕なのですが、しかし頭の中だけでなく実際にそうする人もやはりいるわけで、
「むしろ逆に、そうしていないと落ち付かないというか」
 と、成美さん。大吾の言い分を逆にしただけだというのに、それはえらく親密度が増して聞こえてくる表現なのでした。
「…………」
 で、それに対しての大吾の反応はというと、何か言いたそうにしていながら結局何も言わないというものなのでした。本人的には最もダメージが大きい選択のような気がしますが、それでいいのでしょうか。
「笑うなよ」
 明らかに僕に対して言っていましたが、そこはそっぽを向いておきました。
 そっぽを向きはしたのですがしかし、そうなるとやはり話題がこちらに写ってくるわけで、
「日向くんと栞さんはどうなんですか? そういうの。ああしてたら落ち付くとかこうしてないと落ち付かないとかって」
 と、今まさに口宮さんに肩を寄せて落ち付いてらっしゃる異原さんから。ナタリーさんなんかもう二人の肩を跨いだ位置取りで落ち付いちゃってますし。
「庭掃除をしないと落ち付きません」
「じゃあ料理をしてる時は落ち付きます」
「じゃあって何さ孝さん、じゃあって」
「栞がそういう方向でいくなら僕もこんな感じでいいかなって」
「むむう、なんかずるいなあそれ。ちゃんとした方向で行かれても恥ずかしいけどさ」
 という遣り取りは、傍から見ていればふざけ合っているようにしか見えないのでしょう。もちろん僕と栞にしたって、半分くらいはそういう調子だったりもするのですが――。
 ちゃんとした方向。つまりは、大吾が成美さんを膝抱っこすることのような。
 僕と栞にだってそういうことがなくはないのです。が、しかしそれは、この場で公言するようなことではなかったりも。
 胸の傷跡の跡。良くも悪くも、栞はそれを僕にだけ晒してくれているのです。
「まあ誰にでもあるってもんでもないわな、やっぱ」
 どうやら口宮さん、ここで栞と僕がふざけたことを「質問の答えになるようなことがないから」と判断したようでした。そう思ってもらえるのはこちらとしてはありがたいところです。
 で、それはともかく、誰にでもあるわけでないという話についてはこんな反応が。
「その誰にでもあるというわけじゃないものがあるっていうことをどう判断すべきなのかな、オレらは」
 自分達と僕達の二例からだけの結果でそんな話をするのも早計な気がしないではないですが、しかしまあ言いたいことは分かりましょう。というわけで大吾、どう判断すべきかな、と尋ねておきながら既にある一定の答えを持ち合わせているような顔をしているのですが、
「ふふ、恥ずかしいことだとしたらどうする? 次からはわたしが膝に座ることを嫌がるか?」
 奥さんから手厳しい突っ込みが入れられてしまうのでした。
 というわけで大吾、「いや」とだけ言ってそっぽを向いてしまうわけですが、するとどうしたことか、ここでジョンがサーズデイさん入りのビンを咥えて大吾の足の間にそっと置き、そして自身もその膝へ頭を預けるようにして丸くなってみせるのでした。
「なんか励まされたっぽいんだけど」
「分かりやすいからなあ、お前は。なあサーズデイ?」
「こくこく」
 突然ジョンに運ばれただけのサーズデイさんにすら頷かれてしまう辺り、筋金入りなんでしょうね。
 そしてもう一つ、ジョンのその行動をノータイムで励ましだと判断出来てしまうというのがまたなんというか、大吾の性格が表れているというか、ジョンの行動が如何に的確なものであったかの証左になるというか。
「なんかなー」
 素直に喜びだけは出来ないらしい大吾でしたが、しかしその手はジョンの頭を撫でていました。そしてジョンの方からも、それに対する返事のようにして尻尾をふりふりと。
「なんか微笑ましい感じに落ち付いたな」
「元の話題の割には、ね」
 そう仰る割にはいつもの通りに平然とした表情の口宮さんではあるのですが、そこら辺については異原さんが代わりに「微笑ましい感じ」を体現してくれていました。
 口宮さんの一言に対して怒ったり反論しなかったりは珍しいなあ、なんてつい思ってしまうのですが、まあしかしそれはさすがに言い過ぎではあるのでしょう。それこそ元の話題に関わるところなのですが、常に言い争ってばかりってこともないんでしょうしね。恋人同士なんですから、落ち付くところでは落ち付いているんでしょう。
 で、それはともかく。
「それで、じゃあ残るは静音と哲郎くんだけど」
 とまあそういう話にもなるわけですが、
「付き合い始めたのがお前らと同時期じゃぞ? まだそんな、習慣染みたもんはできとらんわい」
 当然の反論ではありましょう。結婚までしておいてなんですが僕達ですら「付き合い始めてまだ間もない」と言えてしまいそうなところ、同森さん達や口宮さん達なんて本当につい先日の出来事なのです。
「うーん、むしろ同時期だからこそっていうか。日向くんの人生捧げちゃった発現みたいに、何か聞けたら自分に発破掛けられるかなって」
 発破掛けちゃいましたか僕。さっきは言われた側の栞を取り上げてたのに、ここで僕を持ち出してきますか。
 と、そんなことを考えている今の僕が一体どんな顔をしているかは鏡を見るか誰かに教えてもらうかでもしない限り分からないわけですが、しかし皆さんどうやらこちらに興味はないようなので、そもそもそんなことは考えなかったことにしておきます。
「ふふっ」
 隣から聞こえてきた笑い声も聞かなかったことにしておきます。
 で、それはともかく異原さんの言い分なのですが、声にこそ出さないものの同森さんも音無さんも理解を示したようではありました。が、まあ、それで結果が変わるわけでもなく。
「まあしかし、残念じゃが今言った通りまだ何もないぞ」
「あったらいいな、とは、わたしだってそう思いますけどね……。さっきの、成美さん達の話を聞いた後だと……」
「ふふん」
 成美さんの名前を出した音無さんの膝の上で、その成美さんが胸を張ります。張ってみせてすらまだ背後の音無さんのほうが――とは、言わないでおきますけど。
 で、そんな成美さんを見て苦笑を浮かべているのは大吾なのですが、するとその口からこんなお話が。
「まあでもオレらのが分かり易過ぎるってだけで、自分らでも気付かねえうちに、みてえなこともあんじゃねえかな。思い返してみたらいっつもしてることがある、みてえな」
 という話はここまでの流れからして口宮さん異原さん、同森さん音無さんへ向けられたものだったのでしょうが、しかしその隣で僕と栞も視線が重なっていたりするのでした。
 もしかしたら自分達でも気付かないうちに。ぱっと思い付いたのが傷跡の跡だった僕からすれば、そういうものがあるのであれば自明なものにしておきたいところではあるのです。人前で話せるっていうのはかなり違いますしね、やっぱり。
「そういえば」
「ふぇっ……!? な、何かあった……!?」
「おおうっ!?」
 同森さんが先陣を切ってみせたところ、背筋にも声にも緊張を走らせる音無さんなのでした。声はともかくいきなり背筋を張ったことで成美さんの頭が弾き飛ばされそうになっていましたが、詳しく語るのは止めておくことにしましょう。
「なんでそこで慌てるんじゃ」
「い、いやその……変な話にもなりかねないし……」
「言わんとすることは分かるが、そういうのを思い付いたとして平然とここで発表するわけがなかろうが」
「だ、だよね……」
 まあ、そうなのでしょう。僕と栞の傷跡の跡は少々特殊としても、人に言えないようなことについてあれやこれや、なんてのはむしろどんなカップルであれ一つや二つくらいはあるものなんでしょうし。
「で、じゃあ、どんな……?」
「いや、ワシが部屋にお邪魔したらお前、いつもベッドに寝っ転がってるなと」
「ああ……」
 そういえば昨日も言ってましたっけね、横になってると前髪が流れるとかどうとか。と、その話と今の話が繋がるものであるのかどうかは分かりませんが。
「その何でもなさそうな反応からして、やましいとこはないっぽいな」
「口挟まないの」
 注意を受ける口宮さんなのでした。
 彼氏が来た時にいつもベッドに寝っ転がっている。まあ、邪推しようと思えばできなくもありませんし、ならば口宮さんの気持ちも分からなくはないのですが、しかしやはりそれは早計というものなのでしょう。
「あれはこの話題に関わってくるようなもんなんかの?」
「どうなんだろう……単に何となく哲くんがテーブルでわたしがベッドでっていう形に慣れちゃってるだけだろうし……」
 音無さんは自信なさげに首を傾けますが、するとそこへ異原さんと口宮さん。
「そんな深く考えなくてもいいんじゃない? それが落ち着くってんならそれで落ち付くってことで」
「なんもねえんだったらベタベタしてりゃいいんだもんな。どっちかの部屋で二人の時なんて」
「そ、それはちょっと言い過ぎにしてもね?」
 まあ、言い過ぎなのでしょう。さすがに常時ベタベタしてるわけでもないですしね――なんて、わざわざ「あんまりベッタリしないようにしよう」などという決め事を制定するに至った経験がある僕が言ってもあんまり説得力はないような気がしますけどね。その決め事だって、結婚した今となっては、みたいな感じになっちゃってますし。
「そうですね……じゃあ今度、哲くんとわたしで場所を入れ替えてみようかな……?」
「お前がテーブルに着くのはいいとして、お前がそこにいるのにワシがベッドっていうのはなんかちょっと変じゃないかの。ワシの部屋ならともかくお前の部屋での話じゃし」
 という質問は案に「音無さんがベッドにいるならともかく」という話を含んでしまっているのですが、気付いていないのか気にしていないのか、平然としてらっしゃるので特に突っ込んだりはしないでおきましょう。少なくとも、音無さんは大変なことになっちゃいそうですしね。
「そう……? わたしは別に構わないけど……」
「むう。ならまあ、ワシもとやかくは言わんでおくが。――で、ワシらはこうなったがお前達はどうなんじゃ、結局」
 そう言われて改めて顔を見合わせるのはもちろん異原さんと口宮さん。僕達は、まあもういいでしょう多分。
「変な話かもしれねえけど、料理の練習の手伝いくらいしかしてねえしなここ何日か」
「わざわざ家に呼んでるのにねえ」
 いい話じゃないですか。
 いい話じゃないですか!
「どうどう」
 まだ何も言っていないのに諌められてしまいました。くう、さすがお嫁さん。


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