(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十一章 前日 四

2011-05-21 20:47:24 | 新転地はお化け屋敷
「それで、どうしましょうか? そういうことだったらここでもう分かれたほうがいいですかね? 僕達と口宮さん達」
 異原さんにしてもさっき会ったばかり、口宮さんなんて今会ったところですが、まあしかしお互いにこれはデートなわけですしね。――などと言いながらつい先日、大吾達とダブルデートなんてことをしたりもするのですが、あちらとこちらでは事情が違いますし。ただでさえ不慣れな感じなのに他人の目まであったりしたら、異原さんが本当の意味で何もできなさそうですし。行動不能というか。
「うーん、それはそれで心細いような」
 しかし異原さん、僕の想像とは裏腹に、苦笑いを浮かべながらそんなことを言い出すのでした。どちらにしても困っているという意味では、裏腹ではないのかもしれませんが。
「何がだよ? 心細いって」
「え? あ、いや、聞かなかったことにしてちょうだい。というか、しなさい」
 その一見無意味な言い直しは、体面を取り繕った、ということになるんでしょう。そしてそんな僕ですら見てとれることなんて、口宮さんともなれば何をかいわんや。何を心細く思っているかは分からないままながら、口元に薄く厭らしい笑みを浮かべます。
「そうか。じゃあ聞かなかったことにして兄ちゃん達とはここでお別れだな」
「えっ、ああ、うう……」
 相談事の件があったせいか今日は異原さんが一方的にやり込められている気がしますが、しかしまあだからといって同情だとか、そんなふうな感情は浮かんできませんでした。要するに「幸せな悩み」なんですしね、これ。
 悩んだところで幸せであることが変わらないのなら、躊躇う必要はないでしょう。
「それじゃあ、また大学で」
「おう。また後でな」
「そ、そっちも頑張ってね……」
 何かを頑張るようなことじゃないと思うんですけどねえ、デートって。ということで偶然会ったばかりの先輩二人と別れ、僕と栞さんはそこらを適当に歩き回ることにしました。
 とはいえ公園を出るというわけではないですし、また顔を合わせないように行き先を教え合うというようなことはしなかったので、もしかしたら再度どこかでばったり、なんてことも有り得るんですけどね。

「なあ由依」
「な、なによ?」
「そういや、昨日音無が言ってた話――」
「なんだ、その話ね」
「何の話だと思ったんだよ。で、あれ本当なのか? 兄ちゃん達、明日親と結婚がどうのこうのの話するっていう」
「いや、あたしだって直接訊いたりはしてないわよ。でもあの二人が静音に嘘でそんな話するってこともないでしょうし、本当なんじゃないの?」
「訊かなかったのかよ。気にならねえか?」
「そりゃあ気にはなるけど、明日なんでしょう? 緊張だってするでしょうし、そうじゃなくてもデートの真っ最中なんだし、訊き難いわよそんな余計なこと」
「ふーん。お前にしちゃあ気ぃ回したんだな」
「あら、優治だってそうでしょうが」
「俺はただ訊きそびれただけだっつの」
「二人と別れた直後にタイミングよく思い出しといてよく言うわねえ」
「そんなもんだろ、何かしら思い出す時って」
「はいはい、そういうことにしといてあげるわよ」
「けっ」

 異原さん口宮さんと別れた後、少し歩いたところで移動販売のソフトクリーム屋を発見。前回ここへ来た時にも利用させてもらっていて、ならばということではありませんが、今回も。
「チョコ二つください」
 前回バニラを選んだ僕は今回チョコを選び、前回チョコを選んだ栞さんは今回もチョコを選び、なので注文はチョコ二つ。しかし気にするべきは味の種類ではなく、店員さんからすれば一人の男が二つ同時に注文していることになる、という点でしょうか。まあ、それだって気にするほどのことではないのかもしれませんけど。
 注文の品を受け取ったらば、近くの噴水の縁に二人並んで腰を下ろします。
 栞さんがさっそくクリームを一舐めし、そうしてから尋ねてきました。
「異原さん、大丈夫かなあ」
「大丈夫じゃないような事態にはならないと思いますよ、なんのかんので」
「あはは、それはそうなんだろうけどね」
 何を以って「大丈夫じゃない」と判断するかの基準は曖昧ですが、しかしそれでも、そう言い切ることはできました。仲は良いんですしね、あのお二人。
「それに――まあ、言葉の意味の話になっちゃうんですけど」
「ん?」
「異原さん、あと少し前までの僕と栞さんも『デートだから』って気負ってましたけど、デートって別に付き合ってる男女限定の言葉でもないんですよね。友達同士で出掛けてみるとか、そういうのでも」
「うーん、まあ、そうかな。……うん、そうだね。最近までそういうことに縁がなかった身からすると、やっぱり付き合ってる男女ってことになっちゃいがちだけど」
「ということになったらそれこそ、デートってどういうものだって話、ただ単に男女で出掛けるだけでもデートになっちゃうんですよね。――という話を異原さんがいる時に思い付けてたらよかったのになあ、って話です」
「ああ、そっか。口宮さんが彼氏なのは変わらないから結局は同じことだけど、少なくとも気休めくらいにはなってたかもねえ」
 言えていたら言えていたで要らぬお世話だと思われていたのかもしれませんが、あの不安そうな顔を思い出す限りでは、やはりそう思わざるを得ませんでした。
 が、しかし。そんなことを今になって思ってみたところで時間が巻き戻るわけでもなく、ましてや今は栞さんとのデート中。デートという言葉の意味をたったいま自分で語ったばかりですが、しかし僕も栞さんと同じく「最近までそういうことに縁がなかった身」なので、ならばやっぱりデートという言葉の意味も、それに即したものであるわけです。だから膝枕だとか髪を撫でるだとかしてたわけですし。
 そういうデートとそうじゃないデートを区別した二つの単語があればいいのになあ、なんて愚痴っぽいことを考えたりもしましたが、しかしいま思い付かないだけで実際にあったりするのかもしれないので、あまり長々とは言いますまい。
「こうくん、ぼーっとしてると穴開いちゃうよ、下の方」
「下?」
 それがアイスのコーンのことを言っていると気が付いたのは、残念ながら足元を見降ろした直後のことでした。そうでなくとも突然足元の地面に穴が開くって、なぜその話に何の疑問も持たず、素直に確認してしまったのでしょうか。
「いやいや……」
 誤魔化し半分照れ半分の笑みを浮かべながらコーンの底を見てみると、溶けて流れたアイスが染み込み、じんわりと。
 話をしたり考え事をしている間に、ということなのでしょう。栞さんに言われなければ間違いなく穴が開通、ズボンに溶けたアイスを垂らしているところでした。しかもチョコ味なので、それはそれは目立っていたことでしょう。
 ズボンに垂れなければそれでいいということであれば、そうならない位置に足もしくはソフトクリームを移動させればいいだけのことです。が、特に理由があるわけでもなしに、僕は「コーンの底を食い千切ってそこからクリーム部分を吸う」という選択をしました。
 ならばその選択に則り、ふやけたコーンの底をひと齧り。
「あはは、やるやる」
 栞さんに笑われたりもしつつ、あとは吸うだけです。
「…………ああ、まだここまでするほど溶けてませんねこれ」
 いくら吸ってみても、口に入ってくるのはコーンの隙間から無尽蔵に補充される空気ばかり。ほんのちょっとだけ溶けたクリームも混ざっていますが、本当にほんのちょっとだけです。
「あれ、そう? ああ、でも、穴開けちゃったらもう――」
「こうしてるしかありませんよねえ」
 というわけで、コーンの底を咥え続ける羽目に陥った僕なのでした。もちろん上部のクリームの塊をさっさと食べ切ってしまえばそれで解決なのですが、それはなんとなく勿体無いというか、味気ないというか。

「いやー首が痛い」
「お疲れ様ー」
 やや時間を掛けてソフトクリームを食べ終えると、首の関節が半泣きくらいの状態になっているのでした。しかしまあ、そこで不満を持っても仕方がありません。長く味わえたという意味では良かった、ということにしておきましょう。
「さて、どうしましょうか。また適当に歩いてみます?」
「そうだね。適当にっていうか、桜並木の所に行きたいな。もう散ってるだろうけど」
 すっかり忘れていましたが、それはここへ来る前から気になっていたことでした。
「分かりました。では案内してください」
「ああ、ここでもかあ」
 またも栞さんは笑いますが、しかし僕は情けなく思うどころか満足げに腕組みさえして見せます。もうそろそろいいでしょう、こんな感じでも。
「今日はもう無理だけど、また別の日にはプールに行きたいなあ、二人で」
「ん? なんでまた急にそんな。行くの自体はもちろんいいですけど」
「あれ見てたら、なんとなくね」
 振り返った栞さんの視線の先には、さっきまでその縁に座っていた噴水が。
 水を見て「泳ぎたい」と思ったりするのは、僕だともうちょっと気温が上がってからのことになるでしょう。しかし、さすが好きな人は気が早いというか何と言うか。まあそれも、今の時期でも営業している室内プール場があると知っているからなんでしょうけどね。
「じゃあまたいつか、そういうことで。詳しい日取りとかは――明日が済んでからってことでいいですか?」
「そうだね、いろいろあるかもしれないし」
 今日以降で暇がある日となると、一番近いのは明後日の日曜日。けれど暇でない明日の土曜日というのが、その後暫くにまで影響しそうな日なのです。
 そんなことを考えながらふと見てみれば、自分でも気が付かないうちに栞さんと手を繋いでいました。いつから、どころかどちらから繋いだのかすら、分かりませんでした。

 さて、案内を完了されました。したのではなく、されました。
「散っちゃってるねえ、やっぱり」
 僕の前を歩いていた栞さんは、到着するなりちょっとだけ寂しそうに呟きました。清掃が行き届いているということでしょう、散って地面に落ちているであろう花びらすら見受けられません。こんなにも広い公園なのに感心なことですが、それはそれでやっぱり寂しいような。
 というようなことを考えつつ、けれど、こんなふうにも思います。
「これはこれで、とも思いますけどね」
 そう思うからこそ、散った花びらが片付けられていたことを寂しく思ったのかもしれませんでした。
「おお、なんとなく格好良い一言」
「ああ、確かになんとなくなんですけどね。何がどう『これはこれで』なのか説明しろって言われたら、黙るしかないですし」
 なので、いま栞さんがそう尋ねて来なかったことにはかなりほっとさせられました。そういうことを流暢に話せたら、それこそなんとなくでなく本当に格好良いんでしょうけど。
「元々そういうものなんだろうけどねー。こういうのをいいなって思うのって」
 そう言って再度周囲へ目を向けた栞さんには、もうさっきの寂しそうな色は見受けられませんでした。楽しそうにしてもらえるならもちろん、それは歓迎すべきなのでしょう。
 けれど、こんなふうにも思います。ついさっきもそうやって意見を転換させたばかりですが。
「良くないと思うことが悪いってわけでもないんでしょうけどね」
「あ、それ私のことかな」
「ええと、まあ」
 僕は別に、栞さんに思い直してもらおうとしたわけではなく、本当に単に自分が思ったことを言ってみただけなのです。同じ好みの話ということで食べ物の好き嫌いに置き換えてみれば、それがどれだけ無意味なことか分かろうというものでしょう。……分かるのが僕だけでないことを祈るばかりです。
「それもそうなんだろうね、人に言われてどうのこうのって話でもないだろうし。うーん、影響されやすいのかなあ、私って」
「どうでしょうねえ。普段はむしろ、我が強いというか、そんなイメージですけど」
 言った後になってなんだけど、我が強いという言い方は聞こえが悪かっただろうか。そんな思いが頭をよぎって一瞬ひやっとしましたが、しかし栞さんはけろりとしたもの。
「あれ、そう? 普段のことも考えて言ったんだけどなあ、今の」
 ……はて? 普段はありましたっけ、そういうところ。
 という疑問は顔にも表れていたのでしょう、僕からそれを尋ねる前に、微笑と一緒に回答を頂きました。
「本人からは分かり辛いものなのかなあ、やっぱり」
「え、僕ですか?」
「割と影響されてるよ、私」
「うーむ……」
 回答は頂きましたが、納得はできませんでした。そりゃあ胸の傷跡の跡とかそういったほうの話でなら影響は与えていますが、今回の場合はそういう話ではないでしょうし。つまり栞さん、僕の何かしらに影響されて、部分的に僕っぽくなっている、という話な筈なのです。
「でもまあ、そっちについては影響されて良かったって断言しておくけどね」
「やっぱり強いじゃないですが、我」
 断言することについてはもちろん、僕の何に影響されたのかを結局言わないでおくという点についても。
「あはは、強いのか弱いのかよく分からないね」
 そう言って笑う栞さんを見て、花が散って寂しくなったけど実際は元気に実を付けてる真っ最中な桜みたいですね、なんて思ったりもしましたが、思うだけに留めておきました。照れ臭かったのです、さすがに。
 僕も何かをどうにかこうにかして誤魔化し誤魔化しこじつけたら桜に例えられるんだろうか、なんてことも思いましたが、こちらについても同様に。
「あーあ、花が散っちゃって寂しいなあー」
 改めて残念がる栞さんのその口調は、とてつもなくわざとらしいのでした。
「これはこれでいいんじゃないですかねー」
 ということで、こちらもわざとらしく返しておきました。いや、僕までそうする必要は全くなかったわけですが。

「あそこ、座りましょうか」
「うん」
「さっきから座ってばっかりですけど」
「あはは、そうだね」
 少し進んだ所にベンチを見付け、なので桜並木はまだ暫く続いているものの、いったん立ち止まってみることにしました。ちなみにこのベンチも、前回ここへ来た時に一度座っています。言い換えれば、前回通った場所ばかり回っているということだったりもします。
「ふう」
 腰掛けたところ、栞さんが溜息を一つ。しかし疲れるようなことをしたわけではなく、ましてや呆れからくるものでもないでしょう。そもそも表情自体は平然としたもので、ではその溜息は、何を由来に吐き出されたものなのでしょうか。
「さてこうくん」
「はい?」
「さすがに不安になってきちゃったんだよね、このまま話をせずに楽しんでるばっかりでいいのかなって」
「あー、はい」
 つまりさっきの溜息は、気持ちを切り替える合図のようなものだったのでしょう。話というのが何の話なのかは言われていませんが、それは推し測れようというものです。
「初めは、無理して話すまではしなくてもいいかなって思ってたんだけど」
「気持ちは分かりますよ。僕だって同じ立場なんですし」
 ただしそれは理解はできるという意味であって、自分もそう思っていたということではありません。もし栞さんがこの話を切り出さなければ、僕は何の不安も持つことなくデートを続けていたことでしょう。
 その差がどこから出てきたのかというのは、個々の性格ももちろん関係しているのでしょうが、やはりその他の要因のほうが大きいのだろうと思います。僕から見た「僕の実家」が栞さんからすれば「彼氏の実家」だったりすることや、僕からすれば「彼女が幽霊」だけど栞さんからすれば「自分が幽霊」だったりすること等々。立場が同じであっても、そこに立っている自分自身に差があるわけです。
「じゃあ、しましょうか。そういう話」
「ごめんね、せっかく楽しかったところなのに」
「嫌だとは言ってませんよ」
 僕が言うと自分を皮肉ったジョークにしかならないその言葉をもちろんジョークのつもりで告げましたらば、宣言の通りにそういう話が始まります。
「明日のこと、段取りとか考えておいた方がいいかなって思うんだけど、どうかな。楓さんと高次さんも考えてはくれるんだろうけど、頼りっきりっていうのも変な感じだし。それにこうくんのご両親のことは楓さんと高次さんも知らない筈だから、こうくんの意見ってやっぱり重要になるだろうし」
「…………」
「か、考え過ぎかな?」
「ああいえ、その――楽天的過ぎたかなって、ちょっとショックが……」
 考え過ぎどころか、なるほど実に仰る通りと唸らされるような話だったのです。さっき自分で思った通り、何の不安も持たずにデートを続行させようとしていたこの僕が、です。
 そりゃそうですよねえ。僕の両親がどういう人柄かを知ってるのは、僕だけなんですし。
「話し合い、というか言ってみれば交渉みたいなものですもんねえ。その交渉の相手がどういう人間かって、ものすっごい重要じゃないですか。栞さんの言う通り」
「よかったぁ。元々からして不安なのに、自分で自分をもっと不安がらせてたなんて笑えないし」
「僕は逆にどっと不安になってますけどね、今。もし栞さんが言ってくれなかったらって考えたら」
「そう? だったら、不安になった甲斐があるってものだね」
 小さくえへんと胸を逸らせる栞さん。しかしそうしておどけたところで、その逸らされた胸に不安を募らせていることは変わりありません。
 元々並んで座っていたところ、僕は更にもう少しだけ、栞さんへ腰を寄せました。
 するとあちらからも寄せ返してくれ、僕と栞さんは密着していると言っていいような距離に。スペースが有り余っているベンチでこうも窮屈に座るというのは、見方によっては滑稽なのかもしれませんが。
「それで、さっき言った通りだから、私はこうくんの意見を待つだけになっちゃうんだけど……」
 自分で言い出しておきながら、ということなのかもしれません。どこか申し訳なさそうな様子の栞さんなのでした。
 が、それに対する僕の考えは口にするまでもないでしょう。口にしなかった考えの代わりは軽く笑い掛けるだけに留めておいて、話の続きです。
「段取りってことなら、やっぱり目立って気になるのはあれですかね。栞さんが幽霊だってことをどの段階で伝えるかっていう。――ああ、どの段階でうちの親にも栞さんが見えるようにするかって話でもありますけど」
「だよね、やっぱり」
 栞さんには胸の痛い話かもしれません。けれどこの話を切り出したのは僕でなく栞さんであって、ならば、覚悟の上だったのでしょう。だからこそ栞さんは不安を抱いていましたが、だからこそ栞さんは強いのです。
 ――と、うっとりしている場合ではありません。まるでこういう話を想定していなかった以上、僕にはすぐに口に出せるような案があるわけではなく、ならば今からそれを考え出さねばならないのです。
 まさか本人が見えないまま結婚にまで至る――実情としては、至らせたい、なのですが――ような話をするわけにもいかず、ならば早い段階で栞さんを見られるようにするのは確定でしょう。けれどそれだって、範囲を絞ったということでこそあれ確定したということではないでしょうし。
 うーむ。
「一応、一つ案が」
「どんなの?」
 あくまでも一応ではあるのですが、何を指して「一応」なのかは、敢えて伏せておきました。
「いっそ幽霊だってことを初めのうちは隠しておく、っていう案なんですけど……。うちの親が栞さんを見られるようにするんじゃなくて、逆に予め栞さんがうちの親から見えるようにしてもらうってことなんですけど」
 つまり、成美さんのように実体化できるようにしてもらうというわけです。もちろんずっとではなく一時的な話ですが、家守さんと高次さんならきっと可能でしょう。
「それって」
 その案を聞いた栞さんは、神妙な面持ちでした。
「幽霊だってことを伝えるのは、話が纏まった後ってこと?」
「そうです」
「卑怯だと思う」
「承知の上です」
 その遣り取りに、考えるような間は一切ありませんでした。それを承知で話した僕はもちろん、そんな話をされて驚いたであろう栞さんも。
 そう、そんな話、なのです。
「……言ってみただけです。僕も良くないとは思ってましたから、初めから」
「なら、いいんだけどさ」
 頭に湧いた不満が空回りに終わらされたせいか、栞さんは対応に困ったような怒るに怒れないような、微妙な表情なのでした。
 初めからこの意見を通すつもりがないなら何故言ったのかという話にもなるのですが、僕は栞さんの反応が見たかったのです。だから、一応だったのです。
「ほっとしました、栞さんが怒ってくれて」
「酷いなあ、そんな試すみたいなこと」
「すいません。今の案が浮かんだら、どうしてもそうしたくなっちゃって」
「まあ、思い付いてたら私だってそうしたかもしれないけどさ」
 怒りが完全に静まった、というわけでもないような声色でしたが、許してもらえたようでした。
 とにもかくにもこれで、今の案が没であるということは共通の認識になりました。褒められた手段でないことは、栞さんに言われた通りではありますけどね。
「今の話が駄目ってことになると、家守さんと高次さんに見えるようにしてもらうのはうちの親の目の前でってことになりますけど……栞さんは、それで大丈夫ですか?」
「それは、うん、もちろん。それを避けるっていう発想自体が今まで全くなかったんだし」
 驚かれるということはもちろん、その幽霊が息子の彼女であるということなわけですから、驚きとはまた別の感情も向けられることでしょう。予め想定していたって平気とまではとても言えないであろう話ですが、それでも栞さんは、もちろんと答えてくれました。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「僕だけならまだしも、僕の親にも関わる話ですから」
「……そっか。そうだよね」
 話を終えた後で幽霊だと明かすのは卑怯だというのは、先程の話で共通認識になりました。ならば事前に明かすというのは、善い方法だということになります。僕達はもちろん、僕の両親にとっても。例えその瞬間に両親がどんな顔をし、どんなふうに思われたとしても。
「こうくんは、お父さんとお母さんのこと、好き?」
 これまで僕の親のことを「ご両親」と言い表していた栞さんは、言葉を変えてそう尋ねてきました。
「取り立てて好きってわけじゃないですけど、少なくとも嫌いだったり仲が悪かったりはしないです」
 それはきっと、ありきたりな答えだったのでしょう。けれどありきたりであるということは多数を占める意見であるということで、つまり、間違ってはいない筈でした。
 栞さんはにっこりと、柔らかく柔らかく微笑みました。
「好きってことなんだよ、それって」


コメントを投稿