(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十章 騒がしいお泊まり 後編 五

2008-12-03 21:05:30 | 新転地はお化け屋敷
 そんなくだらない事をどれだけ考えていただろうか、とにかく僕はその質問に答えられそうにありませんでした。が、そこへ。
「決めたぞ、わたしは」
 後ろから声。振り返るまでもないけど振り返って確認したところ、やっぱり成美さんでした。
「そもそもわたしは若者ではないからな。相手についてはもちろん、自分の見極めだって付けられるさ。年寄りがうじうじしていても気持ち悪いだけだろう?」
 威張るようにふんぞり返った成美さんがそう言い退けると、大吾が口をぽかんと開いたままで停止。そりゃね。
「それは、失礼な質問しちゃったねえ」
「自分に向けての確認だと思えば、そう悪くもないさ」
 大吾はもちろんとして質問した椛さん本人も、その質問を聞いた瞬間の僕と同じく、こうまできっぱり回答されるとは思っていなかったんだろう。返事を受けた一瞬だけ驚いたような顔になっていた。
 しかしそれも気を取り直したところで、続くのは運転席の孝治さん。
「でも哀沢さんって――こう言ったら怒られるかもしれないですけど、素直になれなくて怒橋くんとぶつかり合ってたって聞きましたよ?」
 的を射るどころか真っ直ぐにぶち抜きそうな質問でした。そりゃ、僕だって引っ掛かりはしましたけど。
「素直になれなかったんじゃないさ。わたしは猫で怒橋は人間。わたしは年寄りで怒橋は若い。その差があまりに大きく感じられたから、初めから諦めて半ば自棄になっていただけの事だ」
「なるほど。しかし――んっふっふ、それを『素直になれない』と言うのではないでしょうか? 原因が特殊であるだけで」
「はは、確かに周りから見るとそれそのものだな。――だがそれも最近、恋人として同じ時間を過ごすようになると、すっかりほぐれてしまったな。と言っても、正式に付き合い始めたのはごく最近の話だが」
 と言いつつ大吾絡みでからかわれると声を荒げる事もある成美さんですが、それはまあ素直になるどうこうではなく、単に性格の問題なのでしょう。
 ――それはいいとして、大吾の顔がどんどん間抜けになっていきます。言葉が出ないまま口がぱくぱくしてます。羨ましい、とこの状態を指して言うのは変でしょうが、でもやっぱり羨ましい。
 しかし、そこでやっと横を向いて大吾の反応を確認した成美さんは、誇らしげだった顔を曇らせる。
「――いかんな。夫婦の話に呑まれて口が軽くなってしまったか」
 大吾の顔見てやっとですか。
「おや、気付かれましたかもったいない」
 鬼ですか清さん。
「軽くなっちゃ駄目なの? 嘘ついてるんじゃないんだし、ボクは別にいいと思うんだけどなあ」
「人間的ですよね、そういう事気にするのって。私も好きなら好きでいいと思うんですけど」
「ワウゥ」
 これまでにも何度かあったような突っ込みを入れられたところ、「いやあ」と照れたように頬を緩ませる成美さん。……ここで照れますか? 今までのほうがよっぽどだったような。
「自分がこの姿になったからか、それとも怒橋と一緒にいたからか――あの家に住むようになってからの一年足らずですっかり人間らしくなったらしいな。だが、これはこれで悪くないぞ?」
 もちろんそれだって人それぞれで、ナタリーさんの言う「人間的」に対する「動物的」な考えの人だっているだろう。
「ふーん。……あ、チューズデーがちょっと機嫌悪くなったみたい。チューズデーも大吾が好きだし――ああ、ごめん、ごめんなさい」
「えっと、チューズデーさんには私、まだ会った事がないんですが……」
 というわけで、宙へ向けて謝る日曜担当からナタリーさんへ向けてチューズデーさんの紹介が始まる。もちろんそれは僕達にとって、今更耳を傾けるまでもない話ではあったのですが――
「つまり、異性として好きだという事ではないんですか」
 黒猫だとか女性だとかそういう情報をすっ飛ばして真っ先にそこですか、ナタリーさん。しかも残念そうだし。
「うん、ボク達が大吾を好きなのと同じ意味の『好き』だよ。でもチューズデーはそれがみんなの中で一番――ごめんなさい、ごめんなさいってば」
 サンデー達はみんな気持ちが繋がっていて、その間では嘘も誤魔化しも通用しない。だからこそこのチューズデーさんのように(と言っても見えないけど)怒るしかないわけで、つまり何が言いたいかと言うと、さすがに気の毒だから勘弁してあげてよサンデー。
 膝の上で謝り続けるサンデーを苦い顔で見下ろす大吾と、膝の上でサンデーをピクリとも動かず見詰め続けるナタリーさんに柔らかい視線を落とす成美さん。さてこの二人は、今の状況に何を思っているのでしょうか。
 ――とまあ車内がずっとこんな感じだったからか、いつもならぐっすり眠っている筈の大吾は結局、最後まで眠りに就く事はありませんでした。

 話の流れでうやむやになってしまった感はあるものの、『もうその人に決めたのかな?』という椛さんの質問には事実として、成美さんしか答える事ができなかった。だけど僕は、それに大吾と栞さんだって、きっと。


「お世話になりました、孝治さん。こんな所まで寄って頂いて」
「いえいえ、帰り道の途中ですから」
 車外の景色が見覚えのある住宅街に変わり始めたなと思った辺りで、清さんがお礼を言う。自他共に認める方向音痴である僕が「見覚えのある」だなんて自信を持って言い切れる範囲はそうそう広くなく、つまりその範囲の中心に位置するあまくに荘は、すぐそこ。
 という事で。
「みんな、お疲れ様でしたー」
 あまくに荘住人専用駐車場にて、管理人さんから締めのお言葉。これをもって土日を跨いだ旅行は終了です。
 美味しい食事に広いお風呂、ふかふかの布団。そしてその他の、と言ってこちらがメインではあるんですが、いろいろな出来事。その中でも特には栞さんとの一件。いやあ、一緒に行って良かったなあ。
「それじゃあお義姉さん、僕達はそろそろ」
「ええ、孝治さん達帰っちゃうの? 上がってもらえたらお茶くらい出すよ?」
「いえその、高次さんがお疲れでしょうから。海外から戻ってそのまま、ですし」
「あー……」
 帰ると言い出した妹夫婦を呼び止めようとするものの、高次さんの話を出されると勢いがなくなる家守さん。四方院家からここまでの運転も高次さんだった事を考えれば、確かにこれ以上進んでイベントを増やすのは躊躇われるかもしれない。
 しかしこういう場合、体面というものがある。
「いやいや、俺は大丈夫ですよ? 久々の日本ですし、まだまだ動き足りないくらいで」
 お約束通りの「全然構いませんよ」アピールに加えて肩をぐるぐると回してみせる高次さん。
 ――だったのですが、その肩がべきりべきりと豪快な音を立てたもんで、与える印象はまるで逆に。月見夫婦のみならず、フォローを入れるべき家守さんまでもが苦笑を浮かべてしまう。
「――いやはや、こりゃ参った。はっはっは!」
 肩の音に負けないくらい豪快に笑ってみせるものの今となってはもう、どう強がって見せても益々、といったところでしょう。
 で。
「えーと、ごめん」
 孝治さんと椛さんは帰ってしまい、それを見送ったあと、高次さんは家守さんに頭を下げるのでした。
「ま、しゃーないしゃーない。お風呂でも昼寝でも、今日はゆっくりしたらいいよ。美味しげなご飯も出してあげるからさ」
「こうなった以上、甘えさせてもらうしかなさそうだなぁ。はっはっは――はぁ」
 体面を繕っていたであろう事は分かっていたものの、それにしたってここまでずっと疲れているようには見えなかった高次さん。しかしここへ来て、わざとらしいくらいにその広い肩を落とすのでした。わざとかもしれないですけど。わざとなのでしょうけど。
「そんじゃ取り敢えず、部屋に戻りましょうか」
 確かにこのまま駐車場に突っ立っていても仕方がない。僕も部屋に戻って夕食の献立を考えなきゃいけないし、冷蔵庫の中身を確かめて――って、あ。
「買い物に行かないと」
 そうだ。現在、うちの冷蔵庫は空っぽも同然な状態だったんだっけ。だから栞さんがお弁当を作るって話を断念したっていうのに、すっかり忘れてた。
「ああ、そういやこーちゃん、冷蔵庫が空なんだっけ? よかったらこのまま車で送るけど。アタシもそう言えば今晩のおかずとか、全然用意してないし」
 そうか、家守さんも今日の夕食は自分で作るんだ。今の高次さんの前で家守さんをお借りするのは少々気が引けるところもあるけど、どちらにせよ家守さんも買い物に行くのには変わりがないし。
 僕が買い物を引き受けてもいいけど、それだと今ここで献立を決定してもらわなくちゃならない。それはそれで難しい話だし、何よりあまり高次さんの前で料理の話はしないほうがいいだろう。なんせ僕が料理を教えたという事は秘密なんだし。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
 いろいろ考えた結果、そういう結論に。
「栞も一緒に行っていい?」
 えぇえぇどうぞどうぞと僕または家守さんが言うまでもなく、一名追参加決定。断る理由がありゃしません。その意向を笑顔のみでもって栞さんに伝えた家守さん、次に向き直るのはやや元気のない自分の連れ合い。
「高次さんはどうする?」
「行くって言ったら連れてってくれる?」
「んーん、駄目。部屋でゆっくりしてなさい」
 否定の強調か、首を横に振る。なんてことのない動作ではあるけど、相手が高次さんだと認識した途端に可愛げのある動きに見えてしまうのは何なんでしょうね。
 それはともかく「だよね」と力無く笑う高次さんに、「合鍵、今持ってる?」と加えて尋ねる。……合鍵ってなんだか、いい響きですよね。
「持ってるよ」
「じゃあ問題なしだね。行ってきます」
 言いつつ降りたばかりの車のドアに再び手を掛ける家守さん。そこへ「行ってらっしゃい」と返事をしたのは高次さんに清さん、そしてサンデーとナタリーさん。――あれ、大吾と成美さんは?
 返事を催促するわけじゃないけど、声のしなかった二人を探して駐車場を見渡してみる。もちろんそんなに広いわけでも入り組んでいるわけでもない(一見ただの空き地にすら見える)ので、二人の姿はすぐさま見付かるわけです。が、なんだか不必要に隅に寄っていると言うか、何をそんなにコソコソしているんですかと言うか。
 しかしまあ、あの二人がコソコソしていたって別に暴き立てるような事でもない。なんせあの二人だし。それに、帰りの車の中でも成美さんにだけ言う事があるとか言ってたし。という事であまり気にも留めず、僕と栞さんは家守さんの車に乗り込むのでした。

 いつもは大勢で乗り込む家守さんの青い軽乗用車。だけど今回は三人だけなので、僕は栞さんに並んで後ろの席です。
「さてさて、どうしましょうかね。旦那に作る初めての料理は」
「どうですか先生?」
 発進するや否や、楽しげな雰囲気のお二人。栞さんはともかくとして、家守さんが緊張していないようで何よりです。
「あまり簡単過ぎても手作りっぽくないですし、だからって難しい料理でぶっつけ本番ってわけにもいきませんしねえ。それにできるなら、これまでに作った事がある料理のほうが気が楽でしょうし」
 思い付いた事をぱっぱと言ってみるたところ、家守さんは「ふんふん」と軽い相槌。しかしそんな短い言葉の中にも、僕がどんな料理を提案するのかという期待と不安が見え隠れしている。ような気がする。
 さて、手作りっぽくて難しくなく、かつこれまでに作ったことがある料理。栞さんの得意料理でもある味噌汁なんかは代表的とも言えますが、まさかそれだけというわけにも行かない。献立に味噌汁が入るのなら和食ですが、ご飯と味噌汁、あとはメインに――魚でも持ってきましょうか? ただの焼き魚にしたって、自分で捌けばそれだけで結構ポイントになるような気もするし。それにあともう一皿ぐらい付け加えるとして……ううむ、何にしましょうかね。
「あはは、ごめんねえ悩ませちゃって」
「いえいえ、献立で悩むのってなかなか楽しいですし」
 自分が自分に向けて作る料理の献立というならともかく、他人が他人に向けて作る料理の献立だ。それだけに慎重にもなるし、そのせいか考えていて面白い。……でも、面白がったって答えは出ないんだよなあ。
「今考えてるのは味噌汁と焼き魚、なんて鉄板な組み合わせなんですけど、もうあと一品をどうしようかと。鉄板だからこそ、和食であるなら何でも合いそうなんですよね」
「何でも……あ、そうだ。じゃああれなんかどうかな」
 言った途端に何かを思い付いてくれたのは、栞さん。さて何でしょう?
「ほら、孝一くんが好きな、お豆腐にお肉乗せるあれ」
「ああ、豆腐の肉乗せ」
 お豆腐にお肉載せるあれ、まで出てきてこの料理名が出ない筈がないんですが、それはまあいいでしょう。一度しか作った事がなく、それ故僕がそれを好物としているという話題も一度だけだったというのに覚えてもらえていて感激ですけど、それもまあいいでしょう。
「どうですか? 家守さん」
「いいと思うよ。……って、作るのアタシなのにこの言い方はないか。えー、いいねそれ。採用」
 なんせ好物なもんで僕もいただきたいだとかついつい思ってしまいますが、とにもかくにも一件落着。作るものが決まれば当然、買うものもこれで決定ですね。
「それでさ、二人とも」
 買うものが決まったからと言って車が店の前にワープするわけもなく、車内での会話は続行。楽しげだった家守さんの声は若干調子を落としたような気もするけど、さて。
「椛から話聞いた? その、アタシと高次さんのもろもろ」
『はい』
 気まずいからこそ質問が曖昧なわけで、それが分かっているなら聞き手である僕も気まずいわけで、そんなところで返事が重なってもやっぱり気まずいとしか思えない。普通だったら小さな笑いでも起こる場面なんだけどなあ。
「そっか。……感想とかあるなら、聞くよ?」
「あるけど、言わないです。何があっても栞達は今まで通りですから」
「あはは、それもそっか。うんうん、アタシもそっちのほうがいいや。ありがとう、しぃちゃん」
「えへへ」
 どうやら雰囲気に飲まれてへこたれていたのは後部座席の二人のうち、僕だけらしい。それとも栞さんは、そういう雰囲気だったからこそこうして笑っているのだろうか。
 そんなふうに考えるとやっぱり頬の筋肉が緩むというか、素晴らしいというか誇らしいというか、まあそんな感じに。……でも、ふと頭をよぎってしまう。そんな栞さんの服の下に、昨晩見せてもらった傷跡があるんだなあと。きちんと話をしたとは言え、この明るい笑顔の下に、あんなに大きな傷跡があるんだなあと。
 もちろんそれは僕の意識内において、栞さんの位置付けに変化をもたらす要因にはなり得ない。傷跡を見たあの瞬間だけを取り出せばなり得たのかもしれないけど、今になってどうこうというのは筋が通らないだろう。
「どしたのこーちゃん、今更しぃちゃんに見惚れちゃって」
「え、み、見惚れてたの?」
「ああいえいえ、そういうわけじゃなくて」
 栞さんが家守さんに傷跡を消すよう頼むのはいつになるのだろう。急かすつもりじゃないけど、それに関して僕は何か、してあげられる事はないんだろうか?
 ――料理の相談のようには、いかないか。


「おや二人とも、どしたのこんな所で」
 考える事があっても買い物はさっさと済ませ、そしてさっさと帰ってくると、大吾と成美さんがあまくに荘の玄関で立っていました。それはどう見ても、僕たちの帰りを待っていたという装い。
「車の音がしたからな。お前に話があるそうだぞ」
 にこやかにそう言って成美さんは大吾の腰辺りを軽く叩き、大吾はそれに押されるようにして一歩前へ。ところで成美さんの言う「お前」とはどうも家守さんを指しているらしかったので、隣のお方から「栞達、引っ込んだほうがいいかな」と。しかし、
「いや、いい。どうせだし一緒に聞いてくれ」
「う、うん」
 家守さんに向ける話の内容はもちろん分からないけど、真剣なものではあるらしい。険しい顔でここにいるようにと返事をした大吾に、栞さんはややたじろぐ。
 大吾は一つ、大きな深呼吸をした。そして意を決したように、
「楓サン、俺」
「うえぇっ!?」
 ――意を決したようだったのに、家守さんの妙な声でストップ。
「どど、どうしたのだいちゃん? 急に楓さんだなんて」
「い、いや、それはまあ、旦那サンも戻ってきたからこれを機にと言うか」
 どうやら成美さんは初めから知っていたらしく、驚いた様子はない。帰りのパーキングエリアでこの事について話をした僕も、顔に出るほどには驚かない。つまり驚いていたのは、家守さんと栞さんの二人だった。顔が伏せがちになる大吾の前でどちらも目を丸くしている。
 清さんや孝治さんや、と言うか家守さん以外の目上の人には普通にさん付けなのに、ここまで驚かれるというのもなんだか気の毒な話だ。
「そっかぁ……。ん、分かった。ごめん、続けて」
 気を取り直した家守さんに促され、もう一度深呼吸の大吾。そして、
「楓サン、俺と成美、一緒の部屋に住んでもいいですか?」
 今度は家守さんと栞さんに加え、僕も目が丸くなった。

 それから少々時間を飛ばして、そろそろ空が暗くなり始めた頃。
「あのさ、大吾。帰りの車の中で言ってた考え事ってこれの事だったの?」
「まあ、な」
 僕と大吾、それに栞さんと成美さんの四人で、202号室に集まっていました。住人総出で「大吾の部屋」から「大吾と成美さんの部屋」に生まれ変わらせた、202号室に。
 と言ってもまあ、要は成美さんの部屋のものをこちらに運び込んだだけなんですけどね。ただでさえ物が少ない201号室だったから、突然の引越しでもそれほど大変な作業じゃあなかったし。
「でも、どうして急に? 何かあったの?」
 栞さんが尋ねる。作業量がどうあれ突然だった事は突然だったわけで、となればその言葉の通り、何か切っ掛けがあったと思うのが普通だろう。僕だってそう思う。
 そして切っ掛けになり得る出来事と言えばやはり、高次さんと家守さんの件だろうか。今はまだ同棲ではなく単に高次さんがお泊まりに来ただけという形ではあるものの、夫婦も同然なんだからそれは些細に過ぎる問題だろう。となればそれを真似て――と言ったら大吾と成美さんに失礼かな。それを受けて思うところがあり、自分達もそうしようと考えるに到った、というところかな?
 しかし、そうではないようで。
「昨日の夜、オマエ等が言い合いしてた時にこっちでもちょっと、あってな。それからずっと考えてたんだよ、どうやったらちゃんとコイツの隣に並べるかって」
 そこまで聞いて、やっと分かった。昨晩から言っていた覚悟の話だ。昨晩の時点ではまだ高次さんは現れてなかったんだから、自動的に僕の推論は外れだという事になる。
「つってもそんなのはオレの気持ちだけの問題で、わざわざこんな引越しみてえな事までする必要なんかねーんだけどよ……なんか、目に見える形でも示したかったっつーかな」
 気持ちの問題を気持ちだけで済ませるなら――例えばこの件についてだと、大吾が成美さんに「覚悟ができた」と報告するだけになる。それだと残るものが何もないわけで、だから成美さんは大吾の覚悟を無条件に信用するしかないも同然だという事だ。
「そんな事を言われてわたしに断る理由なんぞ、もちろんありはしないからな。この話、喜んで受けさせてもらったというわけだ」
 もちろん今の成美さんなら、無条件だろうがなんだろうが一片の疑いすらなく信用するんだろう。だけど、大吾がそれを良しとしなかった。そして覚悟と同時に、良しとしない大吾自身をも成美さんは受け入れた。どちらもが納得できるなら、誰から見たってこのほうがいい。
 僕は、そして僕に続いて栞さんも、二人に向けて「お幸せに」とお祝いの言葉を送った。嫌味でも冷やかしでも何でもなく、ただ純粋に言葉通りの意味を込めて。成美さんはにっこりとそれを受け取り、大吾は照れたようにそっぽを向いて「ん」とだけ返事をしてきた。結婚式とかじゃないんだからちょっと大袈裟かなとも思ったけど、まあ、間違ってもいなかったと思う。

「部屋が一つ空いちゃったねー」
「空いただけなんですけどね」
「まあねー」
 などという軽い会話を、衣を付けた鶏肉と煮える油のビチビチバチバチという音の中で。内容は結構重大なのに軽い会話で済ませられるのは、あの二人だからだろうか。
 それはともかく、本日は家守さんが欠席なので、毎晩恒例の夕食会は二人だけなのです。もしかしたら家守さんはこのまま卒業になっちゃったりするのかなー、なんてこれがアルバイトであるという点も含めて不安に思ったりもしたのですが、買い物帰りの車の中で尋ねたところ「元々夏の終わりまでっていう契約だったのをこっちの都合で切り上げるってのはねえ」との事で、家守さんは今後も当料理教室に在籍して頂けるそうです。
 それに付随して高次さんに僕との師弟関係を隠したまま料理を振舞えるのは明日の夜までという事になってしまいますが、「そこはアタシが折れるべきところだよね」なのだそうです。確かに僕からではどうしようもないので頷きましたが、さてあちらの夕食は上手くいっているのでしょうか?
「心配そうな顔になってますよ先生。でもそれ、どっちの心配なんですか?」
「どっちかと言われたら、一階のほうです。二つ隣さんは今更心配する事もないでしょう」
「ですよねー」
 恋人同士が同じ部屋で暮らすとなれば、まあいろいろある事でしょう。しかし何があるにしたって心配はないし、むしろ心配なんてしても要らぬお節介だろうしね。
「でも今は取り敢えず、目の前の料理に集中しましょう。衣の揚がり具合で結構違ってきますからね、唐揚げって」
「はーい」
 ……しかしまあ、一対一だといつも以上に生徒の上達加減が目立つなあ。初めて揚げ物を作った時は家守さんも栞さんも、跳ねる油を怖がってたのに。
「揚がり具合の確認のため、一個摘み食いしてもいいでしょうか先生」
「いいですよ。でも、そういう時は摘み食いじゃなくて味見と言いましょう」
「あはは、そうですね。それでは一つだけ……んむっ! あっふっ!」
「そりゃ、揚がりたてですからね」
 上達しても上達し切ってはくれないようで。でも、だから楽しいという部分もあるのかもしれない。……まあ、料理に限った話でもないけどね。

『いただきます』
「――でもよくよく考えたらさ、大吾くんと成美ちゃんって毎晩会ってるでしょ? それに昼間だってなんやかんやで一緒にいるし、結局あまり変化はないのかもね」
「ですねえ。まあ大吾だって会う時間を増やすだとか、そういう目的じゃあなかったんでしょうけど」
「それは、そうだね。本人も『目に見える形で示したかった』って言ってたし。会う時間がどうこうじゃなくても、成美ちゃん、嬉しかっただろうなあ」
「目に見える形で、かあ。やっぱり栞さんも、そういう事されたら嬉しいですか?」
「そりゃもちろんだよ。そのままだったら見えないものをわざわざ見える形で示すって事は、その見えないものを凄く大事に思ってるって事でしょ? それが自分絡みの事だったら、しかも好きな人からだったら、嬉しくないほうが変だよ」
「ですか。ですよね。うーん、じゃあ僕も何かそういったものを……」


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