(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十一章 前日 六

2011-05-31 20:35:04 | 新転地はお化け屋敷
「まあでも、見た目の印象だけっぽかったですけどね。異原さんとの遣り取りは相変わらずでしたし」
 という話はもちろん、それが宜しくないという意味ではありません。見ていてはらはらするような喧嘩というわけではなく、あれはあれで見ていて微笑ましいですしね。……まあ、音無さんなんかははらはらしてるんでしょうけど。
「あはは、まあ、私達からすればね」
 膝の上で笑う栞さんは、しかし何やら言いたいことがありげな物言いを。
「異原さんからすれば違うんじゃないかってことですか?」
「うん。何もなしに染めるのを止めたってだけだったら、もっと前に止めてるんじゃないかなって。異原さんと付き合い始めたことが切っ掛けだとしても、それなら付き合う直前か直後だっただろうし」
「ですかねえ」
 栞さんが言っていることは分かりますし、言われてみればそうかもな、と頷くこともできる話ではあるのですが、しかし。それでもやっぱり、相変わらず異原さんと言い合っていた口宮さん――今日は一方的でしたけど――を思い起こすと、ううむと首を捻りたくなってしまうのでした。
「こうくんはどう? 私と付き合い始めて、自分が何か変わったと思う?」
「僕ですか? ええ、そりゃもう色々と、思い知ってきたというか思い知らされてきたというかですけど」
「それだって他の人からしたらあんまり目立たないと思うよ? ここのみんなとかだったら、さすがにそうでもないんだろうけど」
「あー……そうですねえ。多分、そうなんでしょうねえ」
「変わった」と認識すべきか、それとも「それまで気付いていなかった自分の一面に気付いた」と認識すべきかはそれぞれによって微妙なところですが、それらを取り敢えず「変わった」という言葉で一括りにしておけば、僕は栞さんと付き合うことで色々と変わりました。
 そして思い付く限りのそれらは、確かに他の人の目からは確認し辛いであろうものばかりなのでした。
 例えば、今しているこの膝枕。お願いされて仕方なくするというのではなく、むしろ喜んで膝を貸しているなんていうのは、少し前の僕ならこう評していたことでしょう。「気持ち悪い」と。もちろんそれが自分だからというのはありますし、なので、他の人について一々そんなふうに思ったりはしませんけど。
「変わったから染めなくなったのか、それとも何かを変えようって決めたから染めなくなったのかは分からないけど、でも、少なくともそのどっちかだと思うよ」
 既に変わっているか、そうでなくとも近いうちに変わる。僕とは違って口宮さんの黒髪をそう捉えた栞さんでしたが、今になるともう、僕も「そうなんだろうな」と思わされていました。
「私が急に髪を真っ黒にしちゃったらどう思う? 白髪染めとかで」
「嫌です」
 急にそんなことを訊かれたので、と頭を働かせ始めた頃には、もう既に返事をしてしまっている僕でした。
「あはは、期待してた返事とはかなり違うけど――でも、嬉しく思っとくよ。いいんだよね? そういうことで」
「はい」
 この強情さも栞さんと付き合い始めてからだよなあ、多分。そんなふうに思いながら僕は、染めているわけでもないのに黒くない栞さんの髪を、再度撫で始めるのでした。
「明日、上手くいったらさ」
 気持ちよさそうにとろんと目を細めながら、栞さんが言いました。
「もっと変われるのかな、私とこうくん」
「全部上手くいったら、結婚までするってことになりますしね。何かしら変わると思いますよ、さすがに」
 もちろん、楽天的にそう言ってばかりもいられないというのは分かっています。けれど今は、今くらいは、そんなもしもの話をしてもバチは当たらないでしょう。
 すると栞さんは、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で小さく笑い、そしてこう言いました。
「何でも変わればいいってことでもないんだろうけど……もっと変わりたいなあ、私。もっともっと、大好きな人に合わせて」
「そうですね」
「大好きだよ、こうくん」
「僕もです、栞さん」
 些細なことで照れたりする割に、この一言だけは照れることなく言えるようになっていました。これも、「栞さんと付き合い始めて変わったこと」に含めてしまってもいいんでしょうか? まあ誰に文句を言われるわけでもなし、そういうことにしておきましょう。

 さて、予め決めていたのならその予め決めていた通りにしますよね、ということで。
 膝枕のする側される側を交代することになりました。
 決まっていたことなんですから仕方ないですよね、と誰に向けた何のためのものなのかは分かりませんが言い訳っぽいことを思い浮かべたのち、栞さんの膝をお借りしまして。
「私がするのって初めてだっけ? 膝枕」
「あー、どうでしたっけねえ?」
 というふうに明確に思い出せない時点で、恐らく初めてなのでしょう。そうでなかったとしたら、その時の記憶はバッチリ残っていることでしょうから。
 しかしそれでも初めてですと言い切れないのは、「膝枕ではないけど密着していた色々な記憶」があってのことなのでしょう。例えば、胸の傷跡の跡を触らせてもらっている時とかの。
「ふふ、まあどっちでもいいけどね」
「そうですね」
 初めてであろうとなかろうと、今現在いい気分なのは覆しようもないのです。それで覆るとしたら、さっきまでの栞さんだって覆されちゃうわけですし。交代直前なんて、「このまま寝ちゃいそう」とまで言ってましたし。もちろん寝てくれてもよかったわけですけど。
 僕を見下ろしたまま嬉しそうに笑った栞さんは、僕の頭に手を伸ばしてきます。そしてついさっきまで僕がそうしていたように、頭を撫で始めるのでした。
「……思いのほか恥ずかしいですね、これ。やられてみると」
「止めた方がいい?」
「そういうわけじゃないですけどね」
 そんな質問にはもちろんそんな返事をするわけですが、しかし栞さん、どう見ても「初めから分かっている」顔なのでした。その質問の最中に手を動かしたままだったりもしますし。
 なんとなく悔しいような気がしたので、話を逸らすことにしました。
「栞さんほどさらさらな髪じゃないんですよねえ、残念ながら」
「そう? こうして触ってる分には、私もちゃんと気持ちいいけどなあ」
「…………」
 それはこれこれこうだからじゃないですか、という話を思い付きはしたのですが、しかし言わずにおきました。というか、言えませんでした。誰でも思い付きそうなことではあるんですけど。
「まあ、好きな人だからってことだろうね」
 ほら思い付かれた。――という苦い思いが顔に現れたのでしょう、栞さん、ちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべるのでした。
「私の髪だってそうかもしれないよ? こうくんが言うほどさらさらじゃなくて、こうくんがそう思い込んでるだけっていう」
「それはないと思いますけどねえ」
 否定しきれないのがなんとも歯痒くはあるものの、しかし、そういう側面が全くないというわけではないのでしょう。元からさらさらであるというところは譲りませんが、そのさらさらさの持ち主が栞さんであるというだけで三割増しくらいに感じていたり、というような。
 では、どうすれば正確に測れるでしょうか?
 というわけで僕は、自分の髪と栞さんの髪を同時に触ってみることにしました。
「少なくとも僕の髪よりはさらさらですよ、やっぱり」
「うーん、それは間違いなさそうだねえ」
 僕と同じことをした栞さんは、どこか残念そうにそれを認めるのでした。
「まあいいよいいよ、それでも私は一人で勝手に気持ちいいと思っとくから」
「力技ですねえ」
「そんなこと言ったら、特定の誰かを好きになるってこと自体がそうだし」
 なんだか僕、随分とパワフルに好かれているようでした。
 いやまあ悪い気がするわけではありませんし、それに今の言い方だと、栞さんに限った話でもないんでしょうしね。
 つまり、僕だってそうなのです。栞さんに対して。今の話が真実であれば、ですが。
「それにもう、好きってだけじゃ済まなくもなっちゃってるんだしさ」
「そうですねえ」
 栞さんは僕を必要としています。そして僕は、栞さんを必要としています。それは言ってみれば二つの身勝手な想いが都合よく重なっただけであって、だったらパワフルじゃなきゃ何なんだって話ですよね。弱々しかったら相手に押し付けられませんって、そんなの。
 ちなみにそれは、ものすっっっっっごく簡潔に言い表すなら、愛という言葉で表現するようなものなのでしょう。色々と条件の説明をはしょり過ぎてはいますけど。
「好きってだけで済ませられるんだったら、今のままでも充分なんだもんね」
「明日ちょっと忙しくなるのって、今が充分じゃないからですもんねえ」
 まあつまり、結婚したいという話。
 言いながら笑ってしまう僕でしたが、しかし栞さんは、笑いはしませんでした。微笑んではいましたが、それは元からあった表情でしかありません。下から見上げる瞳の奥には、それこそ力強い何かが見て取れるのでした。
「……キス、していい?」
 僕も、笑うのは止めることにしました。

「庭掃除に行こうかな、そろそろ」
 そう言って栞さんは立ち上がります。自分で設定した三十分という時間が経過したから、ということなのでしょう。
「あ、僕も行きます」
「来るだけだよ?」
「分かってますって」
 手伝わせてもらえないのはいつものことです。
 栞さんが仕事をしている間に昼食を作っておく、という選択もありなのでしょうし、普段だってそうすることはあるのですが、今日はついて行くことにしました。せっかく後のことを考えて三十分なんて制限時間まで用意したんですし、だったらその「後のこと」までせっかちに動くことはないでしょう。
 ところで、今作ることは放棄したにせよ、昼食についてなのですが。
「昼ご飯、どっちで食べます? 僕の部屋かこの部屋か」
「え? こうくんの部屋でいいんじゃないの?」
 栞さんはあっさりと言い放ちました。
 いや、それはそうなって当然ではあるのです。なにしろこの部屋、つまり栞さんの部屋には、食材というものが一切蓄えられていないからです。ならばこちらの部屋で食事をするには僕の部屋から食材を持ち込むか、もしくは僕の部屋で調理を済ませたあと、その完成した料理をこちらに持ち込まなくてはなりません。つまりどちらにせよ、僕の部屋からこちらの部屋へ持ち込まなくてはならないのです。調理前調理後問わず、食べ物を。
「……こっちで食べたいとか?」
「まあ、そういうことです」
 考え事をしている間に表情を読まれ、見事に的中されてしまいました。しかしいずれはどうせ自分から白状しなければならないことですし、だったらそれに問題はないでしょう。
「本当のところ、朝ご飯もそうしたかったんですけどね」
「朝ご飯も? あれ、でもそんなこと全然言ってなかったような」
「栞さんの機嫌が凄く良さそうだったんで、水を差さないでおこうかなと」
「あー……。言ってくれればよかったのに、って私から言うのはちょっと酷なのかなあ」
「酷ですねえ」
 それはつまり、機嫌が良かったことについての自覚はある、ということなのでしょう。自覚を持って機嫌を良くしてくれていた、というのはさて、喜んだり嬉しがったりすることにあたるのでしょうか?
 しかしまあ、それはともかく。
「そういうことだったら、せめてお昼ご飯だけはねえ。そうだね、こっちで食べよっか」
 栞さんからすれば割とどうでもいい話なのでしょうが、快く承諾してもらえたのでした。……いや、どうでもいい話ゆえに断る理由も特にない、ということなんでしょうけどね。

「お」
「あ」
 庭掃除のために外へ出たところ、お隣さんの台所の窓からこんにちは。いつもならこの展開でそこにいるのは僕達の外出もしくは帰宅を察知した成美さんなのですが、今回はたまたま通りかかった大吾なのでした。
「大学――にしちゃあ中途半端な時間だな。庭掃除か?」
「せいかーい。よく分かったね大吾くん」
「オレ等の行動パターンなんてかなり限られてるからなあ」
 急に自分も加えた話にしてしまいましたが、まあ間違ってはいないでしょう。
 そして大吾も加わった話になったということで、こういう展開にも。
「んじゃあその掃除が終わったら散歩行くか。オマエ等はどうする?」
「いつも通りだよー」
 僕へは目配せすらなく、栞さんが即答。これもまた限られた行動パターンの一つだから、ということになるのでしょうか。
「そっか、じゃあ終わったら声掛けてくれな。あと一応、フライデー達にも」
「うん。ちょっと待っててね」
 そうして一旦おいとましようとしたところ、部屋の奥から「また後でなー」と成美さんが声だけで。一度も会ってないんだから「また」ではないような気がしますが、まあ細かいことでしょう。
「また後でねー。……ああそうだ、大吾くん」
「ん?」
「今日、楓さんと高次さん、仕事お休みで部屋にいるよ。そっちにも声掛けてこようか?」
「そうなのか。んじゃ頼むわ」
「うん」
 頼まれた栞さん、早速と言わんばかりにすたすた歩き出しました。
 だったら僕もついていこうとするわけですが、
「なんか機嫌良さそうだな、アイツ」
 僕にだけ聞こえる声で、と言っても栞さんは少し離れた位置なので普通の声量ではあるのですが、大吾はそう言ってきました。
「そうみたいだね、今日は」
「みたいだねって、どうせオマエがそうさせてんだろ」
「間違ってはないだろうけど、どうせって何さどうせって」

 ええどうせ僕ですとも、栞さんをご機嫌にさせてるのは。
 ということで、そんな栞さんとともにまず訪れたのは101号室。掃除よりもこちらの用事が先のようでした。
「あらお二人さん、もういいの? さっき会ってからあんまり時間経ってないけど」
「『もういいの?』ってそれ、どういう意味ですか」
 その質問返しに家守さんは答えてくれませんでしたが、変わりに「キシシ」と厭らしく笑うのでした。つまり、そういう意味なのでしょう。
「今から庭掃除で、それが終わったらお散歩にするそうなんですけど、楓さんと高次さん、どうですか?」
 家守さんが言ったことを分かっていないのか、それとも分かっていて聞き流したのか。どちらなのかは判断できませんでしたが、ともかく栞さん、まるで動じず要件に入るのでした。
「あ、そっちの用かあ」
 何か他の用件を想定していたらしい言葉を呟いてから、家守さんは答えます。
「もちろん参加するよー。今日は本当に予定が一切ないからねえ、アタシも高次さんも」
「分かりました。じゃあ大吾くんにも言っときますね」
 初めから返事はそうであろうと分かっていたでしょうに、栞さんは嬉しそうでした。まあそんなに多くはないですしね、家守さん達が散歩に参加するって。
 ――と、本来の用事はこれだけで終了なわけですが。
「何か別の用事で来たと思ってました? 僕と栞さん」
「ん? ああ、まあね。明日の話かなって」
 予想していた通りでした。そりゃまあやっぱり、そういうことになりましょう。
「でも違うならいいよ、全然。そのつもりがないのに無理してしなきゃならないってことでもないしさ」
 家守さんからその話を振られたらこちらとしては断り難い、ということを家守さん自身も承知しているのでしょう。こちらが何かを言うより先に、そうしてちょっと大袈裟めに却下してくるのでした。
 返事をしたのは栞さん。
「どのみちその話は晩ご飯の時にするつもりですしね。だから、その時に宜しくお願いします」
「うん、こっちとしてもそのほうがゆっくり話せるしね。それじゃあ今は、お仕事頑張ってきてください」
「はーい」
「僕は見てるだけなんですけどね」
 本当にのんびりしてるのが自分だけみたいでちょっと後ろめたいような気分にもなりましたが、まあ、考え過ぎなのでしょう。
 というわけでここでの用事は済み、次は102号室です。

「おはようございます」
 チャイムを鳴らした102号室から聞こえてきた「はーい」という返事は清さんのもので、ならば玄関まで出てきたのも、やっぱり清さんなのでした。
 いろいろあったような気がするけどまだ「おはようございます」の時間なんだよなあ、なんてことを思ったりもしたのですが、それはいいとして。
「おはようございます。今日は出掛けてなかったんですね、清さん」
「ええ。んっふっふ、まあ、特に理由があるわけではないんですけどね」
 雨が降ってるとかでもないんですし、そうなんでしょうね。……いや、清さんなら、その気さえあれば雨の中でも出掛けそうな気はしますけど。
 それはともかく本来の用事です。
「そこで出掛けませんかっていうお誘いなんですけど、どうですか? まあいつもの散歩のことなんですけど」
「んっふっふ、一人で出掛けるのはいつものことですけど、一人で残るのはちょっと寂しいですからねえ。もちろんご一緒させて頂きます」
 家守さんの時と同じく、予想と違わない返事。
 断る理由なんてそうそうないでしょうしねえ。というのは、同じく参加する側の人間としての意見です。今現在は誘いを掛けている側ですが。
「じゃあ今日は全員揃うんですねえ」
「家守さん達もいらっしゃるようですし、そういうことになりますねえ」
 あまくに荘全住人総出での散歩。何だかオーバーな表現に聞こえてしまいますが、実際そうなんだから仕方がありません。だからといってどうなるというわけでもないですけど。

「みんなを待たせてるって考えたら、ちょっと焦っちゃうねえ」
 仕事に取り掛かり始めたところ、小さく笑いながら栞さんは言いました。
「そんなふうに思うようなことじゃないんでしょうけどね」
 ないんでしょう「けど」、ということで、僕もそんなふうに思ってしまっているわけです。それでもやっぱり手伝わせてはもらえないので、手も足も出しようがなく思うだけなのですが。
「まあ焦っても仕方ないですし、そもそも焦るようなことじゃないんでしょうけど」
「あはは、ごめんね。こうくんなんか特にそうだよね、見てるだけだし」
「いえいえ」
 僕も同じように思っていることは察せられてしまったようですが、取り敢えずそれを積極的に認めはしないでおきました。それは手伝わせて欲しいと言ってるようなものですし、これまでの経験からして、栞さんはそう言われるのを形式的にでなく本気で嫌がってるみたいですしね。
 多くは言わない僕に何を思ったのか、それとも今日ずっとそんな感じなのが引き続いているだけなのか、以降の栞さんは機嫌が良さそうなのでした。
 手伝わせてもらえないと分かっていて着いてきているということで、僕は掃除中の栞さんを眺めるのが割と気に入っています。……聞こえが悪いので、あんまり大っぴらには言わないほうが良さそうな趣味ではありますが。
 しかしそれはともかく、今日は更にその栞さんがご機嫌そうだということで、いつも以上に眺め応えがあるのでした。

「大吾くーん」
 呼び鈴の代わりに直接声で呼び、すると奥から出てくるのは大吾。そりゃそうですが。
「おう、ご苦労さん。んじゃこっちも始めるか」
 お互いに仕事だからそんな返しにもなるのでしょうが、その仕事というのが庭掃除と散歩。仕事っぽくないというのは、しかし今更言いっこなしということにしておきましょう。
「楓さんと高次さん、一緒に来るって。あと清さんも」
「お? 清サン、今日は出掛けてなかったのか。んじゃあ久々に全員揃うんだな」
「うん」
 という話を別の場所でした時も嬉しそうだった栞さんはもとより、大吾もどことなく嬉しそうに見えるのでした。まあ仕事とはいえ好きでやってるわけですし、そりゃそうもなろうというものですが。
「成美ー、散歩行くぞー。今日はみんな揃ってるってよー」
「おー」

 というわけで、玄関前に全員が集合。今回は成美さんが小さい身体で、ならば必然的に、というほどでもないですが大吾の背中は成美さんに占領されています。そしてそんな大吾の右手にはジョンのリードが握られていて、その先のジョンの背中の上にはナタリーさん、更にナタリーさんの頭の上にフライデーさんが。ただでさえ全員集合で大所帯然としているのに、そこだけですっかり大所帯なのでした。
「よーし出発ー!」
 成美さんが前方を指差して号令。ならば散歩開始、ということで全員が歩き始めるわけですが、
「そんなふうに言われたらなんか乗り物みてえだな、オレ」
「いやだいちゃん、どっからどう見ても乗り物でしょうよ」
「んっふっふ、実際乗られてますし、自動で歩いてくれますしねえ」
「アクセルもブレーキもハンドルも自動って考えたら、自動車とかより怒橋くんのほうがよっぽどいい乗り物ですよねえ。乗せてもらえる人は限られますけど」
 目上の三名からいきなり弄られ、大吾は苦々しい笑みを浮かべます。せっかく久々の全員集合だというのに、と言うべきか、久々の全員集合だからこそ、と言うべきか。
「ということは私の場合、ジョンさんが乗り物ってことになるんでしょうか?」
「ふうむ、だったら私の場合はナタリー君が……いや? ナタリー君は動いてないんだよねえ? ジョン君が乗り物の乗り物、ということになるんだろうか?」
 乗られているのは大吾だけではない、ということでこちらも同様の話題が。しかしどうやらこちらでは「乗り物」という言葉に嫌味な思惑が含まれていないらしく、そこを話題の本質とするなら、まるで別の話題ということになるのかもしれません。
「どうでもいいだろんなこと。つーかオマエ浮けるんだし、そもそも誰かに乗る必要がねえだろ」
 まるで別の話題ではあるものの、乗り物扱いされた身としては耳触りの良くない話だったのかもしれません。やや八つ当たり気味に、大吾がフライデーさんに噛み付いたのでした。
「そんなこと言っちゃったら大吾君、君が成美君を背中に乗せる必要だってないんじゃないかい? だって成美君、自分の足で歩けるんだし」
 浮けるから誰かに乗る必要がないと大吾は言いましたが、しかし言われてみればそうでした。浮ける浮けないなんて関係なく、自分の意思で移動できる時点で、誰かに乗る必要はないのです。あくまでも必要がないというだけのことですが。
「降りろって言うかい? 成美君に」
 フライデーさん、思いっきり嫌味ったらしい口調なのでした。ジョンとナタリーさんについて話している時は全然そんなことなかったのに。
「ふむ、言われたら降りるが、どうだ大吾?」
 何故か成美さんまで同じような口調でそう言いました。
「言えって言われたって言ってやらねえ」
 同じような口調であるなら成美さんのそれもまた嫌味だったのでしょうが、しかし大吾からすれば、「反発する」という形に持っていける助け舟になったようでした。
 果たして成美さんがそこまで計算して今のようなことを言ったのかは、敢えて確認は取らないでおくことにしました。


コメントを投稿