(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十九章 騒がしいお泊まり 前編 二

2008-10-06 20:57:52 | 新転地はお化け屋敷
「あの、家守さん、こちらは? 日向さんって兄弟がいたんですか?」
 質問を投げ掛けたのはナタリーさん。そっか、これが初対面って事になるのか。動きを見せたナタリーさんを、椛さんが「お、その子か。電話で言ってた蛇さん」と言いながら、上から覗き込む。するとその触覚のような髪は、重力に逆らわずナタリーさんに向かって垂れた。
「このチョウチンアンコウみたいな髪形のがアタシの妹で、椛。それで、男の人がその旦那さんの月見孝治さん。とんでもなく似てるけど、こーちゃんとは赤の他人だよ」
「そうなんですか」と動きなく返したナタリーさんはくいと首を持ち上げて、「チョウ……」とうめくような声を上げた椛さんを見上げる。
「初めまして。最近あまくに荘に住まわせてもらう事になった、ナタリーです」
 僕と孝治さんの似た者同士っぷりにさほど驚いていないのは、ちょっと肩透かしでもあった。でも、礼儀正しいのはいい事だと思う。うん。
『初めまして』


 月見夫婦との再会ののち、待っていた問題は部屋割り。椛さんと孝治さんは元々いた部屋で決定したようだったけど、残るは普段、バラバラの部屋に住んでいる僕達だ。
「一人一部屋ってのもアリだけど、それじゃあ味気ないよねえ?」
 嬉しそうにそう言ったのは家守さん。これには反対意見無し。しかしだからと言って全員同じ部屋というのも、なんとなく審議に足る意見ではないような。
「やっぱり、男女で別れる?」
 次いでの提案は栞さん。僕もそれが無難かな、と思ったものの、
「ええ、なんかちょっと面白味に欠けるなあ」
「ですねえ。んっふっふ」
 男性女性それぞれの最年長者が、不満を呈する。
「……お前達、さては初めから頭に浮かべているんだろう。どういう部屋割りにしたいか」
 成美さんが不信感も露わに言うと、大人達はニヤニヤにこにこと微笑むばかり。その意味するところは分からなくもなかったのですが、サタデーがはっきりと言い切ってくれました。
「そりゃそうだろうよ、哀沢。COUPLEが二組だゼ? 考えに入れないほうがSTRANGEだっての」
「あ、そうか。そうですよね、好き合っている者同士なんですから、同じ部屋のほうがいいですよね。さっきの椛さんと孝治さんも、夫婦って事はそういう事なんでしょうし」
「ワフッ」
 ナタリーさん、冷やかしじゃなくて本気で言ってるんだろうなあ。ジョンの尻尾も肯定的な揺れかたしてるし。
 しかしそんな逆境の中、成美さんは大変ご不満の様子で声を張り上げるのでした。
「そうはいくか!」

 ――という事があって、
「ま、寝る時以外の移動は自由だしな」
「そうだね」
 大吾と二人部屋に。お互いに若干声が沈みがちなのは、気のせいだったりするんだろうか。いや、そうではあるまい。
 窓から見える庭の景色は相変らず見事なものの、今の気分がそうさせるのか、がらんとした印象が拭えない二人部屋。そんな部屋に現在、それぞれの荷物を部屋隅に放り投げ、適当に寝転んでいる男二人の図であります。
 ちなみにここ以外は一つ右隣の部屋に栞さんと成美さん、そのもう一つ隣の部屋に家守さんとナタリーさん、そしてここの左隣の部屋に清さんとジョンとサタデー。実に四部屋も使っての部屋割りなのでした。月見夫婦を入れれば五部屋です。男女分けなら二部屋で済んだのに。そりゃ、少なければいいってものでもないんでしょうけど。
「で、なんだっけか。『お呼びが掛かるだろうから部屋で待っとくように』だったよな」
「だったね。この家の人に挨拶もなんにもしてないしね、まだ。やっぱその辺かな?」
「だろうな」
 仲居さんが言っていた使用する部屋がどこになったかの報告は、家守さんが行ってくれるらしい。さて、呼ばれるのを待つ側とすれば、この時間をどう過ごせばいいのやら。
「そう言えばオマエと二人っきりになる事って、あんまなかったよな」
「そうだっけ? ……そうだね、そう言えば」
 言われてみて思い返した限りでは、確かにそう回数はなかった。
「せっかくの機会なんだし、この状況を活かした話でもしてみようかと思う」
「いいね」
 若干大吾らしからぬ口調での提案ではあったものの、賛成。二人揃って仰向けに寝転んだままだけど。
「少し前、オレもオマエも好きな奴と無事付き合い始めたわけだけど、その後どうよ」
「順調かつ手探り中。そっちは?」
「あー、似たようなもんだな。オマエ、毎晩喜坂に会ってるだろ? オレも会ってるんだよ一応。何かするってわけでもねえんだけどな」
「何もしてないんだ」
「何もしてねえな。そっちは?」
「何もしてないね」
「何もしてねえか」
 やや、間。意識して大きく呼吸をしたんだろう、大吾の胸が上下した。
「いや、オマエ等って進展早かったからよ、もしかしたら何かしてるかもって思ってたんだけどな」
「早かったって言われても……まあ、キスはちょくちょく、だけど」
 後半、独り言のようになってしまう。頭の中ではもっと堂々と言える筈だったんだけど。しかし大吾がそんな事まるでお構いなしに「ああ、それはオレもそうだ」なんて言ってきたもんだから、気にする気すら失せてしまった。
「じゃあさっき言ってた『何か』って何なのさ」
「そりゃオマエ、アレしかねーだろ」
 夜とかだったら盛り上がりそうな会話内容も、昼間で、しかもだらだらと寝転んだ状態だと、いっそ盛り下がる勢いだった。いや、下がる勢いがそもそもありませんが。
「別にがっつくわけじゃねーけどよ、やっぱ意識くれえはすんだろ? 普通」
「まあ、ね。お互い、本気で好きな人なわけだし」
 今はともかく、ずっと小さいままだった頃の成美さんにそれは――とも思ったけど、口にはしないでおいた。今言った通りに本気で好きな女性なんだから、考えるくらいはそりゃするだろう。もちろん僕や大吾だけでなく、あっちだって。
 ……そう考えると、成美さん本人にとってはかなりの重圧だったんじゃないだろうか。いや、大きなお世話に過ぎて無礼千万なのは承知の上ですが。
「成美がイレギュラーで大人っぽくなれるようになったのも、ぶっちゃけその辺の話だと思うんだよ、オレ」
 そうでないものもあるらしいけど、イレギュラーの内容は本人がどこかで「そうなりたい」と思っている部分を反映する。家守さんは、そんなふうに言っていたと思う。
「かもね」
 考えていた事と大吾の発言が重なり過ぎていたので、ついつい即答してしまった。
「……オマエ、今何考えてた? あっさり頷き過ぎじゃねえか?」
「……ごめん」
 穴があったら入りたいけど、できたら穴の位置は僕から半径五メートル以内でお願いします。遠いとダルいです。


「まったく、人の家に呼ばれて早々、何を考えとるんだ家守も楽も」
「まあ、これが他人事だったら栞もそんなに変わらないかもしれないけど……」
「お前もだな、もう少し抵抗したらどうだったのだ? 苦笑いを浮かべてばかりで、放っておいたら言われるがままだったんじゃないのか?」
「うーん、そうかもね」
「そうかもねって、お前な」
「だってみんなでこうしてお泊まりするなんて、あんまりないでしょ? その時くらいは、そういう事があってもいいかなって」
「む。……もしかしてわたしは、余計な事をしてしまったか?」
「ああいや、そういうつもりじゃないけどね? 女同士なら女同士なりに、できる事もあるだろうし」
「女同士なりに? とは、例えば何だ?」
「ふふ、今してるみたいな話。大吾くんがいたらできないでしょ?」
「……なるほど。女同士と言っても家守は勘弁だが、お前が相手なら抵抗感もあまりないな。で早速だが、次はどんな話だ?」
「うーん、じゃあ、お互いに彼氏と今どんな感じなのかとか」
「むう、いきなり敷居が高そうだな……」


 暫らく大吾と下世話な話題で盛り上がっ――てはいないもののそれなりに話を進めていると、静かな部屋にノックの音が響いた。待っていた呼び出しが掛かったのかと気だるい体をだらだら起こし、それでもドアを開ける頃には幾らか気を張ってみたところ、しかしそこに立っていたのは家守さん。
「はい。鍵預かってきた」
「あ、ありがとうございます。……部屋に入ってから鍵を貰うって、順番逆じゃないですか? 今更ですけど」
「あはは。だってここ、いつもなら幽霊専用なんだよ? 壁とか鍵とか、実のところあんまり意味ないし。すり抜けちゃえばいいんだから」
「まあそうですけど」
「ああ、それでも壁抜けるのは厳禁ね。結界って言ったら伝わりやすいかな? この家でそんな事したら即バレるし、それなりに怒られるからね。――と、だいちゃんにそう言っといて」
「は、はあ」
「最初っからドアに鍵掛けとくとさ、ついついすり抜けて中を覗き込んじゃう人がいるんだって」
「ああ、想像してみたら気持ちは分からないでもないような」
「でしょ? ――にしても、カップル同士で部屋分けしてたらこんな心配もしなくて良かったんだけどねえ?」
 締めにはやっぱり人をからかう時の笑みを浮かべつつ、「じゃ、ごゆっくり」と家守さんは隣の部屋へ。恐らくは栞さん達の部屋に行って、同じように鍵を渡して、同じような話をするんだろう。ふう。
 声は聞こえていたのだろう、「ヤモリ、何て?」と寝転んだまま尋ねてきた大吾に鍵を見せ、あちらがそれを見て「ああ」と納得したのを確認してから、こちらも再び寝転ぶ。
「あと、隣に成美さんがいるからって壁抜けしちゃ駄目だぞって」
「言われなくてもしねえよ、んな事。普通にドアから入りゃいいだけの話だろうが」
「まあ、そうなんだけどね。ちなみにもしやろうとしたら、すぐバレて怒られるらしいよ。結界って言ってたけど、すぐバレるって事は警報装置みたいなものなのかな?」
「ふーん。まあ客向けの建物なんだし、しかもヤモリの同業者らしいし、それくらいはあんだろうな。盗みだ覗きだ、やりたい放題になっちまうし」
 家守さんの同業者だと言うだけでこんな不思議話に説得力が出るんだから、凄いものだ。そんな話を聞いてだらだら寝転んでいられる僕達も、大したものなんだろうけど。


 さて。それからあまり時間も経たないうちに再びドアがノックされ、今度こそはと思いながらドアを開けると、本当に今度こそ先程の中居さんなのでした。呼ばれて廊下に出てみればそこには清さんとサタデーとジョンもいて、中居さんは引き続き順々に部屋のドアをノックし、中の人を呼び出していきました。そうして最後に月見夫婦が呼び出されて廊下に全員集合すると、中居さんを先頭にしてぞろぞろと移動開始。話によると、「当主がお呼びです」との事なのですが……。
 離れから戻った事だけはなんとか分かるものの、廊下のどこをどう歩いたのか。
 ある部屋のふすまの前で座り込んだ中居さんは「失礼致します。お客様をお連れ致しました」とそう言い、引き手を使って少しだけふすまの間に隙間を作り、次にその隙間へそっと手を差し込んで、人が通るスペースをするすると作り上げる。そのゆったりした振舞いに、作法だなあ、なんて感心していると、
「どうぞ、お入りください」
 声がしたふすまの向こう側に目を向けると、そこには三人、ぴしりとした正座で並んでいた。確か敷居を踏んじゃ駄目なんだっけ、なんて普段まるで意識してない事をここぞとばかりに意識しつつ、みんなに紛れて部屋の中へ。
 頭数から考えて一列では無理があるので――大吾が仲居さんに尋ねたところ、犬花蛇の三名も「是非ご一緒に」とのことだった――二列になって、三名に向かい合うようにして座り込む。もちろん人間組は正座だと思ったところ、サタデーもつるを器用に折り曲げて正座をしていた。ジョンはいつも通りのお座りで、ナタリーさんはとぐろを巻いてたけど。
「急な呼び立てにも関わらずみなさん揃ってお越し頂き、感謝致します」
 並んだ僕達にそう言ったのは、ぱっと見は清さんと同じくらいの年齢――三十台の中頃――に見えるものの、そして穏やかな表情を見せているものの、どこか威圧感と言うか威厳と言うか――を、放っている男性。そしてその両脇には、男性の言葉に合わせて頭を下げる女性と男の子。察してみるに妻と子という事なのだろうか、女性は男性と同じくらいの年齢に見え、男の子は小学校に入っているかいないかというところ。男の子は上下ともに裾の短い洋服だったけど、あとの二人は着物姿だった。
 ところで「裾の短い洋服」と言えば我等が管理人さんですが、本日は上下ともに長袖な普通の服装なのでした。いや、普段のあれだって普通と言えば普通なんですけど、さすがに他所の家に行く服装ではないという事なのでしょう。
 ともかく。
「楓さんと椛さん以外の方には、お初にお目に掛かります」
 中央の男性は、まずそう切り出した。楓さんはもちろん、椛さんもここへ来た事があるという事だろう。そりゃまあやっぱり、花嫁の家族なんだし。
 そして、あちら側の自己紹介が始まる。
「四方院家現当主、四方院定平(しほういんさだひら)と申します。こちらは妻の文恵(ふみえ)、こちらは息子の義春(よしはる)です」
 紹介を受けて、奥さんと息子さんがそれぞれ軽く頭を下げる。その際、「お父さんに倣った」という事だろう、息子さん――義春くんが、挨拶をしてきた。
「お初にお目に掛かるます」
 緊張したという事だろうか、ちょっとだけ間違ってしまっていた。
 笑ったら可哀想なんだけど、こちらも緊張していたところへ突然だったので、抑え切れずに笑みが零れてしまう。まあ同時に他数名の含み笑いも聞こえてきたから罪悪感は半減だったけど。
 何を笑われているのか分からない、と言ったふうに隣の父親を見上げる義春くん。しかし定平さんも、そしてその向こうで文恵さんもまた薄く笑みを浮かべている。弱り果てた表情の義春くんに定平さんはその頭へぽんと手を乗せて一撫でし、見せ付けるようにゆっくりとこちらを向き直す。撫でられた事で元の表情を取り戻した義春くんも、それを見て同じくこちらに向き直った。
 改めて、定平さんが口を開く。
「既に楓さんか椛さん、もしくは家の者からお聞きになっているかもしれませんが、この家にいる者は全員、霊が見える体質です。私自身も妻も子も、例外ではありません」
 そう言えば今日はそんな話をしてないけど、確か以前、みんなでプールに行った時にそんな話になった気がする。受付の人から監視員まで、みんな揃って幽霊が見える人達だったからだっけ。
「なので、何か御用の場合は気兼ねなく手近な者に声を掛けて下さい」と続ける定平さん。それはもちろん幽霊のみんなへ向けた言葉で、向けられたみんなはそれぞれ了解の意を込めた返事とう頷きを返すんだけど、その優しい口調に思わず僕まで「はい」と返しそうになる。こういう場所の偉い人と言うと「非常に厳格な見るからに怖いおじさん」を連想していたんだけど、そこへこんな感じだから余計に緊張すると言うか。
 ……そう言えば以前会った山村夫妻だって定平さんと同じ立場だし、しかもやっぱり気さくな人達だった。結局は「非常に厳格な見るからに怖いおじさん」なんて、先入観でしかないのかもしれない。それとも、稀なケースに二度続けて立ち会ったという事だろうか?
「……さて、前置きはこのくらいにしておきましょうか」
 定平さんが言う。そしてそれを合図に、緊張した空気がふっと和らいだ気がした。いや、僕が勝手に緊張してただけなのかもしれないけど。
 しかし、義春くんが足を崩したのは確かだった。さすがにまだ小さいだけあって、あまり正座を長続きさせられないのかもしれない。そして足の事以上に小さいだけあって、いや、小さいとか関係無しに気になっておかしくもない事なんだけど、その丸く綺麗な目は興味津々、犬と花と蛇を、しっかりと捉えているのでした。
 かたやその母親さんと、続いて父親さん。
「それにしても、話に聞いていたとは言え本当にそっくりなのですね」
「初めに部屋に入ってこられた時、驚いて声を上げそうになりましたよ」
 言わずもがな、僕と孝治さんの話だ。こんな場所で話の矢面に立たされるとどうも落ち着かない、ともう一方の矢面に起つ人物のほうへ逃げるように視線を滑らせると、あっちもこっちを見ていました。しかもこっちと同じく、苦笑い。ううむ、自分でも怖いくらい似てるなあホント。
「おい、ヤモリ」
 そんな時、隣へ向けてひそめられた大吾の声。と言ってももちろん同じ部屋にいる全員がそれに気付くわけだけど、それでも家守さんは「なに?」と同じく小声で返し、大吾もその調子のまま続ける。
「すっげえこっち見てんだけど」
 言いながら視線を送る先は、義春くん。僕と孝治さんの話なんて耳にも入っていない様子で犬と花と蛇を見詰め続けるその目は、何か期待に満ちているような輝きを放っていました。多分、動物達の隣でひそひそ話をしているタンクトップのツンツン頭の事なんて、見えてもいないのでしょう。
「義春くん」
 指摘を受けて家守さん、声を掛ける。
「こっち、来てみる?」
 呼ばれた義春くん、立ち上がる前に定平さんの顔色を窺う。見下ろす定平さんからにこにこと、そして静かに頷かれ、次いで定平さん越しに文恵さんの顔色も窺う。文恵さんの反応は、定平さんとまるで同じだった。そこまでしてからようやく立ち上がり、とことこと動物達の前へ。
「ワフッ」
「こ、こんにちは。私はナタリーと言います。見たまま、蛇です」
「俺様はサタデーだ! ……って、なあ姐さん、ここは敬語とか遣ったほうがいいのか?」
 義春くんから声を掛けられる前に次々と名乗った三名(ジョンは違うだろうけど)だったものの、最後にサタデーから質問が。そう言えば、どうなんだろう。それに答えたのは姐さんこと家守さんではなく、文恵さんだった。
「いえいえ、どうぞ気楽に接してあげて下さい」
「おっ、そうか? じゃあ普段通りでいかせてもらうゼ」
 いやサタデー、文恵さんにまでそれは……。
 しかしそこは特にお咎めもなし。それよりも、これから義春くんがどう動くかだ。で、当人から提案されたその内容は、
「一緒にお庭、行こ?」
 とのこと。もちろん断わる材料なんて一つもなく、返ってくるのは威勢のいい「OK!」という返事。多分ナタリーさんも何かしら返事はしたんだろうけど、そうだとしたら完全に掻き消されました。
「なあヤモリ、オレも行った方が良くねえか? ジョンのトイレとか」
「んー、そうそうないとは思うけど……そうだね。じゃあ頼むよだいちゃん」
 真っ先に気が付くのはさすがお世話係、というところ。そしてそんな粗相を家守さんに殆ど心配されないジョンもまた、さすが。サタデーやナタリーさんのように、人間の言葉が分かるなら人間のルールを伝えるのも簡単だ。だけどもそうはいかず、しかしそれでもルールを把握しているのはつまり、ジョンが利口だという事だろう。これが僕だったら、犬に吠えられて犬のルールを理解しろと言われても絶対無理だ。
 というわけで、大吾が退室。トイレの世話という事なら携帯トイレを持ち出すんだろうから、まずは部屋に戻って荷物からそれをとってくる事になるんだろう。
「ねえ姉貴、もう一人くらい行ったほうがいいんじゃないかな」
「ん? なんで?」
「だってだいごんだよ? 小さい子の扱いに慣れてるようには思えないんだけど」
「ああ、それは確かに。無駄に睨み付けて怖がらせそうだねえ」
 本人がいない所で結構失礼な家守姉妹。そして二人揃って『よし』と頷き合い、出てきた問題の解決策は「なっちゃん、お願い」、「お願い、なるみん」。成美さん、「……正直、『もう一人』の時点で予想はしていたが」と非常に迷惑そうな顔。しかしふっと息を吐き、
「まあ、いいさ。お前達の言い分も分からないではないからな」
 というわけで、成美さんも退室。
 切っ掛け、という事になるだろうか? 成美さんの小さな背を見送って、それが閉じられるふすまの向こうへ消え、視線を定平さんと文恵さんへ向け直したところで、僕は「あの」とその二人に声を掛けた。返してきたのは、定平さんだった。
「何でしょうか?」
「家守さんの旦那さん……いや、ご結婚はまだなんですけど。その方は、どういう?」
 曖昧な質問だったと思う。答える側からしてみれば、家守さんの旦那さんの何を訊かれているのかという話だ。しかしそれでも、定平さんは答えてくれた。
「弟ですか?」
 僕が訊きたかったのは、そこだった。旦那さんは、この四方院家の中でどこに位置する人なのかと。しかし質問が曖昧だったので、定平さんは更に続ける。「そうですねえ、奔放かつ突飛、でしょうか?」と。どうやら旦那さんの人となりを尋ねたんだと思われたらしい。まあ、普通はそう取りますよね。
 定平さん、顎に手を当てて少し考える仕草。
「今海外に出向いているのも、結婚が控えているという事もあって私は反対したのです。しかし結局聞き入れず、無理に仕事を取り付けて本当に行ってしまった。恐らくは、けじめを付けるという考えだったのでしょうが……」
 言葉尻に歯切れの悪さを残しながらそこまで言い、そしてどういう思惑があってか、家守さんへと視線を向ける定平さん。すると家守さんは、首を軽く左右に振った。
「まあそういう事で、兄の私が言うのもなんなのですが、不思議な男です」
 家守さんの意思を受け、さっと話を終わらせる定平さん。どうやらここで言うべきではない話が後に控えていたらしい。――んだけど、その割には家守さん、嫌な顔をするどころか微笑んでさえいるのでした。ううむ、気になる。でも訊けない。


「おい、怒橋」
「ん? あれ、何でオマエまで出てきてんだ? 他はまだあの部屋だろ?」
「ふふん、お前の助っ人だ。動物の世話係としては認めてやるしかないが、子どもの世話となると話は別だからな」
「あー、そりゃまあ、ちょいと不安になってたとこだったけどよ……。でも、それで来るのがオマエか? オレと大して変わらねえような」
「馬鹿にするな。これでも子持ちなんだぞ、わたしは。しかも四つ子だ」
「そうなんだけどよ、それとはまた違うような気がすんぞ。自分の子と他人の子じゃあ」
「む? ……言われてみれば、そんな気がしてきたな」
「おいおい、大丈夫かよ。そもそもオマエ、喋り方も子ども相手のもんじゃねえし。強気っつーか……なんてえんだ? 高圧的?」
「お前に言われたくはないな。ふん、口調くらい、行けばどうとでもなるだろうさ」
「だといいんだけどな。……そっか、オレもか」


 大吾と成美さんが出て行き、僕からの質問も終了し、その後どうなったかと言うと。
「ここなんかだと裏手に立派な山があるじゃないですか。そういう所をただただ歩くのも好きですし見掛けた動物を追ってみるのも面白いですし風景を写真に写したり絵に描いてみたり時にはキャンプしてみたりとかもいいですねえんっふっふっふ今日も実は画材やら何やら持ってきているので山とかいえここの庭にもかなり興味がありますねえあとみなさんも驚いていたのですが表の立派な門なんかも――」
 家守さんから「多趣味な人」と紹介を受けていたらしく、しかしその趣味を語らせるととんでもない事になってしまうとは聞いていなかったのか、文恵さんが清さんに声を掛けました。で、この有様です。普段なら誰かしらが止めてくれるんですが、質問者が文恵さんという事もあって躊躇している間にこんな事に。


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