(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十四章 途上 七

2010-05-16 20:48:36 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで、世話焼きな兄に対して言うことがなくなった庄子ちゃんは、「行ってらっしゃい」というナタリーさんの言葉を受けつつ歩き出します。――が、数歩進んだところで立ち止り、こちらを振り返りました。
「日向さんは来てくれないんですか? その、知り合いなわけですし」
 来ない、ではなく来てくれない、な辺りから抱えた不安が滲み出ていますが、まあそれはいいでしょう。
「成美さん一人置いて行くってのもねえ。ああ、清明くんから見たらそうなるって話だけど」
 もちろん、実際には大吾と栞さんも一緒です。これのおかげで成美さんが僕の彼女だと勘違いされたこともありましたっけ――というようなことは、ともかくとして。
 普通に考えれば面識がなくとも「友達の友達」ということで会うくらいしてもおかしくはないのですが、しかしそこにはやっぱり霊障の壁があるのです。実体化していても、成美さんが幽霊であることに変わりはありません。
「そ、それもそうですね。じゃああの、一応ですけど」
 そう言いながら数歩進んだ分を戻ってきた庄子ちゃんは、僕にジョンのリードを渡すのでした。一応というのは、どうせすぐに戻ってくるつもりだけど、ということでしょうか。
「頑張ってね、庄子ちゃん」
「うん」
 ナタリーさんの励ましには素直に頷き、庄子ちゃんは再度歩き始めました。
 ……さて。
「よし行くか」
 大吾のそれは想定の範囲内ではある呼び掛けだったのですが、それにしたって躊躇がなさ過ぎだとも思わないではないです。まあ、兄妹だからということなんでしょうけど。
「えっ、行っちゃうんですか?」
 ナタリーさんが声を上げますがしかし、ナタリーさんだけだった、とも言えるでしょう。僕も含めた他はみんな、それぞれ苦笑であったり単なる笑みであったりを顔に浮かべながら、大吾の言う通りにしようとしています。
「こればっかりは単なる意地悪だけどな。今までみてえにあーだこーだ言うわけじゃなく」
「意地悪、ですか」
 殆どの人は大なり小なりそういうことをしたくなるものなんでしょうし、ナタリーさんだって例外ではないんでしょうが、しかしそう思ってはいてもやっぱりナタリーさんには似合わない行動です。意地悪をするくらいだったらその相手に抱き付く――正確には巻き付く、なのですが――ような蛇さんですし。
「うーん……でもまあ、私が一緒だと話し難かったりするかもしれないですし、私もそうします」
 結局やることは同じなのですが、もっともな理由を掲げてからこちらに同調するナタリーさんでした。
 というわけで、僕達はぞろぞろと歩き始めます。まあ、清明くんからすればジョンを連れた僕と成美さんだけなんですけど。
「ちょちょちょちょちょちょ」
 五歩も進まないうちに慌てた声が。この場でそんな声を出すのは、もちろん庄子ちゃんです。
「お、置いてこうとしてる?」
「してるな」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ意地悪で」
 清明くんがこちらを見ているのに思いっきり大吾と会話をしてしまっている庄子ちゃん。しかも、その間には既に何歩か分の距離があるので、清明くんの耳にも何なく届いてしまう声量です。まあ、僕か成美さんに言ってるようにしか見えないんでしょうけど。
「まあまあ、いいじゃないか。ああいう話をしないといっても、わたし達が一緒にいるよりは話がしやすいだろう?……と言ったのはわたしじゃなく、ナタリーなんだがな」
 その意見に納得したのか、それとも意見がナタリーさん発だからか、はたまたそれを言ったのが成美さんだからか、庄子ちゃん、渋々ながらも「そうですね」と納得するのでした。
 そして再び、清明くんのもとへ歩き始めます。
 それを見届けてから僕達も再度歩き始め、そしてその際、僕だけではありますが清明くんに手を振ったりもしつつ、散歩の続きを始めることにしました。
 少し歩いたところで大吾から「隠れて覗いてみるか?」なんて意見が出たのですが、それはさすがに栞さんと成美さんの両名から咎めらました。そりゃそうなりますとも。

 というわけで、あまくに荘。二度目の散歩が終了し、再度みんなで202号室に集まっているのですが、
「遅いな、庄子」
 庄子ちゃんだけがメンバーから抜けたままなのでした。あまくに荘に戻ってからそろそろ三十分程の時間が経過していて、現在は六時。外もさすがにちょっと薄暗くなり始めてきています。
「清明くんと別れて、そのまま家に帰ったんじゃないの? もう時間も中途半端だし」
 僕がそう言うと、しかし大吾は壁の時計を確認しただけで、特に何も言い返してはきませんでした。ちょっとくらい残念だったりするのかもしれません。
「庄子ちゃん、怒ったりしてないでしょうか? 先に帰っちゃったこと」
 繰り返しになりますが、散歩が終わって帰ってきてからそれなりの時間が建っています。これまでそういった不安を口にはしてこなかったのに、庄子ちゃんの話題になった途端、そんなことを言い出すナタリーさんなのでした。
 とは言っても、気になっていたのはずっと前からなんでしょうけどね。
「そんなことで怒るような娘じゃないと思うけどねえ」
「ワフッ」
 フライデーさんとジョンはそんな返事。普段はそう怒りっぽいってほどでもないですしね。大吾が相手の時はともかく。……ということは、大吾にだけは怒るんだろうか? 先に帰ったのは大吾も一緒なんだし。
「なんでそこでオレを見んだよ」
「いやあ、なんとなく」
 ついつい視線が思考に釣られてしまいましたが、若干不機嫌さが混じった口調な辺り、大吾も分かってはいるのでしょう。
 と、その時。ピンポーン、とチャイムが鳴らされました。鳴らしたのが誰なのかは、部屋内全員の考えが重なったことでしょう。応対に出たのは成美さんでしたが、案の定、「お帰り」とその相手を招き入れるのでした。
 ということで。
「えらい長話だったんだな」
「いや、それがその」
 兄による妹への詰問タイムです。兄としてはそんなつもりはないんでしょうけど、妹としては恐らくそんな感じでしょう。
「長話になっちゃったっていうのもあるんだけど、それだけじゃなくてさ。そうしてるうちに明美さんが帰ってきちゃって、家の中にまで上がらせてもらうことになっちゃって……」
 なるほど、そういうことなら遅くなってもおかしくはありません。明美さんが帰って来たというのは予想外でしたが、明美さんが庄子ちゃんを家に上がらせようとするというのは、予想外どころか「まあそうなるんだろうな」と。
 まあそれはいいとして、庄子ちゃん、だんだん口調がヒートアップしてきました。
「明美さん、酷いんだよ? 初めは居間に通されただけだったのに、別の場所に行ってあたしと清明くんの二人だけにするとか、仕舞いには清明くんの部屋に行かせようとするんだもん。清明くん本人すら困ってたのに」
 そりゃあ困るよね。――というのは庄子ちゃんへの同意でなく、男という立場から来る清明くんへのものなんですけどね。いきなり女の子を部屋に上げることになるなんて、僕と栞さんで考えても、場合によっては勘弁して欲しかったりしますし。
「……でもまあ、オマエが清明くんを好きだってはっきりさせたのは今日のことだけど、周りから見てたらそれ以前からバレバレだったしなあ」
 さすがに大吾も苦い顔でしたが、結局は「でも」なんて言いながら明美さんの側に立つのでした。もちろん、言ってることはもっともなんですけどね。
 そして、それに続くのは成美さん。
「自分の息子を好いている親しい客が来たとなれば、親としてはそういう行動に出たくもなるだろうさ。その客が全く知らない奴だとか、気に入らない奴だったりすれば話は別だがな」
 これが他の誰かだったならともかく、実際に親になった経験のある成美さんの言葉となれば、異論を挟む余地はありませんでした。親しい客だというのも、「おばさん」ではなく「明美さん」と名前で呼んでいる時点で、否定はできないでしょうし。
 で、そこに更に続いたのは栞さん。
「それに、清明くんの部屋に通されただけならね。友達っていう間柄で考えても、おかしいってほどのことじゃないんだし」
「ま、まあそうなんだけど……うーん、あたしが自意識過剰だっただけなのかなあ」
 三人から一斉に反論されて、明美さんへの考えを改めようとする庄子ちゃんでした。そうでなくとも先に言っている通り庄子ちゃんと明美さんは、会った回数がそれほど多いわけではないにしても親しいわけで、だったら何も本気で酷いことをされたと思っているわけではないんでしょうけどね。
「あ、あの、庄子ちゃん」
 と、ここで。
「さっきはごめんね、私達だけ先に帰っちゃって」
 庄子ちゃんが帰ってくる直前に心配していたことについて、ナタリーさんが謝りました。庄子ちゃんが返ってきてすぐに、というわけでなかったのは、謝ることを躊躇っている間に別の話が始まってしまったというところでしょうか。
「ん? あはは、そんなこと気にしてないって。っていうか、気にする余裕なんてなかったよ。なんせ心臓バクバクだったもん、ずっと。――ほら、おいでおいで」
 笑い飛ばし、そしてナタリーさんへ向けて手を伸ばす庄子ちゃん。ナタリーさんは一瞬だけ躊躇ってからするするとその腕を上り、首周りを一周して、庄子ちゃんの両肩へその細長い身体を預けるのでした。
「それにさあ、ここでナタリーのこと怒るんだったらあたし、この場の全員に怒らなきゃだし。そんなだったらまずここに戻ってきてないと思うよ?」
「……うん」
 いつもは身体を横たえつつも頭だけは持ち上げているナタリーさんですが、今回に限っては、頭も庄子ちゃんの肩に預けるのでした。そんなナタリーさんの頭を庄子ちゃんが指で軽く撫で、初めから違えてすらいなかった仲直りは完了です。
「実際どうなのかはさっき見たわけじゃねえけど、清明くんともそんなふうにしてりゃいいんじゃねえのか? いきなり緊張してガチガチになるくれえだったら」
 二人の様子を見て大吾がそんなことを言いましたが、庄子ちゃんは考える間も置かずにこう返しました。
「そんな都合よくいく筈もないじゃん」
 まあそりゃそうだろうね、なんて思ったら、そこから考える間を置いてこう付け足しました。
「――って、兄ちゃんに言っても分かんないか」
「なんでだよ」
 こちらも考える間を置かずに不機嫌そうな声色で返す大吾でしたが、「あ、いや、そういう意味じゃなくてね」と庄子ちゃん。いつもの兄を小馬鹿にする流れではないようです。
「兄ちゃんは成美さんとそんな感じだったからさ。緊張するどころか、おんぶしたり喧嘩したりでむしろ馴れ馴れしいくらいだったし」
 馴れ馴れしいという言葉が褒め言葉として使われているのは初めて聞きましたが、でもまあ、疑うまでもなく褒め言葉なんでしょう。
「ははは、確かにそうだったな。まあわたしについては、そんなことでうじうじするような年ではなかった、ということだろうが」
 大吾の返事より成美さんが笑うほうが早く、なので大吾は庄子ちゃんに言われたことだけでなく、その成美さんの言い分も合わせて考えることに。
 そうして少し頭を捻ると、
「じゃあ、オレはそれに釣られたって感じなんだろうかな。なんか落ち着かねえだろ? 実際の年齢はどうあれ、見た目はどう見ても子どもなやつに余裕見せ付けられたら」
 さすがに大吾以外でそんな経験がある人はまずいないのでしょうが、想像してみただけでも、その気持ちは何となく分かるような気がします。もちろん、分かったところで今後に活かせる機会は間違いなくないわけですが。
「まあ、わたしを子ども扱いしていたのはその頃だけの話だがな」
 僕がそんなことを考えていると、成美さんは自慢げに胸を反らせるのでした。現在の成美さんは散歩の時から引き続いて大人の身体なので、そりゃあ子ども扱いなんてできやしませんが――そういう話でないことぐらいは分かってますとも、ええ。
「…………」
 胸を反らせる成美さんの隣では大吾が複雑そうな顔をしていますが、まあ今になってそこに付け入るようなことは、僕達はもちろん、庄子ちゃんですらしませんでした。
 その代わり、栞さんとフライデーさんからこんな意見が。
「でも、大吾くんだったら相手がどんな人でもそんな感じだったと思うけどなあ。緊張してあわあわしてるのって、想像し難いし」
「私もそう思うなあ。それに、成美君に釣られてたって言うけど、それくらいのことだったら緊張してるのを隠し切れないと思うんだよね。正直言って大吾君、自分を取り繕うの下手だし」
 言われてみれば、それもそうでした。意地を張っているつもりでも本音がだだ漏れというのは、大吾という人物像の根幹とすら言ってしまえそうなくらいの要素ですし。多分。
「喜坂のはまだいいけど、オマエのそれはさすがに褒めてねえよなフライデー」
「いやいや何を仰るやら大吾君。私は、というか君の周りにいる者は皆、君のそういうところが好きなんだと言っても過言ではないんだよ?……だよね? 成美君」
「まあ、わたしの場合はそこだけを好いているわけではないがな」
 引き続いて胸を反らせている成美さんは、実に気分が良さそうに頷きました。
「ほーらほら。ね? だから、そんな怖い顔しないで」
「ふん」
 この場面だけを見るならば、フライデーさんは話を振った相手が成美さんで良かった、ということになるんでしょう。けれども実際のところは話を振った相手がだれであろうと、というかいっそ誰にも話を振らなくても、大吾があれ以上フライデーさんに迫ることはなかったでしょう。そういう奴なんです、彼は。
「ワフッ」
 ね、ジョン。
「なんでかオレの話になってっけど、元に戻すぞキリねえし」
「うおうっ」
 大吾の宣言に、庄子ちゃんが唸りました。元に戻ったら何の話題になるなのかと言えば、それはやっぱり庄子ちゃんの話題なのです。
「つーわけで、なんかないか」
「な、なんかって言われても」
 困ったようにそう言い、同じく困ったように周囲の面々を見遣る庄子ちゃん。ですがしかし、庄子ちゃんの話を聞きたいのは皆同じなので、助け船を出す人は誰もいません。
 そのまま困り続けた庄子ちゃんは、しかし数秒考えたのち、「……ああ、そういえば」と何かを思い付きました。
「あたし今、髪型変わってるでしょ?」
 そう言いつつ、ポニーテールをぽふぽふと叩きました。言ってみればそのテールが一本なのか二本なのかの違いでしかないのですが、確かにいつものツインテールとは違います。
「なんか言われたか、清明くんか明美サンに」
「いや、なんか言われたかって言うかね」
 普通に想像するなら、大吾が言ったように清明くんか明美さんから髪型について何かお言葉を頂いたと、ということになるのでしょう。しかしそうではないようで、少しだけ口にするのを躊躇うような間があってから、庄子ちゃんは言いました。
「清明くんが初めにあたしのこと窓から呼んだ時さ、割と距離あったでしょ?」
「そりゃまあ、オレらは近付けねえんだし。具体的にどこまでなら大丈夫とかも分かってるわけじゃねえしな」
「うん。でさ、あれだけ離れててしかも髪型変わっちゃってるのに、それでもあたしだって分かってもらえたの、今から考えると嬉しいかなって」
 ……おお、言われてみれば確かに。
 僕ですら感心するくらいなんだから庄子ちゃんはもっとだろうなあ、なんて思ったところ、「いや、見た目じゃなくて声で気付かれたんだろあれ」と兄からの余計な一言が。
 しかし庄子ちゃんは怯みません。
「そりゃ最初は声だろうけど、それでいきなりあたしだって断定はしないでしょ?『見てみたら別人だった』ってなったら、いくら声があたしでも間違いだと思うでしょ普通」
「あー、まあ、そうなるかな」
 これには意地の悪い兄も納得せざるを得なかったようです。――と、思ったら。
「清明くん、清サンと違って視力いいんだな」
「……そういうことでいいよ、もう」
 しつこい兄(本人にその自覚はなさそうですが)に、庄子ちゃんは呆れ顔。
 けれどもその直後、大吾が籠ったような呻き声を発します。何事かと思って見てみれば、成美さんが大吾の太腿をつねっていました。
「この展開、は、オレがまたなんか、変なこと、言ったってことか」
 苦悶の表情のままそう言ってきた大吾に対し、成美さんは手を話すと同時にぷいと横を向いてしまいました。
 が、横を向いたからと言って見放したというわけではなく、アドバイスはしっかりと。
「筋が通っているからといって、興を削ぐな物言いが変なことじゃないと思うのか? 試しに、お前がわたしのことを話す度にその話し相手から『でもあいつは猫だろう』と返され続ける場面を考えてみろ」
 的確な例示なのかどうかはともかく効果はてきめんだったようで、大吾は庄子ちゃんに「悪かった」と大人しく謝るのでした。それに対して庄子ちゃんは「怒られてやんの」などとからかってみせますが、それはつまり、自分はそれほど怒っていないということなのでしょう。
 成美さんにしても、あの不機嫌な時に現れる火の玉が出るわけでもなし、それほどではないようです。というかいっそ、腹なんて一切立ててなかったりするのかもしれません。注意すべきことを注意するに相応しい態度で注意した、というだけで。
 だからといって全く悪いふうに思っていないわけでなく、馬鹿だなあ、くらいには思ってるんでしょうけどね。僕はそうです、少なくとも。隣でくすくすと笑っている栞さんも、恐らくはそうなんでしょう。
 ――さて、またしても話題が大吾に持っていかれてしまいましたが、しかし今度は誰が正すまでもなく、庄子ちゃんが自分から流れを修正するのでした。
「もちろん今言ったことだけじゃなくて、話してる中でもこの髪型に触れられることはあったんだけどね。そりゃあいきなり変わっちゃってるわけだし」
「ほう。何と言われたんだ?」
 すっかり口が回らなくなった大吾に変わり、ここからは成美さんが受け答え。大吾はそんなふうに考えられる気分ではないのでしょうが、なんとも仲の良いことです。
「えーと、まあその……似合ってるって。明美さんと清明くんの両方から」
 ストレートな褒め言葉だからなのでしょう。思い出しながら話しているにも関わらず、庄子ちゃんはまるで今そう言われているかのように、もじもじしているのでした。
 明美さんはともかく――というのは失礼かもしれませんが――もう一方は好きな男の子です。そうなってしまうのも無理はないでしょう。
「ほう、良かったじゃないか」
「でも、そう答えるしかないってのもありますよね? あっちからしたら」
 いきなりの消極的な意見。それが照れ隠しなのか本心なのか、引き続き嬉しそうなその見た目からは前者にしか思えませんが、少しくらいは後者も混じっていたりするのかもしれません。
「本当はそう思っていないのになんの違和感もなくそれが言えたのなら、明美と清明はよっぽど嘘を吐くのが上手いんだろうな」
 成美さんがそう言うと、庄子ちゃんは頭の上にビックリマークが浮かんだような顔に。
「客商売をしている明美なら在り得るかもしれんが、清明がそうだというのは、どうだろうなあ?」
 庄子ちゃんの表情は引き続けられましたが、今度は成美さんが、何故か勝ち誇ったような顔になっていました。
「へへ、じゃあ、どうしようかな。すぐ元に戻すつもりだったけど、続けてみようかなこの髪型」
 一切の取り繕い無く頬を緩ませる庄子ちゃん。そうか、そりゃあ今日突発的にやってみただけだし、普通は戻そうとするよなあ――と考えたところで、それに関して思い付くことがありました。
「庄子ちゃん、清明くんには言った? そのこと」
「そのこと? って、髪を戻すって話ですか?」
「うん」
「うーん……はっきり覚えてるわけじゃないですけど、恥ずかし紛れに言ったような記憶はありますね」
 それを聞いて不安が的中したと思う一方、面白いことになるかもなんて思ってしまったのは、つまり僕が嫌な奴だということなんでしょう。
 それはともかくとして、「でも、なんでですか?」と庄子ちゃん。
「もし清明くんが明日以降、今のままな庄子ちゃんの髪型を見たら、『自分が似合うって言ったからなんじゃあ』って思うかなって。元に戻すって言っちゃってるわけだし」
 言い終えてみたところ、即座には理解ができなかったようで、庄子ちゃんから首を傾げられてしまいました。が、数秒と経たないうち、今度は「あっ」と声を上げられます。
「ほ、本当ですね。意識してると思われちゃうじゃないですか」
「いや、思われるってんじゃなくて実際にそうだろ」
 さっき謝ったばかりなのにまた絡む大吾ですが、今回は正しい突っ込みだと思います。なので庄子ちゃんも、怒ったり呆れたりしながら何を言い返すでもなく、困った表情のままでした。
 するとその時、その困った表情な庄子ちゃんの肩の上で、ずっと伏せったままだったナタリーさんが、ひょいと頭を持ち上げました。
「思われてもいいんじゃない?」
 僕の時とは違い、何を言っているのかは即座に伝わります。庄子ちゃんに限らず、部屋内の全員に。しかしその伝わった内容が内容だからなのでしょう、庄子ちゃんは「えっ」と声を上げました。
「人間がそういうことを恥ずかしがるのはもう何となく分かってきたけど、でもだからって、好きだってことをずっと伝えないわけにはいかないでしょ?」
「……ま、まあ、そりゃあね」
「だったら、それとなく伝えられるこういう機会って、むしろ良いチャンスなんじゃない? 面と向かって『好きです』とは言わないで済むわけだし」
 普通ならこういう場合は、「小さいことを気にし過ぎ」だとか「むしろ当たって砕けろ」だとか言うのではないでしょうか。今のナタリーさんのように庄子ちゃんの心配をそのまま前向きに推し進めようというのは、なかなか珍しい意見のような気がします。
 けれどそれは、ただ珍しいだけではないような気もします。
 庄子ちゃんが心配がるのを批判せずに「そういうものだ」と捉え、更にその「そういうものだ」を「だったらそれでいいじゃないか」と考える。一切の否定が含まれないその考え方は、隣人や友人として人間と付き合うと同時に、よく分からないものとして観察し続けてもきたナタリーさんだからこそのものなのでしょう。
「言われてみればそりゃそうなんだろうけど、うーん、それでもやっぱり勇気がいるなあ」
「大丈夫だよ。言っちゃったらいくらでも変えられるものを変えてみたってだけなんだし、だったら少なくとも清明さんに嫌な思いをさせることはないでしょ? 庄子ちゃん、得をすることはあっても、損はしないじゃない」
 尚も不安そうな庄子ちゃんでしたが、ナタリーさんにそこまで言われると、顔に明るさが戻ります。
「そっかあ。考えてみりゃそうだよね、得しかしないんじゃんあたし」
 ――とはいえ完全に不安を拭いされたわけではなく、ナタリーさんの顔を立てて納得したように振舞っている、という面もそりゃああるんでしょう。なんせ考え方が多少変わっただけで、やることは全く同じなんですから。
 けれど、それがいい結果であるということに疑いを差し挟む余地はありません。
「ありがとね、ナタリー」
「どういたしまして」


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