(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十七章 事前準備 一

2014-01-20 21:04:20 | 新転地はお化け屋敷
「…………」
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 のっけから何を黙り込んでるのかと言いますと、どうして今こうなっているのかを思い返していたからです。――が、それはなにも最初は分からなかったとか思い出せないとかそういうことではなくて、まあ、要するに浸りたかったわけです。
 たった今、僕はいつものようにいつものベッドで目を覚ましました
 が、もう少し範囲を限定すると、そこは栞の胸の中だったわけです。もちろん、と言い切ってしまうのもどうかとは思いますが、裸です。お互いに。掛け布団の中なので見えているわけではありませんけど。
「…………」
 そりゃあ結婚式を翌々日――今はもう翌日になりましたが――に控えた新婚夫婦です、何がどう、とまでは言いませんがこうもなろうというものでしょう。
 ただしそれは、厭らしさだけを内包したものというわけではありません。なんたって胸の中、つまりは胸の間なのです。他の人ならともかく栞の場合、そこにどんな意味が秘められているかは、敢えて語ることもないでしょう。
 事に及ぶ前だけならいつものことですが、その後にもねだられたのは昨夜が初めてなのでした。理由をそれに限らないんであれば、このタイミングのこの位置関係自体が初めてってわけじゃないんですけどね。
 と、位置関係についての確認が済んだところで、昨晩の記憶をもう少し巻き戻してみようと――
「起きた?」
 思ったのですが、そうはいきませんでした。頭上から声です。頭上と言っても方向的には横ですけど。
 さすがは奥さん。働かせていたのは頭ばかりで殆ど身動きはしていなかったのに、目を覚ましたと分かってしまうようでした。
「あ、起きてたの?」
「うん。まあ、殆ど同時だったみたいだけど」
 ということであれば、
「おはよう栞」
「うん、おはよう孝さん」
 ……ということになるのですがしかし、
「ええと、この手はどういう?」
 栞、僕の頭をがっしり抱き締めて胸の間から顔を動かせないようにしてくるのでした。おかげで、朝の挨拶をしているというのに相手の顔が見えません。いやまあ、歓迎するかしないかと言われればしますけど。目が覚めてからこれまで、こうされるまでもなく動かなかったわけですし。
 と、それはともかく栞の言い分なのですが、
「一晩中こうしてくれてたおかげか、すっごい良い夢見ちゃってね」
「良い夢? どんな?」
「おかげでちょっと、私今、格好悪いことになっちゃってるから」
 質問に答えてもらえなかったというか、いっそ質問それ自体を無視される形になってしまいました。
 そうまで言われて初めて気付いたというのも少々締まらないところではありますが、どうやら栞は涙を流しているようでした。ただ、声が上ずるわけではなく、息の乱れもないようで、泣くというよりはただただ涙を流しているだけのようでもありました。
 ……いや、顔を見て確認したわけではないので、今のところはただ僕がそう思ったというだけのことなんですけど。
「もう少しこのまま、いい?」
「いいよ」

 というわけでその「もう少し」、栞の顔と同じく時計も見えないので正確ではありませんが、時間にして恐らく五分ほどが過ぎた頃。
「おはよう、孝さん」
 栞の腕が緩んだので顔を離してみたところ、まず言われたのはそれなのでした。
「二回目だよそれ」
「なんか、ちゃんと顔見てじゃないとした気になれなくて」
 どうやら僕と似たようなことを考えていたらしい栞なのでした。
「おはよう、栞」
「うん」
 ……そうですね、やっぱり朝はこうじゃないと。
「それで、良い夢っていうのは?」
「三人家族になってました」
 というのはつまり?
 ああ、なるほど。
「確かに良い夢だったね、それは」
「うん」
 それがどういう意味なのかを把握した僕が、会話を続けるにあたって浮かべた表情は笑みなのでした。栞はそういう人なのです。五分も時間を取ったのならもう、そうでいられる人なのです。
 自慢のお嫁さんです、本当に。
「どんな感じだった?」
 さっきまでと位置を逆転、と言ってもどっちがどっちの胸に収まるかというだけのことなので、逆転という言葉が持つ響きほど大袈裟な移動でもなかったんですけど、ともあれ今度は僕が栞を抱き込んでそう尋ねます。
 いや、目が覚めたんだったらベッドから降りてさっさと服を着てしまってもいいといえばいいんですけどね? 裸で抱き合う、なんて言葉にすると随分アレな感じではありますが、今となってはもうこれくらいのことはなんでもなくなっちゃってますしね。
 あと、個人的に朝がちょっと弱いというのも理由の一つではあります。全くないとは言わないまでも、なかなか朝からそこまで元気にはなれないのです。情けない、ということになるのかどうかは微妙なところですけど。
 ――とまで言っておいて結局こうしているのはじゃあなんなんだというのは、そりゃまあやっぱり、「自慢のお嫁さんです」なんてことを考えてしまったからです。性欲は湧きませんが愛欲はたっぷりです。……あれ、意味同じでしたっけ?
 ともあれ、少なくとも頭がちゃんと回っていることはこれで確認できました。おぼろげな意識で聞き流してしまったりはしたくないですしね、この話題。
 栞が質問に答えます。
「顔も名前も、あと男の子か女の子かもあやふやだったんだけどね、やっぱり」
 やはり焦点はそこになるのでしょう。「どんな感じだった」としか訊いていないのに三人家族の三人目、つまりは僕と栞の息子もしくは娘のことを語りだすのでした。
「でもすっごい可愛かった」
「そっか」
 名前と性別はともかく、顔が分からないのに可愛いはないだろう、という話にもなるのかもしれませんが、でも夢ってそんなもんですしね。映像がなくても情報だけは頭に流れ込んでくるっていうか。
「あとお料理が上手だった」
「……え、何歳くらいだったの?」
「赤ちゃんだけど」
「そんな馬鹿な」
 さすがは夢、とんでもない展開です。赤ん坊を火元に近付けちゃいけません、と真面目な話をするところでしょうかこれは。まあどのみち、ここで「料理」という単語が出てきた時点で頬の緩みが止まらず、なのでそんなお説教じみたことを言える心情にはとてもなれそうになかったわけですけど。
「あはは、本当にね。三人でお料理したのに食べるのは私と孝さんだけなんだもん」
「あれ、その子は?」
「赤ちゃんだもん、おっぱいだよ」
 そこは現実的なのか……。自分のものですらない夢の話とはいえ、一緒に食べたかったなあ、なんて。
 しかし、どうとは言いませんがそう言われて今現在自分の腹から腰の辺りに当たっているものが全く気にならないことついては、我ながらさすがにそれはどうだろうと思わなくもありません。思ったところで頭がそういう方向に働かないんじゃあどうしようもありませんけど。
 と、余計なことを考えようとしてやっぱり諦めてみたところ、
「良い夢を見たってこと自体は孝さんのおかげとして、でもそれがこういう内容っていうのは、やっぱりあれかなあ」
「ん?」
「いおりちゃん、って言って分かるかな? ほら、私の妹の赤ちゃん」
「ああ、分かるよ」
 分かるので、後半部分を聞く前にそれを表明したかったところではあります。しょうもない話ですけどね。
 というわけでそれはともかく、いおりちゃん――僕からだといおりさんのほうがいいんでしょうか?――です。栞が以前、区切りを付けるために実家へ足を運んだ際、そこで初めて生まれていたことを知った彼女の妹さんです。
「赤ちゃんって、なんかもうあれだよね。存在それ自体が幸福の象徴っていうか」
「んー、まあ何となく分かるかな」
 そんなごっついものを背負わせるのもそれはそれで気が引けなくもないですが、とはいえそういうイメージはやはり僕も持っているようなのでした。
 そういえばうちの親も、もう一人、なんて言ってたけど……。
「ん、私の話は以上です」
「あれ? なんか唐突だね」
 その決断をするに至らせた立場の人間として感謝はすれど、でもやっぱりどこか笑みに歪みが浮かびそうでもある話を思い出していたところ、そんなことを言ってきた栞はにっこりと僕を見上げてきました。
「あんまり言い過ぎちゃうとね。私に他意はないけど、孝さんにいろいろ考えさせちゃうかなって」
「確かにいろいろ考えたけど、しょうもないことばっかりだったよ? 少なくとも栞が気にするような内容じゃなかったなあ」
 そんな返し方をする以上、栞が何を危惧したかくらいは察しています。
 でも大丈夫です。さっきも思った通り、僕だって栞はこれくらい平気だって思ってますし。今話をしている間浮かべていた微笑みに無理はなかったと、そう確信していますし。
「あはは、まあ今みたいなことを素直に白状できちゃうくらいには信用してるんだけどね、孝さんのこと」
 お互い様で何よりです。なんて思ってみたところで、続けてこんな質問が。
「ちなみにその、しょうもないことって?」
「おっぱいがどうとか」
「あー、やらしーんだー」
 違うんだよ逆なんだよ、むしろやらしーくなさ過ぎたんだよ。

「もう少し寝ててもよかったかもだけどね、土曜日だし」
「まあ、ね」
 二人同時に服を着ながらそんな話をしてみますが、ああして横になったまま完全に目が覚めちゃったらちょっと大変だったかも、とは、言わないでおきました。今でもまだそういう気分は湧いてこないわけですが、それにしたってあの体勢です。湧いたところを想像するのは容易いというか。
 とまあ、こういう話はこれくらいにしておきましょう。服着たんですし。
「ねえ孝さん、今日は一緒に作らない? 朝ご飯」
 もう少し寝ててもよかったかも、なんて話が出てくる現在の時刻は九時ちょっと前といったところ。普段ならそろそろ家を出ようかと思い始める頃であり、いつもなら既に朝食を済ませている時間でもあるわけです。
 それを思うとむしろ「ちょっと寝過ぎたかな」なんてふうにも思ってしまうのですが――いやいや、いくら料理好きを公言しているとはいえそれはさすがに。
「そうだね」
 栞と一緒、どころか家守さんまで含めた三人で作る夕食とは違って、朝食はどちらか一方が作ることが多い我が家。もっと言えば、僕が起きるまでに栞が作ってくれていることが多いのです。統計を出すほどにはまだ同棲生活は長くはないわけですけど。
 就職とかしたらどうなるのかなあ。まあ、まだ大学に入学したばっかりだけど。
「それってやっぱり、夢の話があって?」
「えっへっへー」
 照れるような場面ではないような気がしますが、照れ笑いを浮かべる栞なのでした。

 顔を洗って歯を磨いて――これはさすがに洗面所の狭さから二人一緒にというわけにはいきませんが――身嗜みを整え終えたところで、いざ台所。といっても洗面所に向かうまでにその前を通り過ぎていたわけですけど。
「赤ちゃんだったんだよね? 三人目」
「うん」
「どうしてたの? この高さ」
 というのはもちろん栞が見た夢の話なのですが、シンクと床を交互に指差しながら尋ねます。赤ん坊が料理をするという時点で疑問を持つこと自体がナンセンスである気もしますが、しかしまあ、掘り返してバチがあたるようなことでもありますまい。
「うーん……その辺はあやふやだけど、でも立ってた場所はここだね、私の前」
 そう言って、自分のお腹とシンクの隙間を指して指をぐるぐるさせる栞。なるほど、少なくとも監督はしっかり行き届かせていたようです。
「豆腐の肉乗せ作ってたよ」
「ありがとう」
「あはは。絵に描いた餅、じゃなくて夢に見た豆腐の肉乗せ――うーん長いな――だけどね」
 子どもの夢を見たというならひたすらそれメインでいいでしょうに、料理やら豆腐の肉乗せやら、やけに僕の情報がクローズアップされているのでした。何がどう、と言われたらちょっと困ってしまいますけど、でも今の気持ちは「ありがとう」です。別に今食べたいとかそういう話でなく。
「で、私はお味噌汁作ってて、孝さんは……あれ? 孝さん何作ってたっけかな」
 僕の情報はクローズアップされているようですが、どうやら僕自身はさほどクローズアプされていなかったようでした。ううむ、どう受け取るべきなのか。
「じゃあ魚でも焼こうかな、今は」

『いただきます』
「で、そっちの膝の上に赤ちゃんがいて、ご飯食べる代わりにどうのこうのしてたと」
「そこ濁すのは逆にやらしいよ孝さん」
「そう言われても、料理までしたらもう目はすっかり覚めてますんで」
「目?」
「いやなんでも」
「ふーん?……話変わるけど、昨日、良かったね。大吾くんと成美ちゃん」
「ああ。うん、良かったよね。家守さんとか、話してる間どう見ても泣くの堪えてたよねあれ」
「ふふ、やっぱりそうだったよね」
「それに成美さん――。…………」
「…………」
「…………」
「何想像してる? 今」
「ん? えー、ああ、味噌汁美味しいなあって」
「まだ口付けてないみたいだけど?」
「…………」
「…………」
「そんなことがあったんだったらそりゃあ、ああもなるかなあって」
「あはは、まあ、そうだよね。……食べ終わってからにしよっか、その話」
「はい」

『ごちそうさまでした』
 耳がいい成美さんはその耳のよさ故に夜中困ったことになってしまう場合があるのですが昨夜についてはこちらがそれを痛感させられたのでした以上食べ終わってからの話でした。
「ね」
「うん」
 それはともかく。
 空いた食器を片付けたところで、居間で一息。一息、というほどここまでが忙しかったわけではありませんが、それでもやっぱり、座布団に腰を下ろして座卓につくと、ふうと息を漏らしてしまいそうになります。未成年らしからぬと言えばらしからぬので、口から出ないようにはしておきますけど。
 で、その代わりというわけではありませんが、座卓の向かい側に腰を下ろした栞へこんな質問を。
「今日はどうしよっか、この後」
 なーんにもないのです今日は。今のところ。
「そうだねえ」
 考え始める栞。こちらとしてはこうくるだろうと予測していた返事がなくはなかったのですが、しかしその時点で既に、「ああ違ったか」と。
 ともあれ実際の返事ですが、すると栞、何か思い付いたらしく小さな笑みを浮かべてみせると、その場からすっと立ち上がるのでした。
「え、いきなり?」
 何か思い付くことがあるということなら、それはつまりどこかへ出掛けるということなのでしょう。となれば何も言わずに立ち上がったのは即座に出発ということなのか――と、早とちりの内情を説明するならそういうことになります。早とちりという割には中々手順を踏んでますけど。
 で、早とちりです。ということはつまり、今僕が考えたことは間違いだったわけです。
 立ち上がった栞は外へ向かうのではなく部屋の中を移動し、僕の隣にある物を運んできたのでした。
「ええと」
「今日はこれでひとつ」
 座椅子でした。考えてみれば変な話ではあるのですが、うちではただ座卓に着くだけの時は使われないんですよねこれ。
 じゃあどういう時に使われるのかというと――なんていちいち考えてみている間に、その座椅子に座った僕の足の間に栞が座り、あっという間にいつもの体勢が完成してしまうのでした。
「もしかして孝さん、どこか行きたかったとか?」
「座っちゃってから訊くかなあそれ」
 こうしたいと思っているというだけならともかく、実際にこうなっちゃった後じゃあ、どこか行きたかったとしても言えなくなっちゃうよ? 僕。……と言っても、別に何もなかったわけだけど。予測していた栞の返事も「このまま家にいる」だったくらいだし。
「まあ、僕も今日は家でゆっくりしようと思ってたんだけどね」
「ふふ、だよね。今日くらいは」
 そう今日くらいは。今日という日それ自体は何も特別なことはないのですが、明日が大いに、人生の中でもトップを争うであろうというほどに特別な日なのです。
「結婚式だもんね、明日は」
「あ、先に言われた」
 だからどうしたと言われればそれまでなのですが、ほんの少々くらいは残念なのでした。
 結婚式。なんだかもう、言葉の響きすら輝かしく感じるのは気分の問題なんでしょうか?
「あはは。じゃあ、孝さんからもどうぞ」
「同じことを続けて言うって、なんか馬鹿っぽいような……」
「気にしない気にしない、馬鹿にするとしても私だけなんだし」
 馬鹿にすること自体は否定しない栞なのでした。自分で言うよう勧めていることも考えると割と酷くないかなそれ。
 …………。
「栞」
「うん」
「愛してる」
 もちろん意趣返しのつもりでそう言ってみたところ、ひゅっ、と失敗した口笛のような音を立てたきり、身体を硬直させるばかりで何も言い返してはこない栞なのでした。
「そりゃあそういう反応を期待してはいたけど、それにしたって驚き過ぎじゃない?」
 唐突だったのは否定しない、というか唐突になるよう用意した言葉ではあるのですが、でもだからって今更ではありましょう。もっと凄いことだってそりゃあ言ってないわけじゃないんですし。
 と、そう思いはしたのですがしかし、
「だ、だって、軽口じゃ済まないんだもん。この体勢で言われちゃったら……」
 そう返されてしまうと、申し訳ありませんでしたと思わされざるを得ないのでした。
 座椅子の有無はともかく足の間に女性を座らせ、ついでにその背中側から軽く抱き留めるようにもしているこの体勢。一般的な視点で捉えればこの体勢が「いちゃついている」という意味以上のものを持つことはないのでしょうが、僕と栞の場合はそうでもないのです。いやもちろん、その意味も含んだうえで、という話ではあるんですけどね。
「まあいいけどね、軽口だったとしても嘘ってわけじゃないんだし」
「断言するねえ」
「そりゃします」
 こちらの揺さぶりにもまるで動じない栞は、そう言い終えると僕の手を取り、それをそのままいつもの箇所へ。
「それとも孝さん、嘘ついたままここに触れる?」
「無理だねえ、それは」
「だよね」
 触れているだけで安心させ、良い夢まで見せてしまう。言うまでもない要素を今更並べ立てるまでもなく今朝あったことを考えるだけでも、そんなことはとてもできそうにないのでした。
「よし、これから孝さんが何か嘘ついたっぽい時はここに触らせてみよう」
「勘弁してください」
 もちろん栞としてもそんな理由で触らせるようなところではないわけですけどね。と、飽くまでも冗談でしかない話はそれくらいにしておいて。
 それから暫くはお互いに無言のまま、何をするでもなくのんびりしてみるのでした。栞なんかは特に、お尻を前にずらして頭の位置を下げ、僕の胸を枕代わりのようにしてすらいます。目も閉じちゃってますし、もしかしたら本当に寝てしまっているのかもしれません。
 枕と言っても僕は普通に座椅子にもたれて座っているわけで、だとしたらそれこそ栞お気に入りの膝枕のほうが眠り易くもあるんでしょう。なんせ枕としてはえらく急角度です。枕を高くして寝る、なんて言い方もありますが、高過ぎます。
「…………」
 でも栞は、暫く待ってみてもそれ以上動こうとはしないのでした。寝易さより優先させるものがある、ということなのでしょう。重ねられた手もそのままですしね。
 本当に眠ってしまっているかどうかは、しかし確かめまではしないでおきました。起きているにせよ寝ているにせよ、栞がしたいようにしてくれればそれが一番です。そういう時間ですしね、今って。
 というわけで、僕は僕でしたいようにさせてもらうことにします。とはいえこの体勢じゃあ身動きを取るのは難しいわけで、だったら――というわけでもないのですが、僕のしたいことというのは身動きを取る必要がないものなのでした。
 というのは、考えることです。何についてかと言われれば栞が見た夢、つまりは僕と栞の子どもについて。
 栞は幽霊です。幽霊であるが故に、子どもを授かることができません。「あんな夢を見たってことは本当は子どもが欲しいんだろうな」なんて短絡的な発想をするつもりはありません。別に夢のメカニズムに詳しいわけじゃないですしね。
 と、しかしそうは言っても、いずれは考えなければならないことなのでしょう。
 だったら今考えても問題はない筈です。今までもずっと、二人でそうしてきたように。
 授かることができない子どもについて何を考えるのかというと、授かることなく迎える子ども、つまりは養子という選択肢についてです。これは何もたった今突拍子もなく思い付いた話というわけではなく、以前家守さんから話をしてもらっていたことでもあるのです。
 栞は自分から親元を離れたのですが――正確には「わざわざ近付くまでもなく今も家族だった」という結論からの行動でした――世の中には、会いたくても親に会うことができない子どもが沢山いるというのです。
 もちろん、と言ってしまうのもどうかと思うのですが、この話に出てくる「子ども」というのは幽霊であることを前提としています。……いくらお嫁さんが幽霊だからって、あまり慣れてしまいたくはないものですね、やっぱり。
 ともあれ。
 当たり前ではありますが、これは僕一人で答えを出すような問題ではありません。栞はもちろん、僕の両親にだって相談しないといけないでしょう。そのことについて親には一切迷惑を掛けない、なんて無責任なことはとても言えませんしね。
 というわけで、今ここで考えるのは飽くまでも僕一人だけの意見であって、必ずしもそれが結論ということにはなりません。と、予め胸の内にそう刻み込んでおきまして――。
 将来、子どもは欲しいか?
 欲しい。
 それが栞との実の子でなくとも?
 構わない。
 問題の大きさの割に簡単にも程がありますが、取っ掛かりとして確認する分にはそういうスタンスである僕なのでした。そりゃまあ、そうじゃなかったらまず考えようとしてませんよね、この話。
 話を先に進める前にもう一つ確認しておきますが、当たり前と言えば当たり前ながら、これは今すぐどうするという話ではありません。最低限、本当に最低限、大学を卒業して就職し、栞との生活が安定してからの話、ということになるでしょう。
 その頃まだここに住んでいるのかそれとも別のどこかへ引っ越しているのかはともかく、二人の生活すら安定していない状況で養子を迎えるなんてことは、考えるまでもなく無謀としか言いようがありません。
 ……話を進めましょう。
 子どもが欲しいと、それが栞との実の子でなくとも構わないという僕は、ではどうして子どもが欲しいんでしょうか?
 僕は、僕の胸に頭を預け、静かに目を閉じている最愛の女性を見下ろしました。
 僕は人を愛しました。心の底から愛しました。そうして初めて親以外の家族を得、それがどれだけ貴いものか、この身をもって知ることができました。
 そして知ったからこそ、知ってしまったからこそ、その貴いものを更に得られるというのなら得たいのです、僕は。


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