(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十三章 変えた人達 七

2010-03-27 21:09:16 | 新転地はお化け屋敷
 結局のところはやるかやらないかというだけで、成功とか失敗とかそういうものではないんでしょうけど、ともかく無事に事を成せるよう祈りつつ、同森さん音無さんとお別れ。
 そうして遂に一人になった僕はしかし、一人になっている時間はそう長く続かない予定なのでした。
「さて」
 204号室に戻って荷物を下ろし、当然ながら自分以外に誰もいない部屋の中で、僕は一言そう呟きました。
 何が「さて」なのかと言えば、それは栞さんに会うということです。しかし、ではどうしてわざわざその呟きを口に出したのかと言われれば、多少ながら緊張していたからです。
 なんだかもう今更過ぎて恥ずかしさすら覚えるのですが、栞さんがこの204号室に来るのは毎日のことでありながら、僕が栞さんの部屋である203号室にお邪魔するというのはまだそれほどの回数にはなっておらず、そしてそれゆえのこの緊張なのです。
 どこかに出掛けているのでもなければ、栞さんは自分の部屋にいるはずです。ならば、わざわざそこへ声を掛けに行っておきながら、自分が栞さんの部屋にお邪魔するのではなく栞さんにこの部屋へ来てもらうというのは、不自然だということになるのでしょう。
 そういうわけで今回、多少の緊張はありながらも、僕は栞さんの部屋へ行くしかないわけです。もちろんその緊張以上に楽しみだったりもしますけど。
 ――学習用として使用されていない学習机の上にぽつんと佇んでおきながら、それ単体でかなりの迫力を有している、陶器製の熊の置物。暫くのあいだ彼(彼女なのかもしれませんけど)を眺め、元の所有者の部屋を頭に思い描いてから、帰ってきたばかりの自分の部屋を後にしました。

「お邪魔します」
 203号室のチャイムを鳴らし、応対に出てきた栞さんに中に入るよう促されて、僕は多少の緊張感をその「多少」という枠の中で最大限にしつつ、玄関へ進み入りました。
 が、そこであるものが目に付きました。
「誰か来て――」
 明らかに栞さんの足とは大なり小なりサイズの合わない履物が各一組ずつ、計二組。ならば誰かお客さんが来ているということなのでしょうが、その履物には見覚えがありました。
「えーと、大吾と成美さん? ですか?」
「うん。それに、ジョン達もね」
 なるほどなるほど。自分の部屋で抱えていた緊張感がまるで無駄になってしまったような気もしますが、そういうことならそういうことで、悪いことではありません。今日は昼の散歩にも行きませんでしたしね。
 というわけで、ある程度は気持ちを切り替えつつも期待感だけはそのままに、中へ。
「おう、おけーり」
「お帰り、日向」
 そんなふうに迎え入れてくれた大吾はサーズデイさんが入ったビンを片手に掴んで顔の前まで落ち上げていて、同じくそんなふうに迎え入れてくれた成美さんは、ナタリーさんをマフラーのように首から下げていました。
 ジョンはそんな二人と向き合うようにして床に伏せていたのですが、僕はその状況を見て、「サーズデイさんとナタリーさんがこうなら、多分ジョンは栞さんに背中を撫でられたりしてたんだろうな」と根拠に乏しい決め付けをしてしまうのでした。まあ、そうだったとしてだから何なんだって話ですけどね。
 念のために言っておくと、そうだったとしたらジョンが羨ましいとかそういうことでは――いや、一度考えてみれば、そういうこともなくはないですけど。
「ただいま」
 挨拶に対して煩悩で返すという図もなかなかシュールなものがあるので、外面だけはまともにしてみました。まさか誰も「お帰り」と言ったら「栞さんに撫でられたい」と思われただなんて、思いもしないことでしょうね。
 さてそんなことはともかく、僕に並んで居間に入った栞さんは、想像通りにジョンの隣へ座り込みました。するとジョンのほうも、床に伏したままではありながらも、嬉しそうに尻尾をふりふりするのでした。
「孝一くんが帰ってきて喜んでるのかな?」
 いやあ、それはどうでしょうかね栞さん。
「まあ、日向だけがいなくて不思議ではあっただろうな」
「今日は散歩にも来なかったしな。――ああ、毎回来いとかそういうつもりじゃねえけど」
 ……いやあ、それはどうなんでしょうね。
 そうなのかもしれませんね。
 ということで。
「ただいま帰りました」
 もう一度帰宅の挨拶をしつつ、ジョンの背中を撫でてみました。どうして丁寧語なのかは自分でもよく分かりませんけど。
 とにもかくにもジョンは再度嬉しそうに尻尾を振り、するとそこへ、
「じゃあ日向さん、私もいいですか?」
 成美さんの首から垂れ下がっているナタリーさんが、僕にそう声を掛けてきました。
「私もって、撫でろってことですか?」
「ああ、それも良さそうですけど、やっぱりここは……」
 そう言いながら成美さんの体を這い下りたナタリーさんは、成美さんに対してと同じように、僕の首にその細長い身体を引っ掛けてきました。
 ううむ、ひんやりして気持ちいい。勉強疲れとかに効きそうな感じだなあ。
 いや、疲れるほど勉強したことって、あんまりないんですけどね。
「むー! むー!」
 さて、正直なところを申しますとこうなるであろうことは予想が付いていたのですが、それはともかくどこからかそんな何かを訴えるような声が。
 どこからかというのは大吾が手にしているビンの中からで、何かを訴えるというのは「自分も交ぜろ」ということなんでしょうけどね。ついでにそれが誰かということも説明しておけば、それはもちろんサーズデイさんです。
「だそうだからほれ、頼むぞ孝一」
「うん」
 何がどう「だそうだから」なのかが実際には不明だというのは、誰も突っ込みませんでした。こういうのも以心伝心とか言っちゃっていいんでしょうか? まあ、例え言えたとしても、そこまで大仰なものじゃあないんですけど。
 大吾から突き出されたビンを受け取り、そのまま中のサーズデイさんと向き合うように、顔の前まで持ってきます。それでも多少の向きのズレくらいは起きるのですが、その点についてはサーズデイさんがまん丸いその身をよじって修正してくれます。
 それと同時に、僕の首から垂れ下がっていたナタリーさんが首を伸ばし、サーズデイさんと並ぶようにして僕に向き合ってきました。自分が巻き付いている相手と正面から向き合うという、長い体だからこその芸当です――というのはともかく。
「ただいま帰りました」
 どうして丁寧語なのかは未だに分かりませんが、ジョンにそうしたならばこちらにも、ということでひとつ。
「にこっ」
 言葉にした通りの表情を返してくれるサーズデイさん。あんまり可愛らしいので、単なるお愛想とはまた別の意味で微笑んでしまいそうになります。
 しかしそうは言ってもサーズデイさん、性別は不明なんですけどね。そもそもがマリモ、つまりは藻なので、一概にどっちだというわけでもないのかもしれませんけど。
「お帰りなさい、日向さん」
 一方、こちらは明確に女性であるナタリーさん。サーズデイさんとは違って表情は変わりませんが(人間の目からでは判断できない、というだけなのかもしれませんが)、こちらもこちらで頬が緩んでしまいそうです。というか、目と鼻の先で下をチロチロされるとその……いやいや、さすがにやめておきましょう。
「人気者だな、日向」
「一回散歩に来なかったってだけなのにな」
 どう反応していいのか困ってしまうような揶揄をされてしまいましたが、しかしどうもその通りではあるようです。大学から帰ってくるといつもこうだというわけではないですし、では今日は何が違うのかと言われれば、大吾に言われたことぐらいしか思い付きませんし。
「大吾くんのお仕事だから、大吾くんが来ないってことにはならないもんねー」
「……えーと、喜坂、それどういう意味だ?」
「ん? いや、こんな感じになるとしたら、一番喜ぶのは大吾くんかなって」
「何言い出すんだよいきなり」
「違ってた?」
「そうとは言わねえけどよ。そうでないとも言わねえけど」
 その二言めを付け加えてしまうところが大吾らしいというか何というか、といったところでしょうか。そんないじらしいところを見せられてしまうと、変われるものなら変わってあげたいとすら思ってしまいます。
 というわけで、話をした栞さんだけでなく部屋中の視線が大吾に集中。それぞれの目がどんな感情を表していたのかはまあ人それぞれだったんでしょうけど、何にせよ大吾としては落ち着かない状況です。タイミング的にやや強引ながら、別の話を持ち出してくるのでした。
「孝一、大学の人らに会ってたんだろ? どうだった?」
 タイミングどころか、話の内容まで強引でした。どうだったってそんな、合コンだったとかそういうわけじゃないんだから。男女比的にはそれっぽかったかもしれないけど。
 でもまあ、苦しいのは大吾自身だって分かってるんでしょう。自分に視線が集中していることのほうが余程苦しかった、というだけで。
「えーと、前ここに来た人全員と、あと一貴さんの彼女さんも一緒だったんだけど――」
「それは喜坂から聞いて知ってる。一貴サンっていうのはオカマっぽい人だよな、確か」
「そうそう。そのみんなで、今日はラーメン食べてきた」
 どちらかと言えばメインはラーメンを食べることではなくみんなで話をしたことなんですけど、まあ、大吾の思惑に乗る程度だったらこんな締めでもいいでしょう。みんなでした話に話題が及ぶなら、その及んだ時に話をすればいいだけですし。
 ラーメンを食べた、というだけの情報からではそうそう話は広がらないでしょうが、しかし大吾が考えていたのは自分の話題を断ち切るということなんでしょうし、だったら別にラーメンの話に拘らず、更に別の話題を持ってくればいいのでしょう。
 とはいえそこまで面倒を見るつもりはなく、この後に続く話題については大吾が自分でなんとかしてね、なんて思っていたところ、
「ラーメンって、どんな食べ物なんですか?」
「ぷい?」
 ナタリーさんからそんな質問と、それに便乗したらしいサーズデイさん。思惑に反して、ラーメンの話が続くようなのでした。
「細長くて柔らかいものが束になって、温かいスープ――味の付いた飲み物に浸かってるって感じですかね」
 スープを飲むかどうかは人それぞれでしょうけど、飲み物だということは、まあ間違ってないと思います。もちろん、どちらかと言えば麺の味付けのためのものだというほうが正しいんでしょうけどね。
「細長くてっていうと、私みたいな感じですか? 柔らかいかどうかは、ちょっと自信がないですけど」
「いや、食べ物と張り合って自身がないと言われても」
「ん?……ふふ、それもそうですね」
「にこー」
 ちなみにナタリーさん、柔らかさに自信がないと仰いますが、そもそもナタリーさんに触れた際に意識する感覚は「ひんやりすべすべ」なので、柔らかいか否かというのは、そもそもナタリーさんという範疇の中にないのではないでしょうか。いや、僕の勝手な考えですけど。
 もう一つちなみに、それでも無理に意識してみれば、柔らかいと言えなくもない、といったところです。どうせ全部ひっくるめて「気持ちいい」に落ち着いてしまうわけですけど。
「ナタリーさんよりずっとずっと細いです。このくらい」
 おおよそではありますが、丸めた人差し指で麺の太さを示してみました。
「あんまりお腹いっぱいにはならなさそうですねえ。そうでなくても、人間は体が大きいのに」
 示したのは細さだけなので、ならばまあナタリーさんがそう思ってしまうのも無理はないのでしょう。なんせ普段、自分の体より太いものを丸飲みしている方ですしね。
「いえいえ、これが何本も纏まって入ってるんですよ。食べ終わったらスープも飲みますしね。――そうは言ってもまあ、今回はお腹いっぱいってほど食べてませんけどね」
「ああ、夜のお料理教室があるんですもんね」
 夜の。
 ちょっといやらしい言葉に聞こえてしまったのは、きっと僕の心が汚れている証拠なんでしょう。そうですよね、夜にやってるんですもんね。
「にこにこ」
 恐らくはやや不自然になったであろう僕の笑顔から何を感じ取ったか、サーズデイさんが言葉通りに微笑んできました。うむむ、その溢れ出る純真さが心に痛い。
 それでもわざとらしくサーズデイさんから視線を逸らすのもあれなので、と可愛らしい笑顔に向かい合っていたところ、僕の肩から身を乗り出していたナタリーさんが、その体を引っ込めながら言いました。
「すいません、話の腰を折ってしまって。ラーメンの話じゃなくて、お友達とお出掛けした話でしたよね?」
「謝られるほどのことじゃないですけどね」
 その話はあれで終わりなつもりだったのですが、しかしそう言われてしまうと、やっぱりもうちょっと詳しく話をすべきなんでしょうか。
 いやまあ、不都合があるわけでもなし、それはそれで何も問題はないんですけどね。
「うーん、やっぱり最近になって音無さんと同森さん、異原さんと口宮さんが付き合い始めたからってことなんでしょうけど、ずっと恋愛関係の話でしたねえ。前に同じメンバーで集まった時もそうでしたし」
「それはすごく気になりますねえ。どんな内容だったんですか?」
 初めは大吾に向けた話だった筈なのですが、すっかりその対象がナタリーさんに移ってしまいました。ナタリーさん、人間についての話と同じくらいに恋愛に関して興味があるようなので、話す側としては話し甲斐があるんですけどね。
「ものすっごく簡潔に纏めると、『付き合い始めな今のうちはデレデレしててもいいけど、時期が来たら冷静に相手を見たほうがいいぞ』って感じでしょうか」
 本来の順番で言うなら「冷静に相手を見たほうがいいぞ。でも今はまあ、デレデレしててもいいんじゃない?」ってなところなんでしょうけど、何となくややこしそうだったので、時系列に合わせて前後を逆にしてみました。聞くほうとしてもそのほうが分かり易いでしょうしね。
「なんだか、ちょっと厳しめなお話ですね。お友達同士の話ですし、実際はそこまででもないんでしょうけど」
「まあ、そうですね」
 とはいえ、諸見谷さんの恋愛観が自分にも相手にも厳しいものであることは、間違いないのでしょう。ただそう言っているというだけでなく、実際にそういう考えで一貴さんと付き合っているようですし。
「言いたいことは分かるが、わたしはちょっと違うなあ」
 眉を寄せながらそう言ったのは成美さん。説明を求めるまでもなく、それは今言った諸見谷さんの言い分についてなのでしょう。それが諸見谷さんの言い分だということはまだ言ってませんけど。
「相手を冷静に見るというのは、その――デレデレするというやつよりも前にすべきだと思うぞ。それどころか、付き合い始めるよりも前だろう。相手を冷静に見て、自分と上手くいきそうだと思って、そこで初めて付き合い始めるのだしな」
 それも確かにその通り、と話を聞いた直後にはあっさり同意したりもしたのですが、そこから一秒そこらの時間を置いた辺りで、あることに気付きました。
 これまでにもさんざん話題に上ったことですが、成美さんは猫で、大吾は人間です。となれば今の話は、その頭に「成美さんだと特に」ということになるのでしょう。単に性格の相性だけでなく、そもそも別の動物である以上、それを踏まえてでも恋人という関係を作り上げられるかどうかを見定めなければならないんですし。
 成美さん本人がそのことを考えて今の話をしたのかは、また別の話ですけど。
「ということは哀沢さん、怒橋さんに対してそうだったってことですか?」
 僕は頭の中で勝手にそういうことだろうと納得していたのですが、ナタリーさんは確認を取ろうと思ったようです。しかしまあ、どちらにせよ成美さんの返事は分かり切っている――と、踏んでいたのですが、
「そうだった……と、思うぞ」
 何やら成美さん、自信なさげなのでした。
 予想を裏切られた僕が驚いたのはもちろん、顔色を見るに栞さんも似たようなものだったようですが、しかし一方、大吾はすまし顔。
「なかなかそうはいかねえだろ、やっぱり」
 その一言に、元から自信なさげだった成美さんは肩をすぼめすらしてしまいますが、それでも大吾はお構いなしといった様子でした。
「付き合うかどうか考えるっつう時点でもうその相手に惚れてるのは間違いねえんだし、だったら冷静になるってのは無茶だと思うぞ。もし自分で冷静なつもりだったとしても、付き合い始める直前辺りのことを思い返すと、なあ?」
「……う、うむ」
 大吾に問い掛けられた成美さんは、弱々しく頷くのでした。
 同様に僕も付き合い始める直前辺りの大吾と成美さんを思い出してみるのですが、確かにいろいろと、冷静とは言えなさそうな展開があったように思います。もし冷静だったら、大吾と成美さんの口喧嘩は激減してたんでしょう。
「でも、結果的にそれが良かったってこともあるんじゃない?」
 成美さんの落ち込みっぷりをフォローしようとしたのか、それともただ純粋にそう思ってそう言ったのかは分かりませんが、そう言うは栞さんは楽しそうなのでした。
「私と孝一くんにだってそんなふうに思うようなことはあったけど、というか今でもあるんだろうけど、例えば大声で言い合いになっちゃったようなことだって、今からすればいい思い出だったりするし」
 僕がその話に同意したのはもちろん、大吾も「まあ、そうだよな」と頷いたのですが、すると成美さん、隠そうとして隠しきれていない、といったふうな照れ笑いを浮かべるのでした。少なくとも納得はしたということなのでしょう。
 そしてそんな成美さんが咳払いをし、表情を元に戻してから、口を開きました。
「理想論だったということか。そうだな、変に肩肘を張ろうとしている部分はあったのかもしれん。今更こんなことを持ち出すのもおかしな話だが、一応わたしは、この中で最年長だったりするからな」
「気ぃ張らなくたってそれはみんなそう思ってるだろ」
「ふふ、だといいのだがな」
 投げ遣りに聞こえなくもない調子な大吾の返事ですが、成美さんはそれですっかり笑顔になってしまいます。まあ、大吾がそんな調子なのはいつものことで、成美さんがそれで機嫌を良くするのも、いつものことですけど。
「さて、何だか話を逸らしてしまったような気がするが、すまんな日向。続けてくれ」
 確かに微妙に話題は逸れましたが、しかしですね成美さん、そもそも僕の話はあそこで終わっていたも同然なんですよね。なんせさっき言った通り、簡潔ながらも纏めは纏めなんですから。
 ――初めはラーメン屋に行ったってところで済ます予定だったという割に、この話、更に続けることになりそうなのでした。
 とはいえこれ以上何を話そうか、という問題が。続きを期待されても、ラーメン屋さんで諸見谷さんがしてくれた話は、もう全て話したも同然なのです。
 他に話すことがないのかと言われれば、なくもなかったりします。しかしはてさて、それはこういう場でさらりと口にしていいことなのかどうか、という。そう思う時点で止めておくべきなんでしょうけど、でも諸見谷さん自身、「知り合いにだけ話す」って雰囲気じゃなかったんですよねえ。
「今の話をしてくれたのは、最初に言った諸見谷さんなんですけど――」
 結局、僕の口は今考えたことを話し始めました。
 話しておきながら何を言ってるんだってなもんですが、これは後で反省すべきなのでしょう。諸見谷さんがどう思うかというだけの話でなく、気が咎めているのに結局話してしまったということについても。
 で、諸見谷さんの何を話すのかと言いますと、
「今付き合ってる一貴さんの前にも、別の彼氏がいたそうなんです」
 ということです。……ああ本当に言っちゃった、なんて考えるのは相当に嫌な感じでしょうけど、それでもそう思わずにはいられません。
「それはつまり、その『別の彼氏』とは既に別れているということか?」
「そうなりますね」
 言うまでもないことだったんでしょうけど、しかしそこへ大吾が、「人間だと普通はそうなるな」と続きました。
 言い換えればそれは、人間でなければそうはならない、ということです。
 ……大吾の立場を考えれば、言わずにはいられないでしょう。人間ではないのに人間のような「一人だけを愛する」という恋愛観を持っている成美さんは、しかしそれに反して同時に二名の男性を夫としています。
 二名の夫の一方でありながらそのことを把握し、受け入れている大吾からすれば、今の僕の返事では言葉足らずだったのでしょう。
 気を取り直して。
「そういった経験があるから男を冷めた目で見ている部分がある、って諸見谷さんは言ってましたね」
「なるほど、さっきの話の『相手を冷静に見る』という部分か。わたしのような理想論でなく、自分の経験から実践しているわけだな」
 どこか自虐的に言う成美さんでしたが、しかしその自虐は冗談交じりでもあるようでした。一時の困り果てていた感じは、もうすっかりさっぱりなようです。
 そして、そこへ続くのは栞さん。
「別れた経験があるっていうのは辛いことだろうし、こういうこと言っちゃっていいのかどうかは分からないけど、格好いいねそういうの」
 言っていいかどうかと言われると、同じように考えながらもこの話をしたのは僕なので、ならばいいとも悪いとも言える立場ではないのでしょう。
 というわけでそれは横に置いときまして、そうですか格好いいと来ましたか。分からないではない――というか、諸見谷さんを一言で表すなら、それがピッタリな表現かもしれません。一言で表すにしたってシンプルに過ぎるような気もしますけど。
「そもそも恋人ができたことのない私には、夢のまた夢な人ですね」
 いやナタリーさん、だからって目指すようなことでもないんじゃないでしょうか。別れずに付き合い続けられるならそれが一番ですよやっぱり。
「ぷくー」
 ……サーズデイさんって、こういう話を聞いた時にどういう感想を持つんだろうか? 植物だと、彼氏とか彼女とかそういうのは――うーん、どうなんだろう。
「ああ、でも最後に『自分がそう考えてるだけだから、他の人にとってもそれが正しいとは限らない』みたいなことも言ってましたよ」
「随分と達観してるんだな。日向とそう年が変わるわけでもないだろうに」
 成美さん、感心すらしているような様子でした。それはさっきの「理想論でなく実践している」という話も加わってのことなのでしょう。
 年。確か、現在四回生の一貴さんよりも一つ上だって話だったから……四つ上? まあ、そう変わらないと言えばそう変わらないのでしょうか。もちろん成美さんは、まだ諸見谷さんの具体的な年齢を知っているわけではないですけど。
「ふむ、誰にとっても正しいとは限らないというのはともかく、そういうことを言える余裕があるのは見習いたいところだな」
「そうだねー。そこは誰からしても良いことだろうし」
 成美さんと栞さんにそういう余裕がないとは思いませんが、しかし諸見谷さんについての評価がいいものであるということは、単純に嬉しいのでした。なんせ現状、諸見谷さんは幽霊のことを知らず、なので栞さんにも成美さんにも、会うことはできないんですし。


コメントを投稿