(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十八章 無計画な戯れ日和 三

2009-08-03 20:56:25 | 新転地はお化け屋敷
「ずっと前から気になっててよ、昨日も久々にこのこと考え初めて、そんで寝るのが遅くなっちまったんだけど」
 ん? あら、庭掃除の時に眠そうだったのはそんなことが理由だったんですか。ごめんなさい早とちりしちゃいまして。
「オレ等から見りゃ遊んでるように見えるけど、猫じゃらしにじゃれる猫って、どんな気分でじゃれてんだろうなって。もしかしたら何かこう――気に入らなくて腹立ててたりすんのかなって。軽くっつっても、ぺしぺし叩くしな」
「あー、まあ言われてみればはっきりしないけど。でも、久々に考えたって?」
「いや、成美と知り合ってすぐの頃から時々考えてはいたんだよ。けど……今のオマエみてえな感じで、気分悪くさせるかなって。だからこれまで訊けなかったんだよな」
 厭らしい気配。それが自分に向けられているとなれば、確かに気分を悪くさせるかもしれない。ここのところはそうでもないけど、大吾と成美さん、少し前まではよく口喧嘩もしてたし。
 けれどもしかし、猫は何も成美さんだけではないのです。
「成美さんじゃなくて、チューズデーさんに訊いてみるとかは?――と言うか、それでいきなり実物を買って突き付けるなんて強硬手段に出なくても」
「チューズデーになんか訊いたらオマエ、成美に訊く以上に面倒なことになるだろ。大袈裟な話にされてから成美に伝わんだよ、絶対に」
 ……まあ、そうなるんだろうか。チューズデーさん、割と大吾と成美さんには突っ掛かるからなあ。
 それに大吾も何だかんだ言ったところで、猫なら誰でもというわけじゃなく、「成美さんだから」という部分は確実にあるんだろう。あるからこそこう言ってるんだろうし、チューズデーさんだってそれが分かってるから突っ掛かるんだろうし。
「実物突き付けるってのはまあ、実際に買っちまえば、ちっとくらい渋られてもある程度は押し切れるかなって」
 酷え。こういう時に限ってそういう知恵をまわすところが特に酷え。
「もちろん無理強いとかまではしねえけどな」
「何にしても、僕まで怒られるっていうのは御免だからね」
「分かってんよ。もし機嫌悪くさせても、それはなんとかするって」
 僕が関わったこと自体を隠すのは、成美さん以外に買い物ができる人員が僕だけなので無理がある。だからくれぐれも何とかするように頼むよ、大吾。
「んっふっふ、面白そうな話ですねえ」
 ――え。
「せ、清サン、聞こえてましたか?」
「すいませんねえ。前のお二人の傍には居辛かったもので」
 僕達もその前方のお二人から距離を取るように気を付けていたので、自分達の背後が全くの死角になっていました。というわけで、清さんに聞かれてしまっていたようです。
 そして清さんに聞かれていたということは、
「猫じゃらしなあ。猫の興味を引くためにあんな形になってるわけでもねえんだろうけど」
「不思議ですねえ」
 サタデーとナタリーさんにも聞かれていたのでした。
 サタデーは大吾をからかいに入るかも、とも思ったのですが、猫じゃらしという植物のほうに気が向いているようでした。
 しかし、それはともかく。
「栞さん達の傍に居辛かった――」
「しーっ」
「……っていうのは?」
 普通の声量で問い掛け始めたところ、口の前に人差し指を立てる清さん。なので言い終わりだけでも小声で済ますと、あちらも小声。
「こちらと似たようなものですよ。まあ、何の話をしていたかは全く聞いていませんけどね。哀沢さんの周囲を窺うような視線に気付きまして」
 なるほど。しかし清さん、ひそひそ話を普通に話しますね。声量を落とす以外、耳元に顔を寄せるでもなく、ただ普段通りに喋ってますし。まあ自分の顔のすぐ両側に別の顔が二つあるわけで、だから不意に顔を寄せることを遠慮しているのかもしれませんが。
「しかし、興味深い話ですねえ」
 女子組の様子を話し終えた清さん、話題をこちらのものに変更。先ほど僕が声を落とし忘れても栞さん成美さんともに気付いた様子がなかったことからか、やや声量が大きくなっていました。
「怒橋君と哀沢さん、最近になってやっとお付き合いを始めたと思ったらすぐに同じ部屋に住むようになって、だと思えば今みたいな可愛らしい問題にも突き当たったり」
「……変、ですかねやっぱ」
 大吾は不安そうな声ですが、清さんは「いえいえ」と。
「お二人の事情を考えれば、まさか変だなどということは。要は個人差の範疇ですよ」
「個人差?」
「いえまあ、二人の問題なので、正確には個人ではないのですがね。――今更私が言うまでもなく、哀沢さんは元猫で、怒橋君は人間です。それが男女としてのお付き合いを始めるとなると、そのことへの不安や躊躇いはありましたよね?」
「そりゃあ、まあ。それがあるから、付き合い始めるまでにえらく時間が掛かったんですし」
 当然だと言わんばかりにさらりとした受け答えの大吾ですが、清さんは「そう、それです」と大きく頷きました。そんな清さんに大吾はもとより、両肩のナタリーさんとサタデーも、その顔を覗き込みます。
「付き合い始めるまでにあった壁がとても大きかったんです。だもんで、それを二人で乗り越えてさえしまえば、あとはとんとん拍子というわけですね。同じ部屋に住むようになり、恋人から夫婦の関係になり」
「い、いや……確かにそう言いましたしそうありたいですけど、ちゃんとそうなれてるかどうかは、まだ自信がないっつうか実感がないっつうかで……」
 と言い終える頃には、清さんへ集まっていた視線が大吾へ。発言の内容以外にそのこともあってか、大吾の視線はあっちへふらふらこっちへふらふらといった様相です。
「哀沢さんと怒橋君だけの問題なのですから、お二人が互いを妻だ夫だと認めていれば、私はそれでいいと思いますよ。そもそも元が付くとは言え猫である女性と人間の男性の恋愛について、当人以外に何処の誰が模範解答を示せましょうか? んっふっふ、私には無理ですねえ」
 なるほどそれはごもっとも。前例がない、どころの話ではないんだから、当事者以上に語れる人物――と言って人に限りはしませんが――が、存在するわけもなく。
 もちろんこの場にいる人間と花くんと蛇さんにも無理ですが、ニヤついた顔を彼に向けるくらいのことはできます。
 中でも花くんは口が大きいので、ニヤついているだけなんでしょうけど、見た目にはそれどころじゃありませんでした。
 逆に蛇さんはいつも通り、表情が変わりません。変わらないというだけのことではありますけど。
「というわけで、大きな壁を正真正銘、二人だけで乗り越えた怒橋君と哀沢さんですが――その後がとんとん拍子だったおかげで、今になって猫じゃらしなわけです。そういう細かいことを気にする暇がなかった、ということでしょうねえ」
「まあ、猫じゃらし持ってきて夫ヅラってのも、妙な話ですしね……」
「しかし怒橋君。怒橋君がそうするならそれが正解、もしくは正解に最も近い選択なのですよ。なんせ怒橋君は、哀沢さんに対する怒橋君なのですから」
 当事者以外には口を挟めない問題。となれば、それがどんなに正解から遠かろうとも、「正解に最も近い選択」ということになる。なんせ他には誰もいないのだから。
 ――とだけ言うと酷い暴論にも思えるけど、
「猫じゃらしにじゃれ付く気分の良し悪しがどうであれ、以前から気になっていたということをしっかり話してさえおけば、それについては汲み取ってもらえると思いますよ。なんせ哀沢さんは、怒橋君に対する哀沢さんなんですから」
 大吾が成美さんに対して最善の選択をし続ける存在なのなら、その逆もまた然り。そうでなければ、二人の関係は成り立たないのだから。
 ……と、多分そういうことなんだと思います。
「素敵ですねえ」
「HA、しっかりしてんだか紙一重なんだか」
 ナタリーさんは感心し、一方のサタデーは憎まれ口。位置関係そのまま対照的な感想ですが、この問題に親しみを感じているらしいという点では、どちらも同じなのでしょう。なので大吾も、
「しっかりしてる……とも、言い辛えよな。なんせ猫じゃらしだし」
 はにかみながら、頭に手を当てるのでした。
 ――大きな壁があったおかげで、そのあとがとんとん拍子だった。とんとん拍子だったから、細かいことを気にする暇がなかった。
 まるで同じでないにしても、庭掃除のあとの栞さんと僕の会話に通じるところがあるんじゃないだろうか、なんて。

 さて。僕達が猫じゃらしの話をしていた時に栞さんと成美さんは何の話をしていたんだろう、という疑問が沸かないわけではありませんが、なんせあちらも内緒の話だったらしいので、尋ねてみても教えてもらえるようなことはなく。
 そんなこんなで歩き続け、ペットショップに到着しました。
「まあ、飲むにしてもどうせ帰ってからだし、いいんだけどよぉ」
 サタデーの注文である植物用活力剤ですが、帰りに買うことになりました。どうせ帰りにもデパートの前を通るわけだしね、というのがその理由です。
 しかし、そう言うからにはここへ来るまでにもデパートの前を通ったわけで、見えている目的地を「お預け」させられたサタデーは、なのでこのようにやや臍を曲げているのでした。曲げる臍は植物ゆえにもちろんありませんが、よく考えたら臍は元々からして曲がるものではないので、気にしないでもいいでしょう。なんで臍を曲げるなんて表現があるんでしょうか? 不思議です。
「ジョンはどうする? 中には連れて入れんが」
 不思議がってる間に次の問題です。前回ここへ来た時は、家守さんと高次さんに任せたんですけど。
「わたしは買い物があるし、日向――」
「ああ、私が引き受けましょう」
 一般の方からでも見ることができる人員は、成美さんと僕だけ。なので成美さんは僕を指名しようとしたのですが、清さんが名乗りを挙げました。
「怪しまれそうになったりしたら、適当に近くを散歩しておきます」
 僕には大吾から仰せつかった任務がありまして、なので駐車場の片隅でじっとしているわけにはいかないのです。というわけで、ありがとうございます清さん。
「サタデーとナタリーもこうですから、賑やかですしね」
「そうか? なら頼む」
 両肩を見遣る清さんに、成美さんもあっさり納得。まあみんなでデパートへ行く時だって、ジョンが一緒の場合はいつもこうしてますしね。あそこだと、僕も何かしらの買い物をするもんで。
「買い物以外に中を見て回ったりするかもしれんが、済まんな」
「いえいえ、そのくらい」
「俺様はできるだけ早くMY SHOPPINGがしたいゼ?」
「すいません、私の買い物で待たせてしまって……」
「ワフッ」
 ――とまあそんな遣り取りがあって、入店。
 さて、店内に入ってしまったからには、否応なく自分の仕事のことを意識しなくてはなりません。
 第一に、成美さんと別行動をとろう、ということ。大吾は「買ってしまえばこっちのもん」理論で今回の作戦を持ち掛けてきたのですが、だからと言って成美さんの目の前で買うというのは、些か無謀というものでしょう。そして可能ならば状況に応じた行動のため、大吾と一緒に行動したいところではありますが……。
 第二に、無事成美さんと離れた状態で目的のものを買えたとして、その後どうするか。散歩に出発してからこの作戦を言い渡された僕がカバンだ何だの入れ物を持ってきているわけもなく、良くて店側のビニール袋、悪くてテープを貼っただけの剥き身で、猫じゃらしのおもちゃを持ち歩かなくてはなりません。成美さんにバレるのは避けられないとして、ではそのバレ方を考える、ということになるのでしょうか。
「まずは買い物だな。えーと……あっちのほうだったな」
 買うのは店を出る前でもいいとは思うのですが、しかしそこはそれを仕事とする成美さん。店の中を見て回るかもしれないと予め言ってまでいたのに、入店直後からナタリーさんの食べ物を求め始めました。
 しかし何はともあれ、これはチャンス。
「じゃああの、成美さん、ちょっと大吾をお借りします」
 成美さんと別れ、可能ならば大吾と行動を共にする。成美さんが成美さんの目的を果たそうとしているのであれば、僕がそこから外れればいいだけなのです。
「む、そうか? ふむ、そういえばここに来るまでにも何やらごそごそ話していたしな。分かった、わたしは買い物を済ませてから合流しよう」
 ごそごそ話していたのはさすがに気付かれていたようですが、その内容を知られていなければ問題はありません。大吾と成美さんを引き離すのは難しいかも、なんて不安だったりもしたのですが、いやあ良かった良かった。
「喜坂もそっちに混ざっていてくれていいぞ。こっちはどうせすぐ終わるからな」
 ――む。
「そう? じゃあ成美ちゃん、後でね」
 むむう、これは予想外。
 いやしかし、予想外であるだけで、問題にはならないだろうか? 栞さんだけなら気付かれても問題はないわけで、協力を取り付けられるならばむしろプラスになるのでは。
 ――というわけで成美さんと別れた後、栞さんに話してみました猫じゃらし計画。
 もちろん、話したのは僕でなく大吾です。立案者という立場からも、できるだけ僕が「独り言」をぶつぶつ言わないようにするためにも。
「隠れてっていうのは、ちょっと気が引けるけど……でも、大吾くんがそうするって言うなら」
「わ、悪いな喜坂」
 女性相手に話してしまうには羞恥心やら何やらが大騒ぎなこの企み、僕はまだしも当事者である大吾は尚更なのでしょう。声が上ずっているうえに、栞さんと目を合わせようともしない大吾なのでした。
「隠さなくてもいいとは思うけどね。だって大吾くんだし」
「オレだから?」
「うん、大吾くんだから」
 分かるような分からないようなことを言う栞さんでしたが、大吾は深く聞き込もうとはしませんでした。現在の心情的に、あまり栞さんと多くを語りたいとは思えなかったのでしょう。なんせ恥ずかしいでしょうし。
「それじゃあ成美ちゃんが戻ってくるまでに、その猫じゃらしのおもちゃを買わないとね」
「だな。孝一、頼むぞ」
 そこまでする必要はないと思うけど、雰囲気的に何となく黙ったまま頷いてみる。そしてその通り、成美さんが帰ってくるよりも前に目的のものを買ってしまわないと、別行動をとった意味がないわけで――
「あ」
『ん?』
「ここ、レジ一つしかないよ」
『あ』
 成美さんと別行動であるがゆえ、成美さんがレジへ向かうタイミングはもう分からない。そんなところへレジが一つしかないとなると、鉢合わせになる確率はかなり高いのではないだろうか。
 ということで三人寄れば何とやら、暫く考えてみます。
 考えました。
「成美さんと入れ替わりっていうのはどうでしょう? レジの近くで成美さんが来るのを確認して僕はいったん引っ込んで、栞さんと大吾が成美さんをレジから離して、そのあいだ僕はまあトイレにでも行ってることにしてもらって」
 三人寄るも何も一人で思い付いたようなものですが、大した案でもないので問題はないでしょう。多分、誰でも思い付けますこれくらい。
「そうする?」
「そうするか」
 あとの二人の同意も取り付け、大した案でないことに相応しくあっさりと決定。
 さあそうとなれば善は急げです。

 ――というわけで、取り立てて何が起こるわけでもなく事は進み、僕は現在レジの前に立っています。成美さんからすればトイレに行っているはずの段階ですね。
 猫じゃらしのおもちゃと言っても様々にタイプがありまして、もう見るからに猫じゃらしだというものから、もう見るからに猫じゃらしじゃないだろうというものまで。先端に可愛らしい鼠が描かれていても猫の目には分からないものなんでしょうか……? まあともかく、下手に冒険してみる必要など何もないので、猫じゃらしらしい猫じゃらしを買うことにしたのでした。
 こちらは僕が気にようなすることでもないのですが、お値段も手頃なものでした。むしろ猫じゃらしらしさを放棄したとしか思えないもののほうが高いくらいだったので、そういう面からも選択に迷う余地がない買い物だったと言えるでしょう。
 さて。
 不安感を拭い去ろうということなのか、いろいろと「これで大丈夫なはず」という言い訳じみたようなことを考えてしまいますが、現実がどうであれ買ってしまいました猫じゃらしのおもちゃ。あとはこれを買ったことをいつ、どういったタイミングで成美さんに知らせるべきなのかという問題を残すのみなのですが……。
 それについても先に相談し終えておければよかったのですが、生憎と時間がなかったものでそれは適わず、僕がこうして買い物をしている間に大吾と栞さんがどう「流れ」を作ってくれているかに期待するしかありません。
 期待するしかないので期待しながら合流地点に向かっていると、
「孝一くん」
 正面から栞さんが現れました。が、周囲を見回してもどうやら栞さんだけのようです。
 おや、これは予想外。
「成美さんは?」
「大吾くんと待ってもらってるよ。それより、どんなの買ったの?」
 こんなのです、ということでたった今買った猫じゃらしらしい猫じゃらしを披露。店員さん、ビニール袋に入れてはくれたのですが、成美さんの目に付きにくくなるという面では正直あまり意味はないでしょう。もちろん店員さんがそんなことを期待してビニール袋を用意したというわけもないのですが。
「良かった、これなら大丈夫かも」
「え? 何がですか?」
「サタデーのいばらに隠させてもらうの。作り物って言っても元は植物だし、それに今日はあんなだから、そんなに目立たないと思うんだけど」
「おお」
 なるほど、それは確かに。本日のサタデーは清さんに絡み付くためにいばらをうんと伸ばしていて、この猫じゃらしよりは遥かに長くなっているだろうから、紛れさせるのは簡単でしょう。
 ……まあしかし、それは僕達で言うなら服の下に隠すようなもので、買ったばかりの新品(しかも実質的に他人の物)を隠す手段としてはどうなんだろうという面もないではないですが。
 でも植物ですし、いいですよね!
「じゃあ早速外に行ってきます」
「いやあ、本物っぽいのを買ってくれててよかったよ」
 トイレに行った振りが長くなるというのはちょっとした問題だったりするのかもしれませんが、まあそれはいいでしょう。
「ちなみに栞は『帰りが遅い孝一くんはもしかしたらお店の中で迷子になってるかもしれなくて、それを探しに行った』ってことになってるから、できれば二人で動いたほうがいいかもね」
「いくらなんでも店の中で迷子には……」
 どうなんだろう。

「おや、日向君に喜坂さん。お買い物は終わったんですか?」
「買い物は終わったんですけど、このあと多分、もうちょっと……。ねえサタデー、これを隠しててくれないかな。できれば家に帰るまで、成美ちゃんには秘密にしておきたくて」
「WHAT?……ああ、猫じゃらしか。ふーん……まあ、作り物だよな。こんなので騙されるのか猫ってのは?」
「あはは、そうみたいだね。ナタリーの食べ物も、これとは別に買ってあるよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ清さん、あんまり待たせるのも良くないでしょうから戻ります。すいませんけど、もうちょっと待っててください」
「ええ、ごゆっくり」
「ワンッ!」

「二人で戻ってくるということは、やはり迷子だったのか」
「いやあ……」
 面白そうに言われているだけまだマシですが、違いますけど違うとも言えず、恥ずかしいやら焦れるやら。あと、何の疑いもなく迷子だと判断されたことが悲しいやら。
「まあとにかく、少しだけここを見て回ろう。日向はもう見て回っていたのかもしれんが」
「いやあ……」
 そうじゃないんですってば。それでいいんですけど。
 とにもかくにも早速店内の散策を開始。これについては、誰が何を言うでもないまま自動的に四人全員で固まって動くことになりました。そりゃまあそうなるでしょう。
 で、散策を開始した直後。
「ペット用品はいいが、動物そのものに値札が付いているというのはやはりこう、モヤモヤするものがあるな」
「そう言やあ、前に来た時も言ってたよな。だったらすぐに出ればいいんじゃねえか? 今みてえにフラフラしてねえで」
 いきなり現在進行中の行動に対してアンニュイな発言をなさる成美さん。そこへ大吾はさらりと対案を持ち出すのでした。何を思うふうでもなく、本当にさらりと。
「なに、これも社会勉強だ。知っていて損をするということもないだろう」
「まあな」
 社会勉強。そうは言いますがしかし、当たり前ながらここにあるのは人間の社会なのです。もちろん、猫の年齢に直すと相当に高齢ということになる成美さんに、今更「猫の社会のほうはいいんですか」なんて馬鹿な質問をしたりはしませんが。
「……ああ、すまん二人とも。雰囲気を悪くするような話だったな」
 僕と栞さんに何を見たか、成美さんが謝罪をしてきました。が、大吾にはその何かが無かったというのは、地味ながら驚くべきことなのかもしれません。
 前にも言っていた、と大吾は言いました。それは二日前、今日も買い求めたナタリーさん用の鼠を買いに来た時のことです。そしてその時成美さんが今と同じ話をしたのは、大吾だけでなく、僕も栞さんも聞いていました。
 しかしその時、最も気を重くしていたのは大吾だったのです。
「大吾も、悪いな」
「オレはいいっつの。気にしてるように見えるか?」
 二日前のそれただ一度だけで克服した、ということなんでしょうか。むしろ自分が謝られたことに表情をぶすっとさせながら、大吾はぶっきらぼうに言い捨てました。
「――いや、全く」
 嬉しそうに目を細めた成美さんは、それ以上謝りませんでした。
 それだけのことでした。

「待たせてすまんな、お前達。ほらナタリー、しっかり買ってきたぞ」
「わあ、ありがとうございます」
「今度はがっつかずにゆっくり食べろよ? 一日一匹とか」
「お、お恥ずかしい限りです……」
 という話になれば、すぐ傍の清さんとサタデーはにこにこニカニカ。同じ話で見せるにしてはまるで違う種類の笑顔に見えますが、まあそれはともかく。
 清さんの背中側では、サタデーが件の猫じゃらしをそのいばらに巻き込ませています。これならば元から目立たないうえ、そもそも清さんの背後に回らないと視界に納めることすらできません。まあ、磐石だと言えるでしょう。
「さて、わたしの仕事はこれで終わりだな。あとは我が夫に任せるとしよう」
「…………いや、んなこと言われても歩くだけだし」
 反応がやや遅れた夫。意表を突かれた、ということなんでしょう。
「HEY哀沢ちょっと待て! 俺様の飲み物はどうしたよ!?」
「ああ済まん、忘れてた」
「SIT! なんて損な役回りだ!」
「損な? いや、忘れていたことは謝るが、どういうことだ?」
 あわわわわ。
「どういうことでもねえよもうっ! 馬鹿っ!」
 どうしてだか反論が可愛らしくなってしまうサタデーですが、割とおかんむりではあるようです。
「す、すまんな……」
 成美さんは驚いてしまったようですが、そのおかげで危うい台詞への踏み込みは回避できたようです。ごめんよサタデー。ありがとうサタデー。


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